今日は武蔵野大学の履修最終日でした。
臨床心理を選択し産業組織を中心に学び
卒業できるだけの単位は取得したので、
夏以降、これといって勉強せず(^▽^;)
今日を迎えました。
さて、なんで心理学を勉強したいと思ったのか!?
振り返ってみようと思います。
心理学の最先端はアメリカ
高校の進路希望は、
第一 アメリカ留学で心理学を学ぶ
第二 日本福祉大学で社会福祉を学ぶ
というものでした
しかし、当時再婚した父に子供が生まれたばかり(つまり私の異母兄弟)で
「お金がないから頼むから就職してくれ」と懇願され
考えなしの私は就職を選択
今になって思えば、奨学金制度を利用すれば
せめて第二希望へいけたのに・・・と
自分の知恵のなさに笑ってしまうのですが・・・
心理学との出逢いは、
小学生のころです
祖母が現在のホームヘルパーの発祥となる
「家庭養護婦派遣事業」の家庭養護婦の市内第一人者であり
福祉のイベントには、いつも連れて行かれました。
さらには、小学校1年生からガールスカウトにはいって
様々な手法でいろんな人を理解する
心理学のゲーム等を毎週のように体験していました。
そもそも、自分と向き合う手法がこの世の中にあると教えられていた気がします。
色々なアセスメントを行いしましたが、
学校で毎年
バウムテスト→実のなる木を描く
木を描かせ構図や木の様子(実や葉の有無、枝や根の形など)から心理を判断するもの
私はずっと、これは何なのか?一体これで私の何が分かるのか?
それを知りたいと思っていたのです。
もちろん、大学でバウムテストの解釈は学びましたが
今、思えば・・・・毎年私のバウムテストを追跡調査していたら
私が心を閉ざしている事に気がついたはずです
なぜなら、私は毎年
絵本の「からすのパンや」にでてくる木の絵を描き続けていたのですから・・・・
可笑しいことはわかるはずです。
さて、当時の私はストレスフルな状況でした。
保育園の記憶はあまりありません。
小学校3年までの記憶もありません。
ただ、3年生のときに
「私は将来一人で生きていかなければならない」と
思ったことは覚えています。
記憶にふたをしてしまいたいほど、
寂しい自分を隠していたのです。
小学校4年生からの私は、幸せを感じたことはありませんでした。
それは31歳まで続きました。
自分の感情(状況)はなぜこんなにも暗くつらいものになるのか?
それは私に何か欠陥があるのではないか?
自分を分析したい、自分におきている事に
意味付けを行い、理解して納得したい
ゆえに、心理学を学びたいと
当時の私は思っていたのです。
今は昔を振り返ったら感謝を感じるようになりましたが・・・
実際に大学で学んだことは、
自己分析ではなく、自分に影響を与える社会の状況や
影響を受けるとどんな変化がおきるのか、
その実験結果についての概論を学びました。
視点を与えられたと言いますか・・・
さて・・・・次回は大学に入学するきっかけについて
描きたいと思います。
