何より先に、まず自分を救うことが大事。

自分がしゃんとしていないのに、人のために何かしてあげるとかって、偉そうなこと言ってんな。

自分を救い、自分のレベルが上がることほど、他人のためになることはない。

なぜなら人は、水の波紋のように他人に影響を与える存在であるから。



自分のレベルがある程度上がったら、いつまでも一人で生きてちゃダメだ。

人と関わり、人に教え教えられ、世間の煩わしさにどっぷり浸かることだ。

他人と繋って、自分を再認識、再構築していく過程で、人は真に磨かれる。

その時人は、水の波紋のように他人に大きな影響を与えられる存在になる。



ひとつ注意すべき点は、”絶対に!”他人基準に流されないことだ。

人の目を気にして体裁を繕うことが大事なら、存分に流されるといい。

もしそんな生き方にウンザリしてるなら、騙されたと思ってやってみる。

自分の中に微かに息づく初期衝動に、おもいきり突き動かされてみよう。



「則」という字は、何かを基準として、それに従うという意味だ。

他人基準に流され続けた結果、本当の自分と乖離したから「苦しい」ってことに気付く時だ。

本当の自分を取り戻す道は、他の誰でもない自分が決める道。

自信と情熱を持って、誰に遠慮することなく思いっきり自己表現できる時は、実はすぐそこにあるんだよ。


$自分らしさブログ
ビジネスに身を投じていて一番キライなことは、腹の探り合いだ。

自分の条件を隠しつつ、あるいは誇大に主張しつつ、なるべく多く出させようとする。

でもこれって、よく考えたら当たり前だ。

だってビジネスって営利目的だから。



相手が損をしない、ある程度の儲けがでるような条件でなければ、契約は成立しない。

その中で、いかに自分や自社が儲けを最大限にできるか。

これがビジネスであり、営利なんだから。

腹の探り合いは当たり前の話だ。



頭ではわかっているけど、面倒くさくてキライだ。

時間かかるし、駆け引きしなきゃならないし、ウンザリする。

だから僕は、探り合いをしない方法を取る。

いきなり「値段がいくらでも買いますから、最大限安くして下さい。全面的に信用していますので。」と言うのだ。



もしかしたら、日常生活も営利目的なのかな。

初対面で腹を割って話せる人とか、ありのままの自分をさらけ出せてる人って、皆無。

なんだかゴチャゴチャ駆け引きしたり、大きく見せようとしたり、泣いたりわめいたり、愚痴ったり罵ったり・・・。

個人的に思うのは、特に女性は、言ってることと心の底で思ってることのギャップが大きい。

さすがに40年近く生きてきたので、本音をゲロさせる術もそれなりにマスターしてるけど、その方法は結構時間がかかる。

あれこれ質問して、ひたすら待つってこと。

愛の量=待てる時間なので、短気な僕にとっては苦行だ。

魔法の言葉とか、ないものかね。
最近、欲しなくても海老蔵を見たり、聞いたりする機会が多い。

もちろん僕も、興味ないクチだ。

でもふと思った。

彼は天狗になっていたのかな?



少なくとも、周囲の誰より抜きんでないと、天狗になれない。

天狗にすらなれないようなヤツは、はっきり言ってたいしたことないと思っている。

どんな小さな分野でもいいけど、そんな経験もないようじゃ、ちょっと問題だ。

そんなヤツが「海老蔵は天狗になってたから、自業自得だ」とか言ってんなら、頭を冷やした方がいい。



挫折は、力量が及ばなければ、いくらでも味わえる。

オレはできる!という勘違いも必要だが、比較的簡単に味わえるのが挫折。

挫折って結局、何かを達成できなかったわけだから、慰めてもらいたいなんて考えてる暇はない。

自分の力量不足を受け入れ、ただ前に進むのみ。



仮に本気で頑張って挫折したなら、道を踏み外していない。

そこにすら到達していないんだ。

天狗になって鼻をへし折られたってことは、とりあえず途中まではエクセレントだった。

でもね、人って「必ず」道を踏み外すものなんだなぁ。