◆根本裕幸 -77ページ目

◆根本裕幸

恋愛や結婚、性などのパートナーシップ・家族に関する問題からビジネス、対人関係、健康・病気・死など幅広いジャンルを扱う。感情・感覚をフルに使った“目からウロコ”な心理分析や、じんわりと心に響くハートフルな癒しには定評がある。

朝8時の便で福岡へ。眠い目をこすり、疲労も溜まっているのでちょっと贅沢してタクシーで空港へ。
早めに着いて搭乗口でボーっとしよう・・・と思っていたら、伊丹空港は大混雑。

なんだ?なんだ?団体旅行でもあるのか?と焦る。
よくよく思い出せば明日から3連休。土日祝日が書き入れ時の我々としてはつい週末は仕事モードになってしまうのだが、世間は休みなのだ。「連休前の金曜日の空港は混む」というルールをすっかり忘れてた!北のほうに、南のほうに、皆さん旅行に出かけるみたいで羨ましい・・・。(そういう僕も周りからは仕事に行くようには見えないだろうけど)でも、ま、僕も来月は南の方に旅行に行くけどねっ!(^^)vさて、そうそう混雑していても機械でピピッとやって、さっさと切り抜けるので全然焦らない。この辺が旅芸人の余裕ね(^^)などと思いながら、団体さんの間をすり抜けてチェックイン機にカードを入れると、「お手数ですが、チェックインカウンターまでお越し下さい」の表示。げっ。嫌な予感たっぷりで、カウンターに向かうと・・・そこには長蛇の列が・・・。おいおい、大行列じゃん、時間ないじゃん。タクシーに揺られて半分寝ぼけてた頭が一気に覚めるが、今更どうしようもなくスキー板を抱えたおじさん、中国語を話す旅行者に挟まれて並ぶ。まだ時間的に余裕はあるし、ギリギリになればまあJALのお姉さんに時間が無いことを告げればいっか・・・などと思って回りを見渡すと、そのJALのお姉さん方も囲まれて質問攻めにあっていたり、走り回っていたりして余裕がなく、ちょっと素で焦り始める。ま、40分以上あるしな・・・と思って気を収めようとするが、長蛇はなかなか解消されない。というのも、慣れた人は機械でやっちゃうはずで、ここに並んでる人たちは久々の旅行か、機械操作が苦手な人か、その機械でトラブルにあった人(←僕)などだから、一人当たりのカウンター滞在時間が長くなるのは仕方がないのである。幸いなのはまだまだ頭が3分の1くらいは眠っていてひたすらボーっと順番を待っていた。とはいえ、僕はそもそも待つのが嫌いな性質なので、刻々と過ぎる時間に「ああ、前回の名古屋といい、今年は出張に色々まつわる物があるなあ。・・・これでまたホテルに荷物が届いてなかったら運命を呪うなあ・・・」などと考えてしまう。ようやく僕の番が巡ってきたときには既に20分前で、しかも、領収証だの、ちょっとしたお詫びの印だのをもらっているうちに、僕も後ろを少し待たせてしまった。すいません、との思いでようやくチケットを手に入れたときには、手荷物カウンターに行って預ける余裕などないので(そっちはそっちで大行列)、4泊5日分の大荷物を抱えて手荷物検査場へ向かう。もちろん、こんなサイズの荷物は飛行機に持ち込んではダメなのだが、直接搭乗口でお姉さんに「貨物室に入れてください」って渡してしまえば同じことなのである。(しかも、この方法はかなり早く荷物が出てくるから意外にお得だったりする。内緒ね(笑))当然のように、検査場も大行列であった。過去の経験から早く順番が来そうな場所に並び、しばらく待つのち、4日分の荷物を入れたトラベルバッグとともに検査を終えて飛行機へ。旅慣れてる経験にだいぶ救われて何とか出発5分前に辿り着く事ができた・・・。ま、たいして面白くないけれど、ネタもできたし。で、こういうツイて無いときには「今日はそういう日だ」とさっさと諦めて、ツイてないなりに楽しむのが大事。「さあて、次はどんなことが起こるのかなあ?」と思っていれば、目の前で電車が行ってしまっても、そのくせトイレに行っていたために次の電車に座れなくても、エスカレータの無い階段をスーツケースを持って上り下りする羽目になったとしてもひたすら笑えてくるものである。「やっぱなー、今日は、そういう日やー」って思えれば、ネタも増えるというものである。(以上は「福岡空港駅」から「西新駅」の間に起きた出来事である)そして、変にかっこつけたり、無理したり、意地張ったり、我慢すると余計悪循環になる。よって「約束の時間までは今日は癒しの日にする!」と決めてホテルの近くにあるホークスタウンの中にあるスパに行くことにした。頭と体と心の疲れを抜いて左脳の動きを止めて、ひたすらボーっとすれば、きっと何が起こっても笑えるだろう、との拙い主旨である。