こぶありじいさん | 道標を探して

道標を探して

 ただ、そこに進んでみたい道がある。
 仰いで見たい空がある。
 踏んでみたい土がある。
 嗅いで見たい風がある。
 会ってみたい、人がいる。

今日、帰りの電車で頭に拳ほどの肉腫をつけた眼鏡の老爺をみつけた。当然気になったし、なによりもそのじいさんから発する垢と砂ぼこりの臭いがそれ以外の行為を許してはくれなかった。

一面の白髪に、ほんの少し黒い毛の混じる彼の頭は、一応と言った感じに肩までの高さで切られていて、束ねるようなこともしていなかった。肉腫はそんな頭の上半分、右後ろのあたりにまるで似通った別の生き物が寄生するように、例えるなら大きな球状のサボテンから小さなサボテンが
ポツンと乗っているような奇妙な自然さと自然な奇妙さを同居させており、私が肉腫のこぶを見る時間と比例して、肉腫は私を強く惹き付けていった。


こぶはちょうどテニスボールほどの大きさだったが、どうしてここまで大きくさせてしまったのか? 垢の臭いから察するに、ホームレスのように極端に持ち金が少ないのかもしれない。もしくはそのこぶは何かの勲章のような意味があって、何かしらの記憶をいつまでも覚えておくために、わざと摘出しないのかもしれない。あるいは、その両方か。

いずれにせよ、彼はそのこぶによって異常なまでの個性を発揮させていて、彼の目には「俺はここにいるぞ」とでも言うような強い力が見てとれた。周りにいる意思の死んだような大人たちからは感じることのできない魅力的なエネルギーが、彼からは溢れだしていた。

彼を見たのは電車の中だけのことだが、そんな長い白髪と奇妙な頭の形をしている彼の姿には、なんとなく自分たちに「本当にその生き方でいいのか?」と無言のまま問い詰められているような気がした。


その老爺がどうかという話は別として、我々はちゃんと生きられているのだろうか?





一言
更新率低いなぁ