◆根本裕幸 -94ページ目

◆根本裕幸

恋愛や結婚、性などのパートナーシップ・家族に関する問題からビジネス、対人関係、健康・病気・死など幅広いジャンルを扱う。感情・感覚をフルに使った“目からウロコ”な心理分析や、じんわりと心に響くハートフルな癒しには定評がある。

午前中はホテルでゆっくり過ごす。
とはいえ、つい、作成中の書類に手を出してしまい、しばらく仕事モードに。
でも、静かなホテルの、明るい部屋の中で、こうして仕事ができるのはすごく幸せなことだなあ・・・としみじみする。
もう仕事が好きとかそういうことではなく性(サガ)なんだね、きっと。
奥さん、迷惑かけます・・・(苦笑)
*今日は心理学ワークショップの日。名古屋で2年半利用させていただいた中小企業センターが建替えのため休館になり、今月がこの会場での最後のワークショップ。そして、そのテーマは「感謝」。しかも、今回も僕に似合わず春本番のいい陽気で、意識したわけではないけれど出来すぎな設定で、それだけで何かを約束された一日のような気さえしました。打ち上げの席でも少し話をしていたのですが、今日のワークショップ、普段の名古屋の雰囲気と違ってたんですよ。何が?はうまく説明できないけれど、僕にとっては「何気ない普通の日に、家からふらっと出かけていって楽しく講座をして、いつも会っている仲間達と気軽に過ごす」というノリでした。(実際は初めてお会いする方が半分くらいいらっしゃいました)“地”ができたのでしょうか?それは何人かの常連さんも気付いてくださったようで「今日はいつもと違った。でも何でだろう?」と言ってました。ワークショップの内容も思っていたよりもずっと深く、今まで名古屋ではやったことがない角度から進めることができました。こういうワークショップは予め何をやるのか考えているわけじゃなく、その場その場の空気、雰囲気で進めていきます。飄々と進めているようで、実は色々試行錯誤、悩みながらやっていたりするわけです。その自由度が楽しいところですし、こけたらどうしよう・・・というプレッシャーが刺激となって、ワークショップを開くのは本当に飽きないものです。同じテーマでも、場所によっては話す内容はもちろん、実習や展開も変わって行きます。今日はその進め方が僕の感覚に非常にマッチしたといいますか、勝手知ったる雰囲気といいますか、何かすごく自然だったのかもしれません。少なくとも僕にとってはこんなセミナーがいつも開けたらいいのに・・・と思うくらいに自然体で運営できました。みなさん、ありがとうございます。・・・とはいえ、まだ頂いたアンケートに目を通してませんので、皆さんも満足していただいたどうかは確認してないんですけどね。(でも、打ち上げの席では参加してくださった方がいい顔をしてたので、良かったんじゃないかなあ???などと思ってるのですが)*打ち上げでは色々しゃべって笑って突っ込んでホテルへ。辛いもの欲も満たされ、かつ、お腹もいっぱいでいい気分です。ちょっと飲み足りないかも?というくらいがちょうどいいんでしょうね。ビールを買おうかどうか迷いながら、熱いコーヒーを淹れてホッと一息つく。きれいな部屋で、広々とした空間で、窓の外には美しい夜景が広がっていて、あぁ、幸せだなあ・・・と。
日々のミニコラム
朝から小雨が舞う名古屋。
カウンセリング中も雨男や近鉄の話題が相次ぎます。
愛されてる自信がなくなったら、この地にくれば良いのかも、と思うほどです。

このホテルは仕事でしか利用したことがないのですが、プライベートな時間にも滞在してみたいと思わされる素敵なところです。
何でだろうなあ。雰囲気かな。
ハード面もソフト面もどちらもちょうど良い感じです。
でも、料金が高くなってシングルにしか泊まれなくなったのは・・・残念。

名古屋でも福岡でもいいホテルにめぐり合えて幸せです。
*午前中は必需品を買いにダイエーへ行くつもりが手前のアスナルに留まってしまい、ついに成城石井の誘惑に負けてしまいました。実は密かに1000円もの割引券を手に入れていたため、気が大きくなりそうなところを必死に押さえ、必要最低限のものを購入。でも、ほんと誘惑物がたくさんあって困ります。僕の買い物流儀では必要なものをさっさとカゴに入れてレジに向かう(理由:誘惑に弱いため、あれこれ見てしまうと買いすぎてしまう)のですが、今日は時間に余裕があったことと珍しいものがたくさんあったのでじっくりチェック。普通のティーパックに入った緑茶orほうじ茶が欲しかったのに、それは無くて、輸入品や高級品ばかりが並んでいたのはさすが!と思いました。あれこれと誘惑に駆られ、非常に悩みましたが普通にTWININGSのLADY GRAYを購入。出張先での休憩時間がまた少し豪華になりました。*出張生活を重ねていると旅行カバンに忍ばせている品物がどんどん増えていきます。コーヒー好きな僕はインスタントではダメなので一人用の小さなドリップセットを用意してます。もちろん、お気に入りの豆(挽いたのですが)も持参してます。お茶類は、緑茶、紅茶はもちろん、中国茶も完備。粉末のクリープやシュガーもありますし、紙コップや割り箸、使い捨てのスプーンは必需品です。徐々に大きくなっていく日用品グッズに、スーツケースの中身がどんどん奪われているのですが、やはり旅先の快適さを求めると・・・つい・・・。ホテルの部屋で一日の終わりにきちんとコーヒーを淹れてふぅーっと息をつくのは良いものです。・・・やはり紙コップでは風情にかけるので、次はマグカップを・・・。*夜はすぐ近くの三福という鰻屋さんへ。おっちゃん、おばちゃんがやってる!って感じがなんとも言えず馴染めて、まるで故郷に戻ったような安堵感がある店です。店の作りからしてオヤジ度満点な様子なんですが、静かで落ち着くし、味もいいし、そこにいるだけで涙が出そうなくらい懐かしいんですよね。どうしても、ここは名古屋じゃない!大阪だ!と思えるんですが、こういう発言は失礼に当たるのでしょうか?(笑)とはいえ、鰻も美味しいけれど、場所と一息付く代金を払ってホテルへ。少しの時間でも、ホッと一息つけて、すーっと心が休まれば良いのです。そして、改めて気持ちを入れ替えて仕事に取り掛かります。