天然温泉と銘打ってはいるものの、きっと循環のとても薄いお湯に決まってるし、スーパー銭湯みたいなところで、ほんとの温泉に行くより割高なのはわかっているが、最近、とみにサウナオヤジと化してる僕にとってみれば、サウナがあって水風呂があってマッサージが受けられれば、それで十分なのである。しかも、このスパはそんなサウナオヤジからすれば、きれいだし、オシャレだし、露天もあるし、バレンタインだからと「ショコラ風呂(!)」なるものもあるし、平日の午前で人は少ないし、と至れり尽くせりであった。どんより曇り空を見上げながらも火照った体を冷やしていると、自然と口元がニヤニヤしてくる。そして、長めに体をほぐしてもらえば、すっかり腑抜け野郎の完成である。意気揚々とホテルにチェックインし、広々とした部屋ににんまりしながら仕事を始めることができた。そう、荷物は無事についていた。スパはやはりツキの無さも洗い流してくれたようである。
日々のミニコラム
本日直々に指名を頂いて、夜間の重要任務に赴くこととなった。
この快挙はもしかすると今年初めてではないかと思わされるくらい久しぶりであり、少々の昂奮と緊張を禁じえなかった。

普段は「パパ、嫌。ママと寝るの」との厳命により、寂しく仕事部屋に篭っていたのだが、どういう風の吹き回しか「今日はパパと寝るの」とのたまい、思わず耳を疑ってしまった。しかし、この栄誉ある「寝かし付け」の職務は、その分、難易度もすこぶる高い。なんせ、2歳11ヶ月に達した幼児のずる賢い戦術をかいくぐって目的を果たさなければいけないわけで、それは、昔懐かしい「風雲!たけし城」のように、次から次へと刺客が送り込まれ、油断をすれば汚い池に落ちる代わりに蹴りや肘鉄を食らうのである。まずは歯磨きからその過酷なレースはスタートする。なんせ、準備万端「歯磨きしようねえ~」と誘っても、なぜか、毛布をかぶり、反応はない。お風呂では「もう眠たいの~」と言っていたくせに、どうやら先ほど冷凍庫の奥から発掘されたアイスクリームにより目が覚めてしまったらしい。元々寝ることよりも遊ぶことが大好きな男の子のような女の子であるため、パパを指名したのも、うまくたぶらかせて眠らずに何とか遊びに持ち込もうという作戦だったのかもしれない。こちらも舐められたものであるが、なにくそーっと反逆する手立てを持っていないのも哀しい。それでも何とか説得を試み、甘えた態度で歯磨きに応じさせることに成功した。ここまででもだいぶスタミナを消耗させられるのであるが、そこはさすがはわが娘。父親の疲労加減を見るや否や、ごろんと甘えてきて「パパと寝るの~」と再びくどき文句を炸裂させる。そんな言葉に騙されるか!との抵抗虚しく、あっさり父は陥落した。とてもかわいい・・・。早くも戦況は不利に動く中、ママの援護射撃を受けながら何とか奴を布団に引きずり込むが、今度は、「ちょこっとだけ、本、読んで」と甘えてくる幼児。ま、ちょこっとだけなら・・・と応じる父。やはりまたも勝負アリなのだが、まぁ、一冊だけなら、と決意を固めて本を読んであげる。(こういう甘甘な態度な時、自分は父親だけでなく、おじいちゃんの役割も担っているような錯覚に陥ることがよくある。というのも、僕が娘に接する態度は時に、今は亡き僕の祖父から学んだものを思い出させるからである。しかし、娘の祖父は既に二人とも亡くなっているので、それもまた大切な役割なのかもしれない)しかし、奴はその内容にはすっかり飽きていて、勝手に別の遊びを考案していた。「パパ、『これミズチ?』って言って」と絵本の中のミッフィーちゃんを指差してくる。(ミズチ:娘のニックネーム)素直に「これ、ミズチ?」って聞いてあげると、「違うやん。みっぴーちゃんやん」と反論してくる。「何?自分が言えと言ってたくせに」と反抗心を覚えるが、そこは大人な態度で流してあげることにする。次に「これ、ミズチ?って聞いて」と同じく絵本の中に登場する星の絵を指差す。「これ、ミズチ?」って質問してあげると、「パパ、違うやん。これミズチだったら大変やん」と。「じゃあ、次は、これミズチ?って聞いて」と雲やメラニーちゃんなどを次々指差す。「これ、ミズチ?これもミズチ?」と乗ってあげると「違うやん。ミズチ、こんなんじゃないやん」と。どうも、「絵本を読む」ということにかこつけた、ボケとツッコミの練習だったようで、さすがは大阪人のDNAを持つ生き物は違うようだ。しかも、「発表会でもあるのか?」というくらいの熱心さで繰り返されるので、「こうして大阪人は幼い頃から芸を磨いていくんだな」と新たな発見をしてしまった。生まれつき面白い人が多いと言われるが、こうして影の努力があってのことなんだろう。そう思えば、大阪人である奥さんも幼少の頃はボケとツッコミをひたすら練習していたのか?との思いに至り、尊敬の念が生じた。