◆根本裕幸 -90ページ目

◆根本裕幸

恋愛や結婚、性などのパートナーシップ・家族に関する問題からビジネス、対人関係、健康・病気・死など幅広いジャンルを扱う。感情・感覚をフルに使った“目からウロコ”な心理分析や、じんわりと心に響くハートフルな癒しには定評がある。

朝からどんより曇り空の一日。
いつ雨が降り出すんだろう?と朝から傘を持ち歩いていたのですが、結局降らず、傘は危うく忘れて帰りそうになりました。

よく心(感情)についてお話しするときに天気を用いたりします。
「雨が降っても、それを止めようとはしないでしょう?嫌だけれど傘を差したりするでしょう?心も同じで、しんどいとき、辛いときは、それを変えようと無理に頑張るんじゃなくて、傘を差す要領で面倒だけど対応できたらいいんですよね。できれば、その雨を楽しめたらもっと素晴らしいですよね」などと。
こういう曇り空の日はきっと気分も沈みがちなので、あながち悪い例えではないなあ、と思います。気圧や天気と心との関係性はきっとあると思うなあ。そういう僕は天気に左右されやすい性格なのかもしれません。空を眺める機会はとても多いんです。で、雨や曇天の時は、静かに本を読んで内観するのがいいです。無理に南の島に心だけ飛ばそうとするよりも。でも、我が家には「静かに」という時間は滅多に来ないのが難点です。今日もパソコンでぱちぱち文章を打っていると、気がつけばすぐ横にアネムの人形、ピンクのオシボリ入れ、うさぎの写真、ケータイのおもちゃが徐々に並べられていきます。そして、犯人は椅子の周りを回りながらニコニコ笑いかけ、挙句は、「パパ、パパ、おてて、つないで。いっちょに行きの。」と言葉巧みに僕を誘惑し、ミスタードーナッツでもらった小さなテーブルの前に連行。そして、自らキッチンセットでお茶を入れてくれるなど親心を直撃するママゴトを開始。それですっかり僕の心を奪うと、あとは彼女のペースで思うが侭に事は進みます。お陰で仕事は全然はかどりません。やるなあ・・・、こいつ・・・。(←単に親がバカなだけです)↓机の上に並べられたブツ。意味は不明。机の上に並べられたもの(証拠写真)
日々のミニコラム
今朝は久々の歯医者からスタート。
実は前回予約日を間違えていてすっぽかしてしまい、間が空いてしまっていたのです。
でも、歯のお掃除のあと検診をしてもらったら「今の調子で歯磨き続けてください!」とのこと!
これで念願かなって治療が終了。
後は月に一度、定期検診してもらうだけでOKになりました。
素晴らしいなあ・・・
何か一つのことをやり遂げたような充実感。
小さな事だけれど、ちょっとした達成感を味わえてしまいました・・・。
*その後ははらっちとの定例ミーティング。コーヒーを飲みながら、食事をしながら、あれこれと今後のスケジュールとか方針についての打ち合わせ。とはいえ、緊急のテーマがあるわけではないので雑談も多いのです。そして、外は春うららな天気なのにマジメに今年の秋や来年早々の話をしたりするのはちょっと季節感がありません・・・。でも、実は最近、あんまり仕事をしているって感じがなかったので、ちょっと緊張と気合が入ったかもしれません。*ただ、その後は家族と過ごしながら、買い物に行きながら、で、ばったりはらっちの奥さんにスーパーで会ったりしながら、再びまったりと過ごしました。妊婦の奥さんとは「お腹出てきたん?」「いや、これ自腹やねん」などと久々に会話を。元気そうで何よりでした。小川のりちゃんも無事出産したようだし、うちら夫婦のそれぞれの妹もただ今妊婦だし、お客さんにも何人か妊婦さんがいらっしゃいまして、今年は“産まれる年”です。なんとか、みんなが無事に生まれてくるといいなあ。「母子共に健康」ほんと、それだけが願いです。もう何でもいいから生きていて欲しい、というのが唯一無二の親の願いなのではないでしょうか?ちょうど尼崎で哀しい事故が起きてちょうど1年。何もできないのですが、命の大切さ、生きていることの重さを尊ぶばかりです。
日々のミニコラム
オフな一日は朝はゆっくり眠って、夕方には昼寝をするという一家総出でのんびりと過ごしました。
昼間はポカポカと温かく、ベランダで子どもと一緒に和んだり(僕は本を読み、娘はベランダをひたすらウロウロする)、家族で自転車に乗って散歩に出かけたりして十分に光合成をしました。
インドアな仕事をしているので、こうしてお日様に当たるのは気持ちが良くて素晴らしいとしみじみ。

