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メンタルトレーニング LifeComing の生きてく幸せ見つけましょ 

2010 年 4月にOPENしました。
メンタルトレーニングLifeComingのブログです。
個人セッションや企業研修など 人間関係からくる心の問題にアプローチするセッションを行っています(^^♪

今日は武蔵野大学の履修最終日でした。

臨床心理を選択し産業組織を中心に学び

卒業できるだけの単位は取得したので、

夏以降、これといって勉強せず(^▽^;)

今日を迎えました。


さて、なんで心理学を勉強したいと思ったのか!?

振り返ってみようと思います。


心理学の最先端はアメリカ

高校の進路希望は、

第一 アメリカ留学で心理学を学ぶ

第二 日本福祉大学で社会福祉を学ぶ

というものでした


しかし、当時再婚した父に子供が生まれたばかり(つまり私の異母兄弟)で

「お金がないから頼むから就職してくれ」と懇願され

考えなしの私は就職を選択

今になって思えば、奨学金制度を利用すれば

せめて第二希望へいけたのに・・・と

自分の知恵のなさに笑ってしまうのですが・・・


心理学との出逢いは、

小学生のころです

祖母が現在のホームヘルパーの発祥となる

「家庭養護婦派遣事業」の家庭養護婦の市内第一人者であり

福祉のイベントには、いつも連れて行かれました。

さらには、小学校1年生からガールスカウトにはいって

様々な手法でいろんな人を理解する

心理学のゲーム等を毎週のように体験していました。

そもそも、自分と向き合う手法がこの世の中にあると教えられていた気がします。

色々なアセスメントを行いしましたが、

学校で毎年

バウムテスト→実のなる木を描く

木を描かせ構図や木の様子(実や葉の有無、枝や根の形など)から心理を判断するもの

私はずっと、これは何なのか?一体これで私の何が分かるのか?

それを知りたいと思っていたのです。

もちろん、大学でバウムテストの解釈は学びましたが

今、思えば・・・・毎年私のバウムテストを追跡調査していたら

私が心を閉ざしている事に気がついたはずです

なぜなら、私は毎年

絵本の「からすのパンや」にでてくる木の絵を描き続けていたのですから・・・・

可笑しいことはわかるはずです。


さて、当時の私はストレスフルな状況でした。

保育園の記憶はあまりありません。

小学校3年までの記憶もありません。

ただ、3年生のときに

「私は将来一人で生きていかなければならない」と

思ったことは覚えています。

記憶にふたをしてしまいたいほど、

寂しい自分を隠していたのです。


小学校4年生からの私は、幸せを感じたことはありませんでした。

それは31歳まで続きました。


自分の感情(状況)はなぜこんなにも暗くつらいものになるのか?

それは私に何か欠陥があるのではないか?

自分を分析したい、自分におきている事に

意味付けを行い、理解して納得したい

ゆえに、心理学を学びたいと

当時の私は思っていたのです。


今は昔を振り返ったら感謝を感じるようになりましたが・・・


実際に大学で学んだことは、

自己分析ではなく、自分に影響を与える社会の状況や

影響を受けるとどんな変化がおきるのか、

その実験結果についての概論を学びました。

視点を与えられたと言いますか・・・


さて・・・・次回は大学に入学するきっかけについて

描きたいと思います。





先日、念願の奈良へ行ってまいりましたニコニコ
私自称、寺ガール 
仏像を見るのが好きなんですヾ(@^(∞)^@)ノ
4年前に、高野山の宝物殿で仏像を見てから
『仏像とは私にとって鼻血がでるほど興奮させる喜びを与えてくれる存在』
になったのです。
それからというもの、
京都行きたい~奈良行きたい~高野山行きたい~比叡山行きたい
と、たまにこみ上げてくる欲求が・・・
今回は吉野山に役行者さまに会いに行ったので
奈良といえば東大寺!!!ってことで
ついでに行きましたという感じでございます。

さて長くなりましたが旅行の話ではありません

認識と理解と行動の関係について
考えたのが、この写真得意げ

カウンセリングサロン LifeComingの生きてく幸せ見つけましょ -DSC_1199.jpg

道行く人に
「すいませ~ん!ちょっといいですか?
これからここくぐるので写真撮ってもらってもいいですか?
ごめんなさいね!よろしくお願いします」
といったら
道行く人は驚いた顔をしていたのですガーン
高さ30cm、幅37cm、長さ120cmの穴
大仏様の鼻の穴と同じ大きさ
見た目では・・・私はちょっと太ったおばちゃんです