なるほど、確かに彼女のボケ芸は時折凄まじい切れ味を見せることがある。さて、そんな新仮説に思いを馳せているうちに、すっかり奴のペースで事が進み、かなり戦況が悪化していることに気付いたので、徐に本を閉じ、「もう、寝るの」と電気を切って強引に寝る態勢に入ることにした。しかし、奴もここからが本領発揮。寝つかずに済むような数々の方策を次々と打ってくる。「パパ、いみず(お水)~」と寝る前に必ず口にする水を要求し、次も「CDかけてよ」とか様々な要求が続いていく。こちらも慣れたものであるから、予め音楽をかけ、お水入りペットボトルを枕元に設置し、照明の具合などにも気をめぐらすのであるが、何か一つは抜けていたり、あるいは、その設定がご不満なようで、いつも何かと文句をつけてくる。「これは将来いいお局さんか、お姑さんになるぞ」と大器の片鱗を感じさせてくれるのであるが、対応する下々の身分としては大変である。しかも、ようやく落ち着いたと思えば、「ママも横にくるの~」とか「ミズチ、やっぱりママと寝たいよー」とか、こちらの動揺を誘う戦略に出てきた。ここで撤退は許されない(それはそれで妻になんと言われるか分からない)ので、必死に前線を死守する。「ママはお風呂入ってるのよー。ママが良いならパパ、ばいばいしようかー。ミズチ、一人で寝るか?」と脅しにかかる。大人を舐めてはいけないのである。しかし、あっさり「うん。いいの。パパ、あっちの部屋で寝ー。自分のベッドに行き~」と突き放される父親。もうとっくの昔に失っている「父親の威厳」がまたも地に落ちた事を実感させられる次第である。しょうがないので「もう、また、そんなこと言うて。コワチコ(怖い人、怖いお化けなどの総称。ミズチ作の用語)来るで。さっさと寝えや」と無理やり毛布を掛ける。ところが、無言の反抗のようにゴロゴロと盛んに寝返りを打ちながら、パパの顔に復讐の肘鉄並びに蹴りを見舞った挙句、「今日一日の出来事」についての演説が始まった。今日の彼女はほとんど家にいたので、あまりネタがなかったようで、ほとんどが得意の創作物であった。「しまじろうがぼうき(病気)して、注射を打ったら、ポポちゃんがえーんえーん泣いたから、ミズチママが暗いところにしまじろうを連れて行ったら、しまじろうがごめんなちゃーい、ごめんなちゃーいと言ったの」という、分かるような分からないような話である。しかし、夢の中の怖い出来事を引きずって午前中をつぶすくらいリアルなファンタジー娘であるから、その創作も悦に入っていて、思わず引き込まれてしまうのである。そうして「さっさと寝なさい」と言いつつも、話の続きを聞いてしまうので、やはりまんまとその手に載せられてしまう。その創作性と空想力を生かせば、将来は立派なSF作家になれるのではないか?と思われるのであるが・・・やはり親の贔屓目だろうか。さて、そんな思い出話タイムも架橋に入ると、そろそろ寝かしつけを始めて1時間が経ち、さすがに奴も疲れてきて話の内容がますます訳の分からないものになっている。眠気とともに、創作性が鈍るのだろう。これで寝てくれると一安心なのだが、奴はまだまだ眠りたくはないようで、寝返りを打つついでに僕の方に転がってくる。そして、おそらくママにしたなら即死刑を食らうであろう角度で僕の腹部にエルボーを見舞った後、ゴロンと僕の上にのっかかるのである。そして、眠い眼のまま、僕の顔の上で「えへへ」と笑い、「パパ、かっくいいー」とチューをしてくれた。!!生きてて良かった・・・と心底思う瞬間である。神様ありがとう!とこのときばかりは無心論者を返上した。そして、薄暗い部屋の中で見る我が子は本当にドキッとするくらいかわいくて、惚れてしまいそうになるのだ・・・。(あ、もう惚れてるけど・・・)(いかん、また正妻に嫉妬されてしまう・・・)そして、パパを夢うつつにさせたのち、またゴロゴロと自分の世界に奴は戻っていくのだ。もう十分眠たいので、静かな呼吸とともに部屋のエネルギーもスーッと下がってくる。ああ、これで大丈夫。今日はこの「眠る場」ができるまでに1時間以上かかってしまった・・・と反省しつつ、チューの感触を思い出してニヤニヤしてしまうのであった。とりあえず、妻にはこの顔は見せられない。できるだけ、無表情に日常生活に戻らねば・・・。そして、何とか大役を果たした後、再び仕事部屋へと戻って、残りの作業に取り掛かる。すると心なしかリラックスしており、体も軽くなっていることに気付かされる。
日々のミニコラム
*「こんなとき、どうしたらいいの?」にお答えする心の処方箋シリーズ*

だいぶ疲れているのかもしれませんね。
自分の心のために普段心がけている事、優しくしてあげてる事はありますか?
頑張りすぎていたり、自分に厳しく当たってしまってませんか?

