以前、私のカウンセリングを継続して利用してくださいました佐藤友美恵さん(仮名)のプロセスを、ご本人に許可・添削を頂きまして、その一部始終を皆様にお伝えさせて頂きます。
いわば、カウンセラーとしての私から見た一人の女性の物語です。
長い話になりますので、ゆっくりお読み頂ければ幸いです。
彼女の身に起きたこと、その内面的な移り変わりの模様だけでなく、随所に心理学的、カウンセリング的な見方・考え方を紹介させていただいていますので、皆様の今や今後にとってもきっとお役に立つストーリーとなっているかと思います。
また、カウンセリングやセラピーについても、よりリアルにイメージして頂けるとも思いますので、利用の際の参考にしていただければ幸いです。
約1年がかりで纏め、推敲を重ねましたので、全14回と連続ドラマよりも長い展開となってしまいました。
飽きられないかなあ?と少々心配はしておりますが、本日より3日ごとに定期更新させていただきます。
では、お楽しみ下さい。
>>>『[1/14]浮気の発覚とショック、そして、初めてのカウンセリング。』
イベント好きな我が娘の通う幼稚園では、毎月一度、その月のお誕生日の園児をスターに見立てた“お誕生日会”というスペシャルイベントが開催される。
その日、主役になる園児達は、他の子とは違って体操服に着替える必要はなく、制服の胸に赤いリボンなんぞを付けてもらって、鼻高々に過ごすのである。
そうして全園児300名を前に、担任の先生から、「こぶた組 ねもとひろゆき君」と名前を呼び上げられ、クラスメイト並びにその他大勢からから、「お・め・で・と・ぉーーーーー!!」と幼稚園児のすさまじい大声にて祝福され、そのテンションに背中を押されながら正面に据えられたひな壇の上に乗るのである。そして、一人ずつ名前と誕生日をマイクを通じて発表し、さらに全園児のすさまじい大声にて「お・た・ん・じ・ょ・う・び、お・め・で・と・ぉーーーーー!!!」の大合唱を受けるのである。その日、ひな壇上の園児達は全員がこの世に生まれてきたことを喜び、周囲の視線を一身に引き受ける“特別な日”であることは疑うべくもない。もちろん、その月に生まれた園児全員がその栄光に浴することができる、全園児、羨望のイベントである。さて、我が家に生息する幼稚園児は3月生まれである。周知のとおり、日本では4月から新学年がスタートする。ゆえに3月生まれの園児は、12番目の登場であり、「大トリ」と言えば聞こえがいいが、要するに、一番ビリである。娘は4月に入園して以来、目を輝かせて、この素晴らしいお誕生日会を心待ちにしていたのである。毎月、お誕生日会が開催されるたびに、自分が3月生まれであることをイマイチ理解していない彼女は「今日も、ミズチと違ったわ」(関西風のイントネーション)と嘆き、「今度はミズチかな?ね?」(同上)とか「ああ、いつになったら、ミズチの誕生日会があるんかなー?」(同上)と、実に11回も連続して振られた結果、この日を迎えたのである。当然、前の晩からテンションは高かった。その直前の別のイベントには風邪のため参加できずに悔しい思いをしているので(ほんとうにうちの幼稚園はイベント、それも音楽がらみが多い。)、今回にかける意気込みも相当なものであった。なお、このお誕生日会には、その月に誕生日を迎える園児の父兄のみ参観が認められるため、われわれ夫婦にとっても一年間待ち望んだイベントである。しかも、各種イベントに保護者をさりげなく巻き込むテクニックに関しても定評のある娘の幼稚園では、お誕生日会にはそのママが「歌と踊り」をみんなで披露する習慣があり、この日も9:30にはホールに集合して、「ヤンチャリカ」はじめ2曲の歌と振り付けを習っていたりもした。当然、奥様も張り切って参加し、いつもどおり、なぜか笑えるかわいい踊りを演じていたのである。(妻の動きは何故かコミカルな感じがして面白くてかわいいのである。因みにうちの研修生のYちゃんも似たような動きをよくしている)そして、お誕生日会。やはり300名近い幼稚園児を一同に集めるのは、かなりの無理があると思う。会場となるホールは、そこに居るだけでありとあらゆるエネルギーを吸い取られる“気”に満ち満ちており、そのテンションや落ち着きのなさは、うちのセミナーをはるかに凌ぐ規模で展開され、更に、脱走園児、寝転び園児に甘えんぼう園児とまさしく“蠢く”様が展開されている。