我が家の実の生る木たち。


名前の判らないものが多いのですが、この時期とてもきれいです。


これは毎年お目にかける“みかん”

今年は実が大きくて、たくさん生りました。
Queen Candy's Parlor-実の生る木

そして、まだ黄色くならない金柑
Queen Candy's Parlor-実の生る木2

これは?? なんだろう…  餌が段々少なくなるこれからの季節に鳥が喜んでついばみに来ます。
Queen Candy's Parlor-実の生る木3

そして、これも?? オレンジ色で可愛い実をたくさん付けてます。
Queen Candy's Parlor-実の生る木4

これは、葉が少なくて、小さな赤い実がポチポチと付いています。

みかんと一緒にパチリ!
Queen Candy's Parlor-実の生る木5

これは多分、トウガラシだと思う。

鉢でこじんまりと実を付けています。
Queen Candy's Parlor-実の生る木6

渋柿もあるのだけれど、今年は夏に枝をかなり切って苛めたので、ほとんど実を付けませんでした。


我が家の実の生る木たちです。


それにしても真っ青に抜けるような空。

寒い日ですねぇ~ 

ガスファンヒーターが壊れてしまいました。

本格的な冬になる前に買い替えないとなぁ~

これまた痛い出費になります。


と、云う事で…

仕事に追いかけられております。

土曜日に仕事に出ることも多くなり、非常に“不本意”ではありますが…先月の残業時間は40時間を超えました。

この1週間、まともな夕飯の支度もせず、気がつけば駅中の9時半からのタイムセールの常連になりつつある状態です。

「これはいかん!」

って事で、昨晩は久々にほんのチョッと料理らしいもの…なんてキャベツの煮込みスープですが…作りました。

温かい食べ物は心と体に優しいですね。


私は不器用でして…

仕事と家事(家事というほどの事もしていませんが)、その他諸々の生活雑事をうまく両立することが出来ないのです。

無意識のうちにどちらかに注力してしまうので… 今は仕事ですかねぇ~



スープを食しながら、ゆっくりと周りを見回すと

「あ~家の中がごちゃごちゃだ」


ってことで、今日は7時起き。

洗濯、掃除と雑貨&食料品の買い出しなどなど、家事の“大”片付けでした。

まあ、少しは良くなったと時計を見たら、まだお昼前でした。


朝早くから、良く頑張りました合格

お彼岸です。


今夜は栗ごはんにしました。


Queen Candy's Parlor-栗ごはん

6月に亡くなった母の初彼岸になります。

母は食いしん坊だったので、昨日はキノコの炊き込みご飯。

そして今日は栗ごはんです。

好物のミカンと一緒に仏壇に供えました。


7月末に母の生まれ故郷にある菩提寺に納骨をすませて、私の肩にズンっと重く乗っていた荷物が無くなりました。

気が付かなかったけれど、私にはかなりの重荷だったようです。

納骨を済ませて母の位牌を抱き、私はやっと“寂しい”という感情に、初めて泣くことができました。



でも、そんな寂しさの中でも、どこかホッとしてのんびりとしている自分がいます。

母がいた時には家にいるのが苦痛で苦痛で仕方なかった私が、今は家がとても落ち着ける場所となりました。

休日でも朝早く起きて、洗濯機を回す。

まだ近所が眠っているのだろう中で聞こえる鳥の声。

木々が風にそよぐ音。

そんな中で飲むコーヒー。


こんなことがとても幸せに感じる私がいます。



そろそろブログを復活しようかぁ~


家の中も少しずつ落ち着いて来ましたし…… ポチポチと始めようかな音譜

6月18日 母が逝きました。


4月11日の夜、重症の脳梗塞で倒れて2ヶ月と1週間、意識は一度も戻りませんでした。

2度の危篤も驚異的な生命力で乗り切りましたが、とうとう逝ってしまいました。


兄を2月に亡くし、4か月後に母の骨を拾うことになるとは…… 信じられません

と、書くのが普通でしょうが……

母は兄が大好きでした。

昔の人なので“長男”が一番大事だったのでしょう。

そんな母は兄に先立たれたのがとても応えたのだと思います。

だから、なんとなくそんな予感がこんな事になるのではないか?と感じていました。



母はあらゆる面で満足するという事を知らない人でした。

いつもいつも満たされない気持ちを抱えて生きてきて、不幸せな人でした。

特にここ数年は自分のその性格に潰されてしまい、自分で自分の気持ちを持て余し、どうにもならない状態となり可哀そうでした。

笑顔を見せたことが少なかったと思います。

天気の良い日に玄関で外を眺めていた後姿を思い出すと胸が塞がるような気がします。

どんな思いで玄関に座っていたのだろうと思います。


母は私を愛しませんでした。

母親向きの人では無かったし、子供を無意識に自分の欲求を満足する道具として使ってしまうような人でした。

私もそんな母が嫌いでした。


みかんが好きで「買い物に行くよ。何か食べたいものない?」と聞くと「みかん買って来て」と財布から小銭を出す姿は私には惨めに見えて「お金なんか要らないょ」と怒って云うのがいつもの会話でした。


倒れる数週間前から兄が亡くなった時の諸々のことで口喧嘩が多くなり、口汚く私を罵るようになりました。兄の死をきっかけに痴呆が進んだせいだと解っていても、その言葉はホコリの様に私の心に積もって、辛かった…

子供の中で一番思い通りにならない私との生活に、母も辛かったのでしょう。


今はあらゆる、全てのことから解放されて、兄の元で穏やかにしていると信じています。

きっと満たされて幸せだと思います。

ぜひ、そうあって欲しいと願っています。


お母さん… お疲れさまでした。