青梅街道をゆく ブロンプトンで柳沢峠越え(その13) | 旅はブロンプトンをつれて

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ブロンプトンを活用した旅の提案

街道で柳沢峠を目指す旅は、西東京バスの終点、丹波山村役場からおよそ12㎞峠方向へ登った、落合バス停からになります。
ここは丹波山村方面から登ってきて、10㎞以上登りの区間、一切自販機が無かったので飲料補給とトイレがある絶好の休憩ポイントでもあります。
コロナ前は営業していたキャンプ場とやまめ釣場があるのですが、今は休んでいるようで、以前生簀に大量に泳いでいたヤマメもまったく見当たりません。
しかし、よくよく見てみるとバス停もありません。
どうやら、ここはバスが折り返す地点であって、バス停はもっと登ったところにあるようです。
このように、何回も車やオートバイ、そして下りだけなら自転車にて走っている場所でも、バス停など細かい位置は勘違いしていることが良くあります。
そんなことが分かったからとて、何の意味も無いと言う人がいるかもしれませんが、バス停の位置の誤認は、ハイキングに行った時などとんでもない結果をもたらすことがあると経験的に知っています。
むかしその勘違いがもとで、延々と林道歩きをしたことがありますから。


それに、認識や観察の方法にも影響を及ぼすのです。
車で何度も通りがかっているのに、歩くまで気付けなかった家の近くの対象に気が付いたということはありませんか。
たとえば、こんなところにこんなお店がオープンしたと驚いたら、もう一年前からそこにあると知った時のように。
なぜ見落としが発生するのでしょう。
やはり歩くのと違い、車は絶対的なスピードが速いからでしょう。
でも、長距離を歩いたことのある人ならご存知の通り、徒歩はかなり身体的にきついものがあります。
その点、登りの自転車であれば、徒歩よりは速く、かといって肉眼で細かいものを見落とすほどのスピードではありませんから、人間の認知機能にとってはちょうど良い塩梅なのかもしれません。
また、自転車における下り坂とも違い、有酸素運動しながらの観察という点も良いのかもしれません。
なにしろ、山の新鮮な空気が身体の中に絶えず補給されている状態ですから。
そう考えると、エアコンもカーステレオも、運転補助機能も動力すらついていない、この自転車という乗り物が、脇を通り抜けてゆく車やオートバイよりも、ずっと豊かな旅を支えてくれていると思うのです。


これは本を読む時も同じです。
むかし効率学習として勧められていた速読は、読みが粗いから大要だけはつかめても、詳細がわかりません。
試験対策としてはそれでよいのでしょうが、こうした読み方しか経験できず、それが時間をかけて癖になってしまうと、じっくりと文章を味わうことや、何度も読み返しているうちに見えてくることなどが見えなくなってしまいます。
若いうちはそれで要領よく立ち回れるのかもしれませんが、誰もがそうであるように、やがて年をとって身体も頭もゆっくりとした動きにしかついてゆけなくなったとき、「ついてゆけないから諦めよう」と早々に投げ出したくなるように思います。
私は認知症のきっかけも、こうした本人の態度がベースにあるようにおもいます。
60代70代になっても要領の悪い人を馬鹿にしているような「幸運な年寄りたち」ならなおさら、一気にその日が来るのではないでしょうか。
しかし、若い時分から自分の要領の悪さを自覚していて、迷いながらもコツコツと本を読むようにしてきた人は、年齢を経たときも同じような感じで読書を楽しめます。


本人は他人と比べることをしないからどうということを感じていませんが、「やっと真の意味で読書を楽しめるようになった」という気持ちです。
そして、同じ個所を繰り返し読むことで思いを新たにしたり、一方で、さっさと読めるような時や書籍は、よく注意した方が良いと警戒したり、読んでいない本が増えてゆくにつれて、謙虚さと将来への愉しみが同居したりと、年をとって目も頭の回転も悪くなったのに、本が面白くて仕方がないという世界に入ってゆけます。
これ、生活に追われて本が読めないと愚痴を言っている人や、金儲けや自己の名誉のためだけに情報を取り入れている年配者より、よほど幸せだと思うのです。
これは読書以外、食事や仕事のやり方など、みな同じだと思います。
要領が悪いこと、人生に躓くことが、決して悪いことではないのです。
もしかしたら、与えられたチャンスなのかもしれない。
どん底や出口の見えないトンネルに入っていると感じている時に、そう考えるのは難しいのですが、長い目で見てそれをどうとらえるのかは、その日その日に自分で選択できることだと思います。

(鶏冠山林道入口)


話が脱線しました。
バス折返し所から700mほど登るあいだに、塩山駅からのぼってきた午前便のバスとすれ違いました。
客は乗っておらず、やはりバス停はこの上というのは本当みたいです。
右折一ノ瀬高原の標識がでてきて、高橋川を落合橋をわたって、8分ほどで落合バス停に到着しました。
ここは青梅街道の左側に商店兼旅館、右側には東京都水道局水源管理事務所落合出張所があります。
手前の落合橋から高橋川沿いにさかのぼると、高橋集落で道は左右に分かれ、右をゆくと犬切峠を越えて前に書いた一ノ瀬集落へ、左をゆくと白沢峠という、富士川水系と多摩川水系を分ける分水嶺の尾根に出ます。
白沢峠から稜線上を北へ辿ると、多摩川の最初の一滴という水干神社を抱える笠取山です。
この辺り一帯は多摩川の源流で東京都の水源涵養林だから、山梨県でも東京都水道局の派出所があり、笠取小屋へと登る林道(一般車両進入禁止)を使って、山が荒れないように保全事業を行っています。