そして、ベッドに横になって読みかけの本に目を走らせているうちに、気付けばうとうと眠ってしまう・・・なんてのは最高な休日の過ごし方かもしれません。
そして、子どもや奥さんがすやすや寝ている家の空気はほんとうに平和に満ち満ちていて、それだけで深く癒されます。
そうして、気がつけばずいぶんと眠ってしまいました。


日々のミニコラム


大阪でのワークショップな一日。
雨が微妙に降ったり止んだりの曇り空で、傘を持って出たお陰か、けっきょく一度も差さずに持ち帰りました。
まあ、世の中、そんなもんよね・・・(^ー^ )

地元だからか、今日の流れなのか、深い中にもアットホームな印象が残るワークショップだったのですが、参加くださった皆様にはいかがでしたでしょうか?
打ち上げ場所である居酒屋も、気付けばすっかり馴染みのお客になっていて、予約の段階から「いつもありがとうございます!!」て声をかけられて、特別意識がゾクゾク。ビジネス街の淀屋橋で、お客の少ない土曜日に2ヶ月に一度ほど立ち寄る妙な団体。店長の営業成績にちょびっとだけ貢献してるかなあ、などと密かに思ってます。少しでもお役に立てばいいかなー(^^;で、無事焼酎デビューを果たした根本としては、1杯目のビールを開けて早々に芋焼酎に移り、即効いい気分をゲット(要するに酔っ払いですなあ)。軽い感じで飲みやすく、でも、しっかり味があって水っぽくない舌触り。それでいて、きちんと個性を主張する味覚と高いアルコール度。素晴らしい・・・。すっかりいい気分に乗ってきて楽しく過ごせました。気分的なものなのか、流れなのか、はたまた地元だからなのか、今日はいつも以上に地に足が着いていたような気がしてとても楽しめました。もうちょっと飲みたいような気分でサヨナラするのがいいのかもしれませんね。とてもいとおしい時間を過ごせました。いや、むしろ、こうした飲み会だけ(オフ会だけ)でも面白いよね、という感じに。また次回が楽しみです!!
日々のミニコラム
カウンセリングはオフな一日。
でも、ワークショップのテキストをホチキス止めしたり、ホームページのデザインを少しいじったり、地味~な仕事をしつつ、本を読んだりしつつ過ごしてました。
僕は何だかんだ言うて細かい作業をコツコツこなすのが好きなタイプなんだなあ、と思いつつ、でも、どうしてお金は貯められないんだろうなあ、などと思ってました。

旅先で壊れたデジカメを修理に出したら、なんと2万近くかかってしまった!とても痛い出費!

