関わりを持たないようにしてから約2ヶ月、あの人達と関わってると、私の心身は「非常に疲れる」ということがわかってきました。
私は子供のころから「あの人のような人生だけは歩みたくない」と今でも思っています…まぁ、実際は歩んでいませんが。
実は手紙を送った 時にACの自助会のリストを同封したのだけれど、おそらく自助会にも行っていないだろう…パートナーにも恵まれなかった、あの人は結局「宗教」しかこころの拠り所が無いのだ。
そして、そのパートナーは見事に酒に溺れ「自分の親と同じようなつまらない日々」を過ごしている。
毎日臭い線香の臭いを部屋中に漂わせて、毎朝気味の悪い読経をすることで現実逃避をしているのかもしれない。
おそらく自分の人生においても「子供を産んだこと」しか取り柄が無いのだと思う、だから何かに付けて「子育ては大変」といまだに言い続けるのかもしれない。
そして、なによりも「自分が子供のころから全く恵まれていなかった」という事実を受け入れたくないのだろう。
私のように自分自身の事を振り返り、それを整理していこうという気持ちは全くないのだ。
結局あの人たちは本来なら反面教師にするべき「自分たちの親と同じような人生」を歩んでいる、それだけならまだしも、あんなに嫌っていた親の墓参りにはバカ丁寧に毎年行くという私から見たら絶対に信じられない行為をいまだに続けている事だ。
結局、親が死んでも「親の言いなり」から抜け出せていないのだ…これは救いようのないバカだから仕方のないこと知れない。
あの人たちは半ば社会から孤立している…親しい(質のいい)友人もおらず、夫婦関係はすでに破たんしてるようなもので、2人の共通の楽しみがあるわけでもないので私たちのように休日は一緒にどこかに出かけるということもほとんどない。
今私が不安に感じている事は「遺伝的に無駄に長生きすること」である…個人的には遅くとも70歳くらいでサクッと死んで欲しいと思っているのですが、80だの90だのズルズルと長生きされるのは私にとっても社会にとっても非常に迷惑だと感じている。
こうして書き出してみると、この人たちは非常に「かわいそう」だと感じるようになってきた…自分自身の人生にも恵まれずに、それに気付くこともないままに怪しいものにすがって対して自分は幸せだと自分に言い聞かせ続けていないと生きていけないなんて。
途中、どこかで一度でも自分の人生について振り返る機会があれば、私のように「やり直し」をすることも不可能ではなかったはずだ。
ちなみに、かわいそうとは書いてみたけれど…そこに「同情」の気持ちは一切ない事は言わなくてもわかると思います。
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