甲斐犬との再会(その1) | 旅はブロンプトンをつれて

旅はブロンプトンをつれて

ブロンプトンを活用した旅の提案

 

いまからひと昔以上前、つまり10年以上前のこと。

ブロンプトンを買ったばかりの私は、どうしてもやってみたい旅がありました。

それは、誰もいない朝の桜並木を自転車で走り抜けること。

静寂を表す言葉(英語由来ときいています)に、「針が落ちる音が聞こえるほど静けさ」という表現がありますが、早朝、それも、桜の花びらが地面に落ちる音が聞こえるほどの静けさの中、自転車で桜並木をゆっくり下ってみたいと思ったのです。

そうなると、東京からある程度離れた人口が密集していない地域で、まだあまり有名ではなく、さらに周囲に観光地が無いことが求められます。

そんな穴場のような桜並木はあるだろうかと探して狙いを定めたのが、山梨県北斗市武川町にある眞原(さねはら)の桜並木でした。

まだバブルがはじける前に、この桜並木のやや下方にある、實相寺という日蓮宗のお寺に、山高神代桜という、樹齢2000年!ともいわれるエドヒガンを見に行ったことがあって、武川町のことは知っていたのです。

地域を知っている自分ですら、そんなところに桜並木があったかしらんと思う場所で、行くまでは半信半疑でした。

ちなみに私は旅行会社社員時代は、海外の団体旅行と出張・視察旅行を扱っていたため、国内旅行のことはまるでダメスティックなところがあります。

歴史が好きなくせに、奈良とかよくわかっていなかったりします。

今回は車で行って、ブロンプトンで早朝に宿から往復することにしました。

前の晩に激しい雨のなか中央道を車で走り、須玉インターで降ります。

ここは普通八ヶ岳の麓、清里や野辺山にゆくときに使うインターチェンジなのですが、今回は逆方向、南にすすんで中央線の日野春駅をかすめ、国道20号線をわたって南アルプスの麓に飛び込んでゆきます。

大学生の頃、この付近の林道を走っていた時分でも聞いたことがないような、藪の湯温泉という、行き止まりにある旅館に着いたのは、午後8時をまわっていました。

奥の方で宴会をやっているのか、カラオケが聴こえるロビーで宿帳に記入したら、フロントに近い、地階の部屋に通されました。

一応、翌朝早朝に、この下にある桜並木を自転車で見学に行きますと伝えたら、物好きな人もいるものだという反応をされました。

朝の5時に起き出して桜並木へ行くなんて、カメラマンくらいしかおりません。

彼らがよく着用している、ポケットがやたらとついたメッシュのベストでも着てくればよかったなと思いつつ、雨も降っていることだし、その日は早目に床に就きました。

翌日の桜並木は、青空にそびえる甲斐駒ヶ岳をバックに素敵でした。

朝早くで人が全然おらず、昨夜に散った花びらの上に、朝陽を浴びながらはらはらと新たに花びらが落ちてゆくさまが見事でした。

宿と桜並木の往復は、かなり高低差があったので大変でしたが、それでも4月の山の朝は気持ち良いものでした。

桜を堪能した後に宿に戻り、お風呂に入って身支度を済ませ、車にブロンプトンを積んで宿をあとにする段になって、玄関に黒っぽくて小さな犬がいるのに気が付きました。

昨日の夜も含め、まったく吠えなかったので、気付かなかったのですが、よくみるとつながれていません。

私はこのブログでも書いたのですが、1歳になる前に犬に押し倒されて首を嚙まれたことがあるので、大人になった今でも犬と名の付くものは、小型犬であれ職業犬であれ、嫌いなのです。

それに犬ってうれしくても攻撃する時同様に飛びついてくる個体がいるじゃないですか。

私はああいうリアクション、動物の種類に関わらずダメなのです。

もちろん人間も(笑)。

でも、ここで会った犬はなんだかおどおどしていて犬らしくありません。

すると宿の人が、「それ、かいいぬっぽいけれど、かいいぬじゃぁないからね。」というのです。

なぬ?

飼い犬じゃなければ、借りてきた犬か、さもなければ野犬かと身構えると、「でも大人しいから大丈夫だよ」といわれ、首輪もして札もぶら下げているこの犬が、この旅館の飼い犬ではないとはいったいどういうことなのかと悩んでしまったのでした。

そうこうしているうちに、この藪の湯温泉は閉業してしまい、二度と泊まることはかなわなくなってしまいました。

赤坂の旅籠、大橋屋さんではありませんが、宿って思い立ったときに宿泊しておかないと、永遠にその機会を逃すこともありますので、気になった宿は泊っておくことをお勧めします。

それも旅の一期一会ですから。

それから何年か経ち、同じ山梨県の柳沢峠にバスで登り、青梅街道を奥多摩まで下るということをやるようになりました。

良く晴れた11月下旬、冬季になるとバス便も無くなるからということで、塩山から山梨交通のバスで峠へ登り、空に雲ひとつ見当たらないので、竹森林道に乗り入れて、ひとり富士山を眺めておりました。

あまりゆっくりしていると、青梅街道の車も増えてくるので、午前10時には奥多摩湖方面へと下ります。

しかしこの時は晴れていても寒くて、お茶が飲みたくなって柳沢峠から10分ほどくだったところにある旅館併設のはまやらわさんで名物のわらび餅を食べようと立ち寄ったのです。

その際、偶然に本物の「かいいぬ」(甲斐犬)に会いました。

甲斐犬(「かいけん」、または「かいいぬ」)は、秋田犬同様、甲州地方で飼われてきた、シカやイノシシ猟に使われていた狩猟犬で、全体的には黒く見えるものの、虎毛が混じっていて年齢とともにそれが目立ってくる個体が多いので、虎毛犬とも呼ばれているそうです。

頭が良く、主人以外の人間には警戒心を持つものの、主人には非常になつくことから一代一主のとも言われているそうです。

私は犬には自分から近寄らないのですが、無邪気な子犬で、つながれているのに小鹿みたいにぴょんぴょんと上にはねて「遊んで~」と催促しているのです。

(この垂直にジャンプするのも甲斐犬の特徴なのだそうです)

御主人が、この子は血統書付きの甲斐犬で、まだ子犬だけれど箱入り娘なんだと説明してくださいました。

猟犬ときいて、最初は獰猛なのかと警戒したのですが、この犬は顔が優しそうで、子犬だしご主人も席に近い場所につなぎなおしてくださり、せっかくだからまぁいいかと、少しの間お相手仕りました。

しかしこの犬、子犬だからなのかやたら愛想がよく、触れ合うと猫みたいに足にまとわりついてきます。

それに、犬特有のあの匂いがしません。

なんだろう、それに、主人以外の人間には警戒するのではなかったのか…。

食べているものなのか、飼われている環境なのか、犬臭さがまったくないのです。

その日は自転車で下らねばならないこともあって、ひとしきり遊んで帰りました。