東京地方の小学校では、令和7(2025)年の今年は曜日の関係で7月18日(金)に一学期が終り、翌日から8月いっぱいまで夏休みってのが一般的です。

 ガキの皆さんは夏休みだって~とダレちゃって、朝寝坊になっちゃって生活のリズムが乱れがち。って事で町会が主体になって朝六時半からラジオ体操をやるのが普通です。

 ちなみに私のローカルの戸崎町町会でも、今年は7月22日(火)~7月31日(木)まで、念速寺前で夏休みラジオ体操会をやります。私が子供の頃からやっていたのでその歴史はかなり古いです。

 文京区の大塚公園がラジオ体操発祥の地とされています。他にも発祥の地を名乗る場所があるのですが、それはあくまでも夏休みだけのラジオ体操会であり、文京区のように年間を通して十ヶ所で一年365日年中無休でラジオ体操会をやっているところは少ないと思います。

 教育の森公園は、かつては教育大学があった場所です。現在は筑波学園都市に移転して筑波大学に名称を変更しました。通信教育の放送大学の拠点でもあります。

 教育の森公園は文京区の防災広場にもなっています。災害弱者であるお年寄りがラジオ体操に参加するのは健康的で素晴らしい。ラジオ体操が終わったあとにお年寄りたちは茗荷谷のマックでお茶してます。ちなみに私もロコモコを食ったりしてる。

 病院でたむろしているお年寄りよりもはるかに健康的だと思います(^∇^)

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月12日(水)午前六時半 教育の森公園

 7月13日の夕方におがらを焚く。その煙に乗って十万億土の彼方からご先祖様が我が家にやって来て仏壇に鎮座する。ご馳走を差し上げてお下がりを頂く。

 ご先祖様の日程は、13日から17日までの四泊五日。この一年間にあった事をご先祖様に報告する。お盆の間は虫を捕まえたり殺生をしてはいけない。蚊取り線香は例外のようだ。蚊取り線香は蚊が寄って来ないようにするためであって殺すためではないからなのかも知れない。

 17日の夕方におがらを焚く。その煙に乗ってご先祖様は十万億土の彼方へ帰って行く。茄子や胡瓜で作った牛や馬などの仏壇の飾り物をまとめて蔵前橋へ行き、隅田川へ流す。

 以上が子供の頃の我が家のお盆のルーティーンでした。スーパーへ行って市場調査をしてみると、おがらが売られてます。仏壇の飾り物もセットになって売っている(^∇^)

 しかし現在、私が子供の頃のお盆のルーティーンができにくくなっている。私のローカルで子供が花火をやろうとしたら小石川消防署に事前に届け出なければなりません。だから、おがらを焚くにも消防署に相談する必要があるのかも知れません。

 完全にNGなのは、仏壇の飾り物を隅田川に流すとゴミの不法投棄となり逮捕される(^ω^)

 何故隅田川に流したのかを考えてみると、隅田川はかつては大川と呼ばれていて、東京湾へ流れる川だからです。東京湾は太平洋に繋がっている。仏壇の飾り物はゴミではなくご先祖様と四泊五日を過ごした大事な品物なんです。その品物を大洋に漂わせると云う意味があったのか?

 まあ個人ではなかなかお盆が出来なくなった昨今。靖國神社へ行けばちゃんと東京のお盆をやっている。もちろん靖國神社の場合は御霊(みたま)祭であり、明治維新の戦乱で命を落とした官軍の兵士の魂が帰って来る場所として東京招魂社として設立されました。

 その後多くの不幸な戦争があり、250万余柱もの御霊が靖國神社に祀られるようになり、その御霊がお盆に帰って来る。靖國神社のメイン行事は春秋の例大祭行事です。それは神社の行事であり庶民が参加できるものではない。多くの庶民が参加できるお盆のイベントが靖國神社の御霊祭なんです。

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月15日(土)夕方 靖國神社

 「御霊祭(みたままつり)」と云うのは何も、靖國神社の行事に限った事ではなく、ご先祖の魂が十万億土の彼方から帰って来ると云うイベントなので、神社仏閣を問わずに精霊流し等の盂蘭盆会(うらぼんえ)の行事として行われています。