*そんな僕が今コツコツ読んでるのは、未だに沖縄を引きずるがごとく「日本人の魂の原郷 沖縄久高島(集英社新書)」という超マニアな本。「この本、久高島に行ってなかったら絶対読まないよなあ。地元の人はみんな知ってるけど、観光客にはあまり知られていない島だもんなあ」と思ったので敢えて紹介。久高島で行われてる祭祀を中心に纏められているのですが、出てくる単語がもう日本語じゃないから他国の風習を読んでいるような気持ちになります。でも、自然信仰や母性社会など中身は日本古来の文化に通じるところもあって「奈良時代の文化を紹介した本だよ」と言われても信じてしまいそう。近頃、小説やエッセイなどの右脳的書物ばかり読んでいるので左脳にはいい刺激です。そして、帰ってきてからますます沖縄にはまる今日この頃。*ほんとうに自然と共に、ゆるやかに、おだやかに、たおやかに生きるというのは人間として基本的に必要なものだろうとの思いを深めています。自然に触れる生活というのは、ある種自分の力を超えたものに常に接しているということで、そこから謙虚さや協調性が育まれるのではないでしょうか。現代は自分(あるいは人間)がコントロールしてしまえるものが多くて(例えば、エアコンで室温が調整できることなど)、便利な一方で精神的には傲慢さが生まれてくるのかもしれません。心や人間関係というのは、そんな現代にあっても兎角思い通りに行かないもので、コントロールできるものが多い分だけ、現代人はそこに悩みを持つのかもしれません。そこで、心やその人とどう折り合いを付けて行くのか?現実を受け入れ、対応していくのか?を一緒に考えていくのがカウンセラーの仕事です。それは自分ひとりの力では叶わない“自然”と向き合う姿勢と同じなんじゃないかな、と最近思い始めています。でも、雨が触れば傘を差すのが当たり前なのに、心に雨が降ったときには、その雨を自力で止めさせようとするところが私達にはあるのかもしれません。その「自分で止めさせられる」という思いが、一番の傲慢さなのかもしれませんね。力を抜いて、自然の流れに任せられる余裕や謙虚さを持ちたいものです。それがナチュラルな生き方に通じるのではないでしょうか。*で、何が言いたいかというと「天気予報によれば、明日22日は夜から雨が降るようなので大阪の心理学ワークショップに来られる方は素直に傘を持って来た方がいいですよ。ほら、講師がやっぱり雨男だからかなあ?しょうがないよね、天気ばかりは。特に打ち上げに行く方は必要かも知れないよ!」ということです(笑)ああ、何とか持つといいなあ。でも、翌日はみんなが盛り上げてるカウンセラーズ・フェスタがあるので、それまでには上がって欲しいなあ、とも思っているのです。
日々のミニコラム
来月の東京・名古屋出張のご予約でのお電話くださいました皆さん、ありがとうございました!
限られた枠数のため、残念ながらご希望に添えなかった方も多いと聞きました。
申し訳ございませんでした。
機会がございましたら、ぜひ活用下さい。よろしくお願いします。

また、ご予約いただけました皆様。
お会いできるのを楽しみにしています!