何らかの事情で感情を押し殺し(抑圧し)、思考(理性)ばかりを使うようになると、「どうすべきか?」ばかりに意識が向かい、「どうしたいか?」という気持ちが見えなくなってしまいます。
自分の気持ちが見えないと、エンジンが活力をなくした車のように惰性で生きるようになり、人生に面白味や楽しみ、喜びが無くなっていきます。いわば、人生そのものが退屈したものになってしまうんですね。特に「好き」と感じられるものは私達の人生において大きな活力、動力があります。好きなことをしている人はいくつになっても元気なのはそのせいです。でも、大人になり理性が強くなったり、失敗したりして傷つく経験が増えていくと、好きなものを持つだけ無駄なような気がしてしまいます。影には失敗感や諦めだけでなく、自己評価の低さも大きな影響を与えます。もし、今食べるものでも何でも「これ好きだな~」と感じられるものが無かったら、少し危機感を持ってみたほうがいいかもしれません。そして、まずは自分がかつて好きだったものを思い出してみましょう。いくつくらい思い浮かびますか?今も魅力的に感じるものはありますか?思い浮かばなかったり、浮かんだものがとても味気なく感じたら、きっと知らないうちに心が麻痺してしまっているのかもしれません。日常の中で実践して行きたいことがあります。一つは心との対話。時々思い出したときだけでいいので、「今どんな気分?」って自分に聞いてみてください。「今何が欲しい?何か食べたいものがある?」と。答えが返ってこなくても問題ありません。そう問うことが大事なんですね。また、時々空を見上げてみてください。その雲や青い空を見て、どんな気持ちがするのかをチェックしてみます。何も感じなくてもいいのです。ただどんな感じかな?って見てみるんですね。そして、二つ目は人との会話。取り留めの無い話題でいいです。仕事や理性的な話だけでなく、誰かと話をすることを意識してみてください。話をすることで心を解放してあげることができ、その分、感情を感じやすくなるのです。そうして少しずつ自分の心との回路を開いていくことができます。あなたが生きている以上、心が死んでしまう事はありません。回線が麻痺しても、また繋げることは可能です。好きなものが分からなくなったら、まずはできるところから始めてみましょう。
心の処方箋
今週はいよいよ福岡入りです。
暖暮、だるま、一蘭の各名店をどういうルートで周り、かつ、どこで新規開拓をするか・・・。
やはり、空港に着いた足で天神へ向かい(地下鉄)、そのまま、渡辺通りを下り(バス)、薬院から西新へ(バス)、というルートが無難でしょうか・・・。

うーん・・・。

いや、別にラーメンの食べ歩きをするのが目的ではなく、また、冬の味覚を食い散らかすのが目的ではないのですが・・・やはり冬の福岡といえば元々うまいものが、よりうまくなり季節ですからね・・・。目移りするわけですよ・・・。あ、温泉・・・富士の苑の・・・。忙しいですね!!とはいえ、やはりメインはカウンセリングとワークショップです。まだまだどちらも枠に余裕があります。ちょっと高めに感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、損はさせません。一度、ぜひ、お越し下さいませ。(カウンセリングのスケジュールはこちらから確認できます)心理学ワークショップは13:30-17:30「セルフ・カウンセリングのススメ~自分とどう向き合うか?~」18:30-20:30「心のサプリメント~自分を元気にする心の栄養素~」という2つのテーマにて開催させていただきます。昼夜とも今回は「カウンセリング」から「癒し」をテーマにしています。自分と向き合うこと、自分を癒すこと、そのためのヒントを学んで頂けたら幸いとテキストも準備しました。自己分析表というとかっこいいのですが、僕がカウンセリングの中で重視するポイント、背景、状況などを書き出していくシートになっています。実は気合が入りすぎて4時間のセミナーではとてもすべてを説明切れない量になってしまったのですが(いつものことです(苦笑))、家に持ち帰りじっくりと自分と向き合うにはとても最適な資料かと思います。でも、こういう自己分析シートのようなものは、あくまで道具(ツール)なんですよね。それをどういう姿勢、どういう気持ち、また、何を目標にやるかによって成果はまったく異なってくるわけです。特に「心」を扱う上では細かいメソッド(方法論)というのは通用しないことが多く、いかに心を解放してあげるのか?感情とどう向き合えばいいのか?そして、そもそも癒しとは何か?といったポイントをレクチャー&実習するのが本当の目的です。自分と向き合いたい!今年はこんな自分になりたいぞ!という方はぜひ足をお運び下さい。きっとお役に立てると思います。そして、夜のワークショップは心に栄養を挙げよう!ということで、ほっこり温かくなったり、気分がすっきりしたり、気持ちよくなったり、目の前が明るくなったり、なぜか胸が熱くなったり、といった「心が動く経験=プチ癒し体験」をしていただくことが目標です。心が動くと感情が流れていきます。余分な感情が流れるというのは、いわば余計な脂肪を削ぐようなもので、とてもすっきりして、かつ、元気がやってきます。いつも頑張ってる自分、葛藤してる自分、疲れてる自分を元気にしてあげる時間にしてみましょう!そして、今元気な方、年にちなんで猪突猛進中の方、ますます勢いをつけて離陸できるよう、更にパワーアップしてみましょう!福岡はいつも情に厚いセッションになります。とても暖かく、解放的な気持ちを味わえるかと思いますので、ぜひ、足をお運び下さい。もちろん、その後は打ち上げがあります!!ご都合宜しい方は是非お越しくださいませ!!
