この時期の文京区って、どこへ行ってもサツキが咲いている。東京の再開発で無電柱化に金が掛かると云ってますが、それって本当に税金を使って子孫に残すべき文化的財産なんですか?

 文京区のあちこちに咲いているサツキは、まったく税金を使ってないんです。付近のマンションの管理組合なんかがやっている歩道園芸なんですよ。それこそが本当のレガシーだと思います。レガシーってのは税金を使って作るもんじゃないって事を政治家に判って欲しい。

 撮影データ・・・平成29(2017)年5月22日(月)午後5時15分 播磨坂

 旧暦で五月の事を皐月(さつき)と云います。またこの時期に咲くサツキと云うツツジに似た植物もあります。

 サツキはツツジ科ツツジ属に分類される植物ですので、多くの人はツツジとの区別は付きません。・

 批判を恐れずに藪さん的ぞろっぺさでツツジとサツキの違いを申し上げますと・・・

 ツツジは四月に咲き、サツキはツツジがしおれてきた五月後半から梅雨時に掛けて咲きます。サツキは山奥の岩肌に自生していた植物で、渓流などで水が掛かったりしてもそれにへこたれないように、ツツジに比べると丈が低く葉が細く花が小さい。

 ツツジが雨に弱いのと比べると、サツキは雨に強いので六月に梅雨入りしても平気で咲いている。つまり時期的にちゃんと棲み分けができているって事です。

 根津神社のつつじ苑のように、ツツジは坊主頭のように剪定される事が多いのに比べると、サツキってパンチパーマ的な刈り込み剪定が行われます(^ω^)

 ツツジは文京区の花だから文京区の歩道には連休前頃になるとツツジがたくさん咲いてますが、ツツジの花が終るとそれに代わってサツキがあちこちに咲き出します。播磨坂緑道公園にもサツキが咲き出してますが、播磨坂下にある共同印刷周りのサツキが、この時期には見事に咲き出します。

 撮影データ・・・平成29(2017)年5月21日(日)午前五時 播磨坂下共同印刷横

 佃島の狭い路地を入って行くと、自宅前に植木鉢や発泡スチロールの容器に雑多な植物を入れたものを露天商の如く並べています。私はそれを歩道園芸と云ってます。

 自宅前に植木鉢を並べるってのは昔の東京の下町風景です。江戸開府四百年。江戸は徳川家康が、豊臣秀吉が作った大阪堺に対抗して作った新興都市ですから、地方からたくさんの人が江戸へ流入しました。

 江戸幕府は神社仏閣を庇護して広大な土地を与えました。また二百余藩の大名を参勤交代で江戸詰めにしたために、広大な大名屋敷用の土地を必要としました。

 材木問屋や米問屋などの大商人は金を使って店を構える事が出来ましたが、一般庶民は住むところがないので九尺二間(三坪=約10平米)の狭い長屋に押し込められました。

 江戸庶民は他に娯楽が乏しいので、金の掛からない園芸を好みました。豪商とは違って四畳半一間に土間と云う狭い長屋に住んでいる庶民は庭なんか持ってない。自分の家の前の道路は自分の物って事で、路地に植木鉢を置くのは東京の下町では当たり前でした。

 東京には土がないと云う。どこもかしこも舗装されちゃうから、こぼれ種も芽を出すところがない。街路樹の根元には土があるし、コンクリートに割れ目があれば植物は逞しくそこから芽を出してきます。

 撮影データ・・・平成29(2017)年5月18日(木)お昼 播磨坂下

 文京区の花の五大祭りってのはよくできているなぁと思います。季節が感じられます。

 湯島天神の梅祭りに始まって播磨坂の桜祭り。根津神社のつつじ祭りの次は白山神社のあじさい祭り。そして最後が湯島天神の菊祭り。もちろん、藤や牡丹や薔薇や菖蒲やネモフィラ祭りってのも各地にはあるでしょう。

 でも文京区にはそう云う花の名所がないので、梅と桜とつつじと紫陽花と菊にしてあるんです。秋の菊祭りってのはちょっとインチキで、湯島天神に菊が自生している訳ではなくて、植木屋さんが育てた菊を湯島天神の境内に展示するだけです。

