どうしても思い出さないとダメですか? | 今日も、犬とベッドシェア

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おじいちゃんのパピヨンさんと暮らす、ソロ活&おひとり様人生エンジョイ中な私の雑記帳
不定期更新&長い記事多めです

昨日の通院記録の続きです…なぜ彼女はそんなに「何を話していたのか?」にこだわるんだろう?記録自体は倉庫にあるのに、私から聞き出そうとするのだろうか?

昨日はこんな事を聞かれた


「○○先生ってどんな人だった?」


どうも、彼はあまり自分から積極的に他人とコミュニケーションを取るようなタイプではなかったそうで…なんか妙に波長が合うなとは思っていたけど、やっぱり彼は私に似たところがあったようだ。


再開する前は前みたいに毎週でもいいかな?と思ったけど…実際に再開したら、これ毎週はキツイ…椅子に座り続ける体力的な問題というより、自分の思っていることをありのままに話さないといけない、ミーティングのように「言いっぱなし・聞きっぱなし」のスタイルであればまだ楽なのかもしれないけどそういうわけにはいかない。


彼女との面接は完全に「会話」である、自分の話したことに対してどう思ったか、とか当時の心境なんかも詳しく説明しないといけないんです…でも、彼の時はどちらかというと「言いっぱなし・聞きっぱなし」のスタイルに近かったような気がします…正確にいうと「聞いてもらいっぱなし」なんですが。


…あの時私は彼に何を話しただろうか?

当時の私は右も左もわからないほどうつろで、肌も荒れてボロボロだったらしい。

はじめのうちは今困っていること…特に

・とにかくゆううつで不安なこと

・人が怖い、特に同い年の人

というのをよく話した気がする。


そして、しばらく会っているうちに

・今の自分は自分が思うように生きられていないこと

・自分は何をやっても周りから認められていないような気がすること

・1時間や50分では全然時間が足りない、回数を増やすか時間をもっと長くしてほしい

…上記のような事を繰り返し話していた気がしてきた。

信頼関係以上の「一体感」があったのと、この時の私にとっては唯一の「安心できる場所」だったからというのもある。


今まで書いて書いてこなかったが、実は彼が辞めると告げる少し前にちょっとだけ関係が悪化した事がある…担当を交代してもらうほどではなかったが、彼に対する緊張が強くなってしまい「自分の弱み」を見せるのが急に怖くなったのだ。

なぜそうなったのかは今でもよくわかりません…でも、そうなるともうお話自体したくなくなるんです…でも、彼と過ごす時間は私にとっての「やすらぎ」である事には変わりないのでそういう時に「箱庭療法」とか「絵を描いたり」させてもらったのだった。


とにかく言えることは、私は彼に対して自分の事を半分も話せていなかった気がします…自分を振り返るレポートを書いた時「私は大事な事を全然話していなかった」と後悔の念に襲われました…なんでこんなに大事なことを話さなかったのだろうと。

私の唯一の理解者でこころの支えでもあった存在である、なのに私は自分の事をよく見せようとしてしまい、自分の本質的な部分を全く見せることが出来なかった、というよりも無意識的にしなかったのかも?


こうやって文章に起こすと上手く表現できるんだけど、お話してって言われるとものすごくハードル高くなるんですよね…。


この記事プリントして持って行こうかな?