坂本龍馬と関係のあった人物 板垣退助
坂本龍馬の2歳年下。土佐の上士乾家の長男として生れる。
後藤象二郎とは幼馴染。
山内容堂の側用人から始まり藩の要職を歴任する。
武市半平太らの土佐勤皇党をとりおさえる。
戊辰戦争では軍の指導者として活躍。
甲州を押さえるとき民衆の支持を得るために
板垣信方の末裔であると言う理由で板垣姓を名乗る。
近藤勇率いる新撰組に勝つなど活躍。
明治新政府の要職を歴任するが征韓論で破れ西郷隆盛らと下野
自由民権運動を起こす。岐阜で凶刃を受け負傷。
有名な言葉「板垣死ストモ自由ハ死セズ。」を発する。
伊藤博文内閣で内務大臣などを歴任。
大隈重信内閣のときに総辞職後政界を引退。
晩年は機関誌『友愛』を発行。華族制度を世襲しない活動した。
現実派で、お守りを厠に捨てバチが当たらないことや
食べ合わせが迷信であることを実験した。
ちなみに今でも板垣退助の百円札は通過として使えます。
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