さすがに年少さんでも1年近い通園実績があるためか、号泣園児はかつて程の勢力を保っていなかったが、それにしても、そんな園児たちを統率する先生方のパワーには脱帽する他ないのである。私のお客さまにも幼稚園や保育園の先生が多数いらっしゃるのであるが、幼稚園に行くたびに更に尊敬の念を強めている。※なお、個人的にファンである副担任の原先生が以前よりも元気を取り戻されていたのは幸いであった。きっと幼稚園児パワーに免疫が出来てきたのだろうと思われ、胸をホッとなでおろした次第である。さて、そんな一大イベントで、うちの奥さんも自らの歌と踊りの披露を心待ちにしている頃、我が娘もニコニコ投げキッスと共にホールに登場した。ところが自分の名前を呼ばれてひな壇に登っても無表情である。いや、よくよく撮影中のビデオをアップにしてみれば、完全ににやけている癖に、それを隠そうと無表情を装っているのである。ふにゃふにゃする態度や、時々我慢しきれずにこぼれる笑みに、その本音は表されていた。マイクが回ってきて自分の名前と誕生日を言う順番になっても彼女は嬉しいくせに、無表情を装って、非常に小さい声でしゃべっていた。しかし、その声はか細いながらも、とてもかわいらしく、きっと声優としてデビューしてもやっていけるのではないかと思われるくらいの美声であり、私の心にしっかりとトキメキを残してくれた。※なお、個人的にファンである副担任の原先生がうちの娘と同じ3月生まれであり、しっかりその日を記憶させて頂いた。残念ながらもう春休みに入っている頃ではあるが、陰ながらお祝いの念をお送りさせて頂こうと思っている。(もちろん、妻には内緒である)そして、全園児から祝福のおめでとう!をかけてもらい、教室に戻れば、今度はクラス単位でのお誕生日会が開催されるのである。なんと素晴らしいイベントであろうか。しかも、先生達の愛情を独占することができ、みんなに名前を呼んでもらえたり、握手したり、先生に抱っこしてぐるぐるしてもらえたり、否応なく「生まれてきた良かった!!」を実感できるに違いない。(注意:別に原先生に抱っこしてもらった娘が羨ましいとか、そういう話ではない)しかし、うちの娘は相変わらず照れ隠しの無表情を装っており、声はか細いままである。「だって、恥ずかしいんだもん」と後から弁明をしていたが、何となしに自分自身を見ているようで微妙な気分になる。(因みにうちの奥さんが幼稚園児の頃は非常にお転婆でガキ大将であったらしい)この典型的な内弁慶外地蔵の娘に、場数を踏んで根性を付けさせようか、とも思ったが、まあ、自然体が一番良かろう。とはいえ、大量に休みながらも一年こうしてやってこれたのは感慨深い。1歳近く年の違う子供たちに混じって信じられないくらいに成長したのは、とても嬉しいものである。うちの奥様と共に何度もじーんとさせてもらった。こういうイベントはやはりとても大切だと思った。よくよく思えば、300名はいなくても、うちの会社も似たような目標を持ったセミナーを毎月開催している。思わず初心に帰らされたような気がして、意外な恩恵をもらったような気がした。
その日、主役になる園児達は、他の子とは違って体操服に着替える必要はなく、制服の胸に赤いリボンなんぞを付けてもらって、鼻高々に過ごすのである。
そうして全園児300名を前に、担任の先生から、「こぶた組 ねもとひろゆき君」と名前を呼び上げられ、クラスメイト並びにその他大勢からから、「お・め・で・と・ぉーーーーー!!」と幼稚園児のすさまじい大声にて祝福され、そのテンションに背中を押されながら正面に据えられたひな壇の上に乗るのである。そして、一人ずつ名前と誕生日をマイクを通じて発表し、さらに全園児のすさまじい大声にて「お・た・ん・じ・ょ・う・び、お・め・で・と・ぉーーーーー!!!」の大合唱を受けるのである。その日、ひな壇上の園児達は全員がこの世に生まれてきたことを喜び、周囲の視線を一身に引き受ける“特別な日”であることは疑うべくもない。もちろん、その月に生まれた園児全員がその栄光に浴することができる、全園児、羨望のイベントである。さて、我が家に生息する幼稚園児は3月生まれである。周知のとおり、日本では4月から新学年がスタートする。