暖冬のお陰で、ぽかぽか日和の2月である。
春だなあ・・・とその日差しの眩しさに目を細めながら、嬉しくなるのが春である。
事実、日の入りは確実に遅くなり、5時半でもまだまだ明るい。
気候の上では一番寒いときで、まだしばらく温かい日は来ないはずなのに、確実に春がそこまで来ているのである。
ヒーリングワーク明けの月曜日は眠たい。2日間立ちっ放し、しゃべりっぱなしという肉体的な疲労ももちろんあるけれど、それに、プレッシャーからくる精神的な疲れだってもちろんあると思うけれど(自覚はないけど)、カウンセリングやグループセラピーで癒されるのは受講生ばかりでなく、トレーナー自身もたくさん癒されている。ベーシックでは癒しの基本となる「投影の法則」というお話をたくさんさせていただく。その法則からすれば、セミナー中に僕がお聞きする皆さんの問題や、今から向き合うべき対象(お母さんだったり、パートナーだったり、ヴィジョンだったり)は、皆さん自身だけでなく、僕自身にも関わるものでもあるのだ。よって否応なく、僕自身も受講生が見せてくれる問題と向き合い、一緒に乗り越えているわけである。よって月曜日はとても眠い。でも、社会はそうは許してくれず、9時前には宅急便が届き、意識朦朧としたままハンコを押し(いつものことだ)、改めて眠りに着こうとすると、しばらく後に再び荷物が届き、すっかり目が覚めてしまった。ということで、自転車を駆って税務署までひとっ走りすることにした。日の光を「眩しい・・・」と感じたのは寝不足だからだけではあるまい。しばらく走ると手袋をしているのがアホらしくなるくらい汗ばんできて、マフラーだって余計な気がしてくる。こういう日はのんびり日向ぼっこをしたり、ウッドデッキで日がなお茶でもしていたいなあ、と思う。(因みに我が家にはウッドデッキはないし、日向ぼっこをするような風情ある景色もないのだが)でも、年に幾度しかない大切で大好きな日差しだなあ、と思えば、この一瞬一瞬をとても大切にしたくなってくる。税務署に向かうのは所得税の還付申告のためで、数日前からコソコソと医療費などの領収書をまとめ、ネットでさくさく申告書を入力・作成し、用意周到準備していた。昨年からこの還付申告を始めたのだが、こうした税意識をきちんと持つようになったのは今の仕事を始めてグッと税金が身近にものなってからだ。今も給料をもらう身だけど、フリーに近い立場のため、とてもリアルに「納税している」という実感を持つようになったのだ。「所得税の給与天引きを考えた奴は天才に違いない」とよく揶揄されるけれど、確かに給与天引きされれば100%漏れがなく、かつ、納税意識も抑えられる(窓口で現金を支払うのと、給与から差し引かれるのでは全く実感が違う)。僕もサラリーマン時代は税金を払っているという“意識”はあったけれど、“実感”は非常に乏しいものだった。その意識は「いくらいくら税金を、いついつまでに納めてね」という文書を直接受け取るようになってから革命的に変化した。働かせて頂いてるのだから、できれば気持ちよく税金も払いたい。その境地に到達するのはなかなか難しいけれど、上手に税金と付き合おうと思えば、やはり、高々数万円かもしれないけれどきちんと権利を行使して還付を受けることは大切だと思う。そうして「そちらさんもきちんと義理を払ってくれたんですから、あたしも納めさせていただきやす」なんて堂々とやりたいものである。ま、とはいえ、金額的な開きはめちゃくちゃあるし、まだまだ発展途上人としては、その境地には至れない。そんなことをうだうだ考えながら家に戻り、横になっていたら知らないうちに眠りに落ちていた。昼寝はとても気持ちいい。気がついたら夕方で、体もすっかり軽くなっていた。子どもと一緒に散歩に出かけ、家族で食事をし、一日が暮れていく。とてもいい休日だったと思えるのは何よりも幸せだ。
日々のミニコラム
このところ、ちょっとかさ張った作業を根詰めてやっているので、肉体的(主に肩腰)及び精神的(細かい作業と緊張のため)な負荷が大きい。
パソコンを使った、カウンセラーというよりはSE的作業なのだが、ふっと力を抜いてリラックスしたりすると「あ、痛ぇ~」と肩が悲鳴を上げているということが幾度となくある。
それにトイレにでも行くべぇと立ち上がると、「うっ、ちょっと腰に張りが・・・」などと、おじいさんのように独りごちることもよくある。
つくづく、年を重ねたことを実感する・・・。
サウナで頻繁に血流を良くしているお陰で、姿勢が悪く、ちょっとでも変な力が入るとすぐに異常を感知してくれるのだが、元々姿勢が悪いことでは定評のある僕のこと。こう気の長い作業が続くと、けっこう節々にダメージが来ているのが分かる。しかし、そうした状態であっても、やるべきことをやっている、好きなことをしているという自覚があるので、精神的には非常に充足感かつ喜び、楽しさがあるのだ(自慢(笑))。負荷は大きいけれど、今している作業は創造性はもちろん、積み上げていく喜び、少しずつ思い描いていたことが現実になる嬉しさなど、美味しい点がたくさんある。少々食べるに苦労するが、とっても美味しいカニのようなものかもしれない。SEを辞めて今の仕事に転職したのだけれど、元の仕事も案外嫌いじゃなかったのかもしれない、と改めて思わされる。ワークショップで仕事絡みのお話のとき、「どんな仕事も無駄なことはありません。