日々のミニコラム
目覚まし時計より2時間も早く目が覚めました。
やはり「遠足の日の少年」のようなものなのでしょうか。
今日から名古屋出張なのですが、密かな計画を思いつき、昨晩からワクワクしていたのです。

でも、まずは大切な仕事を・・・と、慣れた手つきで荷物をカバンにつめ、ワークショップのテキストを作成(コピー&ホチキス止め)しに出かけました。
この時点で計画よりも1時間早く、かなり余裕の展開。
ほんと遠足が待ちきれない子どもですなあ・・・。
しょうもないことやのに・・・と思うものの、ホチキス止めの間もワクワクしっぱなしでした。
*そして、テキストも完成し、意気揚々と近鉄難波駅へ。密かな計画とは「アーバンライナー(近鉄特急)で名古屋へ」。名古屋や三重方面から大阪に来てくださるお客さまが口々に「近鉄もいいですよ~」と自慢されるので、今回思い立って実行してみることにしたのです。学生時代に何度か利用したことがあるものの、それ以後はすっかりご無沙汰していて、何と10数年ぶり。その歴史の重みにもついくらっと来てしまいます・・・。予定より40分も早く難波駅に着いてしまい、構内のシアトルズ・ベストでコーヒーを飲みながら「つくづく旅好き、乗り物好きなんだなあ、子どもだな」と喜びを噛みしめます(笑)窓際のいい席で、がらがらの車内。旅のおばちゃんが多いのかと思っていたのですが、意外にビジネスマンばかりで、途中からは寝息が響き始め(いびきは無し)、とても落ち着いていい感じでした。最近はどこへ行くにも早く、楽に、で1時間以上同じ乗り物に乗ることがないので、この2時間は、僕にとってはもう立派な「旅」の部類に入ります。ほとんどずーっと景色を眺め、位置を確認し、心の中で「へぇー」を連発し、きっと目を輝かせていたと思います。アレは何だろう?と思い、後で地図を確認しようと思った場所もたくさん。(ホテルにチェックインしてPCをネットに繋いで最初にしたのは地図を見て行程を再確認することでした!(笑))田舎育ちの僕にとって山の中を縫って走る列車の旅は懐かしい思いでいっぱいになります。日本の里!と思える風景を何度も見過ごして「ここでボーっとしたら気持ちいいだろうなあ・・・」と何度も心を窓の外に投げて紀伊山地を越えて伊勢へ。なんとなしに建物や看板などで地域性を感じられてニンマリ。例えば電話番号が「05xx」から始まるところで、もう違う場所なんですよね。(関西は06、07xxですから)広々とした田園風景にありきたりだけど思い切り心和みました。やはり自分の原風景はこういう場所なんだよな、と帰巣本能が刺激されるようでした。大阪近郊と違うのは1軒1軒の敷地が広くて大きいこと。ずーっと高級住宅街か?と思うくらいで、いかに大阪がごちゃごちゃしてるのかを感じさせられます。と同時に「この辺なら1軒いくらくらいなんだろうか?」「この辺に引越ししたら通勤はやっぱり大変なのかな?」などと一家の主らしいことも考えます。途中、窓からめちゃくちゃ運動場が広い幼稚園が見えて「ここで子どもを遊ばせたらすごく喜ぶだろうなあ」など父らしい側面も。その一方「○○さんはこの辺に住んでいるのかな?」というところもたくさん通って、あっという間に名古屋に着きました。まだまだかなあ・・・と思っていたら急に都会になって駅に着くのにはびっくり。「ちょっと足りないくらいがちょうどいい」という法に則って帰りも近鉄に乗ってしまいそうです。でも、この旅は予想外にリフレッシュできます。新幹線を使えば自宅から1時間半でホテルに着くところを、待ち時間も入れてわざわざ3時間以上かける価値はあるなあ、と思いました。値段も安いですしね。お陰で近いと思っていた名古屋がずいぶん遠く感じられて、いつもの勝手知ったるホテルに着いた後もしばらくここがどこか見失ってしまうほどでした。面白い遊びを見つけた子どものように、しばらくの間は会う人会う人に自慢してしまいそうです(^^)*夜は名古屋から大阪に引っ越した友人が「もう私は使わないから」とわざわざ送ってくれた割引券を持って「世界の山ちゃん」へ。金山周辺には支店が4,5軒もある。発祥の地なんだろうか?なぜか一人なのに座敷に案内され、名物手羽先を頬張るも周りの席の盛り上がり具合に居場所をなくして、そそくさと店を出る。味は良かったが、やはり塩気や油っ気が強くて口の中がずーっと変な感じ。ちょうどほろ酔い気分でよい感じで、ぶらぶらと歩いてホテルへ。溜まり始めた事務作業を楽々こなす。違う環境に移ると気分転換になって作業がとてもはかどります。でも、もう何だかいつもの慣れた場所、夜景なので、いつもここに居るような錯覚にも襲われます。このデジャヴのような感覚も素敵です。
日々のミニコラム
昨晩遅かったので今朝は久しぶりに朝寝坊。
ぐっすり眠れたし、やはりきちんと遊んでたくさんしゃべるのは大事だなあ・・・と思います。
子どもができるとどうしても子ども中心の生活になってしまい、色んな意味で【大人の時間】がお座なりになってしまうんですね。
奥さんともよく話をしますが、そのバランスってほんとうに難しい。
僕は関係性も何でもバランス感覚が大事だと考える方なので(そして、今日の心理学講座のネタも奇しくもバランスについてなのですが)、毎日が研究です。