ゆえに3月生まれの園児は、12番目の登場であり、「大トリ」と言えば聞こえがいいが、要するに、一番ビリである。娘は4月に入園して以来、目を輝かせて、この素晴らしいお誕生日会を心待ちにしていたのである。毎月、お誕生日会が開催されるたびに、自分が3月生まれであることをイマイチ理解していない彼女は「今日も、ミズチと違ったわ」(関西風のイントネーション)と嘆き、「今度はミズチかな?ね?」(同上)とか「ああ、いつになったら、ミズチの誕生日会があるんかなー?」(同上)と、実に11回も連続して振られた結果、この日を迎えたのである。当然、前の晩からテンションは高かった。その直前の別のイベントには風邪のため参加できずに悔しい思いをしているので(ほんとうにうちの幼稚園はイベント、それも音楽がらみが多い。)、今回にかける意気込みも相当なものであった。なお、このお誕生日会には、その月に誕生日を迎える園児の父兄のみ参観が認められるため、われわれ夫婦にとっても一年間待ち望んだイベントである。しかも、各種イベントに保護者をさりげなく巻き込むテクニックに関しても定評のある娘の幼稚園では、お誕生日会にはそのママが「歌と踊り」をみんなで披露する習慣があり、この日も9:30にはホールに集合して、「ヤンチャリカ」はじめ2曲の歌と振り付けを習っていたりもした。当然、奥様も張り切って参加し、いつもどおり、なぜか笑えるかわいい踊りを演じていたのである。(妻の動きは何故かコミカルな感じがして面白くてかわいいのである。因みにうちの研修生のYちゃんも似たような動きをよくしている)そして、お誕生日会。やはり300名近い幼稚園児を一同に集めるのは、かなりの無理があると思う。会場となるホールは、そこに居るだけでありとあらゆるエネルギーを吸い取られる“気”に満ち満ちており、そのテンションや落ち着きのなさは、うちのセミナーをはるかに凌ぐ規模で展開され、更に、脱走園児、寝転び園児に甘えんぼう園児とまさしく“蠢く”様が展開されている。さすがに年少さんでも1年近い通園実績があるためか、号泣園児はかつて程の勢力を保っていなかったが、それにしても、そんな園児たちを統率する先生方のパワーには脱帽する他ないのである。私のお客さまにも幼稚園や保育園の先生が多数いらっしゃるのであるが、幼稚園に行くたびに更に尊敬の念を強めている。※なお、個人的にファンである副担任の原先生が以前よりも元気を取り戻されていたのは幸いであった。きっと幼稚園児パワーに免疫が出来てきたのだろうと思われ、胸をホッとなでおろした次第である。さて、そんな一大イベントで、うちの奥さんも自らの歌と踊りの披露を心待ちにしている頃、我が娘もニコニコ投げキッスと共にホールに登場した。ところが自分の名前を呼ばれてひな壇に登っても無表情である。いや、よくよく撮影中のビデオをアップにしてみれば、完全ににやけている癖に、それを隠そうと無表情を装っているのである。ふにゃふにゃする態度や、時々我慢しきれずにこぼれる笑みに、その本音は表されていた。マイクが回ってきて自分の名前と誕生日を言う順番になっても彼女は嬉しいくせに、無表情を装って、非常に小さい声でしゃべっていた。しかし、その声はか細いながらも、とてもかわいらしく、きっと声優としてデビューしてもやっていけるのではないかと思われるくらいの美声であり、私の心にしっかりとトキメキを残してくれた。※なお、個人的にファンである副担任の原先生がうちの娘と同じ3月生まれであり、しっかりその日を記憶させて頂いた。残念ながらもう春休みに入っている頃ではあるが、陰ながらお祝いの念をお送りさせて頂こうと思っている。(もちろん、妻には内緒である)そして、全園児から祝福のおめでとう!をかけてもらい、教室に戻れば、今度はクラス単位でのお誕生日会が開催されるのである。なんと素晴らしいイベントであろうか。しかも、先生達の愛情を独占することができ、みんなに名前を呼んでもらえたり、握手したり、先生に抱っこしてぐるぐるしてもらえたり、否応なく「生まれてきた良かった!!」を実感できるに違いない。(注意:別に原先生に抱っこしてもらった娘が羨ましいとか、そういう話ではない)しかし、うちの娘は相変わらず照れ隠しの無表情を装っており、声はか細いままである。「だって、恥ずかしいんだもん」と後から弁明をしていたが、何となしに自分自身を見ているようで微妙な気分になる。