すべて寄り合って、統合されて、あなたの天職に繋がっていくんです」なんてお話をさせていただくことが良くある。ほんとにそうだなあ・・・と思うのである。これは僕自身の経験に基づくものでもあるし、今仕事が楽しい、面白い、という方にお聞きした意見を総合したものなのだけど、そう実感できたときに、きっとスッと収まるところに心が収まるような気がする。そうすると物事がきちんと見えてくるし、焦ったり、嫉妬したり、余計なことにイライラしたりすることが少なくなる。(つまり、こういうことを「自信」というのだと思う)成果や報酬などもあまり気にならなくなるし、「自分はとても正しいことをしている」という実感が後ろ盾になってきちんと安定することができる。もちろん、壁にぶつかることもあるが、そこで「ああ、あかん」と逃げ腰になるんじゃなくて、「さあ、どうやって、この問題をクリアしようかな」とむしろ楽しめることだってある。もちろん、一つこういう喜びを実感していると、他の仕事、例えばカウンセリングやワークショップやミーティングなどでも地に足が着いて向き合える。やはり自分のやるべきこと(=好きなこと、楽しいこと)に没頭するのは大事だと思うのである。(これは仕事じゃなくても、趣味でもある程度満たされるし、恋愛がそうだという人だっていていいと思う)ただ、今やってる作業はとても面白いこと、楽しいことでもあるけれど、はっきりとした締め切りはないものの、早く終わらせたいので、ちょっと肩腰以外にも犠牲になってもらっている。(例えば、ここしばらくお腹の具合がちょっと悪い、など)でも、ようやくその終わりが見えてきて、見通しが立ち、まもなくその成果を皆さんにもご覧いただけると思う。明日は東京のカウンセラーズ・フェスタで、「チャレンジ!」がテーマだと高橋大も書いていたので、ちょっと便乗して僕の最近のチャレンジをご紹介してみた(^^)因みに彼らが東京で頑張り、うちの先生が福岡で必死に笑いを取ってる頃、僕は大阪でヒーリングワークベーシックをさせていただいている。2日間のセミナーもまたとても楽しい仕事である。こんなワクワクがまた持続していくことはとても嬉しいし、幸せだと思えて感謝!である。
名古屋からの出張帰りは例によってサウナに直行した。
最近はそれが習慣化されつつあるようでいて、実は今年初めてのサウナ入りである。
東京からの出張帰りは千里中央で正室&側室と合流したためお流れになり、そのあとも何だかんだ行きそびれていた。
よって久々のサウナで期待に胸を膨らませて・・・(あ、まあ、正直そこまでのワクワク感はないんだけど)、「平日昼間からサウナなんて、ほんまおっさんやな~」などとツッコミを入れつつ、うきうきしつつガラガラと引き戸を開ける。
そうすると先客も後からきた人も全員が若者(営業外回りのサボり中?)。しかも、けっこうイケメン(出勤前ってこと?)。おっ!なんや、俺もまだオヤジやないやん~♪と少々嬉しくなるのだが、でも、彼らの僕を見る目つきは・・・うーん、ちょっと微妙なものがあった。昼間から(おそらく)ニヤニヤしながらサウナに入ってくる人物なんて明らかに怪しいだろうし(お互い様だが)、警戒心が強い人はその表情を見て身の危険を感じ、前と後を隠して退散したくなるかもしれない。ま、周りからどう見えようが肝心なのは癒し。目的はちゃんと果たさねばならない。ホテル生活というのはどこかがやはり緊張しているようで、こうしてサウナなどで緩めてみると、自分が疲れていることがわかってくる。体をじっくり温めていくと、じわわわわ~と疲れがにじみ出てくるのだ。それが目に見えれば面白い(気持ち悪い?)のに・・・と思えるくらい、はっきりと自覚できる。そして、緩んだ分だけ眠たくなり、ほわーっとした気持ちになり、力が抜ける。心臓への負担も大きいから慎重に行わなければならないが、水風呂とサウナとの交互入浴はそんなアク抜きには最高である。体を熱した後で冷たい水風呂に浸かるのは、まさしく「行水、いや、水行じゃ」という気分になり、つい「悪霊退散」と唱えてしまいそうになる。修行僧が冷水で身を清める意味と効果がよく分かるような気がする瞬間である。しかも、水風呂から上がると背筋や腹回りがすっきりしていることも多く、まさしく憑き物が落ちたような感覚を味わえる。そして、何度かそれを繰り返し、時々体重計に乗って、どれくらい減っているかを一喜一憂し、「お、もう十分、仕上がったな」と思えば、ガウンを羽織ってリラクゼーションルームへ向かうのだ。この状態で、おばちゃんのパワフルなマッサージを受けると間違いなく昇天する。60分コースが、30分かそれ以下に感じられるくらいゆるゆるになると、もう全てを許せてしまうくらい気分が良い。きっとこのタイミングでおねだりされたら何でも買ってしまうくらい気が大きくなっているので、奥さんがサウナにはまったく興味がなく、ここが男女別であるということは大変意義があることだと思う。(ただし、このビルが地下鉄の駅に直結している事実には少々身の危険性を感じる)因みに今日は長く伸びた髪を切りに行った。冬になると頭皮が荒れてフケが出やすいので、そのケアしてもらっている。専用のシャンプーを塗りこんで、念入りに頭をマッサージしてもらうと、また天にも昇る気持ちよさで(そもそも頭を揉んでもらうと素晴らしく気持ちよくないですか?)、何度もコクンコクンとやってしまった。このダブル効果により、今日はほんとふにゃふにゃになり、全ての人に愛を!という気分になって家に帰ってきた。その姿はある意味本当に怪しいかもしれない。・・・とはいえ、現在進行形の大切な仕事があるので、夕食後はリフレッシュした頭でしっかり頑張った。偉いなあ~と、こういう日は自分を褒めてあげたくなる。
