Curega Note (クレガノート)- Cares for Cure - -8ページ目

Curega Note (クレガノート)- Cares for Cure -

Curega Noteは、Cares for Cure(ケアを提供する人のためのケア)をモットーにした、都会の隠れ家サロン。
サロンオーナーのReinaが日々の気づきを大好きなフォトと共に綴ります。

分かりやすさって、大切だなって思います。

サッカーの解説をされる、松木安太郎さん。
実は、私は松木さんのファンです。
明るくて、ちょっとお茶目な感じで、でも、嫌みがない。
コメントの大らかさが面白くて、憎めないの。

私は知らなかったのですが、彼の解説はとても分かりやすいことで定評があるそう。
サッカーの中継では、応援みたいな解説と評されることもある一方・・・
難しいルールが分からない人でも感情移入できるような配慮をされている
とか
背番号と選手の名前を言うことを心がけている
とか
難しいルールを端的に伝えてくれる
とか・・・・
小さな配慮が重なって、楽しみながら試合が見られるのだそうです。

分かりやすいって、本当に大切だと思いませんか?
もちろん、専門性を高めて求める人もいるけれど、
入り口は、楽しくて分かるとか、そういう感覚を大切にしたい。

分かるっていう気持ちが、前に進めていく原動力になりますね。
だから、分かって、更に進みたい気持ちをサポートできるような、
そんなセラピーになれるように。

今日もそんなことを考えながら、一日過ごしていました。
オーラソーマと自分。
私は、どんなコンサルテーションがしたいのだろう?

昨年くらいから、漠然とずっと考えていたこと。

その答えは意外なところか、ぴゅ~んとやってきて、

ああ、これだ。

と思うものになりつつあるのが、最近。

以来、私のところにいらして下さるのは「変わりたい」という自分と、
真摯に取り組もうとされている方になりました。

人によって、セラピーに求めるものは違います。

話を聞いてもらって、すっきりしたい。
綺麗なボトルで癒されたい。
この人と話すと元気が出る。
自分を承認してほしい。
変わりたいから、変わり方が知りたい。

どんな想いがそこにあるかは、それぞれ。

では、何で、私のところに「変わりたい」という方がいらっしゃるのか?

それは、私のコンサルテーションが、変わるための手順を一緒に探すからだと思います。

私が、オーラソーマをすることで、変容のプロセスを促進するにはどうしたらいいか?
というのを突き詰めて考えていたのは、昨年。
どうしても、「気づき」を、更に一歩深めたかったのです。

これは、私の質なんでしょうね。

もともとコンサルタントだった私は、何かに気づくだけでも尊いと知っていても、
やっぱり、それを実現できるような現実的なプロセスまでサポートしたくて。

別に、誰に話したわけではないのですが、スターが呼ぶとはこのことで。
自分の軸がすっきり調ったから、必要だと思う人がいらして下さるのでしょうね。
有難いことです。

コンサルテーションでは、オーラソーマを軸にして、
皆さんの「変わりたい」という気持ちをサポートします。

多分、変わりたいけれど、その方法が不透明になってしまう時。
変わるっていうことは、今日から自分が生まれ変わるのではなくて、
昨日より、今日の自分の意識がどれだけ変化したか? という問いかけの繰り返し。

これを続けて行く中で、振り返った時に、自分が変わって行くことを実感する。

だから、漠然とした、「許し」とか「変容」とかではなくて、
もっともっと、現実的な、でも分かりやすく変化を感じられることに落とし込んで行きます。

どれも、無理強いするものではないですが、不思議です。
変わりたいという人は、自分で自分のためのアクションを導いていくのです。

そこまですると、クライアントさんの中で、気づきではなくて、
「私は明日、これをする」
という気持ちが前に出て、変化の道筋がつきやすくなるのです。

それが、どんなことでもいいのです。
その人にとって、それで変化というものを感じられるなら。

私は、そのスイッチの場所を一緒に探して、そのスイッチを渡すのが仕事です。
スイッチをオンに自分ですることが、第一歩。

大きな一歩を探すより、小さな一歩を探しましょう。
その小さなことの積み重ねが、自分の変容になります。
そして、その小さな積み重ねから、大きな一歩のきっかけが生まれる。

だから、続けてみてほしいです。そこにしかない答え、というのがありますから。




ピラティスに通って、半年以上が経過しました。
できなかった複雑な動きも、ずっと向き合っていくと、
いきなり、ふわりとできるようになります。

そして、分からなかった身体の繊細な内部の感覚も、
ふっと気づくようになります。

人の身体の変化は、意識と明らかに繋がっている。
というか、意識でしか、変化は感じとれないし、起こせないのだなと
しみじみ。

ピラティスはとことん身体にフォーカスを入れますが、
この時に面白いのが、不要なところの身体を強ばらせるのはNGなんです。
身体は、必要な場所に意識を入れながら、背骨を柔らかく使う。
そうでないと、身体を痛めてしまったり、稼働域が狭くなってしまったり。

これは、多分、私たちの日常生活にも言えると思います。

頑張る(時に、「顔晴る」と書かれる方もいますね)というのが、
もしかしたら、間違って作用してしまうと、かえって心を痛めてしまったり、
自分ができることが減ってしまう(稼働域が狭くなる)感覚になったりしてしまうのかもしれません。

私は、若い時(30歳くらいまで?)は、頑張ってやったほうがいいと言うのには賛成です。

その理由は、自分のことを知るため。
身体と同じように、心も動かして、経験させてみないと、
自分がどこでどういうことが好きか、苦手か、なんて分からないことが多い。
だから、とりあえずやってみて、理解していくフェーズって必要ではないかしら?

そう考えています。

でも、それをいつまでも続けてしまって、自分が強ばってしまう必要は、
もちろんないと思います。

これが、セラピーで言うところの、自分を忘れてしまった状態でしょう。

だから。

頑張れという必要がある人には、頑張り方を知ってもらう。
力を抜いて、周りを見渡して欲しい人には、どうやってそうすればいいかを一緒に探す。

オーラソーマは、魂のセラピーとか、
自分を取り戻したい人のためにあると言われます。
そう聞くと、とっさに私たちは、頑張ってる自分に、頑張らなくていいという許しを渡すことだと感じてしまいがちです。

本当にそれだけなのかしら?

私は、頑張りたい人も、セラピーが必要だと思いますよ。

だって、頑張りたいのに力がでないほうが、力を抜くより、難しいです。
変に力入れたら、ケガをしちゃうピラティスと同じ。
心も、力の入れ方を間違えてしまったら、あらぬ方向へ行ってしまいがち。
それに気がつかないことだってありえます。

頑張りたい、自分の力を引き出したいと思う人へも、
オーラソーマというセラピーが渡されるといいなって思います。

そして、自分は頑張らなくていいを、「行動しない」と変換しないためにも、
セラピーを気軽に使ってみるのはオススメです。

頑張らなくていいっていうのはね、必要ないことは頑張らなくていいのであって、
必要なことは、頑張るべきです。

身体を動かすために必要な腹筋は使っても、
膝を使いすぎて、身体にガタがこないようにするのと同じ。

頑張らなくていというより、自分にとって素敵で楽しいと思える頑張り方、
生き方を一緒に探しに行きませんか?