* * *所用があって夜、子どもを妻の実家に預けて夫婦で外出。久しぶりに二人で食事をしたのですが、これだけ落ち着いて美味しいご飯が食べれるなんてご無沙汰な気が・・・(とはいえ、なんやかんや1,2ヶ月に1度くらいはあるんだけど)。子どもはどれが食べられるのかなあ?と思いながらメニューを繰ることも、魚の骨を取ったり、お肉を細かく砕くことも、うるさくて周りのお客さんに迷惑かかってないかな?と気にすることもないお食事は、最初ぎこちなくてちょっと変な感じがするくらい。色んな話ができたけれど、その多くは子どものこと。今日あったこととか、リトミックでのできごととか、魔の2歳児についてとか。いないからこそ、ご本人に気兼ねなく、ゆっくり話ができた感じ。*実は今月から焼酎が飲めるようになったのです!(そういうと今までは禁止されていたように聞こえるのですが、単に口に合わないというか、美味しくないというか、あまり飲まなかったんです。酒は美味しく楽しめないと!)「しかし、それではあかん!」と少しずつ機会があるときに試していたら、なんとなく美味しくなってきて、今日はビールの後は芋焼酎にしよう!と決意するまでに!(「おお、これは九州で大谷さんとか呑み助達がよく頼んでる“黒霧島”ではないか」などと思えるのがちょっとした喜びです。)このパターンは昔々、赤ワインが飲めるようになったときのプロセスに非常に似ています!始めはあんまり美味しいと思えなかったものの、ちょっとずつ飲んでいたら、いつしかはまっていたのです。これで、近年の焼酎ブームにも気兼ねなく付いて行ける!福岡出張の際、立ち並ぶ焼酎のボトル達に気後れする必要がない!しかも、いきなり「芋」でのデビューだ!!(笑)ちょっと大人になったような気がしました・・・。そういうわけで、来週の福岡ヒーリングワークの帰りには焼酎を買って帰りたいと密かに計画しています。そして、焼酎を克服した僕にとって、あと残るはバーボンだけだな・・・。(別にぜんぜん立派なことではないけれど(笑))
日々のミニコラム
今日もポカポカと温かい一日。
朝、クローゼットの前で何を着ようかしばらく思案してしまうほどに先の読めない展開(気候)です。
結局Tシャツの上から、薄手の長袖シャツにて出勤。
まあ、ちょっと涼しいかな?という程度で過ごせました。
沖縄で一足早くTシャツ&短パンを経験してしまったので、その影響でつい薄着になってしまうようです。
3週間が過ぎようとしているのにまだまだ引きずってます(?)
* * *さて、カウンセリングで『最近のよくあるテーマ』は「等身大の自分を見つめよう」ということ。ちょっとビジネスライクな表現をすれば「適正に自分(資産)を評価しよう!」です。私達は自分自身を過小評価してしまい、言わば“安売り”してしまうことがとても多いんですね。それがどんどん悪循環を生んで、デフレスパイラルに陥ってる方、少なくないのでは?でも、それに気付いて自分の評価をきちんとしよう、適正に見つめよう、と思っても、どうしても自己嫌悪や罪悪感や無価値感や無力感が邪魔して安く値段をつけてしまいます。そういう時は「自分ひとりではもううまく行かない」というある種の悟りや開き直りのようなものが必要で、そこで初めて“人”に頼ることができます。その“人”というのは、友達とか家族とか、占い師でもカウンセリングでも何でもいいです。誰かに「自分の価値、魅力、長所」を教えてもらうこと。かなり勇気が要りますが、その分、リターンもまた大きいです。*僕も昔、自分の問題で悩んでいたとき、当時相談していた友人の一人が「お前のいいところは・・・」と突然たくさん長所をメールしてくれたことがありました。内容は残念ながら忘れてしまったのですが、その発想や行動、彼の思いに深く深くジーンと来たんですね。とても勇気付けられ、また、一人じゃないんだな、と安心させられたものです。そして、辛い気持ちになるたびにそのメールを読み返しては少しずつ自信を取り戻して行ったんです。彼には価値を見てもらったんですけど、それだけじゃなくて「何とかなるかも」という希望をたくさんもらったような気がしたんですね。それ以降は、僕も誰かに対してそうした視線やメッセージを心がけてきましたし、カウンセリングをしていてもいつも意識していることの一つになりました。*特に当時の僕のように何か悩んでいたり、問題を抱えていたりするときは、自分の周りがマイナスのエネルギーに包まれてしまうようです。そうするとそんな中から生まれる発想の多くもマイナスのエネルギーを付加されたものになりやすいと思うのです。(そうして、自信を失い、またマイナスが強くなる、という悪循環にはまります)だから、その自分の外(正確に言えば自分の“意識”の外)から、プラスのエネルギーを持ってくるのが一番シンプルかつ有効な手段だと思うんですね。