(因みにうちの奥さんが幼稚園児の頃は非常にお転婆でガキ大将であったらしい)この典型的な内弁慶外地蔵の娘に、場数を踏んで根性を付けさせようか、とも思ったが、まあ、自然体が一番良かろう。とはいえ、大量に休みながらも一年こうしてやってこれたのは感慨深い。1歳近く年の違う子供たちに混じって信じられないくらいに成長したのは、とても嬉しいものである。うちの奥様と共に何度もじーんとさせてもらった。こういうイベントはやはりとても大切だと思った。よくよく思えば、300名はいなくても、うちの会社も似たような目標を持ったセミナーを毎月開催している。思わず初心に帰らされたような気がして、意外な恩恵をもらったような気がした。
*「こんなとき、どうしたらいいの?」にお答えする心の処方箋シリーズ*
「どこにも居場所がないとき」の続編です。
居場所はあなたの心の中にある、と以前書かせていただきました。
好きなもの、好きな場所、心が喜び、楽しめる場所が、あなたの居場所になります。
それはあなたにとっては故郷のようなもので、そこに帰ればホッとして、安心し、そして、安らかな気分に満たされます。
でも、それは誰かから与えられるもの、と私達は誤解しているのかもしれません。パートナーや仕事、友人関係、趣味・・・。確かにこれらの要素は私達の心を満たし、成長させ、そして、時に居場所を提供してくれるものでありますが、でも、それがいつまでも続くという保証はどこにもないということを忘れてはいけません。ここが居場所だと思った瞬間に、私達は怠惰になり、甘え、そして、せっかく得た素晴らしい場所を自ら壊してしまう事があります。「何とかなる」とか「今さえ良ければ」と意識的、無意識的に現実から目をそらしてしまうこともあります。実は私達の心の中には、破壊願望という欲求が脈々と流れています。それが自分に向ければ、自己破壊的な態度となり、他者に向かえば暴力的な行動となります。実際にそうして表に出なくても、心の中で他者や自分を批判し、攻撃することは、ごくごく日常的な出来事だと思うのです。その思い(それは心の痛みが原因なのです)が、せっかく得た居場所を壊してしまうことがとてもよくあるのです。だから、居場所は受け取るだけでなく、常に磨き続けることが大切だと思うのです。その存在に感謝し、受け取る以上に与える意識が大切なのです。バーやカフェでは、そこを居場所としている常連客には暗黙のマナーがあります。混んできたら率先して席を譲り、スタッフの手が足りなければオーダーを取ったり、片づけをしたり、自ら進んで、その店の成長や発展に尽力するんです。もちろん、時にはそのマスターに店のためを思って苦言を呈することも必要です。すなわち、一方的にそのサービスを享受するだけではないのです。せっかく見つけた居場所をより良いものにするために、自分の力を与えていくのです。そうして、お互いに磨きあい、成長していくことで、より思い入れが強くなり、そして、より安心できる居場所になるのです。居場所が欲しいと思うのは、あなた自身がまた成長し、大人としてより成熟するための欲求のことも指すのかもしれません。それは自分が主体となって探し、見つけ、関わり、与え、磨き、感謝し、共に成長していく場所なのです。だからこそ、あなたが主体的に関わりたいと思えるもの・・・すなわち、好きなもの、楽しいと感じられるもの、ワクワクするもの、でなければ意味がないのです。今日は会社でも家でもパートナーでも、あなたの居場所となるものに感謝の思いを改めて持ってみませんか?謙虚な気持ちで、その存在に感謝をささげたとき、心の奥から新たな愛情が沸き起こり、心が温かくなり、更にそれを大切にしたいと感じられることでしょう。
「どこにも居場所がないとき」の続編です。
居場所はあなたの心の中にある、と以前書かせていただきました。
好きなもの、好きな場所、心が喜び、楽しめる場所が、あなたの居場所になります。
それはあなたにとっては故郷のようなもので、そこに帰ればホッとして、安心し、そして、安らかな気分に満たされます。