つまり、ここで目で見た認識により
「おいおい無理でしょ・・・」という
気持ちがわいたであろうから、
驚いていたわけですよねえっ

ちょっと話は飛んで

若くて細い若者の男性が、柱の前悩んでいるように私は感じました
「さっき、私通りましたよ」と声をかけると
見た目の認識で
「俺も通れるかも!」と感じたのかもしれません
一瞬にして、穴の大きさ、私の体形と自分の体形を
比べたのでしょう

若者はチャレンジしました

しかし、残念なことに彼は通れませんでしたガーン

私より確実に細いのに何故でしょうか?

ここには、見た目で認識したあとに
必要なことが欠けていたのです

それは、理解です。
理解とは自分の体をどうやって
穴に入れば通れるか、
穴の形状と体の形状について
理解している必要があったのです。

かれは、頭から入っていき
肩が引っかかりそれで入るのをやめてしまいました。

彼にとって穴に入るとは
頭から入ることが入るという行動をとることが
無意識の選択でとったことです。

認識された情報は、
過去のデーターと照合され
行動へと無意識に選択されているのです。

では・・・
私は通れました
何が違うのでしょうか?

私は、手から入っていきました
そして体を斜めに傾けていたのですべーっだ!
つまり、手を先に入れて伸ばすことで
肩が内側に入り、幅が狭くなること
そして斜め四隅から入れば
正面で入るよりも長さが長くなることを知識として
知っていたのですにひひ

ゆえに、工夫して入ることができたという結果なのです。
ある側面では、絶対に通ると決めていた
そして絶対に通れると信じて自信があったから
ともいえるでしょう。

つまり、何かを成し遂げるとき
準備が整っていることと
やり遂げる意思の
2つの要素が必要だということなんですにひひ

しいていえば
高さ30cm、幅37cm、長さ120cm
とはじめに聞いていたら、
「無理かも」ってあきらめていたかもしれません

ここに、落とし穴があります。
中学生のころ修学旅行でいった東大寺
私の記憶では
この穴はもっと大きかったのです。
柱がある位置も記憶とは違っていました。
もちろん、床よりも高い位置にあり
(実際には床すれすれ)
大仏殿の中も広い記憶でした。

つまり、私の記憶が塗り替えられていたのです
私の意識によって実際とは違う
東大寺を記憶に残していたのです。
私の記憶とはいかに曖昧なものか・・・

身をもって体験した私でしたショック!

皆さんも、奈良に行った際には
大仏殿の鼻の穴をくぐって
大仏様と一体になる体験をしてみてくださいねニコニコ


ご無沙汰していましたニコニコ

昨年より、とくやま洋服店様のブログの連載を行っていたため、

自分のブログはほったらかし・・・でございました。


これからちょっとづつはじめていこうかなぁとおもいます。


今年は区切りの年です。

頑張ってきた大学もこの3月に卒業

日本維新の会が開催している

維新政治塾も明日が終了式・・・

私の頼りにしているボスが転勤となり

今までのようなメンターとして

バックアップはしょっちゅうしていただけない


つまり、私の自立へのスタートなのかなぁと

思っています。


「自立」ってなに?

自分は自立してます!とか

普通に暮らしていたら考えることはあまりないかもしれません。

かつて私もそうでした。

他人にもそして自分自身にも

依存していたと思います。


では・・・依存は幸せなのか?

答えはNOです。


依存は絆や助け合い・思いやりとは違います。


依存とは、

自分を信じる力の弱さからおきていて

それによって、

怒りや憎しみといった

消費してしまうエネルギーのもととなる

なんとも難しいものだと私は感じます。


依存を見分けるコツは

とても簡単です。!!

「あの人が○○っていったから」

「あの人のせいで」

「私は○○だから無理」

とか・・・

せいで・いったから・だから という言葉がつけば

裏にある心理では依存が働いているかな?と

気づくことができます。にひひ


さて、昨年から始めた

コミュニケーション心理学講座も

おかげさまで

多くの方にご参加いただきました。ドキドキ


今年も多くの出逢いと学びとともに

少しでも自分に気づき

幸せな生き方を選択できる

人を増やし

幸せな心の自立をともに目指していけたらいいなぁって

おもいます


どうぞよろしくお願いしますニコニコ