LIKE A ROLLING CUISiNE

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運命を拓く✨偏屈料理人のブログ
印象派の画家達に憧れ単身パリへ。しかしこんなはずではなかった!?様々な人との出会いと別れ。苦悩と喜びの日々と自身の料理哲学を綴る物語。
誰もが幸せになれないなら僕は料理を作り続けよう


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NHKでやってた番組(まだやってるのかな?)
ミュージックポートレートっていうゲスト2人が人生と音楽をリンクさせて語り合う番組。

もぅ、こういう番組が好きで。
妄想で何回か出演した。

なんか自分の青春が結構前に終わった気がします。また始まるのかもしれないけど。
いつも自分の青春の傍らにあった。いや、一緒に青春を創ってくれた音楽をブログに書こうと!
今回はそんな回です。

19歳でした。
料理の世界にドボンと浸かったのは。
高校卒業して、すぐ大阪に出てきました。

音楽はジャンル関係なくよく聞くのでCDやLPもたくさん持っていたけど、いっぱい持っていくのもあれなので。大阪に行けば、また新しい音楽にも出会うだろうと思い、3枚のCDをスーツケースに入れた。

The Rolling Stones It's Only Rock'n Roll
Janis Joplin Cheap Thrills
The Beatles Rubber soul

何故かこの3枚。

色々な音楽が様々な場所で僕に何かを与えてくれました。それは間違いなく。
そう思うと最初のこのチョイスは良かったなぁと今になって思います。

「START」

Fire flood freedom Mike McCarthy

一曲目はとてもマイナーなこの曲から。
CD屋さんで偶然出会ったオーストラリアのシンガーソングライター。新しい音楽に出会うのは割と早かった。

「オーストラリアのアボリジニア、トレス海峡諸島で暮らす人々に最大の敬意と我々白人が犯した過ちを謝罪したい。」

とCDにはマイクマッカーシー の言葉が。
何か惹かれてしまって家に持って帰った。
あれ以来22歳くらいまで本当によく聴きました。
いわゆるサーフミュージックなのですが、独特のユルいメロディーラインがあってジャックジョンソンなんかとはまた違う感じが。

新しいことが待っている。
これから起きるということを運んできてくれた曲かもしれません。
建物もデカイし、人もたくさんいるし、カルチャーショックは大きかったですよね。
田舎から出てくるとそうなります。
でもそれ以上にワクワクやドキドキが大きかったと思います。大人からの理不尽も数えられないくらいありましたが、くそやろう。で片付けられる程にメラメラしてる。

そのポジティブな思考も受け止めてくれる人がいないといけないわけで。

初めて働くレストランで師匠に出会います。
この人がワインの世界へ僕を連れて行ってくれました。毎晩、終電で師匠の家までついて行ってワインを飲んで勉強させてもらって。
芦屋の海の近くの高層マンションだったので浜風がカーテンを揺らして、なんとも言えない気温と酒の余韻と酔いが僕を心地よくさせてくれた。

そんな不意に訪れる時間によくこの曲を耳に流し込んだ。夏が運んでくる風とそして音楽と。

何気ない会話から大人とか社会とか飲食について学びました。ワインも本当にたくさん飲ませてもらった。営業中、試飲会、セミナーから師匠のワイン会にも。色んなところへ連れて行ってもらった。一番種類を飲んだのはフランスに居る頃よりも最初の19歳の1年でした。翌朝は学校に行く前にレストランの裏口で瓶に残ったワインを飲んで勉強していました。いいワインが開くとちゃんと置いておいてくれたので。勤勉!自分で言うのもあれですが。

「未来への展望」

Desperado The Eagles

20歳になりました。

当時は神戸の友人の家に居候して大阪まで電車で通って働いていました。
本当にこの頃はすべてがキラキラしていて...
電車の中で毎日行き帰りの時間で聞くフランス語のCDで語学面はある程度習得しました。
フランスに行くまで何ヶ月かそんな生活を続けました。周囲の大人たちに恵まれていました。