でも、それは誰かから与えられるもの、と私達は誤解しているのかもしれません。パートナーや仕事、友人関係、趣味・・・。確かにこれらの要素は私達の心を満たし、成長させ、そして、時に居場所を提供してくれるものでありますが、でも、それがいつまでも続くという保証はどこにもないということを忘れてはいけません。ここが居場所だと思った瞬間に、私達は怠惰になり、甘え、そして、せっかく得た素晴らしい場所を自ら壊してしまう事があります。「何とかなる」とか「今さえ良ければ」と意識的、無意識的に現実から目をそらしてしまうこともあります。実は私達の心の中には、破壊願望という欲求が脈々と流れています。それが自分に向ければ、自己破壊的な態度となり、他者に向かえば暴力的な行動となります。実際にそうして表に出なくても、心の中で他者や自分を批判し、攻撃することは、ごくごく日常的な出来事だと思うのです。その思い(それは心の痛みが原因なのです)が、せっかく得た居場所を壊してしまうことがとてもよくあるのです。だから、居場所は受け取るだけでなく、常に磨き続けることが大切だと思うのです。その存在に感謝し、受け取る以上に与える意識が大切なのです。バーやカフェでは、そこを居場所としている常連客には暗黙のマナーがあります。混んできたら率先して席を譲り、スタッフの手が足りなければオーダーを取ったり、片づけをしたり、自ら進んで、その店の成長や発展に尽力するんです。もちろん、時にはそのマスターに店のためを思って苦言を呈することも必要です。すなわち、一方的にそのサービスを享受するだけではないのです。せっかく見つけた居場所をより良いものにするために、自分の力を与えていくのです。そうして、お互いに磨きあい、成長していくことで、より思い入れが強くなり、そして、より安心できる居場所になるのです。居場所が欲しいと思うのは、あなた自身がまた成長し、大人としてより成熟するための欲求のことも指すのかもしれません。それは自分が主体となって探し、見つけ、関わり、与え、磨き、感謝し、共に成長していく場所なのです。だからこそ、あなたが主体的に関わりたいと思えるもの・・・すなわち、好きなもの、楽しいと感じられるもの、ワクワクするもの、でなければ意味がないのです。今日は会社でも家でもパートナーでも、あなたの居場所となるものに感謝の思いを改めて持ってみませんか?謙虚な気持ちで、その存在に感謝をささげたとき、心の奥から新たな愛情が沸き起こり、心が温かくなり、更にそれを大切にしたいと感じられることでしょう。
<リクエスト>
こんばんは、いつも楽しく拝見しています。
質問なのですが私が関わるとなぜかいつも重たい恋愛になり鬱陶しがられて振られてしまいます。周りは喧嘩したりワガママ言ったりぶつかり合いをしても仲直りしてうまくやってるのに、私は少しのワガママで破局するのが悔しくてなりません。そんなに私って難しいのかなぁ、魅力ないのかなぁって不安になり幸せな恋愛が出来ると思えません。なぜなのか良ければ教えて下さい
(マシュマロさん)
<根本からの回答>我慢したり、溜め込んだりしがちではありませんか?“重たい恋愛”ってどのようなものを指すのでしょうね。私がカウンセリングなどを通じて収集した(?)情報によりますと、一言で言うならば「依存的」なのかな???という気もします。心理テストを作ってみましょうか???【Yes/Noで答えてください】・彼ができるといっぱい期待して、裏切られることが多い。・彼氏には言いたいことが言えずに、つい飲み込んでしまう。・傷つくことが怖く、彼の顔色を伺ってしまう。・自分に自信がない。(女としての魅力がないと思ってる)・彼に嫌われないように振舞うことが多い。・彼に「あれして欲しい」「これして欲しい」とねだってしまう・彼が思い通りに動いてくれないと怒ってしまう・もともと我慢しぃな性格である。・恋愛すると人が変わる、と友達に言われる。・好きになると一途である。ほんとうにサクッと作ったので(制作時間3分)、ひねりも遊びもありませんが、この10個のケースのうち、1つでも当てはまるものがあれば、「重たい恋愛」をする確率があります。そして、5つ以上では、かなりの確率で「重たい女」になってしまうと思われます。それは感情を心の内側に溜め込んでいる時間と量に関係があります。例えば、「最近忙しいのか彼がなかなか連絡をくれなくて寂しい」という状況があったとします。それを重たくない女リカコさんは気付いて数秒の間に次のようにメールを書きます。「リカコ、寂しいな~。