そのプラスのエネルギーというのが、あなたが持っていて、今は見えない価値や長所なわけです。人はなかなか自分からは働きかけないものの、意外にそういう目で他人を見ています。特に友人ともなれば、何かしら惹かれ合うものがあって関係性が続いているはずです。だから、普段そんな話は恥ずかしくてできなくても、何かの折に真剣に聞いてみると、信じられないような、意外な答えがたくさんやってくることが多いんですね。*とはいえ、すぐに「じゃあ、○○くんに聞いてみよう」とか思えないことが多いと思います。だから、まずは「誰なら教えてくれるだろう?誰もいない?ほんとうに誰もいないんだろうか?」と考えてみてください。これがプラスのエネルギーを求めて、外に意識を向ける第一歩になります。*そして、もし、あなたが誰かから見てもらった価値は何かにきちんと書き写して、いつでも目にできる場所に置いておきましょう。こういうものは無意識的にも受け取り拒否をしやすいので、すぐに忘れたり、なくなってしまうことも多いのです。因みに僕が彼からもらったメールは、当時の問題が解決した頃に不思議に消えてなくなってしまい、PCの中だけでなく、当時住んでいた部屋の中を必死に探したのに全然見つからなかったことがあります。(印刷して持ち歩いてたのに)その期間限定の天使だったのかも知れませんね。(・・・とキレイに纏めてみました(笑))
心理学ミニ講座
日々のミニコラム
午前中は定例ミーティングをして、その後、穏やかなとても春らしい日差しの中、家族で食事をしたり、公園で遊んだりして、まるで休日のように過ごしてしました。
いつもは寒いクレヨンハウスのテラス席も、今日はちょうどいい感じにぽかぽかしていて、桜吹雪を眺めながらお弁当・・・。
でも、二歳児同伴のため、まったり、のんびり、という感じには全然ならなくて、おにぎりを分けたり、おかずをあげては「べぇ~」と吐き出されたり、お茶をあげようとしては「いらん」とあからさまに拒否られたりする昼下がり。
隣の席に座っている6ヶ月くらいの乳児を見て「懐かしい・・・。いいなあ、あの頃は大人しくて・・・。泣き声もまだかわいくて・・・。今なんて・・・」と遠い昔(とはいえ1年半前)を夫婦で振り返ったりしました。
とはいえ、当時は当時で必死で、あたふたしていて、不安や怖れもてんこもりあって、やはりそれはそれで大変でした。常にどこかしら不安や自信の無さを感じながら、でも、一方では慣れや安心も出てくるのが子育て。そして、共に増えるストレスと喜び。今ならわかる「なんで次男・次女はあんだけ放って置かれるのか?あれだけ打たれ強く育つのか?」の心理。ここで我が家に二人目が誕生したら、きっと大抵のことにはびくともせず、かつ、深入りも深読みもせず受け入れられそうな気がしますもの。(でも、実際にできたらできたで、てんやわんやするんでしょうけど)そういう子育てをコンビニができるよりも遥か昔から24時間年中無休でやっている“お母さん”というのは大変な職業ですね。その一方で父親は「仕事というのは逃げ場なんじゃないか?」という猜疑心や「すまぬ、妻よ。そのストレスを一人で負わせて・・・」という罪悪感や「子どもはやっぱりママがいいんだよねえ」という無価値感、そして、「うーん、けっきょく何もできないんじゃねーか・・・」という無力感を感じ続けるものでもあるんですね。常に全力投球している子どもと一緒にいると、自分の甘さや未熟さも否応なくあぶり出され、どうしたって自分を見つめなおさなくてはならなくなり、また、夫婦のこと、将来のこと、仕事のこと、いろんなことを真剣に考えさせられます。そんな側面をネガティブに見れば、まさに“修行”だし、“苦行”になってしまうものなんですが、ポジティブな面で見れば間違いなく子どもは天から授かった“贈り物”で“先生”だし、(かなり小悪魔風に味付けされておりますが)“天使”なんですよね。だから、最終的には“どう楽しんでしまうのか?”ということを身につけることが大事なのかもしれません。(難しいことを考えても、けっきょくはそこに辿り着くのが面白いですね(笑))子どもは海の写真を見ては「おみじゅ、おみじゅ、あちょび、あちょび」と大喜びして、沖縄で体験した話を意味不明な単語群と共にいっぱい話してくれます。その姿はほんとうに堂々と、自信満々で、もう「はいはい、すごいねー、あんたはすごいよねー」としか言えません。そして、そういう時に一緒に笑えたら「ああ、自分はまだ大丈夫なんだな」と思えて、安心できます。人は何に対しても、笑えなくなったときは要注意のサイン。僕もストレスが溜まってきたり、余裕がなくなったりすると、知らないうちに笑えなくなっていて、「ああ、まずは、自分をなんとかしなきゃな」と思うようにしています。
日々のミニコラム
天気が良く、お休みでもある月曜日はお出かけの日。
海遊館に何年かぶりに出かけてきました。

