シナリオライターのおちゃ「目」な日記 -89ページ目

シナリオライターのおちゃ「目」な日記

シナリオライターは常に人の行動に目を配るべし!思わぬキャラクターに出くわすよ!感動したら首を振るペコちゃんK妖怪。必要ないのにセリフを関西弁に変えてる、大阪すっきやねん妖怪。勝手な演技をする割に決まったセリフが覚えられない礼儀作法教官妖怪。

大人塾 日本史 坂本龍馬のコミュニケーション力


いろは丸事件は1867年5月26日に瀬戸内海で起きました。


坂本龍馬率いる海援隊が操縦するいろは丸は


荷物を満載して上方に届ける途中でした。


霧の深い日に紀州の明光丸と衝突します。


いろは丸は160tに対し明光丸は887t。


明光丸は見張りをつけていなかったようです。


90mバックした明光丸は操縦ミスで再度いろは丸に当たってしまいます。


いろは丸は沈没。判断良く乗組員全員は明光丸に乗り移り助かります。


事故の交渉をしようとしましたが、明光丸は藩の急用により


いろは丸乗組員を陸地に下ろして置き去りにします。


怒った乗組員は明光丸に切り込みをかけようとしますが、


龍馬はこれを阻止します。


彼にはある考えがあったからです。


徳川御三家の紀州を相手にして、


国際的なルールに則り裁判に勝って賠償金を取ろうというものです。


ここから龍馬の交渉力が発揮されます。


つづきは次回のブログで。


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大人塾 日本史 坂本龍馬のコミュニケーション力


坂本龍馬の大きな功績は薩長同盟や大政奉還などがありますが、これらの功績を残せた大きな要素に彼のコミュニケーション能力があります。


母親代わりにしっかり者の姉乙女に育てられたこと、実家が郷士の身分なので商売を営んでいたことなどの影響もあるでしょう。


勝海舟に見込まれ海軍操練所の塾頭になったり、金策の手当てを任され見事5千両の大金を松平春獄から出せることに成功しました。


しかし何より圧巻はいろは丸の海難事故で紀州藩から賠償金をせしめたことです。


詳しくは次回のブログで。


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大人塾 日本史を学ぶ 坂本龍馬に学ぶコミュニケーション力


坂本龍馬が短い人生で日本の歴史に残る大きな功績を残せた要素にコミュニケーション力があります。


龍馬の師匠である勝海舟が、神戸の海軍操練所の塾頭に抜擢したのも、才能よりもその人間性、とりわけ人と仲良くなる能力「性格」にあるといわれます。


また金集めの苦手な海舟は、その大仕事を龍馬に頼み、みごと福井の松平春嶽から藩の年間予算に相当する5千両を出させることに成功します。


女性に対してもそのコミュニケーション力は遺憾なく発揮され、最終的にはお龍さんをゲットし、日本人初のハネムーンに旅立ちます。


詳しくは明日の大人塾 で。