*仕事と家庭のバランス、遊びと仕事のバランス、カウンセリングと書き物のバランスなど、色々と考えることが多いんですね。でも、考えてしまうと余計にうまくいかず、さらに葛藤が深まってしまうもの。だから、その辺は本当に“感覚”なんだろうと思うんですね。試行錯誤しながらその時々の、そして、関係者みんなの心情を感覚的に向き合って行きたい、常に自分を自由にしつつ、罪悪感や不安など、色んな“感情”に邪魔されそうになっても臆することなく、感性を大切にしたい。そう思うんですが、勇気が要るなあ・・・ひとつひとつのことに。僕は我がままであり、かつ、人に気を使いすぎるところもある難しい性格をしているので、うちの奥さんはほんとうに大変だと思います。*外に出ると思いのほか温かくて気持ち悪いくらい。でも、こうして春になって、今まで当たり前だったコートを着なくなって、だんだん薄着になっていくんだなあ、としみじみ感じます。今年の冬は例年になく寒かったので、温かくなるのが信じられない気持ちは例年以上です。カウンセリングルームでも窓を大きく開けて、心置きなく空気の入れ替えができました。でも、油断するとまた寒くなって風邪を引いたりするんですけどね。*夜はその心理学講座を纏めつつ、ワークショップのテキストの詰めを行いつつ過ごしました。どちらもプレッシャーのかかる仕事なので、音楽と飲み物を横にしっかり置いて、いわば「半缶詰」の状態を作り出して。でも、途中どうしても集中できなくなり、ボクシングの試合を見て熱くなり、元気をもらいました。あの勇気、パワー、元気、すごいなあ。できあがったテキストを見返すと自分が作ったのかわからない内容になっていることが多くて、とても不思議な気分になるものです。明日の朝、印刷して名古屋へ移動します。大阪~名古屋は近すぎて余裕がありすぎます。
日々のミニコラム
朝は本格的な寝癖と共に歯医者へ。
眠気で意識朦朧としている様子はお医者さんにはしかと伝わったはず。
後の方だったので、しばらく待っているうちにほんとうに少し眠ってしまった。

ここの歯医者さんは良心的で丁寧で説明もきちんとして下さるのだが、次々と見つかる虫歯に自分が嫌いになりそうになる。
それでも先が見えてきたというか、もうすぐひと段落付けられそうなのでホッとする。
でも、「大仕事が一つ残っているんですよね~」というさりげない一言にドキッとする。*昼からは眠たくてぎゃーぎゃー泣き喚く子を連れてお散歩へ行く。とても温かくて、おぉー、春だーと自然と思える天気。こういう気候だと放っておいてもゆっくり歩いてしまう。公園のベンチでちょっとほっこりして、でも、葉が落ちたままの木を眺めていると、季節が徐々に変わっていく空気の真っ只中にいる気分が味わえる。遅いランチを摂るためにバイキングのお店へ行く。公園のすぐ傍にあり、近くのOLやビジネスマン、ベビーカー軍団御用達の便利なお店だ。入り口には「13時までにご入店の2歳以上のお子様は500円」という案内が出ていて、仕事関係者と公園関係者を色分けしたい思惑が見えて笑える。いつも満席で子どもの声が響き渡っているのだが、時間がずれてたせいか今日は空いていて、この店がこんなに落ち着くとは初めて知る。とはいえ、のんびり食事をする余裕はもちろんなく、好き放題の2歳児に振り回されながら、である。しかし、この振り回されることにすら慣れてきた風情があるので、多少こぼしても汚しても慌てないのはパパママ経験値がアップした証拠なんだろうと思う。しかし、パスタを手で掴み、水で洗って口に運ぶ姿には「お前はアライグマか?」というツッコミを禁じ得ず、また、堅いフランスパンをやはり水に浸して食べる姿は「柔らかくなるって発見したのか?でも、まずくないのか?」とその味覚には不安を覚えてしまう。ただ、そのお陰で我々の食卓には笑いと怒声が絶えない。バイキングだからか、この店の味付けは塩気が多く、うちの奥さんの塩分控えめな料理に慣れてる口にはちょっと辛いのは確かで、一度水で洗いたくなるのは逆に味覚が発達している証拠なのかとも思ってしまう。とはいえ、バイキングの醍醐味はカレーが食べ放題という点に尽きる、との信念を持つ僕が、何度もカレーやパスタ、コーヒーをお替りする姿を見て、「パパ、また、いくの~?」と娘に言われたのには思い切り笑った。しかも、意味深にニヤーっとされると、すべてを見通されているようで食が細りそうだ。*そんな時間をはさみながら今週、名古屋から始まるワークショップのテキスト作りをさくさく進める。最近もっとも力を入れているのがこのテキスト作りで、ワークショップなのかもしれない、と思うくらい様々なことを考え、想定し、作り込んで行く。毎回心理学講座の何倍もの量になるので、これを分割すれば、しばらくはメルマガのネタで悩まなくても済むんだろうなあ・・・という思いをいつも感じる。*夕方からはミーティング。仕事やプライベート織り交ぜた時間を過ごす。そのまま夜中まで頭をかなり使い、普段使わない筋肉を使ったような疲労感に襲われる。勢いで食事に出かけ、最近できた仙台の牛タンの店に行く。見慣れないメニューがたくさんあってとても新鮮。牛タンもとても美味しかった。で、けっきょく帰りは真夜中になってしまった。こんな時間に外を歩くのも久しぶりだよなあ・・・と思いながら帰途に着いた。
日々のミニコラム
ご参加くださった皆さんありがとうございました。
アンケートにて頂きましたご質問に回答させていただきます。
参加されていない方にもできるだけ分かりやすいようにさせて頂いているつもりですので、どうぞお時間のある時にお楽しみ下さい。

心理学ワークショップ(福岡)
2006/2/11(Sat)『許しと手放しの心理学』
2006/2/11(Sat)『問題の影に才能あり~今のあなたのテーマから隠れた才能を見つてみよう~』
天神・新光ビル