 夏場には町会のイベントとして、こんにゃくゑんまでほおずき市や伝通院で朝顔市をやりますが、有名どころと比べたら小規模で、あくまでもお寺の敷地を借りた町内のイベントです。

 何故お祭りをやるのかを考えてみると、人間ってのは毎日同じ生活をしていると息詰まるんです。だから定期的に祭りと云うイベントをやって、息抜きをするんだと思います。

 撮影データ・・・平成29(2017)年5月5日(金)午後一時半 根津神社

 神社の境内は、本殿・拝殿・唐門・楼門のように各部分に正式な名称が付けられています。しかしながら、一般的に境内の広場には名前が付けられていないので、その場所を説明するにはどうしたらいいか?

 私の場合は便宜的に出来るだけ判りやすい名称を付けています。例えば根津神社の場合は、楼門の前の神池や神橋がある場所は、365日ラジオ体操をやっているのでラジオ体操広場。舞殿がある場所は舞殿広場。

 一般的にはシイと云われてますが、ブナ科シイ属のスダジイの巨木が何本もある場所がスダジイ広場。秋口になるとドングリがたくさん落ちている神輿庫の手前の北側の通路がドングリ広場。

 それらの俗称は私が名付けたモノですが、私の動画では頻繁に使われていますので、どの場所なのかが判りやすいと思います。そればかりではなく、それらの場所で行われるイベントは毎年だいたい同じなんです。

 表参道からラジオ体操広場に掛けては、秋の下町祭りの時に地方の物産展や地元企業や大学のサークルなどの、業者以外の屋台が出ます。舞殿広場には観客席が置かれ、舞殿では浦安舞とか謡いとかフラが演じられます。

 スダジイ広場は権現太鼓。北門から西門に掛けてのドングリ広場には業者の屋台が出ます。

 撮影データ・・・平成29(2017)年5月5日(金)午後一時 根津神社スダジイ広場

 かつて八年前には、私のローカルでは四ヶ所でツバメが子育てをやっておりました。残念ながら現在ではツバメの姿を見ることはありません。

 都市の再開発とかって名のもとに、既存の建築物が整理され、かつて江戸の町に流入した多数の地方人を収容した九尺二間の狭い長屋のようなものが、土地が狭いのでタテに並べた縦長長屋に変貌しています。

 それに伴い、かつてツバメが産卵床を作っていた場所が消失していまい、私のローカルからツバメがいなくなりました。


 撮影データ・・・平成29(2017)年5月16日(火)午前11時 都内某所P(=ペンキ屋さん)現在この場所は更地になっています。

 ツツジを自治体の花にしているところはたくさんあると思います。何を隠そうツツジは文京区の花に指定されています。ちなみに文京区の木はイチョウです。

 ですから今の時期になりますと、何も根津神社のつつじ祭りを見に行かなくても、文京区の歩道のどこにでもたくさんのツツジが咲いています。

 それで、一番見事な歩道のツツジは根津裏門坂の歩道だと思います。根津神社には三つの大鳥居があり、南側の権現坂(S坂)にあるのが表鳥居。北側の根津裏門坂にあるのが、坂下の不忍通り寄りの北鳥居と坂上の本郷通り寄りの西鳥居です。

 根津神社の裏門の坂と云う事で根津裏門坂と云うのが正式名称なんですが、一般的には日医大病院(日本医科大学付属病院)の坂と云われています。その本郷通りに近い坂上には、当時本郷の帝国大学の講師をやっていた夏目漱石が住んでいた借家があり、猫が多い地域なので漱石は藪さんのような茶目っ気を出して「吾輩は猫である」を書いたのかもしれない。

 漱石先生は50歳になる前に胃潰瘍で亡くなったらしいが、難しい事は適当に済まして、ぞろっぺ(いい加減)に生きるって事を会得した藪さんは、漱石よりもはるかに長生きしている。

 撮影データ・・・平成29(2017)年4月29日(土)午前六時過ぎ 根津神社界隈

湯島天神の鳳輦

湯島天神の本宮(本社神輿)

湯島天神の鳳輦(手前)と本宮

 神輿をご存じない日本人はいないと思います。では鳳輦(ほうれん)は?