 私のローカルで云うと、護国寺では7月9日と10日に四万六千日の法要をやってましたが、伝通院(でんづういん)ではやってなかった。その代わり伝通院では新盆の御霊祭の準備をしていました。

 現代ではお盆と云うと、夏休みに絡めて旧盆の8月15日前後に日本全国が一斉に夏休みになって、東京がガラガラになって、エナカもんがいなくなるので私はうれしい(^∇^)

 でも本来のお盆ってのは、夏い暑の今なんですよね。東京の最大のお盆イベントが靖國神社のみたままつりです。左翼の皆さんは戦争のどうのこうのと云ったりしますが、戦争で計らずも命を落とされた方々の魂が帰って来る場所として約束されたのが九段の靖国神社なんです。

 弔らってもらえない御霊はお盆に帰って来れません。250余万柱をお迎えするのが靖國神社のみたままつりなんです。日本各地の地元のお祭りを靖国神社で再現します。

 明治維新の官軍総大将だった長州藩の大村益次郎の銅像の周りでは盆踊りが行われ、最終日の7月16日の夕方には神輿渡御が行われます。御霊に日本の夏祭りを楽しんでいただくためのイベントです。近年では酔った若者が夜遅くまで騒ぐって問題も出て来ていますが、私がもっと若ければ天誅隊を組織してガキをボコボコにしましたが、暴力沙汰はみたままつりには相応しくない(^ω^)

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月13日(木)午前7時半 靖國神社

四万六千日(しまんろくせんにち)お暑い盛りでございます
 これは黒門町の師匠(八代目 桂文楽)が、舟遊びの落語「船徳(ふなとく)」で語った、短い言葉で夏の暑さを表現した名フレーズです。

 場面展開のシーンで「四万六千日。お暑い盛りでございます」と語る。こんなに短い言葉で一瞬に真夏の暑い状況を客に伝える。文楽が工夫して考え出した言葉です。

 落語家はバカにはできないんです。真剣に考えて、考えて、考え抜いて、よしこれだと云うフレーズが出来た時に、初めて高座に掛けて演じるんです。それが八代目 桂文楽大師匠でした。今の噺家と云われるデモシカが何百人束になって文楽と勝負したって敵わない。

 かつてはそんな凄い噺家がいたんです。志ん生、文楽、円歌、金馬、正蔵、可楽、圓生、柳橋、三木助、柳枝・・・先代の味噌汁の目白の小さん以前に物凄い噺家たちが東京落語を確立してきました。残念ながら小さんを超える噺家が出てこない以上、東京落語はもう終わったんです。

 ふと思ったんだが、神社仏閣の格付けってのはあるんだろうか? 石松三十石船では、次郎長子分の格付けを虎造さんはやって、一番は大政、二番は小政。三番は大瀬半五郎で四番はサード長嶋・・・これは私が作ったギャグ(^ω^)

 それはさて置き、神社の一番手は伊勢神宮でしょう。二番手は出雲大社か? じゃあ東京のお寺の一番は? 呑みねぇ呑みねぇ、寿司を食いねぇ。上野の東叡山寛永寺でしょうか? じゃあ二番手は?

 これが難しい。徳川家がいろんなお寺の庇護をしたので、徳川家の勢力争いになりかねない。金龍山浅草寺と大本山護国寺はどっちが格上なのか?

 相変らず私の記事は、あっと云う視点から書いてますね(^ω^)

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月10日(月)午前十時半 大本山護国寺

 

 ちなみに黒門町の師匠の「船徳」の落語映像。

文楽 船徳

 実際に取材に行ってみれば判りますが、いやはや靖國の夏は暑い。私を含めてお年寄りの参拝は熱中症に十分気を付けてください。表参道には日陰がないので日傘や帽子を忘れないで下さい。

 八年前のこの取材時は、久々に神保町の今は無き「いもや」でワンメニューのカツライス(800円)を食べてから行ったので、お腹がいっぱいで冷たいビールも飲む気になりませんでした(^ω^)

 能舞台でやっていた浪曲をしばらく聴いていたのですが、サウナに入っているような感じで熱中症になりそうなので、冷房が効いている遊就館(ゆうしゅうかん)へ避難しました(^∇^)