バス停をよく見ると10時と15時半の一日2便、しかも4/15~11/19の土日祝日のみの運行です。
この時間帯では、笠取山に登って戻ってくることはほぼ不可能ですから、行きか帰りにタクシーを利用することになります。
ここの標高は1,114m。
しかし、前の夕方にバスで来てここの旅館に泊まり、翌朝犬切峠をブロンプトンで越えて一ノ瀬高原の作場平(標高1,315m)にゆけば、笠取山山頂(1,953m)まで片道3時間、峠を越えなくても白沢峠下の林道終点(1,286m)まで詰めても片道3時間半、復路はブロンプトンがあれば日が沈む前に奥多摩駅まで戻れそうです。
もちろん、午後便に乗ってここまできて、ブロンプトンで犬切峠を越えて一ノ瀬高原にある民宿に宿泊して、翌朝早くに笠取山を目指すというのも魅力です。
問題は週末しかバス便が無いこと。
ブロンプトンがあれば、月曜日に休めば日曜宿泊月曜登山ができます。
もしこれが路線バスの旅なら、奥多摩駅から丹波山村役場に9時半について、そこから青梅街道12㎞弱を6時間かけて歩いて15時半のバスに乗って塩山駅へ下るということになるのでしょうが、今回同区間をブロンプトンで登って、前者の方がおそらく気持ちが良いし、身体にも良いし、事故の心配も少ないと思われます。


よし、落合まで来たらもうすぐだと思い柳沢峠を目指して走り出したのですが、水道局派出所の前から、急に勾配がきつくなったように思いました。
300mほどきつい直線の坂をのぼって左に鶏冠山登山口と書かれた林道を分け、さらに600m登ると小さな牧場と数軒の人家がある集落を通ります。
ここまで落合バス停から1,300m所要時間10分。
しかし何だか、進めば進むほど勾配が急になっているように感じます。
そこからさらに道の両側に点在する空き家をみながら750mを18分かけて登ると、以前に何度か立ち寄ったわらび餅を売る旅館、はまらやわさん前に到着です。
あいにくお休みのようでしたが、以前ここに立ち寄った際に食べたその美味しさと、ももちゃんという名の甲斐犬の子犬がぴょんぴょんと跳びまわっていた姿を思い出しました。
あのとき店のご主人は「奥多摩駅からここまであがってきたのに、あまりの坂のきつさに諦めて引き返してしまう自転車乗りがいると仰せでした。
その時は柳沢峠から下ってきた身だったので、「もうあとちょっとなのに」と驚きましたが、今回は奥多摩湖奥の鴨沢西バス停から延々20㎞近くを登ってきていて、とくに落合バス停からここまでの1.5㎞ちょっとが相当にきつくなっていたので、気持ちが分かりました。
ただ、ここから柳沢峠までの区間も下っただけですから、登ったらどうなるのか、ここからが正念場かもしれないと思いました。

(花ノ木橋)
はまらやわさんの先が綴ら折れになっていて、そこをぬけると坂道の勾配はいっそうきつく感じるようになりました。
鴨沢西バス停から走ってきた疲労も蓄積しているのでしょうが、小径車お得意のトコトコ登るのができなくなり、次のペダルのひと押しができず、青息吐息という状態になってきました。
鶏冠山林道を左に分け、大ダル林道を右に分ける分岐のあるもうひとつのヘアピンカーブをぬける1.1㎞さきまで14分、
振り返ると雲取山方面の眺望が良い花ノ木橋まで1.2㎞を22分と、あきらかにペースが落ちています。
しかし、あまりの勾配のきつさに、休みが多くなるばかりで全然速度を持ち直すことがかないません。
やはり峠越えは、クライマックスに近づけば近づくほどきつくなるというのは本当でした。
だからといって、山の稜線をゆくいわゆるスカイラインもアップダウンが多くて自転車乗りにはきついというのも承知です。
さらに500mのぼって昭和の時代に開発を断念された別荘地である三窪高原入口に着いた時には10時半でした。
ここは標高1,458m。
同1472mの柳沢峠は、あとひとつ緩いカーブをきって切通しをぬければ到達です。

(三窪高原入口)


そして10時37分、とうとう柳沢峠に到着しました。
鴨沢西バス停からここまで25㎞、標高差921mで3時間23分かかりました。
平均時速になおすと、7.04㎞/hくらい。
歩くよりはずっと速いし、ずっと登りの坂道が続いたことを考えると、ジョギング(平均速度は6.4㎞/hといわれている)よりも相当速いということになります。
これがヒルクライムに振った大径のスポーツ自転車ならもっと速いのでしょうけれども、小径車で峠越えにしては十分です。
もし登戸から南武線の一番電車に乗るのではなく、家の近くの最寄駅である武蔵中原駅からの1本遅い始発電車に乗っても、奥多摩駅で丹波山行きバスをつかまえることはできますから、終点からなら距離18.2㎞で標高差840mになり、より早い時間に峠に着いていたかもしれません。
また、同じ区間を下った時とくらべると、登り遂げたという達成感が全然違います。
そして、ますます多摩川の最初の一滴に行ってみたいという気持ちが増しました。
とにかく大変だったけれど充実したブロンプトンによるヒルクライムになりました。
次回は、柳沢峠から塩山に下るところをご紹介したいと思います。

(柳沢峠)