モダンな料理に惹かれまくってましたね。
バカみたいに。最前線系の。

給料が入る度に新しい料理の本を買い込んで。
うわー。やべー。
って新しく出会う調理法や盛り付けに一喜一憂していた。
早く日本を飛び出してフランスに行きたい!と

しかし一緒に暮らしていた友人は社会の壁に早速当たっていたようで。僕も自分だけワクワクしていて随分と申し訳ない気がしていた。

でも2人共あの頃は大きな夢や目標があって毎晩寝るまでよく語り合いました。

そして寝る前に必ずイーグルスのこの曲を流す。

ダイヤのクイーンは引くなよ〜 のところの歌詞はまさに無い物ねだりな僕たちのようで、しかし、今しかないんだ!というあの若いパワーを沈めてくれるには本当にピッタリな曲だった。

明日への活力と未来への展望を見せてくれた。

「ハローグッバイ」

Shot the moon Norah Jones

これはあれです。
出会いと別れ。やがてくる失恋の曲ですね。

ノラジョーンズは当時付き合っていた女のコが教えてくれました。ファーストアルバムにこの曲が収録されています。

僕のノラジョーンズの中ではダントツでNo.1です。歌詞も素晴らしいし、声と歌い方がすごくこの歌詞と同調していて雰囲気がとても良い。
思い入れもありますしね。
やはり若い頃は無いものねだりだと思います。

「なぜ誰もが孤独なのか?
それは過ぎていく季節のせい」

あぁ。ぐっとくる歌詞です。

そしてこれはとてもワインともよく合う曲です。
これでピノ・ノワールを飲むと最高に染みる。

20歳の頃、連休になると1人ブルゴーニュに出掛けた。行くあてもなく、ただ、この曲を聴きながらジュヴレ・シャンベルタンからヴォーヌロマネまでを歩く。

1erクリュまで畑の場所はほぼこの頃歩いてインプットしてましたね。自分が飲んでいるワインの畑を高画質でイメージできるのはいいことです。

毎週1本とっておきを買って1人で飲む。
この頃の1人って今思うと重要。
大勢で飲むワインも美味しいけど、こういう1人で向き合うワインもまた格別に美味しい。

まだユーロも150円台で高かったけど、ワインも安かった。ジョルジュルーミエの村名でも2006で30ユーロくらいで買えた時代。
あの頃にたくさん飲んで良かったと思う。

「夢」

What ever  Oasis

憧れのレストランとシェフがいた。
絶対にここに辿り着くと心に決めた。
僕は正直、反則や人道外れた事も自分の目的を達成するためにはやっちゃうタイプ。
綺麗にやらない完璧主義タイプだった。
かなり色々やったと思う。
色んな人に恨まれたり、酷い事も言われた。
でも夢や目標を達成しないと見えない景色がある。その向こうへ行ってしまわないと。

意外と夢は簡単に叶うものだと錯覚したのもこの頃だったのかもしれない。

20歳で夢と目標は叶えてしまった。

もう、映画みたいな日々。
夢が毎日、目の前に現実としてあるのだから。

決めていたのはもうひとつ。
自分の夢が達成されて、そのレストランを離れるときにこの曲を聴こうというもの。

だから辛くても元気がなくても聴かずに置いていたオアシスの大好きなこの曲を。

あの朝、僕はイヤホンを耳に。

フィリップ窓を開けてくれる?

僕を駅まで送って行ってくれる彼に頼んだ。

I'm free to be whatever I
Whatever I choose and I'll sing the blues if I want
I'm free to say whatever I
Whatever I like if it's wrong or right it's all right
いつもの高原の景色。
朝もやが。
僕は晴れやかな気分だった。
車窓から入ってくる風とは合わなかった。
僕の場所はここではないということを示していたものだと思う。

