あなたが生活のために何をしているかはどうでもいいことです。 私はあなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するのかを知りたいのです。
あなたが何歳かということも関係の無いことです。 あなたが愛や夢や冒険のためにどれだけ自分を賭けることが出来るかをしりたいのです。
あなたがどの星座の生まれかということもどうでもいいことです。 あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか、それによって傷つくのが怖いばかりに心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです。
あなたが自分のものであれ、人のものであれ、傷みを無視したり、簡単に片付けたりせずにそれを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。
又、喜びの時には、それが私のものであれ、あなたのものであれ、心から喜び、夢中になって踊り、恍惚感に全身をゆだねることが出来るかを知りたいのです。
気をつけろとか、現実的になれとか、
たいしたことではないさなどとは云わずに。
私は、あなたの話すことが本当かどうかには関心がありません。
私は、あなたが自分自身に正直であるためには、他人を失望させることさえ、あえてすることが出来るかどうかを知りたいのです。
たとえ、裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりは
その非難に耐える方を選ぶことができるかどうか、
たとえ、不実だといわれても、そんなときにあなたがどうするかによってあなたという人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。
私はあなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。 それが見た目に美しく見えない時でも、毎日そこから本当に美しいものを人生に汲み上げる事ができるかどうかを。
私はたとえあなたが失敗しても、それを受け止めて共に生きることが出来るかどうか、それでも湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かって
イエスと叫ぶことが出来るかどうかを知りたいのです。
あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでもいいことです。 それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、
どんなに疲れ果てていても、また朝が来れば起き上がり、子供達を食べさせるためにしなければならないことをするかどうかを知りたいのです。
あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここにきたかは関係ありません。 私と共に決してひるまずに炎の只中に立つことが出来るかどうかを知りたいのです。
あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。 私が知りたいのは、皆が見捨ててたったひとりになった時、あなたの内側からあなたを支えるものは何か、ということです。
私はあなたが自分自身としっかり向き合い、その何もない時間の中にいる自分を心から愛しているのかどうかを知りたいと思っているのです。
オライヤ・マウンテン・ドリーマー(ネイティブ・アメリカンの長老)

