 遊就館での各種展示を見るに付け、東南アジアや西太平洋の島々へ出兵した兵隊さんはさぞや暑かったろうなぁと思いました。今の日本があるのは彼らのおかげです。人間誰しも間違いを起こします。国の指導者が間違いを起こすと国民がとんでもない被害を蒙ります。

 今の日本は個人が自由な意見を発表できる国になったので、野党の議員なんていなくたって軍事国家に暴走する事はありませんが、ミサイルを何発も発射する国に対して野党連中が何も云わないのは、どう考えたって国会議員としては相応しくない税金泥棒です。

 もう暑くてこれ以上まともな文章が書けません。みなさんもエアコンを適度に使用して熱中症に気を付けましょう。

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月15日(土)お昼 靖國神社

 浅草と云えば金龍山浅草寺と云うお寺です。パナソニック創業者の松下幸之助さんが、病気快癒祈願をしたお礼として昭和30年代に奉納した雷門の大提灯とか、五重塔や仲見世とか広大な敷地で有名です。浅草神社ってのも浅草寺の本堂の右隣にあるのですが、あまり知られていない(^ω^)

 三社祭ってのがあるでしょう? 神輿を担ぐ訳だからお寺の浅草寺のお祭りではなく、浅草神社のお祭りなんです。浅草神社と云うのは、浅草寺のご本尊の聖観世音菩薩像を宮戸川(現在の浅草地区の隅田川)で拾った漁師など三人を神様として祀った神社です。

 つまりこの三人がいなければ、徳川幕府に庇護された現在の浅草寺は無い訳ですから、お参りするんなら筋として、まず浅草神社に参拝してから、浅草寺に参拝すべきではなかろうかと、藪井竹庵(私のハンドルネーム)と云う神社仏閣評論家が云ってました(^ω^)

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月8日(土)午前八時半 浅草神社

 七夕(たなばたorしちせき)の風習ってのは平安時代の昔からあったのかな? 平安貴族は金があったから水域を使ったおされ~な涼しいイベントをやったんだと思うけど、貧乏な江戸庶民は七夕なんてやったのかなぁ?

 東京のテレ朝(地デジ5ch)が月金の朝四時から今だにやってる「おはよう時代劇」やスカパーの時代劇チャンネルで「暴れん坊将軍」は何度も繰り返して見ているんだが、江戸庶民の子供が短冊に願い事を書いているのなんて見た事がないなぁ。

 私は地元のキリスト教の幼稚園へ植物園脇の御殿坂を登って通ったので、クリスマスの劇はやったが、七夕のイベントをやった記憶がない。キリスト教の幼稚園なので一般的な幼稚園とはカリキュラムが違っていた。

 日曜日には礼拝があって、永谷園のお茶漬けに入っている広重のカードのような、キリスト教関連のカードを貰ってくる。その代わり土曜日が休みだった。でも日曜日が休みじゃないので近所の子供とはスケジュールが合わない。

 昭和30年代に小学校に入ってからも敗戦国日本は貧しかった。米国から家畜の飼料を貰って小学生の給食の食材にしていた。今なら左翼が騒ぐだろうが、米が無いから貸してくれと云うような食糧難の時代だったのだ。食い物に賞味期限なんてものはなかった。ニオイを嗅いで食えると思ったら食ったのだ。まるで野生動物のような逞しい時代だったなぁ(^∇^)

 七夕の取材って難しい。ブラスバンドやかっぽれや阿波踊りをやる時間帯に行けばある程度の取材が出来るのだが、暑い夏場に午後までスタンバイしてたら熱中症になっちゃいます。それに足が疲れちゃう。支那人は矢鱈と縁石やガードレールに座るけど、私は礼節を持った日本人だから、足が痛くてもそんなみっともない事は絶対にしないんだ!