そんなにあたしと会うの、いやなのかな~?なーんて、忙しいだけだよね。ごめん。あたし、寂しがりやだから、すぐに会いたくなっちゃうの。ごめんね。でも、たまにはリカコのこと思い出して、メールでもしてね!じゃ、お仕事頑張ってください!応援してるよ!!」それを重たい女ヒロユキコは、じっくり心の中で熟成させてしまうんです。「こんなこと言ったら彼、どう思うかな?ヒロユキコのこと、嫌いとか、重たいとか思うかな?やっぱり、ここは大人の女を演出して、そんなことはおくびにも出さずに余裕で待っててあげようかな。今週の占いにも、焦らずじっくり行きましょう、って書いてあったし。あたし、いつも暴走して失敗しちゃうから、今はがまん、がまん。きっと彼は本当にお仕事が大変なんだから、信頼してあげなきゃダメよね。うん。そうしよう・・・。よし、大人になるぞ。でも、もしかして、他に好きな人ができたりしたら・・・。あたし、もうほんと嫉妬で狂っちゃいそう。え?もし、ここで、連絡しなくて他の女に取られるなんてだけは本当にイヤ。そう思えば、2週間前のデートの時、ちょっと様子がおかしかった。うん。何か携帯をずっと気にしてたわ。あ、そう、そうよ。きっと他の女からの連絡があったんだわ。ヤバイ、ヤバイ、どうしよう。え?でも、どう書いたらいいんだろう?下手に書いたら何か勝手に疑ってるみたいで困るし、でも、寂しいし。えっと、今週の心理学講座になんて書いてあったかな?うーん、分からないよー。リカコに相談してみようかな。でも、この前ちょっとケンカして気まずくなっちゃってるしな。うーん、どうしよう。でも、とりあえず、寂しいってメール打っておこう。気持ちはやっぱり伝えなきゃね。しかも、シンプルな方がいいんだよね。よし、分かった。」と考えた挙句、「最近、連絡くれないんだけどどうしてなの?」というメールを送ります。さあ、ちょっと想像してみましょう。受け取った彼はどう思うでしょう?たぶん、ヒロユキコさんからもらったメールには、即引きです。文章はシンプルですが、その背景にある思いがぎゅっと濃縮されてしまうからなのです。「本当にそんなのが伝わるの?」というところですが、例えば、メールを書く場合には、自分の気持ちだけでなく、相手への配慮というのが当たり前に必要ですよね。やり取りをしてるならともかく、いきなり飛んできたメールに自分の一方的な思いしか書いていなければ普通は引いてしまうものです。きっと「うわー、なんか、怒ってるんちゃうかなあ・・・」と思われるくらいでしょう。これは例え話。マシュマロさんが同じ事をされているとは思いませんが、要するに、一つ一つの行動にかける時間、その間に溜め込む思いが肝心なんですね。例えば、愛されてる自信があったり、自分なりにベストを尽くしてる自己承認があれば、彼に対して言いづらいことでも、思い切ってふーっと息を吐いて伝えることができます。お互いの関係が対等であれば、彼はその言葉に耳を傾け、誠実な答えを返してくれるでしょう。でも、私が依存側の、いわゆる彼を見上げる立場であれば、一つ一つの思いをじっくり溜め込み、かみ締め、味わって、それから言いだすので、その言葉に込められた思いが「重い」になってしまうのです。だから、同じ言葉を発していても、聞こえ方が全然違うんですね。ただ、そういう風になってしまうにも色んな原因というか背景があるんです。育った環境やお父さん・お母さんとの関係、思春期の頃の男子との関係、今までの恋愛遍歴など、そうした要因が重なって起きているので、一概には言えないんですね。マシュマロさんが書いて下さったご質問の文体を見ると、そんなに重たいことをするような印象はないので、もしかすると、恋愛になると人が変ってしまうところもあるのかもしれないですね。私としては、その辺の「なぜ?」をもう少し突っ込んでお聞きしてみたいものです。それと、もし重たい恋愛をしたり、気を使い、自信がもてないとすると、ちょっと恋愛に疲れていたり、諦めや絶望も出てきたりしそうなんですよね。そうした心をほっこり癒してあげることも大切なこと。カウンセリングやセラピーなどを使ってみて、心を整理して、すっきりさせるのも一つの手ですよ。そして、自分を認め、許し、魅力を磨き、自分を成長させていくことで、もっと自信を持つことができます。