こんばんは

 

しらこまです
 

前記事の続き。

 

 

続いて網走と言えばで一番に出てくるであろう場所に行った

網走監獄

もともと刑務所だったということもあってか、動画に関しては厳しめだった

写真は大丈夫ですよね…?あとブログだし…
ちなみに着いたのが15時50分頃で結構ギリギリだった

閉館1時間前が最終入館なのはちょっと早いなと思ったけど、それも納得なくらいで広かった


とりあえずおおむね番号順に周ってみた

さっき映したのが煉瓦門

門が作られた当時は木造だったけど、火事で燃えちゃったことがあったからレンガ造りに変えたそう
1923年ころに完成したっぽいからもう100年も残ってる代物なんだね


ここには収容されてる人に面会しに来た人の待合室もあった


次が庁舎

1912年に再建されたものだそう

ここには網走監獄の歴史が展示されてた
そもそも今公開されてる網走監獄は刑務所として機能していたころからその場所にあったわけではないみたい

網走刑務所が改築されるときに、改築前の建物を今の場所に移して保存しようということで移築して今も残っているそう


で、その網走刑務所と機能していた時の網走監獄についての歴史はかなり古くて、

北海道開拓のときまでさかのぼる
明治に入ってから北海道の開拓がはじまるけど、未開の地ではとにかく道を作ったり食料を用意したりしないと開拓が続けられない

ということで道の開拓には囚人が全国から呼び出されることになって、そのためにまずは収容所としての監獄が作られた
北海道はでっかいどうって言われてる通り網走だけではなくいろんなところに監獄としての機能を持つ集治館が作られた

囚人を呼び寄せて北海道開拓が進んで、相当広い地域が開拓された

実際の地図とみるとめちゃくちゃな長さ開拓されてる

網走から札幌近辺まで開拓してるんだもんね…

超突貫工事でやっていたから衛生環境とかの問題もあって多数の犠牲者も出してた

相当厳しい環境下だったんだろうね…


網走監獄の中で特に見どころなのは舎房

放射状になってる

こうやってみるとめちゃくちゃ土地の無駄遣い感はあるけど、
少ない官吏で多くの囚人を監視するにはこの形が一番いい


続いては外展示
網走刑務所の職員家族が住んでいた官舎

家族ごと、ってことで子どももいてにぎやかな声が聞こえるから、このあたりだけ別世界のような感じになってたみたい


休泊所

先に話してた通り囚人たちが北海道開拓をする中で、刑務所に戻れないときはこの建物で寝泊まりしてたみたい


毎回解体と移動がしやすいようなつくりなんだね

枕が丸太で、しかも4~5時間しか睡眠時間なかったみたい


二見ヶ岡刑務支所

網走刑務所とは別の場所にある、現役の場所

それを改築するときに、もともとの多々獲物のほうを保存するために持ってきたみたい

中は結構広い

囚人が居住する舎房

この広さのわりにストーブは2個だけで特に冬は防寒対策を色々と頑張ってたらしい

外に出られないときも作業場と呼ばれていた部屋でできる作業をしてたみたい

二見ケ岡刑務支所は農園のような形で穀物栽培をしてたから、穀物の選別とか

そして網走監獄では一番有名な舎房及び中央見張所

明治時代に作られたものがまだきれいに残っていて、舎房としても最大規模らしい

舎房の様子をパノラマで撮ってみた

同じようなものを5個複写しただけにも見えてしまうけど、
180度の方位で5つ放射状に並んでいる感じ

それぞれ結構奥行きがあって、5つの舎房全部合わせて226室もあった

雑居房と独居房があって雑居房は6畳で、部屋と廊下を挟む壁は斜め格子になってる
そうすることで、廊下からは部屋の様子がわかるけど、
部屋からは斜めにしか見えないから、反対側の部屋は見えなくて廊下しか見えない、という感じにしてたみたい

なんか囚人同士で示し合わせたりしないようにしてたんだね


独居房は3畳。雑居房は複数人だから、独居房のほうが優遇、というのはあまりなくて
他の囚人と一緒に生活できない人が独居房に入ってたみたい

扉が頑丈になってるし、格子もより部屋からは外が見辛くなっていたそう

本当に狭くて何もできない


この建物は70年以上は現役として使われたそう

なんか雰囲気あるね

あとは部屋にお風呂はもちろんないから、浴場が別にある

いろんな人がいるから、さすがにお風呂には入らないと疫病や皮膚病が流行るから、という感じだったみたい

ただ、入浴方法、時間も厳しく決められてた


3分ごとに入浴、体洗い、入浴、洗顔となってたみたい

看視してないと物品を盗んだり私語したりするからあまりまわすこともできず、5日ごとになってたのかな

出所前日に一人でゆっくり入浴できるというのもなんか心に残りそうな計らいだね

一応規則的には毎日入浴だったらしいけど、人数多いし仕方なかったのかもね

あとは懲罰房というのも別にあった

部屋には光が入らず、食事も重湯だけっていう厳しい懲罰だったみたい

教誨堂という建物はもともとは祈りの場的なものだったみたい

今は多目的ホール的なものなのかね


という感じで一通り網走監獄を見た


たぶん監獄歴史観が撮影不可だったのかな?で写真が1枚も撮ってなかったけど、
そこの展示が結構いろいろあって、最終入館ギリギリで入ってたら時間がなくてあんまりしっかり見れなかった
1時間くらいは時間取ったほうがよさそうだった

という感じで網走監獄はおしまい。

 

次の記事で半年も投稿してるこの北海道旅行2023最後の記事です

次の記事に続く。