あれ以来、ラギオールには訪れていない。
いや、もういい。
思い出は美しく残しておく必要性がある。

ボヘミアンラプソディーみたいな映画は本来は作るべきじゃないんだ。

ビートルズもストーンズも自らで永遠にそんな事はしないだろう。だからカッコいいんだぜ。

クイーンはクソに成り下がったな。

ノエルのソロのライブには4年前に行ったけどこの曲やってくれなかった。
Don't look back in angerではないんだよね。

まぁ過ぎたことには怒りませんが笑

「挫折」

Piano man Billy joel

日本に帰ってきて。
僕はどうしていったらいいのかさっぱりわからなくて。就職しても辞めてを繰り返していました。

早い話がクビになるということですね。
なんかドキドキがなくて。
何をやっても続かない。

ヒエラルキーというか。なんというか。
潰されてるんですよね。
いまはもっと自由な時代かもしれません。

挙げ句の果てに荷物運びの日雇いバイトなんかもやったりして食い繋いでいました。

でも毎日飲んで。
好き勝手にやってました。

キャバクラ、ガールズバーも大好き。
意味のない笑いと意味のない会話。

朝方、僕は孤独に晒されている。

何故かきまってビリージョエルのこの曲を。

あぁなんて虚しいんだろう。
もう朝だよって。
あはは。

酔いつぶれた朝は難波宮跡公園に行った。
朝日がよく見える。
だだっ広い公園にポツンと。
今日の平和と自分の小ささを確認したいだけ。

「衝動」

Immigrant song Led Zeppelin

また再びフランスに戻った。
今度はパリ。

料理界は動いてた。
間違いなくホットでクレイジーで。
最高のタイミング。
PARIS

何もなかった。
来てみて分かったのは1からのスタート。
ただ一度来ているから0ではないということ。

この街は特殊。
すごい。
住んでいるだけで磨かれていく。

建築物が素晴らしい。
街を歩くだけでいい。
センスは自ずと切れてくる。
マークジェイコブすらそう言ってた。

ただ料理人たちと共有できるものがなかった。
そこで役に立ったのが音楽。

厨房にはいつも何かしら音楽が流れている。

ヤマト。
何か流せと言われて僕はこの曲を選んだ。
ボリュームはマックスだ。

アイツは日本人じゃないヤマトなんだに変えてやった日、僕はツェッペリンと暴走したのさ。

シェフをイカスミで真っ黒にしてやった。

今の料理界はヌルい。
このくらいの衝動は欲しいものだ。

僕が働きたかったレストランはやはり本物だった。ロックテイスト。

あそこでリンキン・パークとか流してたら今の僕はもういないだろう。
それくらい重要なチョイスだった。

FUCK☆

「愛」

Let it be The beatles

ビートルズは特別思い入れのあるアーティストだけどここで登場させる。

今の奥さんと結婚しようかという頃。
ポールマッカートニーが来日することになった。
僕、どうプロポーズしようかなと思っていて。
やっぱりロマンチストなんでね。

ポールマッカートニーのライブ中にこのLet it beが演奏しているときにプロポーズしようと思ったんです。あの手この手でチケット取れて、いよいよ長居スタジアムに行くことになりました。

が、しかし。
ポールは体調不良のため来日公演をすべてキャンセルし帰国してしまいました。
なんと。

プロポーズできないじゃんww

きちんとプロポーズもできず、結婚しました笑

翌年、またポールマッカートニーが来日することに!!! 今度こそと思い再びチケットを購入しました。京セラドームへ。

会場に来てみると、分かってはいたけどかなり後ろの席なんですよね。後ろから数えたほうがいいくらいの。ポールマッカートニーは遥か向こう。
スタジアムの2階席の後ろのほう。

しかし、ここで奇跡が起きる!

なにやら不慣れな日本語を喋るスタッフの方が僕らに近づいてくる。

「お話ししたいことがあるので、通路まで来て頂けませんか?」


なんかの勧誘かなと思い付いていくと、通路でスタッフの方に手渡されたのはポールから特別に貴方達へとアリーナ席のチケットだった。

マジ??