<ご質問・疑問>Q.グループで話を聞いてもらっている時に、すごく震えが来たのですが自分ではよく分かりませんでした。何故なのでしょうか?A.震えは・・・一般的には怖れのシンボルと言われます。自分の話をする時は少なからず心をオープンにしないといけませんよね?なかなか人に言えないことを話したり、恥ずかしかったり、怖いことをグループで話をするときは、ついつい怖くなるものかもしれません。それが震えに繋がったのではないでしょうか。それくらい勇気を持ってチャレンジしてくださったのかもしれませんね。その点ではご自身を褒めてあげてくださいね!Q.許す/許せないで、「どうでもいい」という気持ちの時は許せていないのでしょうか?A.「どうでもいい」という気持ちは投げやりな感じですよね?「もう、ええわ」と諦めモードの時に出てくるものかもしれません。そういう投げやりだったり、諦めだったりするときは、怒りを感じていて、それを抑圧しようとするときに現れるものです。つまりは「どうでもいいわ」という気持ちの時、私達は心のどこかで怒りを感じていることが多いのです。(それを認めたくない、感じたくないときに“投げやり”になるんですね)怒りがあるわけですから、許しの面から言えば許していない状態といえます。でも、どうして怒っているのだろう?何か惨めだったり、認めたくない気持ちがあるのだろうか?などと、そういう気持ちも丸ごと許容してあげられるといいのではないでしょうか。Q.「自分ひとりで頑張って許さなくてもいいんだ」というのは大きな気付きでした。でも、サポートを感じるのは難しいですね。一歩ずつということでしょうか?A.私達は大人になって自立している以上、とても受け取り下手です。他の方もアンケートに何人か書いてくださっていたのですが、受け取ることは難しいですね。僕も常々分かっていながら実践できてないことに気付かされています。まずは頭の中に「受け取ってもいいんだ」ということを入れておくことが大事かも知れません。「受け取ろう!」ではなく「受け取っても“良い”」というのがポイント(^^)これも許しなのですが、受け取る事を自分に許すのは本当に息の長いテーマだと思います。ですから、一歩一歩何か人からの思いや、誰かの優しさ、生きている事の喜びなどをちょっとしたことで受け取ろうとしてみると、意識を大きく変えるきっかけになるんじゃないかと思います。後は何かの折に「おー、これって受け取れたってことかも!」という体験をされると、身に染みて理解できるようになりますね。それまではおっしゃるように一歩一歩できることから始めていきましょう!因みに次回の僕のワークショップ(4/8)のテーマは「与えることと受け取ること」です。お時間都合が良ければ是非いらしてください!Q.身の回りにいる問題を抱えている人のサポートがしたいのですが、どのようなアプローチをしたら良いのか教えてください。(病気の人、お金のトラブルばかり抱える人)A.「サポートしたい」という気持ちを持っていることが、もう既にサポートであることに気付いてください。そういう気持ちでいてくれる人が一人でもいることに気付けたら、きっとその人は新しい見方を取り入れる準備が始められるでしょう。そして、サポートしてあげたいことを素直に伝えられると良いですね。でも、相手が受け取ってくれるかどうかは別。タイミングも難しいときもありますね(相手が自立タイプだと尚更)。相手にも準備が必要だってことを忘れないようにしておきましょう。その上で、自分が相手をサポートするために、いろんな人との繋がり、ネットワークが持てるといいですね。例えば、病気に関してはお医者さんが専門家ですし、お金に関しても弁護士さんやそうした仕事を持っている方の方が情報には詳しいかもしれません。自分が直接助けようと頑張りすぎると、つい自分の専門外まで手を出してしまうので、そうした人たちを繋げる“ハブ”のような役割を担おうとするのが一番お勧めです。その人を“助けられそうな人たち”をリストアップしたり、コネクションを作っておくのが良いのではないかと思います。抱え込みすぎず、そして、いざという時にはその人にとっての駆け込み寺になれますからね。そして、その人に対してはできるだけ話を聞き、相手を受け入れる態度で接することができると心のオアシスのような存在にもなれます。これは自分に余裕がないとなかなか難しいことですが、ぜひ、チャレンジされてみてくださいね。Q.援助を求めていいと言われてもなかなかできないのですが。A.すぐには難しいかもしれませんね。それくらい自立的な人生を歩まなければいけなかったのでしょうか?援助を求めていいんだな・・・ということをボーっと自分の中で反芻してみてください。そうしていくと水が大地に染み込んでいくようにじわーっと心の中に入って行きます。それがいつしか「あ、今がチャンス」という勇気をもたらしてくれます。時を待つのは勇気が要ることですが、焦らずじっくりやってみてください。必要な時は必ずやってくるものですから。<ご意見・ご感想>◎自分が欠点だと思っていたところが欠点ではなかったと気付けて良かったです。◎自分では気付かなかった部分がたくさんあって驚きました。◎分かりやすい説明ですっきりした。見えにくかった事が見えた。◎初めて参加したのですが、講義も聞けて、実習もできて良かったと思います。◎ワーク(実習)の時に、ほかのグループの声が響くので、自分のグループの話が聞き取りにくく感じました。 →Ans.グループのスペースの取り方がうまくいかなくてすいませんでした。もう少しグループごとの間隔を空けるようにしますね。ご意見ありがとうございました!(根本)◎気付けないことを気付くという大切なものを頂けました。◎普段悩みを相談するのは自分のことをよく知った人なのですが、逆に今回のように知らない人から話を聞くと色んな発見があることに気がつけました。◎執着の手放しについてもう少し聞きたかったです。許しの応用とは思いますが、難しい・・・。 →Ans.許しと手放しについては深いテーマですから、今後も何度も取り上げてみたいと思っているものです。お楽しみに!(根本)◎豊かな時間を過ごせてよかったです。ありがとうございました。◎許したときの温かさを感じることができました。許すことでなりたい自分を見つけられた気がします。◎肩の力が抜けたような気がしました。◎モヤモヤが取れました。一人じゃなくてサポートを受け取ることが大事だということを学べました。◎みんなの表情が優しくなったり変化が見られて自分も嬉しくなりました。◎鹿児島の端っこから参加したかいがありまして、とても濃い時間が過ごせました。初めてでどきどきでしたが皆さん温かくすぐに打ち解けることができました。ありがとうございます。以上です。ありがとうございました!