日々のミニコラム
*「こんなとき、どうしたらいいの?」にお答えする心の処方箋シリーズ*

何かを始めるとき、誰かに近付くとき、離れるとき、何かを選択して実行しようとするとき、「勇気」が必要ですよね。
勇気というのは、「怖れを乗り越えるための気持ち」と言えるかもしれません。

例えば、恋に慣れて自信がある人は好きな人に近付く時には怖れを感じません。だから、そこでは勇気はあまり必要ないように思えます。でも、自分に自信が持てず、「振られるかもしれない」という不安が強いと、好きな人に近付くということを想像するだけで足がすくんでしまうくらい怖いものです。だから、そこでは「彼に告白する勇気が欲しい」と切に願うようになります。でも、怖れが強すぎると「どうせ、やっても無駄だし・・・」などのネガティブな呪文を自分に投げかけて諦めようとします。(そして、諦めた分だけ自己嫌悪し、後悔することになります)。勇気が欲しいのに出せないとき、次のような心がけを持ってみてはいかがでしょうか。一つ目は、怖がっている自分をきちんと見てあげること。震えている子どもを守るように、自分に優しくしてあげることです。ついそんな自分を卑下し、否定し、厳しく扱ってしまうので、余計に怖れが強くなるし、諦めるしかないように思ってしまうんです。二つ目は、なかなか出てこない勇気を出してまで手に入れたいその目的をしっかり見つめること。好きな人に近付くためには「それくらい彼のことが好きなんだ!」ときちんと承認してあげるんです。怖かったり、諦めモードに入ると、その目的を消そうとしてしまいます。(「彼のこと、あんまり好きじゃないかも」とか)だから、その欲しいもの、近付きたい対象をきちんと見つめることが大切なのです。三つ目は、再選択。怖れと向き合い、目的を見つめなおしたら、素直になって、その目的に向かって踏み出すかどうかを改めて選択します。「選択する」ということも「勇気」が必要ですよね。そして、このプロセスはもう一度腹を括る、覚悟を決める段階でもあります。四つ目は、踏み出すこと。その方向に向かって自分なりにまっすぐ一歩を踏み出します。これはカウンセリングなどではイメージワーク(瞑想)を使い、グループセラピーでは人を使って練習します(イメージトレーニング)。この一歩踏み出す感覚を心と体に教えてあげるのが大切なんですね。その怖れや不安を十分感じ、目標を改めて見定め、そして、一歩踏み出す。その意識を高めると、だんだん怖れを乗り越えられる自信がついてきます。とは言え本番ではやはり怖いもの。五つ目としては誰か協力者、援助者の存在が必要になることも多いでしょう。応援してくれる人、励ましてくれる人、そして、失敗しても受け入れ慰めてくれる人の存在は非常に心強いものがあります。これらのプロセスを繰り返せばきっと自信が付いてきます。強がらず、自分の気持ちに素直になって目的に向き合えば、自然と沸いて出てくるものが「勇気」だと思います。私達は忘れてますが、私達は皆、あの狭い狭い産道を通って生まれようと選択してきたのですから。
心の処方箋
名古屋・心理学ワークショップにご参加くださいました皆さん、ありがとうございました。
僕も入ってみてびっくりの狭い会場で、かなり酸素濃度が狭いワークショップになりましたが、皆さんはいかがでしょうか?
狭いのは窮屈なのですが、その分、親密感や繋がりは深まりますよね。
今回知り合った方とメルアド交換されてる方も多かったのですが、またいい仲間が増えていくといいなあ、と思うんです。
心理学やワークショップといっても、一番は人の繋がり。
お友達ネットワークが広がることこそ、一番の助け、癒しになると思うんですよ。

昼の部は快調に飛ばし、笑いもかなり取れていてご満悦でしたが、夜の部は扱ったテーマが深い部分に至り「癒し」を扱ったためか、スベリまくっていてかなり冷や汗モノでした。もっと修行して、あの深いエネルギーの中でも笑いを取れる技術を身につけたいと思いました!・・・ま、お笑いではなく、心理学ですので、その考え方、癒しの事例、アプローチなどを少しでも感じ取って頂けたら幸いなのですが、やはり、どうしても『楽しく学ぶ』、『笑って癒す』、という考え方が染み付いているせいか、笑いを取ってナンボと思うんですよね。そういうわけで、皆さんの日常に少しでもお役に立てば嬉しいと思っています。足を運んでくださった皆さん、ありがとうございました。また、打ち上げでご一緒させていただいた皆様もありがとうございます。恋愛談義、仕事噺、水商売の話など、いったいここは何なんや?という話題に花が咲いてほんと楽しかったです。あの後残ったメンバーは本当に栄まで繰り出されたんでしょうか???懐かしい「河合塾」の話に盛り上がったのは良かったですー。かつて千種で浪人していた時代を思い出して懐かしんでいました・・・。ということで、次の僕のワークショップは3/24。同じ金山の会場になります。また来月は2/12に原のワークショップがあります。会場が吹上に変わりますが、皆さん、宜しくお願いします!!
