本日は、福岡にて、
1級キャリアコンサルティング技能検定実技面接試験直前対策講座を開催します。
今年度(2025年度)における福岡での対面型講座は本日が最終日です。
今日は、なんと受講者様がお二人。
私を含め、3人での学びの場となります。
受講者様にとって、より濃い一日になるよう努めてまいります。
1級合格への糧をお持ち帰りいただきたいと考えています。
どうぞよろしくお願いいたします。
福岡会場までお気をつけてお越しくださいね。
さて、本日のブログ記事タイトルについて書きます。
事例指導の面接の場において、
事例指導者は、事例相談者が認識していないことについて共有していく役割も持っています。
※単に、事例指導者側の見立てや考えに気づかせるということではありません。
事例相談者が気にしていることなどにつながる本質的なことや、
事例相談者にとって意識化されていないだけであり、
実は自身で気にしていることとダイレクトにつながること、
たとえばそんなところです。
まず、何を共有するのかという点において、
問題の共有と課題の共有という二つの側面があります。
この二つは似て非なるものであり、
その違いを明確に理解しておくことが事例指導の面接の質を大きく左右するように感じます。
そこで問題と課題の違いについて整理して考えてみたいものです。
私は、問題という言葉にはネガティブな響きを感じ、
課題という言葉にはそれを解決するための具体性やポジティブな響きを感じています。
皆様はいかがですか?
事例指導の文脈から考えてみるならば、
問題とは、わかりやすい説明として、あるべき姿と現状とのギャップです。
実際、何が不足しているか等を指すものでしょう。
例えば…
「相談者の感情を受け止めきれていない」といった認識がこれにあたります。
一方で課題とは、
そのギャップを埋めるための具体的な取り組みや目標を指すのだと思います。
つまり、問題を共有することは現状の痛みを伴う事実認識であり、
課題を共有することは今後に向けた成長へのコミットメントであると言えます。
事例指導のプロセスとして、
まず現状の不足である問題を互いに認識し、その合意形成を図った上で、
では次に何に取り組むかという目標の合意、
すなわち課題の共有へと進むのが自然な流れだと感じます。
実際は、事例相談者が自ら指導を求めてケースを持ち込んでいるにも関わらず、
事例指導者から何かしらの指摘された問題点を素直に認めようとしないという現象がしばしば起こります。
※1級の面接試験(ロールプレイ)では、これをおそれている人がとても多いと想像します。
事例相談者が自分で成長したい等と願って相談に来ているはずなのに、
どうしてこのような矛盾した態度をとってしまうのでしょうか。
この背景には、専門家としての自尊心や防衛機制が働いていると考えられるでしょう。
事例相談者は、自分はキャリアコンサルタントであり、
より善い支援を提供したいという理想を持っていることが多い。
そのため、自身の至らなさを認めることは、その理想像が崩れますし、
大なり小なり、その至らなさみたいなものを露呈することへの恐怖にもつながります。
また、事例指導の場面が純粋な自己の学びの場ではなく、
第三者から評価や指摘をされる場として認識されている場合、
そこで弱みを見せることはリスクともなり得ることもあります。
結果、事例指導者からの助言や指南みたいなものに対して防衛的になり、
あの時はこう考えたのだという合理化や言い訳が生まれてしまうこともあるでしょう。
言ってみれば、事例相談者の内面で、成長したいというアクセルと、
相談者のことを知らない人(事例指導者)に傷つけられたくはない…
こうしたブレーキを同時に踏んでいるような状態なのかもしれません。
事例指導者が正論として問題点を指摘すればするほど、
事例相談者は自分を守るための鎧を厚くしてしまうというパラドックスが発生します。
事例指導者としては、
まず問題というネガティブな側面を客観的な事実として安全に扱える関係性や雰囲気を作り出すことが求められます。
これは何分でできるとかそういうものではないので、
試験だからといって事例指導者が慌てていると、
その土壌ができないということにもなりそうです。
事例相談者が過度な防衛に入ることなく、
問題の認識から未来志向の課題設定へと視点をスムーズに転換できるように、
支えるように関わっていくことが、事例指導の重要な勘所となるのではないでしょうか。
それはつまり、事例相談者が相談者にやろうと考えていた支援の方針を、
圧倒的に応援できる、事例相談者の支援が相談者のためになるように、
事例指導者が事例相談者の味方であり、
最大の応援者であることが重要なのではないでしょうか。