そうすると、「なんだ、あたしっていい女じゃん」ということに気づけ、もっと前向きに恋愛が楽しめるようになるんじゃないかな・・・そしたら、思い切りケンカもできるんじゃないかな、と思うんです。ま、思い切り、遠慮なくケンカできるカップルというのは私も理想とするところなんです。=お勧め!エクササイズ=【パートナーがいらっしゃる方へ】「私の○○なところを愛してくれてありがとう!」と伝えてみる。受け取る実習、表現する実習、感謝する実習。愛されてることを受け取るのは、英語並みに必修科目。【パートナーがいらっしゃらない方へ】メールを添削してみる。携帯の送信済みフォルダを開き、一つ一つのメールをチェックしてみる。重たくないか?素直にいえてるか?繕ってないか?かっこつけてないか?できれば、親友と添削ごっこをしてみると、さらに勉強になります。
こんばんは、いつも楽しく拝見しています。
質問なのですが私が関わるとなぜかいつも重たい恋愛になり鬱陶しがられて振られてしまいます。周りは喧嘩したりワガママ言ったりぶつかり合いをしても仲直りしてうまくやってるのに、私は少しのワガママで破局するのが悔しくてなりません。そんなに私って難しいのかなぁ、魅力ないのかなぁって不安になり幸せな恋愛が出来ると思えません。なぜなのか良ければ教えて下さい
(マシュマロさん)
<根本からの回答>我慢したり、溜め込んだりしがちではありませんか?“重たい恋愛”ってどのようなものを指すのでしょうね。私がカウンセリングなどを通じて収集した(?)情報によりますと、一言で言うならば「依存的」なのかな???という気もします。心理テストを作ってみましょうか???【Yes/Noで答えてください】・彼ができるといっぱい期待して、裏切られることが多い。・彼氏には言いたいことが言えずに、つい飲み込んでしまう。・傷つくことが怖く、彼の顔色を伺ってしまう。・自分に自信がない。(女としての魅力がないと思ってる)・彼に嫌われないように振舞うことが多い。・彼に「あれして欲しい」「これして欲しい」とねだってしまう・彼が思い通りに動いてくれないと怒ってしまう・もともと我慢しぃな性格である。・恋愛すると人が変わる、と友達に言われる。・好きになると一途である。ほんとうにサクッと作ったので(制作時間3分)、ひねりも遊びもありませんが、この10個のケースのうち、1つでも当てはまるものがあれば、「重たい恋愛」をする確率があります。そして、5つ以上では、かなりの確率で「重たい女」になってしまうと思われます。それは感情を心の内側に溜め込んでいる時間と量に関係があります。例えば、「最近忙しいのか彼がなかなか連絡をくれなくて寂しい」という状況があったとします。それを重たくない女リカコさんは気付いて数秒の間に次のようにメールを書きます。「リカコ、寂しいな~。そんなにあたしと会うの、いやなのかな~?なーんて、忙しいだけだよね。ごめん。あたし、寂しがりやだから、すぐに会いたくなっちゃうの。ごめんね。でも、たまにはリカコのこと思い出して、メールでもしてね!じゃ、お仕事頑張ってください!応援してるよ!!」それを重たい女ヒロユキコは、じっくり心の中で熟成させてしまうんです。「こんなこと言ったら彼、どう思うかな?ヒロユキコのこと、嫌いとか、重たいとか思うかな?やっぱり、ここは大人の女を演出して、そんなことはおくびにも出さずに余裕で待っててあげようかな。今週の占いにも、焦らずじっくり行きましょう、って書いてあったし。あたし、いつも暴走して失敗しちゃうから、今はがまん、がまん。きっと彼は本当にお仕事が大変なんだから、信頼してあげなきゃダメよね。うん。そうしよう・・・。よし、大人になるぞ。でも、もしかして、他に好きな人ができたりしたら・・・。あたし、もうほんと嫉妬で狂っちゃいそう。え?もし、ここで、連絡しなくて他の女に取られるなんてだけは本当にイヤ。そう思えば、2週間前のデートの時、ちょっと様子がおかしかった。うん。何か携帯をずっと気にしてたわ。あ、そう、そうよ。きっと他の女からの連絡があったんだわ。ヤバイ、ヤバイ、どうしよう。え?でも、どう書いたらいいんだろう?下手に書いたら何か勝手に疑ってるみたいで困るし、でも、寂しいし。えっと、今週の心理学講座になんて書いてあったかな?うーん、分からないよー。リカコに相談してみようかな。