この記事は一生モノの
大事な忘れてはいけない日記です。
自分のためにも
何かを目指し、達成したい人や
自分に克つ、妥協してはいけない
諦めてはいけない
大事なことがいっぱい詰まった
僕の経験談です。
28歳からカットコンテストに参加
36歳まで優勝経験は17回もあった。
これでさえも
他の追従を許さない成績だ。
36歳から
コンテスト出場をサス-ン一本に絞り
10年間。
なんと出続けて18年目。
やっと46歳で
8年がかりでつかんだ
VIDAL SASSOON優勝
18年も チャレンジ
し続けたことって ありますか?
そこには
決心と覚悟がなければ
できたもんじゃなかった。
この楯には
18年間の頑張りが詰め込まれている

実力というのは、技術だけではない
どんなコンセプトで創るのか?
どんな作品をカットするか?
ヘア、メイク、コスチューム
そしてモデルさんの選び方だ。
そのときの写真が
残ってたのでお見せする。
まずモデルを当日までに、3回替えた。
一人は身長が低かった
もう一人は
顔もよく頭も小さくて良かったのだが
どんな風に切るんですか?
短くなるんですか?と
心配そうに不安げだったので・・・・
やはり遠慮することなく
どんなヘアになろうとも
こちらが提案した
ヘアカットじゃないと・・・
ヴィダルサスーンは
素人が好む作品では
入賞すらしない。
チャンピオンは知っている!
何事にも妥協してはならない
この優勝したモデル「アリサさん」は
性格もよく、優勝できるなら
どんなカットでもしてくださいと
本当に有り難かったし
一緒に
「優勝しましょうね!」と協力的だった。
おそらくアリサさんなくして
この優勝はあり得ない!
初めてお店に来てもらった
身長172センチ
顔の形も卵型でいい。
前髪が少し短いかなと思った・・・
へアスタイルは、前髪のパートが重要だ。

どちら側の顔がいいだろう?
僕は 左の顔の方が気に入った。
最初は3時間くらいかけて
アリサさんの良いところを探す。
分け目を変えたり
どんなバランスが良いか見ていった。
毎日毎日お店に来てもらい練習した。
そして
メイクをしたり、
立たせたり歩かせたりして
イメージを作り上げる。
よし! 分け目はこれで決定した。
サスーンは、どこを見て
どんな女性像を求めてるのか?
やはり、 ロンドンのサスーンを
世界を見なければ・・・・
ファッション、メイク、時代性
流行性、これらの勉強は
日本で誰よりもしたことは・・・
言うまでもない。
コンテスト前には
ロンドンまで行って情報集めをした。
あとは勉強した情報を
形にしていく作業だ。
キーワードとしては
・80年代の川久保玲
山本耀司さんのファッションに
ボンテージを軽くあしらう
コスチュームで決まった。
・へアスタイルのキーワードは
ディスコネクション、アシンメトリー
そして何もないという空間も
デザインなんだという
建築の考え方を取り入れた
へアスタイルも大体決まり
それを生かすヘアカラーも
「ブラック」がベース!
どうでしょう?
顔周りをブラックにすると
グっと引き締まる。
しかし ヘアカラーも
サスーンが求めるコンセプトを
ロンドンで学んでいたので
何回も何回も染め直す。
この年、2002年。
勉強のために毎年ロンドンに通いだして
10回くらいになるだろうか?
ほとんどこれまでの
歴史やサスーンがその時代性を
ヘアにどういう風に表現していくのか? わかってきた頃だった。
ヘアカラーもだいぶ黒くした
ヴィダルサスーン
ヘアカットコンテストというのは
自分が好きなヘアカットをし
ていたのでは入賞すらしない。
世界が何を求めるのか?
そつなくやった!
過去16回ものチャンピオンを
獲っている僕としては
本番で絶対に失敗は許されない。
なぜなら
前年 癌で亡くなった姉と
絶対に優勝するからと
約束をしたからだ!
コスチュームも決まりだす。
デザイナーに頼んで
オリジナルで作っていただいた。
上半身だけ見てもわからない
やはり全体像が大事だ
「バランスこそ 全て!」
場所は東京TFTホール
選手250名以上、観客2千名以上
当日がやってきた。
本番直前
余裕でした・・・・
考えることは 全て考え
練習も日本で一番やった。
何回も何回も
ウイッグ(カット人形)でヘアカットして
考えられる失敗を
すべて練習でやりきった。
一番大事なのは この年、サスーンが
どんな女性像を
どんなヘアスタイルを
たくさんあります。
どんな練習をしたのか
どこでどんな情報を集めたのか?
モデルの選び方は?
ヘアはどうやって発想したのか?
洋服はどうやって選んだのか?
どのくらい練習したのか?
プレッシャーはなかったのか?
いちいち書くと
原稿用紙350枚くらいになります(爆)
18年がかりでつかんだこの優勝は
姉に捧げる優勝でもあるのです!
このチャンピオンを最後に
選手としては引退しました。
日本でも46歳まで
チャレンジする選手は
数えるくらいしかいない。
千葉の雪縄さん、茨城の山田憲ちゃん
神奈川のケンジグループの高橋さん
村田さん、塩崎さん。
18年がかりでつかんだ
サスーンチャンピオンは
ただのチャンピオンではなく
お金では買えない
僕に大きな自信を与えてくれた
その後、まさか
年に100回を超える
カット講習会、講演会を
することになる。
コンテスト審査員や審査委員長
雑誌活動、ヘアショー
テレビ変身番組、ラジオパーソナリティ
大忙し・・・・
口下手の僕がこれほどまでに
美容界から求められる存在になろうとは
予想以上に忙しくなっていくことを
まだ知るよしもなかった・・・・
この17回の優勝というのは
喋るのが苦手だというコンプレックスを
自分の長所に変えた瞬間だった
そうだね・・・・自分を信じることだ
自分を小さく見積もるな!
ふぅ~~
思い出して書くだけでも疲れた
機会があればまた書きますね
今日はこの辺で・・・・・
熱意を込めて・・・川根順史
