 鳳輦は、神輿と同じような形をしているのですが、車輪が付いた山車のようなものです。

 神輿と鳳輦の違いは? 神輿は神社の社殿を模した形で、神霊(みたま)入れと云うご祭神を本殿から移す儀式を行ったものです。つまり神様が鎮座しているものです。

 一方鳳輦とは、時の天皇が行幸する時の乗り物です。神輿は担ぎますが鳳輦は担ぎません。神輿は神様の神霊が乗っていると云う設定ですので、氏子が担ぐ事で多少振動しても、神様は文句を云う事はありません。

 でも鳳輦は天皇の乗り物ですので、担いだりせずに台車に乗せて静かに移動すると云う事なんです。

 本社神輿はほとんどの神社が持っていると思いますが、鳳輦は湯島天神のように由緒ある神社しか持ってません。徳川将軍家に庇護された根津神社でさえ、六代将軍 家宣(いえのぶ)が寄進した三基の本社神輿はありますが、鳳輦はありません。

 私が実際に見た事があるローカルの神社の鳳輦は、湯島天神と神田明神のみです。鳳輦は神幸祭の時にしか出てきません。

 ハナミズキと云うのは「鼻水の木」ではない。漢字で「花水木」と書くミズキ科の落葉高木で、別名はアメリカヤマボウシ。

 何でハナミズキと云うのかっつ~と・・・ミズキの仲間で花が目立つからと云う判りやすいネーミング。アメリカヤマボウシと云うのは、米国原産で日本の近縁種のヤマボウシに似てるからで、これまた判りやすい。

 間違えやすいのはハナミズキの花で、花びらのように見えるのは実は花ではなく花のつぼみを包んでいた葉っぱ。本当の花は、中心にある小さな5ミリ程度のツブツブが四弁の花を咲かせる。

 北米原産のハナミズキが何で日本にあるのか?

 明治45(1912)年に当時の東京市長(現東京都知事)であった尾崎行雄が、米国のワシントンD.C.(District of Columbia)へソメイヨシノを贈った返礼として、大正4(1915)年にD.C.から贈られたもの。snob先生情報によると、贈られたハナミズキの原木が小石川植物園にあるとの事。文京区名人を目指す藪さんがそれを知らなかったとは・・・なんたるちあ?(^ω^)

 小石川植物園の脇の御殿坂を登り、白山下へ降りる坂の左右や、本郷通りが東大農学部前から分岐した旧中仙道(白山上の旧白山通りへ至る道路)の左右の歩道に、街路樹として白と薄いピンク色の花を付ける木がだいたい交互に植えてあります。

 藪ローカルでの花期は4月中旬から4月いっぱいまでで、5月に入ると散ってしまいます。以下の動画は、4月29日(火祝)の朝6時頃、根津神社のラジオ体操を取材に行く途中に電チャリのハンドルにアクションカムをセットして、植物園脇の御殿坂から根津神社へ至る道中を撮影したものです。

 動画撮影のエキスパートになるには様々な不具合をクリアして行かなくてはなりません。これでシステム完成! だなんて安心していると、思わぬ不具合が出てまいります。その動画が以下のもの。

 播磨坂のテストでは、下り坂で時速33キロ出しても映像にはほとんど問題がなかったから、これでシステム完成だと思ったのですが、撮影の前にはちゃんとネジの増し締めをして万全を期す必要があります。路面による振動で、思いのほか各パーツを固定しているネジが緩むものです。気を付けましょうね(^ω^)

 撮影データ・・・平成26(2014)年4月29日(火祝)午前6時頃 御殿坂~根津神社

 かつては根津神社のつつじまつりの一環で、根津神社の最寄りの不忍通りをかっぽれ踊りのパレードがありました。

 

 

 撮影データ・・・平成26(2014)年4月27日(日)午後三時頃 文京区千駄木