ワークショップのフォローアップ&テキスト集
ほんとうに不思議なくらい母がやってくると雨が降る。
ちょっと親子を感じる瞬間だ。
「明日はゴルフだけど、そういう時は晴れるの」
という台詞からも血の繋がりを感じた。

子どもはいっぱい遊んでもらってはしゃぎ過ぎて、今夜もまた眠らないんじゃないか?というテンション。
たまにしか会えないのに、ちゃんとパパのママであることを覚えていた。
もうちゃんとした人間になってきてる!と実感することが多い。
*早く来て早く帰った母(明日のゴルフに備えるためだそうだ)。晩ご飯の予定まで考えてたのでちょっと拍子抜けしながら家族で散歩。東急ハンズで兼ねてから欲しかった財布をゲット。自分のものを自分で買うのはとても久しぶりな気がする。そして別のフロアで小物をいくつか買ったら何と料金が777円。自慢げにレシートを見せると、奥さん「ロトとか買ったら?随分キャリーオーバーしてるらしいよ」と教えてくれる。でも、よくよく思えば、この買い物で運を使い果たしてしまったのかも。*夜は近くのとても感じのいいお店でお好みを食べる。この街に住んで5,6年になり、それくらい長い付き合いのお店も少しずつ増えてきた。子どもが生まれてからは2回目だが、道端でよくお兄さんに出会うし、子連れの場面もよく目撃されているようで、常連のような気分でとても落ち着くし、居心地が良い。因みにこの店はマスターもそうだが、独身のイケメンな常連が多い気がする。*気付けばここ数週間でママ、ママ病がどんどん酷くなるうちの子。ママが見えなくなると不安になって泣き出して、今までだいじょうぶだったお風呂や歯磨き、寝かし付けもパパでは無理になってきたようで。ちょっと寂しいけれど、それも成長の一部なんだろうと感じてむしろ清清しくもあります。実際家にいる時間が少ないし、出張などで全く会えない日もあるので、知能が成長してきて自分が弱いものという認識が強まれば、自然と守ってくれる存在(ママ)に全神経を集中させるはず。それが証拠に大きなクマさんと小さなクマさんが載っている絵本などを見てると「パパはこれ、おっきいねぇ。みじゅきはこれ。ひいちゃいねー(小さいね~)」と指を差してます。もちろん全面的に頼られるママも大変です。毎日「まま~まま~」という泣き声がコダマする根本家。育児ノイローゼにならない方がおかしいのが現実です。やはり核家族は厳しいところですな。少子化の一番の要因はこういうところにあると思う。*育児の大変さを感じるので、ベビーシッターさんとか保育所とか、たまにはそういう場所を頼るのもいいんじゃないか?という話を奥さんとする。うちはまだ奥さんの実家が近く、ずいぶんと助けてもらっているのだが、それでも体があまり強くない奥さんにとってはきついようだ。体はいつもパンパンに張っているし、子どもが寝ると一緒に寝入ってしまい、自分の時間はないし、家事も中途半端でお掃除好きな奥さんとしてはストレスが溜まる。何より体を壊すかもしれない。資料を取り寄せたり、インターネットで調べたりもするけれど、最後は「いつまでも続く事じゃないし、これだけ一緒にいられるのは後1年しかないんだから」という結論に至る。確かに来年の今頃は幼稚園の入園準備の真っ最中だし、幼稚園に入ればずっと家にいることもうないわけで。それを思うと、ぎゃーぎゃー泣き喚くことも貴重なことのように思える今日この頃。
日々のミニコラム
ご参加くださった皆さんありがとうございました。
アンケートにて頂きましたご質問に回答させていただきます。
参加されていない方にもできるだけ分かりやすいようにさせて頂いているつもりですので、どうぞお時間のある時にお楽しみ下さい。

心理学ワークショップ(大阪)
2006/2/25(Sat)『許しと手放しの心理学』
2006/2/25(Sat)『問題の影に才能あり~今のあなたのテーマから隠れた才能を見つけてみよう~』
淀屋橋・大阪市中央公会堂
<ご質問・疑問>Q.「自分のことが嫌い」という問題を持っていますが、それに隠れている才能が何か分かりません。どう考えたらいいのでしょうか?A.なかなか自分のことは分からないものですが、ちょっと客観的に見てみましょうか。もし、誰かが「あたし、自分のこと嫌いやねん。ほんとうにこんな奴、幸せになられへんと思うねん」と話してると想像してみてください。その話を聞きながら、実習でやったように「この人のいいところってなんだろうなあ?」って想像してみましょう。少しは何かが見えてくるかもしれません。私達は人に対しては好意的な目を持ちやすい反面、“自分のこと”となると謙虚さも手伝って評価を下げ過ぎてしまいます。だから、自力で長所を探すよりも、客観的な目を持ってみた方が自分では「そうかなあ?」と思っても、まだ受け取りやすくなることが多いです。一般的に「自分のことが嫌い」という場合、自己愛とか、人を愛する才能をお持ちな方が多いようです。嫌えるくらい、好きなところがいっぱい隠れているのかもしれません。(心理的には「好き」の反対語は「嫌い」ではなく「無関心」で、「好き」と「嫌い」はある種同義語的ですらありますよ)Q.どうして問題を一人で抱え込んでしまうのでしょうか?A.小さい頃から私達は「自立すること」を目的とされてきました。自立というのは「一人ですること」です。ご飯を食べ、着替え、トイレを済ませることから、自分の意見を言える、進路が決められる、仕事ができる、など様々な課題があって、それを一人でこなすことが一つの目標になってきました。そうすると、何か問題や悩みがあったときにも「一人で解決できなければならない」という思いに駆られやすくなります。また、学校の勉強などでも、みんなで答えを出したらカンニングになってしまいますから、そこでも一人で何とかしなきゃいけないという思いに一層拍車をかけられるのかもしれません。何か悩みがあったときに、それを解決できなかったら、とても悔しかったり、自分が不十分のように感じてしまうことってないでしょうか?ある程度までは一人で頑張ることも大事かもしれませんが、時と場合によっては誰かの手を借りた方が早く、確実にできる事もあるはずです。例えば、多少の風邪ならば市販薬を飲んで、睡眠や食事に気をつけて治そうとしますが、それでも良くならなくて具合が悪かったら、たいていの人はお医者さんにかかりますよね?自分の悩みも同じで、ある程度考えても分からなかったり、解決できなければ自分以外の誰かをあてにすることも大切だと思います。Q.今の自分になってしまったことを掘り下げて解決するか、少々濁しながらでも前を向くか、たまに考えてしまいます。A.両面から考えてみてはいかがでしょうか?自分を掘り下げてじっくり見つめることは、今まで生きてきた垢を洗い落とし、新しい自分に生まれ変わるようなリフレッシュができますね。でも、それには多少なりとも時間が必要で、その間はその部分を濁しながらも毎日の生活に向き合う必要が出てくるでしょう。例えば、会社の建物のリフォームや建替えなどをする場合も、一旦別のビルに移ったり、工事の影響のないスペースに移動したりして、営業をしながら行っていくことが多いと思うんです。リフォームするからって全面休業にしてしまうことばかりではなく。その工事の間は防音シートがかぶっていたり、歩きにくかったり不便を感じることもありますが、終わった後はリフレッシュして、新しい環境で仕事が始められます。まったく同じではない(特に“工期”は未定なことが多いですね)のですが、心や思考など内面的な部分も同じようなイメージで捉えてみてはいかがでしょうか?Q.自分の判断基準で色々決めると(思い込むと)いけない、という話があったと思います。これは「自分がすべて間違っている」等、余計沈む結果を招きかねないような気がするのですが?A.