子どもが“おとと(お魚)”が大好きな上に、『まだ芝生に寝転ぶには寒いから水族館に行こう!』ということで。

行きはバスを使い、大阪って意外に広いなあ~と実感しながら日本一低い山がある天保山に到着。バスに乗っている間にお昼寝を済ませたため、入館前からお魚の絵を見ては異様に興奮する二歳児。そして、最初の、ちょっとした水槽にて既に大興奮して叫びまくる幼児。案の定、そのテンションの高さは半分くらいしか持たず、途中からは違う遊び(階段上り下り、順路逆走など)を始めてしまうのでした・・・。(それでも何かしら遊びに全力投球している姿は潔いほど!)そして、明らかに疲れてぐずり始めると最後は誰のために来たのか分からなくなってしまい、「ママ、がっこ(抱っこ)して~」となって足腰を痛める親。でも、だいぶお魚欲は満たされたようで、帰ってからも「ちっちゃ~い、おととがいて、で、おっき~ぃ、おとと(が出てきて)、びっくりちたの~」と盛んに思い出し興奮をしてました。その嬉しそうな顔を見たくて色々考えるんだよなあ、親は・・・。そして、当日は「はあ、疲れた~、もうダメ~」と思っても、また日が経てば、その苦労はすっかり忘れて「今回はきっともっと大丈夫なはず」とまた出かけてしまい、同じことを繰り返すんだなあ・・・。(そうして、親は体力だけでなく、精神力も鍛えられていくんだろうなあ)久々の海遊館では「あれ?こんなのできたんだ~」というモノが増えていてかえって新鮮で、かつ地方、海外からの観光客も多く「ここは大阪では貴重な観光資源なんだ」などと発見もたくさん。(こういう時はいつも台湾の方と出会うんですよね。何か縁があるのかも)実は奥さん、海が怖いため、水族館は大の苦手領域なんです。でも、「子どものためだったら頑張ろう!」と思え、そして実際「意外に楽しくて大丈夫だった」辺り、改めて“母親”のパワーを実感。そんな風に嗜好すら変えさせてしまう子どものエネルギーもやはりすごい・・・。そして、ちょうど隣接するマーケットプレイスでは「沖縄フェア」をやっている最中に当たり、「海人」のTシャツやオリオンビールやソーキソバや各種ちんすこうに囲まれて、懐かしさ、いとおしさがこみ上げてきて、我が家の沖縄ブームはまだまだ継続するのでした・・・。
日々のミニコラム
久しぶりに明るい日差しがやってきた日曜日。
せっかくなのでいつも部屋の中においてある植物を少しベランダに出してあげたりしました。
でも、まだまだ寒い感じなので、まるで3月のような錯覚に陥る一日。
もう4月も半ばを過ぎたのに。
*日曜日の江坂はビジネス街らしく休日モードで、空気も違う!という感じがします。天気のせいもあるかもしれないけれど、とても澄んでる感じが心地よく、冷たいながらも深呼吸が気持ちいい、まるで3月のような・・・(以下同文)でも、光が強くなってきて、いよいよだなあ、という感じ。*カウンセリングでも「次のステップへ」という感じのお話が多いです。特に「自分から与える、近付く」といったリーダーシップに関するテーマが続いています。これはプロセスが確実に前進し始めている証拠ですね。色んな変化が起きてくる時期で、しかも、受身ではなく、主体的にその流れに付き合っていける時期かも。*夜は奥さんご推奨の「2歳児との添い寝」を実施。「ぜったい笑えるから一緒に寝よう」という言葉に誘われて3人で横になり、うちの子が寝入るまでリアルタイムに付き合ってみる(部屋が狭いので、夜は別々の部屋に寝ているのです)。以前はよく寝かしつけたりしていたものの、ママ、ママ病により拒否られるようになり、久しぶりの添い寝。今日は電話は鳴らなかったのだが、「しまじろう、おもしろいねえ~」「ポポちゃん、おもしろいねえ~」「ママ、おもしろいね~」などと連呼。毎回素晴らしいネタの繰り出し方で、奥さんの「この子はこっちが笑うまで決して手を抜かずに何度でも笑いのツボを押してくる」という言葉の的確さを実感する。事実「パパ、おもしろいねえ~」を10回も畳み込まれたら誰でも笑ってしまうだろう。しかも、それでも笑いが取れない(親はその間必死にこらえている)と知るや否や、自ら高笑いをして誘い水を撒くという暴挙に出て、あえなく両親、陥落。否応なく笑いの世界に引きずり込まれる。一緒に寝る瞬間、寝室は我が家で一番笑いエネルギーが高い空間になっているに違いない。もう、その部屋にいるだけで笑ってしまう空気に満ち満ちている。でも、うちの奥さんはそんな娘を寝かしつけながらも、ちゃんと「あんたの方が面白いよ」「そっかー、そうなのかー」「じゃあ、寝ようね~」などと会話していて、人の良さを発揮していた。そして、その会話が列記とした“ボケとツッコミ”になっていて、『こうして大阪人は形成されていくのだな』と目の前でその工程を学ぶと同時に、聞いている僕は漫才を見てることになり、ますます笑いが止まらない。そして、奥さんはその事実(自分も舞台に立っていること)にあまり気付いていないのがすごい。2歳児は反抗期もあってとても大変なのだが、その分、大いに笑わせられてお釣りがくるくらいだ。
日々のミニコラム