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月8日(土)午前八時 合羽橋本通り

 ツバメは毎年四月中旬から六月中旬の間に産卵して子育てをします。産卵床を作り始めてからヒナが巣立つまでは一ヵ月半ちょっと掛かります。その後一ヵ月半の飛行訓練で南の島へ長距離飛行する準備が整います。

 ツバメはどこにでも産卵床を作る訳では無く、産卵床を作りやすい場所があって、毎年同じ場所で子育てが行われるのは、そこが子育てをしやすい場所だからです。

 ツバメは毎年何万羽日本に渡ってくるのか知りませんが、子育てをしやすい場所と云うのはお母さんの数だけある訳じゃないので、子育ての時期をずらす必要があるのです。

 アラスカのキングサーモンも、産卵の為に一斉に海から川に入って来ると最上流部の産卵場所が混雑するので、時期をずらして遡上します。最初の遡上行動をファーストラン。二回目の遡上行動をセカンドランと云うと、日本のp最後の文豪=開高健先生が、「河は眠らない」と云うビデオの中で云ってました。

 私も開高先生に倣って、四月中旬までに産卵床を作り始めるツバメをファーストラン。六月初めから中旬までに産卵床を作り始めるツバメをセカンドランとしました。

 ファーストランのヒナは五月末までに巣立つのが普通ですが、六月中旬まで巣立たない場合は、その場所ではセカンドランの子育ては行われません。何故ならヒナの巣立ちが八月までずれ込んでしまい、秋口に集団で南の島へ渡っていくまでに飛行訓練が足りずにほとんどの場合、速く飛べなくて天敵にやられてしまうからです。

 ローカルの数ヶ所でビルの建て替え工事が行われる数年前までは、我が家の近所では五ヶ所でツバメが毎年二回の子育てをやってました。そのうちの一つの配送会社の荷捌き所の広い工場ではなんと十ヶ所以上で同時に子育てが行われていました。

 残念ながらそれらの子育て場所はこの数年ですべて全滅してしまい、この二年間は全くツバメを見なかったのですが、三年ぶりにやっとツバメが戸崎町のお宿に戻ってきてくれて、現在は五羽のヒナが成長中です。

 以下の動画は今年のものではなく、八年前の戸崎町ローカルのツバメのお宿のセカンドランのヒナたちです。

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月14日(金)午前五時前 都内文京区小石川戸崎町ローカルのツバメのお宿

 先月6月7日にローカルにツバメが来ているのを発見しました。ここではもう30年来毎年ツバメが二回の子育てをやっていたのですが、どう言う訳か二年前からツバメが来なくなってしまいました。

 三年ぶりにツバメがやってきたのです。本来は四月半ば頃から子育てを始めるのですが、その時期にはやって来ずに、六月になってやって来ました。

 六月半ばまでに子育てを始めれば、九月半ばに集団で南の島へ渡って行くのに十分な飛行能力を巣立ったヒナは身につけられます。

 先月末にほとんど毎日、産卵床の下に卵の殻が落ちているのを三個拾いましたので、最低でも三羽のヒナが孵化しているはずだと思っていました。

 7月4日に画像や動画のように、五羽のヒナが誕生しているのを確認できました。既に孵化後一週間ほど経過していると思われますので、あと二週間たくさんエサを食べて巣立って欲しいと思います。

 撮影データ・・・令和7(2025)年7月4日(金)午後一時過ぎ 文京区小石川戸崎町ローカルのツバメのお宿

 使用機器・・・SONYハンディカム&三脚

 私の三大ルーティーンと云うと、東京文京区の播磨坂と湯島天神と根津神社でしょうね。この数年は年に十回以上は取材しています。だからその三ヶ所に付いては文京区名人と云っていいほど誰よりも詳しい。

 米国の歌の歌詞を引用させていただくならば、エブリ・インチをアイ・ノウでっせ(^ω^)

 梅まつりの湯島天神や桜まつりの播磨坂、そしてつつじ祭りの根津神社は混雑しますが、それ以外の時は私好みのガラガラで貸し切り状態です(^∇^)

 靖國神社の神門をはじめ、門のある多くの神社では朝六時に開門するのが普通です。湯島天神でも拝殿前の門は朝六時に開きます。春日通りの夫婦坂側には門がないので朝六時前に本殿裏に入る事は可能ですが、鳥居の内側は神様の領域なので、朝早くにお騒がわせするのは失礼ですからラジオ体操の時間の六時半に行くのが空いていて一番いい。

 撮影データ・・・平成29(2017)年7月4日(火)午前七時 湯島天神