おっしゃるように自分の判断基準に迷いが生じたり、疑いを持ってしまうと、自分が全部間違っているような、自信がどんどん失われていくように思われるかもしれません。これもバランスが大事で、私達は一般的に、良い面では自分を過小評価し、悪い面では過大評価してしまう傾向にあると感じています。自分の短所や苦手なジャンル、問題に対しては、私達は絶対の判断基準を持っているような感じですね。「誰が何と言おうが、私はダメなのよ!」と自信満々(?)な場合は少なくないと思うんです。でも、一方で、自分の長所や才能、価値などはとても受け取りにくく、なかなか認められないものですね。これらは自己嫌悪や罪悪感、無価値感といった感情が引き起こしている問題なのですが、自分をできるだけ公平に見てあげることがやはり大切なのではないかと思います。Q.最近人との繋がりを苦手に感じます。それは接する人たちからお荷物(悩みや思い雰囲気など)を背負わされているような気がするからなのですが、どうしたらいいでしょうか?A.今は自分を見つめたいときなのかもしれませんね。だから、少々周りのことは放っておいても、自分のための時間を作ってあげる方が良いかもしれません。今までのあなたはどこかしら周りの人に気を使ったり、お世話を焼いたりして来たのではないでしょうか?周りの人は今までとあまり変わらない接し方をしてきているのに、自分の状態が変わってきて、それが苦痛になってきているのかもしれません。そういう時は「ごめんね。今はちょっと受け入れらないの。もう少し待ってくれないかな」など、はっきりとNoという意思表示をしておくことが大事です。一時的に関係性は悪化するかもしれませんが、長い目で見ればとても大切なことだと思うのです。無理に抱えて頑張ることは共倒れの危険もあるし、お互いのためにならないと思うんですよね。それから別の見方を使えば、今のあなたは彼らにもっと良いものを与えられる状態なのに、自信が無かったり、その価値を受け取れなかったりして、自分のベストを与えていないのかもしれません。そうするとこの状況は罪悪感を貯金しているような感じになると思うのですが、さて、いかがでしょうか?どちらにせよ、自分を取り戻していく事が今は先決かもしれませんね。Q.心の痛みが強すぎて、才能を受け入れられません・・・。A.今はその痛みを和らげることが一番大事なのことかもしれません。疲れているときは、どんなに実力があっても発揮できないように、心が痛ければ自分を認めたり、前に進んだりできなくなると思います。それが自然なこと、当たり前のこととして捉え、そのことで自分をさらに責めないようにしましょうね。Q.自己嫌悪&劣等感を癒すにはどうしたらいいのですか?A.とても大切なテーマですね。カウンセリングやセラピーの大きな柱の一つといってもいいと思います。・目標という面からあなたにとっての自己嫌悪や劣等感の目的って何だと思われますか?自己嫌悪はしたくてしているわけではないんですけど、もし、それに目的があるとしたら?また、そのままの自分、今の自分のままではダメだと感じてしまうのはなぜでしょうか?・トラウマという面からいつ頃からその気持ちを持つようになったのでしょうか?どうして自己嫌悪を強く感じるようになったのでしょうか?自分が劣っているという思いは、過去のどのような経験がもたらしたものでしょうか?ケースバイケースなのですが、この辺から入って見られてはいかがかな?と思います。まずは自分を見つめること、そして、感情を解放してあげること、そうして心に余裕が持てるようになると、その感覚を手放していく事ができます。でも、それを頑張ってやったり、無理にしようとしたりする必要はありませんよ。自分のペースが大事ですね。Q.「問題はチャンス」という考えが受け入れられず、ずっと悩んでいます。どうしたらいいでしょうか?A.この言葉は誰もが一度は耳にしたことがある、目にした事のあるメッセージだと思います。でも、心に余裕がない状態だと受け入れるどころか、むしろ反発心を抱いてしまうことも少なくないでしょう。質問文で書いてくださっているように、受け入れられないのならば、それだけのスペースが心の中に“今は”ないということ。(ずっと無いというわけではないですよ!)だから、ああ、無理だな、分からないな、という風に見ることが大事ではないでしょうか。そこで自己嫌悪が強いと、またこれを使って自分を攻撃しようとします。まるで自分を責めるネタとして利用してしまうんですね。問題はチャンス!というのは前向きな気持ちになったとき、つまりは、心に余裕が持てて初めて納得できるものだと思います。まずはその余裕を持てるようにしてみましょう!※参考※心理学講座:166.心の疲れを癒すには?~心に余裕を持つ考え方~Q.「自分のやり方を変える」のが怖いです。どうしたらいいのでしょうか?A.どうして怖いんだろう?って自分に聞いてみて下さい。やり方を変えるのは誰でも怖く、勇気がいることだと思います。でも、それは心の状態に拠るものかもしれません。例えば、あなたが駅から自宅までの道順を変えることを考えてみましょう。もしあなたが元気なときは「いつもと同じじゃつまらないな、別の道を探してみよう」と探検するような気持ちになれるかもしれません。でも、仕事が忙しく、とても疲れている時は、そんな考えはもてず、一時も早く家に帰って横になりたいと思うんじゃないでしょうか?自分のやり方を変えるのも、実はいつもの道が工事中で仕方がない場合もありますし(この場合は案内板を見たり、誰かに聞いたり、試行錯誤したりして道を変えなきゃいけませんね)、自発的に起こる冒険心のようなものがもたらしてくれる場合もあります。変わらなきゃいけない、変えなきゃいけないと思い込みすぎると余計しんどいのかもしれません。まずは今の自分の状態を見つめて、そして、変える必要があると思ったならば、まずはその準備と「どうやって新しい道を見つけるか?」を考えてみてはいかがでしょうか?Q.両者が加害者であり、被害者でもある場合、あるいは相手に、こちらが加害者だと思われている場合、どのように相手に近付いていったらいいでしょうか?こちらから近付くと相手が離れていき、アプローチできないと思いますが、その場合はどう許していけばよいのでしょうか?A.どちらかというと許してもらう側の立場ということですよね?自分が加害者になってしまったり、相手にそう思われている場合は、こちらの意志だけでは解決しない場合も多いですね。(でも、このことは許しに限らずどんなケースにも当てはまることで、相手がある場合は自分だけでなく、相手の意志や感情に配慮する必要が出てきます)お互いに向き合うには準備が要りますし、相手の感情に配慮した対応が求められると思います。ケースバイケースで一概には言えませんが、自分自身が相手を許す気持ち、自分自身を許す気持ちがあることが大事です。相手の気持ちをコントロールすることはできませんから、相手に委ねられることもあります。例えば、こちらは善意のつもりであったとしても、相手には悪意として伝わってしまうこともあります。その理不尽な誤解を解こうにも、こじれてしまい、そのチャンスが与えられない場合もあるでしょう。そこで相手を責めたり、自分を責めたりするのではなく、その状況を受け止めることが大切だと思います。(特にこういうケースだと誰かを悪者にしやすいですよね)Q.相手を許していなかった自分を許したとき、その相手からも許して欲しい時は?A.先ほどのご質問とかぶりますが、まずは自分ができることにベストを尽くし、後は相手に委ねる、プロセスに任せる(すなわち、手放す)ことが大切だと思います。自分が相手を許せると、きっと自分が相手に許されてなくても、それ自体も許せるのであまり気にならなくなると思います。(ややこしいですが、意味、通じますでしょうか?)