チケットに書いてある席番号までいくと、なんと最前列!! 僕らは本当に夢かと思いました。

やっとLet it beが聴けました。
結婚したけど。もう一回プロポーズしました。
それも最高のシチュエーションで。

人生ってロマンチックですよ。

「こども」

Wild horses The rolling stones

僕ら夫婦も子どもを授かることになった。
実感が湧かないまま、お腹が大きくなっていく妻を見ながら仕事へと出掛けた。

僕は最初やはり長男が欲しかったに違いない。
なのでこの曲を胎児に寝る前に聴かせてた。
男の子ならワイルドホースだろうと。
何故かって。
根拠はないんだけど。
でも娘が産まれた。

本家のストーンズのもいいんですが、ザ・サンデーズがカバーしているゴスペルっぽいのも好きでよく聴いちゃいます。

昔知り合ったゲイの人がこの曲を好きで、酔っ払ってよくワイルドホースを弾けと頼まれました。

僕の好きなローリングストーンズが詰まった名曲ですね。結構こういうカントリー色のつよい曲は好みではあります。

静かな夜に改めて流したい。

「現在」

My back page Bob dylan

この番組の最後は今の自分を表す一曲を挙げるんだけど、今の僕にはこの曲かなと思います。

政治色の強い曲を書いていた頃のディランの曲。

他にも有名な曲がたくさんあるけど、この曲がしっくりきます。日本のアーティストもたくさんカバーしていますね。

自分自身も今のほうが若いつもりでいるというか、昔に戻ったような。そんな感覚。
色々考えて悩んで結局は元に戻ってくる。
それは老け込んだのではなく若くなったということ。

いや、そうありたい。
あってほしいと自分に言い聞かせている。
そんな心情。

この曲のように意味のわからない事を散々言って、しかし、今はあの頃より若々しいと。

まぁ小姑みたいな曲ですよね。

そんな料理食べたい?と思いますよね。

でも、今は昔より若々しい料理を作りますね。
これは本当に。

前回のイベントよりも今回のほうがいい料理が作れると思います。

昔の方がよかったっていうのは、人に対しても自分に対してもやっぱり無しにしたいなと思います。

いつも新しい自分であるようにと。

だから前回よりいい料理を作りますね。

My back page


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いってきます

と何気なく言う朝の一瞬。

ただいま

帰ると誰かが待っていてくれた安心感。

こんなに幸せなことはなかなか無い。
ごく自然で当たり前のようでいて尊い。

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サラリーマン生活を始めて一年が経とうとしている。

何が1番違うのか?普通の生活ですよ。
一般的な。それがやりたかったわけですが。

実は仕事が終わったときだった。
今までの数百倍ほど仕事が終わったときの気持ちよさが違う。これ本当に驚いた。

別にむちゃくちゃハードワークをしたわけでもプレッシャーの中で仕事をしたわけでもありません。なのに仕事が終わったときの気持ちよさというと半端ないわけで。

あぁ世の中のお父さん達こんな感じなんだと同じような気持ちになれて嬉しかったんですね。

帰ったら嫁さん子どもがいて、ごはんがあって、あったかいお風呂が入っていて、布団で気持ちよさそうに子どもが寝ている。

ただそれだけのことです。

ただそれだけのことがどんなにありがたいことなのかと。ふと考えてしまいます。

幸せの尺度とかそのものって本当に人それぞれで他人がとやかく言うことじゃないよなと思います。

楽しんでいるわけなので。皆んなそれぞれに。

これがいい。あれがいい。とかっていうのはその人が決めることですよね。

そうなってくると楽に毎日入れます。

いいリラックスは普通から生まれるかもしれない。

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寒くなってきた。

秋も中盤。

やはり味噌汁を時々のみたい。

この前のイベントでも味噌汁を作りました。
僕は出汁が重要だとずっと思っていたんですが、やっぱり味噌なのかな〜と揺らぐ。

Farmanicが作った大豆からできた味噌はスペシャルな香りと風味で余韻がでかい。

海老の風味を抽出した出汁に味噌の風味を軽く乗せようと思ったけれど少量でも海老が隠れちゃう。なので出汁の風味を重層的にして変化球を投げました。

家で飲まないような味になればいいなと。
逆に家で飲みたくない味にしようとね。

家の味噌汁はいい。

日本人はみんな同じだろう。

ほっとするのは、ただいまに似ている。

いってらっしゃいと味噌汁は日本のお父さんたちの背中をそっと押すのであった。



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牛の鳴き声で目が覚めた。

そうだ彼の家は牧場だった。

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ママに朝ご飯を頂いて。
風呂を借りて。
普通の朝が過ぎる。

