6月18日 母が逝きました。
4月11日の夜、重症の脳梗塞で倒れて2ヶ月と1週間、意識は一度も戻りませんでした。
2度の危篤も驚異的な生命力で乗り切りましたが、とうとう逝ってしまいました。
兄を2月に亡くし、4か月後に母の骨を拾うことになるとは…… 信じられません
と、書くのが普通でしょうが……
母は兄が大好きでした。
昔の人なので“長男”が一番大事だったのでしょう。
そんな母は兄に先立たれたのがとても応えたのだと思います。
だから、なんとなくそんな予感がこんな事になるのではないか?と感じていました。
母はあらゆる面で満足するという事を知らない人でした。
いつもいつも満たされない気持ちを抱えて生きてきて、不幸せな人でした。
特にここ数年は自分のその性格に潰されてしまい、自分で自分の気持ちを持て余し、どうにもならない状態となり可哀そうでした。
笑顔を見せたことが少なかったと思います。
天気の良い日に玄関で外を眺めていた後姿を思い出すと胸が塞がるような気がします。
どんな思いで玄関に座っていたのだろうと思います。
母は私を愛しませんでした。
母親向きの人では無かったし、子供を無意識に自分の欲求を満足する道具として使ってしまうような人でした。
私もそんな母が嫌いでした。
みかんが好きで「買い物に行くよ。何か食べたいものない?」と聞くと「みかん買って来て」と財布から小銭を出す姿は私には惨めに見えて「お金なんか要らないょ」と怒って云うのがいつもの会話でした。
倒れる数週間前から兄が亡くなった時の諸々のことで口喧嘩が多くなり、口汚く私を罵るようになりました。兄の死をきっかけに痴呆が進んだせいだと解っていても、その言葉はホコリの様に私の心に積もって、辛かった…
子供の中で一番思い通りにならない私との生活に、母も辛かったのでしょう。
今はあらゆる、全てのことから解放されて、兄の元で穏やかにしていると信じています。
きっと満たされて幸せだと思います。
ぜひ、そうあって欲しいと願っています。
お母さん… お疲れさまでした。