自分は許しても、相手が許してくれないと気分が悪い・・・損した気分・・・と感じるのはまだまだ相手を許すことに同意できていない部分が心のどこかにあるのかもしれません。許し、許されることに関しては、理不尽なことも多く、「なんであたしが?」「どうして許さなきゃいけないの?」と感じられることも少なからずあります。ワークショップの中でもお話したように、許しは義務ではなく、意志であり、目標ですから、自分自身に選択権があります。ですから、感情的な抵抗を感じることが少なからずあったとしても、自分ができることにベストを尽くしていれば自然と道が開けてきます。まずは自分自身を見つめてみましょうね。Q.自分がサポートしているとき、「している」のか「されているのか」分からない不思議な感じを味わったのですが・・・。うまく与えられていないのかな?と疑問がありました。A.不思議な感じだったでしょう?実はサポートされることも、サポートすることも深いところでは繋がっています。次回、「与えることと受け取ること」というテーマでワークショップを開く予定なのですが、これらは同時に起こり、そして、同じ意味だったりします。だから、あなたの場合はとても上手にやっていらしたのではないかと思います。いいサポートは、お互いのつながりの中で生まれます。だから、その時はお互いにお互いをサポートし、サポートされている状態と言えますから、どっちがどっちか分からなくなるんです。だから、むしろ、こういう経験ができたことに自信を持っていただいてもいいんじゃないでしょうか。Q.許すにはサポートも大事だということは分かりましたが、なかなか今の現状では周りの人から見つけるのは大変だと思う。具体的に方法があればなあ・・・と思うA.そうですね。そんな人がいれば苦労しない!というのが正直なところかもしれません。でも、サポートを受け取ることが大事なんだな、という目で見ていくと、身近の意外な人に白羽の矢が立ったり、またそういう人に出会う機会が生まれたり、新しい流れも生まれてくるのではないかと思います。また、許しのプロセスは実際は個別論になると思います。状況はケースバイケースですし、その時の心情も現況も変わっていくものと思いますから。自分の気持ち、相手の気持ち、状況などを見つめなおし、1歩ずつ進んでいくものですね。まずは分かるところ、手をつけられるところから始めてみましょう。焦らず、じっくりと進めて行くと、気がつけば前よりも悩んでいない、許せている、そんな状況がきっとやってきます。Q.相手の気持ちは理解できるけど、許せない時はどう自分の気持ちを持っていけばいいのでしょうか?A.焦らない事、じっくりやってみようと思うことが大切ではないでしょうか?理解できた時点で、許しのプロセスはだいぶ進んでいるはず。100%を求めると難しいかもしれませんが、理解できる前よりも随分と楽になっていませんか?でも、そういう時ってそんな自分を許せなくなってしまうんですよね。相手ばかりではなく、最終的には自分自身を許していくのが目標になります。今度は許せない自分を理解してあげるときなのかもしれませんね!Q.やっぱり今の自分にはOKが出せず、そういう自分になりたいと思う一方で、そんな自分を受け入れてあげた方がいいのかなあと思いました。どうなのでしょうか?A.「今」=「自分にOKが出せない」  「目標」=「OKが出せる自分になりたい」どちらも大事なことだと思うんですね。問題を解決していく上でも、自分をより成長させるためにも、「今を受け入れる」⇒「前に進む(目標を立てる、どうしたいかヴィジョンを見つめる)」という流れが大事なはず。ちょっと贅沢に(?)両方受け入れてあげることがお勧めです!<感想・ご意見など>◎グループの人に話を聞いてもらう機会があり、あまり気が進まなかったけど挑戦できたので、それは良かったと思う。◎他の人の話を聞きながら、その人の魅力を見つめていく事はとてもいい経験になりました。みんないいところがあるのに、それに気がついていないんだ、と思いました。◎緊張しましたが、楽しく参加させていただきました。◎大阪では1DAYワークはしないのですか? ⇒Ans.今のところはっきりした予定はないんです。皆さんからの問い合わせやリクエストが多くなれば開催していきたいと考えています。◎良かった。ちょうど自分が最近気付いた、“いろいろと抱え込んできた孤独な自分”と向き合う準備ができたような気がします。◎久しぶりに「価値を伝える」ことができた。目の前で話をしてもらっていると、そこから見つけやすくなるからか。◎価値を与える/受け取るサイクルを100%実感できた。◎グループでの実習がとにかく楽しくて時間の経つのが早かった。◎グループでのフォーカスに手を挙げたときには緊張でがくがく、ぶるぶるって感じでしたが、勇気を出せた自分に拍手!!(笑) ⇒Ans.ほんとうに拍手です!!パチパチ!!自分を褒めてあげてくださいね!!◎気分が少し楽になった。受け入れることの重要さを知ることができた。◎自分では思っても見なかったことに気付くことができた。◎少し内容が難しかったように感じました。緊張しました。◎難しかったけれど、色々アドバイスありがとうございました。◎人の目や別の人の声を気にして仕事をしていたが、それは気にしなくてもいいと分かった◎気分が楽になれました。また、暖かい気持ちになれてよかったです。◎こういったワークショップに参加しようと思った時点で、抱えていた問題がかなり解決できていたことにも気付けました◎カウンセラーという職業の方に会えてよかったです。◎ワークショップの流れは予め言っておいた方が良いかも。サポートの話で密着度が急に上がった。あそこでは断るのは難しいかも。 ⇒Ans.ワークショップはその場の流れに応じて実習を考えていくので、なかなか事前にお話しするのが難しい面もありますが、こういうお気持ちも分かりますので、もう少し進行には工夫を凝らして行きたいと思います。ありがとうございました!◎許し、手放しなど、今まで全然知らなかったけれど、分かりやすく説明されていて、何となく分かりました。◎はじめて参加させていただきました。不安もあったのですが、すごく楽しかったです。ありがとうございました。◎今まで許すというと上下関係が伴うものという認識だったのですが、受講させていただいて、そのままの状態を受け入れるということだったと理解できてよかった。◎許すためには一人でどうにかして解決しようとせず、信頼できる人のサポートを受け取る事が必要だとわかった。◎許せたらどうなるんだろう?ということを考えられたことが良かった。◎良かった事は間違いないです!◎共感したり、してもらえたりできてよかったです。◎短大の時に心理学の授業を取っていたのですがぜんぜん分からず、ためにならなかったのですが、この講座は日常的な対人関係や自分を見つめ直すのに大変良かったです。◎楽しい講座をありがとうございました。◎本来の自分をキープする、という点を講座で取り扱ってもらえれば、と思います。また、受け取るという点も取り上げていただければ嬉しいです。 ⇒ Ans.「受け取ること」をテーマにしたワークショップを3~4月にかけて開催していきます。大阪は4/22(土)です。もし、お時間の都合があえば是非いらしてください!(こちらを参照下さい)◎手放すことに対して、ほんの少し、まあいいか、と思える部分がでてきました。また、自分が許せないものを生まれて初めて言葉にして同じグループの人に聞いてもらい、すっきりした感じがします。◎大枠では概念をつかめたと思います。時間、人数の関係もあったのでしょうが、許しの部分のグループワークやイメージトレーニングができればよかったと思いました。◎晴れて良かったですね~(複数) ⇒Ans.良かったです。でも、慣れなくてかえって戸惑いました・・・(笑)以上です。ありがとうございました!!