あの朝のお味噌汁も白菜の間引き菜も。
車窓からの景色も。
カブトガニが有名ということも。
森くんとの何気無い会話も。
僕の当日の料理に何かを与えたのは間違いない。

初めて訪れる場所というのは刺激や興奮に満ちている一方で人を守りへも追いやる。
それがあの日はいいことで。

味や盛り付けやワインやオペレーションや色々なことを慎重に入っていっていた。
歌手がステージの上に立った瞬間のように、そこで何かを感じとる。
僕は最初の一皿へと意識が向いていた。

昼過ぎに仕込みと準備をある程度終えて会場へと向かった。本当にここも初めていく場所だった。

今回お世話になったのは
広島の福山にあるExtractors coffe by noquoiさんという美味しいコーヒーが飲めるお店。

本当にマスターと奥さんが温かい人で僕はありがたかったです。この場所でプレイできて本当に心からよかったと思います。

カフェラテを頂き用意開始。

やっぱり初めてのイベントなので無いものが多かったり、段取りだったり、僕もイライラを周囲に飛ばしてしまった。

でもそれぐらい緊張感があって。
塩のことばかり考えていました。

今回のメニューは直球。

1番投げにくくて打ちにくい所へ投げる。

塩(コントロール)が生命線というプランでした。

胡椒は使ったのはほぼ肉だけ。
あとは胡椒の代わりに茗荷を使ったくらいでほぼ塩だけでコントロールしました。

今、料理をやっきてすごく思うのはどこまでいってもやっぱり塩であり。その加減なんです。
食材の旨味や調味料や香辛料で本質を隠しちゃうのは何か違うような気がします。
でもスタイルもあるので否定しませんが(していますが)僕はこのシンプルなスタイルを貫きたいと思うんです。それが伝えたいものと、信じているものであり僕が料理をする意味だと思うのです。
もうナチュラルなカテゴリーに属しているようなことはやめた。自分は自分。
自分にしか作れないものを作り。それを食べてもらいたいと思うようになりました。

やはり針の穴を通すようなコントロールは神経を使うのでものすごく消耗します。
だって帰りの新幹線も帰ってからも夢も見れずに爆睡しちゃいました。

嘘がつけない分。
火の通し方や食材の切り方、混ぜ方や炒め方にもいつも以上に気を使う。
完璧ということはないのだけど、より完璧に調理して味を自身の塩加減に委ねる。
自分自分がそこに委ねる感覚。
でも信じていたのは素材ですよ。
良い素材でないとできないことですから。

だから一個一個味見してこの調理の強度に耐えれるものかは入念にチェックしました。
チャーハンに入れる刻んだネギですらね。

淡い味の中にも塩がピタっと決まれば素材の旨味や風味は口の中を満たしてくれる。
ぐっとそれぞれの良さが引き立ち共鳴する。
人の感じる味覚の普通のちょっと上を攻めれば美味しいに変化する。美味しすぎる必要はない。
染み入る本当の飾り気のない美味しさ、美しさは過度なものであってはならない。
それは僕自身の美意識でもあるし、日常の中にあるような小さなものであってほしいからです。
だから今日。
昨日のあれ美味しかったなと、ふとした時に思い返してもらえれば僕は本当に幸せです。
なのでめちゃくちゃ美味しいものを作る気もないのです。それがきっとめちゃくちゃ美味しいもの
にやがて変わると思うからです。
時間がかかるのです。
感じるにも、形成するにも本当の美味しいは時間がかかるのです。だからお母さんの料理が本当に食べたくなるのは大人になってから。お母さんが亡くなってからなのです。
あの日の僕の料理が本当に美味しいものであるならば何日か後、何カ月か後、何年か後にお客さんの記憶の中から現れるはずです。
そう願っています。

料理人の塩は真実を教えてくれます。

素材とその料理した人となりを。

食べた人にしか分からない美味しさを。

だから僕もまだまだ絶妙な塩を振り続ける。
そして追い求め続ける。

ありがとうございました。

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