五木寛之/著「親鸞」を読み終えた。
「親鸞」自身の生い立ちは、「親鸞」に至るまでの「名」の変化 忠範→範宴→綽空→善信→親鸞 で理解できます。
親鸞の師は、忠範時代の河原坊浄寛であったり、比叡山に入山時の師 白河房の慈円阿闇梨であったり、山を下りた時の法然房源空でそれぞれの師から、多種多様な事を学び影響を受けたと思われます。
結局 親鸞は、身分的には、朝廷・幕府・公卿・清僧・商人・農民等々区別されず平等で、かりに十悪五逆の悪人であっても、「南無阿弥陀仏」と念仏を真剣に唱えて仏に帰命しなさいと説きます。。
そうすれば、「天地自然の法則」「永遠の真理」に基づき、戒にとらわれず、心の闇に恐れず、煩悩も多いが、ただただ「南無阿弥陀仏」とお祈りしなさいと言っています。
「親鸞」も法然上人の「教義」にかなりの疑問があつたけれども、この世で信ずる人(法然上人)に出会えた事により、自分の信ずる宗教を確立させ少数の集いの中で真剣に説いたと言われています。