最近、うちの娘はとてもサービスがいい。
父親の密かな野望を知ってか知らぬか、ことあるごとにチューをしてくれる。
しかし、小市民で受け取り下手な私としては、こんなにいいことがあると後からすごく嫌われるんじゃないか?とか猜疑心が強くなってしまって素直になれない。
まことに損な性格だなあ、と思うが、そんな「今だけ限定!」に見えてしまう娘のチューには即座に反応し、奥様のチューには余裕の態度を持って接してしまうため、「何よ、愛人のチューばかりに熱を上げて!」と叱られる毎日である。
さて、そんな妻と娘に見送られ、名古屋への出張を敢行したのであるが、以前紹介したように、今回はグリーン車での旅である。実は何年か前は東京出張などの帰りに密かに利用していたのだが(もちろん自費で)、その後飛行機に切り替えたり、倹約を心がけたりしていたので、本当に久方ぶりに“特別なお客さま用”の扉を開いて車内に乗り込んだ。しかも以前は3両あるグリーン車に1両しかない喫煙車を利用していたが、今回は禁煙車である。あの頃は8,9号車になんぞ乗ることなんて無いと思っていたのに時代は変わるものである。大き目な座席にゆったり腰掛けられ、しかも昼間の“こだま”のため、僕も含めて3人の乗客がいるだけで、本当に静かで幸せな時を過ごす事ができた。でも、慣れないことをしているせいか、普通指定席料金でグリーン車に乗っているせいか、妙にドキドキするというか、落ち着かないというか、胸騒ぎがするというか、自分でも「疲れてるんかなあ?なんでかなあ?」という気持ちで名古屋への到着。ほんと新大阪から名古屋というのはすぐそこで、とても近い。ボーっと車窓を眺め、伊吹山の雄大さに感動をしていると、気がつけばもう名古屋である。因みに車窓から眺める景色に雪は無く、暖冬をしみじみ実感できた。そして、あまりに早く着きすぎたせいか、ここがどこなのか?(答え.名古屋です)の実感もないまま在来線に乗り換え金山へ。そして、慣れた街ゆえ勝手に進む足に任せて定宿となっているホテルへ向かう。トラブルはそこで起きていた。13時チェックインのはずが、まだ部屋の準備ができていないとのこと。しかも、午前中に着く予定の宅急便がまだ着いていないとのこと。部屋に荷物を運べなければカウンセリングの準備もできないし、宅急便が届いてなければ音楽なども使えないじゃない・・・と一瞬目の前が暗くなりかけた。そっか、胸騒ぎはこのことなのか・・・と。確かにああいう変な緊張の後はすごくいいことか、困ったことか、どちらかしか起きないものかもしれない。しかも、大阪においてきた家族からは、妻が娘を抱っこした拍子に腰を痛め、その娘は原因不明の腹痛に泣き叫んでいるとメールが入った。やはりグリーン車に乗るなど、身分不相応ないい思いをした上に、調子に乗ってブログで自慢などした罰が当たったのか?やはり受け取りベタで、その恩恵を十分に受け取れなかったせいなのか?などと暗澹とした気分になりかけた。でも、確かにお客さまを少し待たせることになってしまうし、カウンセリングの道具が届いていないのはいささか不都合ではあるが、そもそも僕の仕事は耳と口があればできるわけで、この程度のトラブルはまだ神様が贈ってくれた粋な計らいだ、と思いなおすことにした。(かといって、もっと大きなトラブルは要らないが・・・)さあて、僕はここをどう切り抜けるかなあ?などと思いながら、とりあえず定刻に来てくださったお客さまには頭を下げて待っていただき、次善策を検討することにした。そしたら、ほどなく部屋に案内され、しかも、それは予約していたよりもワンランク上のお部屋であり、久々に広々とした部屋に落ち着く事ができた。宅急便はどういうわけか別の集配所に行ってしまったようで夕方の到着になったが、体が元気で耳もよく聞こえるので仕事上は問題ない。しかも、このネタができたことで、いつもより饒舌な予感さえする。グリーン車に広いお部屋に、今日はエグゼクティブな気分を大いに味あわせていただいている。神様に感謝!である。なお、妻の腰はまだイマイチ良くないらしいが動けない程でもなく、娘は腹痛もどこへやら元気に走り回っているようであり、一安心した。
日々のミニコラム