うちに天使が舞い降りてちょうど丸2年。
彼女がいない生活からは随分変わり、今ではそれがいったいどんな風だったのかすら思い出せない。
それに、いまさらそこに戻りたいとも思わないほど大切で、珠玉の時間を送ってもらっている。

もう2年、まだ2年。
どちらも色濃く感じられる年月である。
ママが選んでくれたミッフィーのケーキに興奮し、ばあばからプレゼントされたキッチンセットに驚嘆し、きっと今夜はなかなか眠らないだろう2度目のバースデー。夜、疲れて横になっていると、そのキッチンセットに付いているお鍋やお皿におもちゃの野菜や果物、魚をいっぱい盛り付けて「ぱぱ、ごうご(どうぞ)」と持ってきてくれた。自分が年老いたときにはこんな風に介護されるんだろうか?などと遠い未来のことのはずが妙にリアルでほろっときた。そう感じさせるくらい感情表現が豊かになり、人間らしくなってきている証拠だとも思う。*カウンセリングからの帰り、外で待ち合わせた時に僕の姿を見つけてだだだーっと走りよって来る無邪気さにも心打たれた。彼女の誕生日なのに、むしろ多くのものを贈ってもらったような気がしてならない。
日々のミニコラム
3月だけど冬晴れのような気持ちの良い天気。
休憩時間にひたすらぼーっと窓から空を眺めてました。
そうすると色々な思いが浮かんでは流れていきます。
ほんとうに空に浮かぶ雲に思いを這わせていくような感じに。

そうするとほんとうは僕はとても怠け者で、こういうボーっとできる時間が何よりも大切なんだな、と気付かされます。
*「普段忙しくしている人ほど怠け者」というのは“ああ言えば、こう言う学”である心理学の格言なのです。一度止まったら二度と動けなくなるのではないか?仕事を辞めてしまったらもう2度と働かなくなるんじゃないか?そんな怖れを潜在的に持つから、次から次へとスケジュールを入れ、忙しくしてしまうようです。僕も思いついた仕事をメモ書きしながら、でも、空を見ながらぼーっとしてみると、“どこか忙しくするために忙しくしている”姿が透けて見えてきました。それってまだまだ幼いよなあ・・・とも感じられて、もっとこの時をしっかり見つめていきていきたいな、と思うのです。それはもっとこの瞬間の濃度を上げていくような、今にもっと意識がしっかり根付くような、そんなイメージで。ちょうど読んでいる本に茶道のことが出てきて感銘し、このハードワーキングな自分がお茶を学べば静かになるんだろうか?などと妄想してみたりしました。あり得ない事ではないけれど、足がしびれそうだなあ・・・と思っている時点でダメかもしれません。やはり流行のヨガが良いかな。*本を夢中になって読んでいると、だんだん自分自身と対面する時間になるのが感じられます。小説なら登場人物に自分を重ね合わせて、著者の紡ぎ出す物語を通して自分の内面を掘り下げていきます。エッセイならば、そのまま書き手と対話するように、自分自身と対話することになります。だから、本を読んでいる時間は、ぼーっと空を眺めながら自分を見つめるときと似てくるのかもしれません。映画やドラマと違うところは、本はふと目を留めて考えることができること。心の動きに意識を向ける時間が自由に作れるところ。その分、映画のように強く引っ張られることは稀かもしれないけれど、でも、静かに自分を受け止め、感じることができるますね。だからなのか、本を読むというイメージは、カタコトとやかんの音がするストーブの傍で、あったかいなあ・・・と思いながらページをめくるシーンを思い浮かべるのです。*日本語を覚えつつある、うちの子は「パパ、ねんねちて~」から「みじゅきは、ここよ~」など、かなり文体を整えつつあります。あと歌を歌うときはけっこうメロディーラインもしっかりしてきて、ちゃんと歌に聞こえて面白い。ただ、気に入った曲は10回も20回も繰り返して歌うので大人は飽きます。本人は嬉しいんだろうけど。確かに聞いてるこっちも嬉しいけど・・・。それにダンス(とういうよりは盆踊り)のレパートリーも増えてきました。全身でリズムを取りながら嬉しそうに踊る姿に「これがきっとこの子の才能だ!!」と即バカ親モードになってしまいます。(子どもは親の欲求や期待をたくさんかけられて、ほんとうに大変だなあー)そして、目を見てニコニコニコーっとされると、あっという間に癒されて、嬉々としてにっこり返してしまいます。そのパワーは絶大で、この笑顔を見られるのならば、何だって頑張ることができる、と思わせてくれるのです。つい「この笑顔が大人になっても消えませんように・・・」と切に願ってしまい、あ、それは勝手に将来を想像してる、と思い、もう一度娘の顔を見てにっこり微笑んでます。大人は大変だ。子どものシンプルさをもっと学ぼう!と思いました。
日々のミニコラム