でも、この前ちょっとケンカして気まずくなっちゃってるしな。うーん、どうしよう。でも、とりあえず、寂しいってメール打っておこう。気持ちはやっぱり伝えなきゃね。しかも、シンプルな方がいいんだよね。よし、分かった。」と考えた挙句、「最近、連絡くれないんだけどどうしてなの?」というメールを送ります。さあ、ちょっと想像してみましょう。受け取った彼はどう思うでしょう?たぶん、ヒロユキコさんからもらったメールには、即引きです。文章はシンプルですが、その背景にある思いがぎゅっと濃縮されてしまうからなのです。「本当にそんなのが伝わるの?」というところですが、例えば、メールを書く場合には、自分の気持ちだけでなく、相手への配慮というのが当たり前に必要ですよね。やり取りをしてるならともかく、いきなり飛んできたメールに自分の一方的な思いしか書いていなければ普通は引いてしまうものです。きっと「うわー、なんか、怒ってるんちゃうかなあ・・・」と思われるくらいでしょう。これは例え話。マシュマロさんが同じ事をされているとは思いませんが、要するに、一つ一つの行動にかける時間、その間に溜め込む思いが肝心なんですね。例えば、愛されてる自信があったり、自分なりにベストを尽くしてる自己承認があれば、彼に対して言いづらいことでも、思い切ってふーっと息を吐いて伝えることができます。お互いの関係が対等であれば、彼はその言葉に耳を傾け、誠実な答えを返してくれるでしょう。でも、私が依存側の、いわゆる彼を見上げる立場であれば、一つ一つの思いをじっくり溜め込み、かみ締め、味わって、それから言いだすので、その言葉に込められた思いが「重い」になってしまうのです。だから、同じ言葉を発していても、聞こえ方が全然違うんですね。ただ、そういう風になってしまうにも色んな原因というか背景があるんです。育った環境やお父さん・お母さんとの関係、思春期の頃の男子との関係、今までの恋愛遍歴など、そうした要因が重なって起きているので、一概には言えないんですね。マシュマロさんが書いて下さったご質問の文体を見ると、そんなに重たいことをするような印象はないので、もしかすると、恋愛になると人が変ってしまうところもあるのかもしれないですね。私としては、その辺の「なぜ?」をもう少し突っ込んでお聞きしてみたいものです。それと、もし重たい恋愛をしたり、気を使い、自信がもてないとすると、ちょっと恋愛に疲れていたり、諦めや絶望も出てきたりしそうなんですよね。そうした心をほっこり癒してあげることも大切なこと。カウンセリングやセラピーなどを使ってみて、心を整理して、すっきりさせるのも一つの手ですよ。そして、自分を認め、許し、魅力を磨き、自分を成長させていくことで、もっと自信を持つことができます。そうすると、「なんだ、あたしっていい女じゃん」ということに気づけ、もっと前向きに恋愛が楽しめるようになるんじゃないかな・・・そしたら、思い切りケンカもできるんじゃないかな、と思うんです。ま、思い切り、遠慮なくケンカできるカップルというのは私も理想とするところなんです。=お勧め!エクササイズ=【パートナーがいらっしゃる方へ】「私の○○なところを愛してくれてありがとう!」と伝えてみる。受け取る実習、表現する実習、感謝する実習。愛されてることを受け取るのは、英語並みに必修科目。【パートナーがいらっしゃらない方へ】メールを添削してみる。携帯の送信済みフォルダを開き、一つ一つのメールをチェックしてみる。重たくないか?素直にいえてるか?繕ってないか?かっこつけてないか?できれば、親友と添削ごっこをしてみると、さらに勉強になります。
どの家庭でもそうだと思うが、我が家の朝も常に怒号が飛び交う戦場である。
その原因はまもなく4歳になろうというのに、ちっとも落ち着きがない娘であることは言うまでもない。(一説によれば4歳になるから落ち着きがない、とも言うらしい)
今朝はその娘が朝食後に洗面所に歯磨き並びに顔を洗いに行ったっきり、全然音沙汰がなくなってしまった。
幸い我が家はリビングから洗面所までは2メートル弱しか離れておらず、遭難する心配もなければ、迷子になる危険性もない。毎朝の定例行事であるが、そんな娘に「何してんの?早くしなさい。もうすぐバス行っちゃうよ。ママとパパで乗ってっちゃうよ」と妻は遠隔攻撃を仕掛けるのであるが、やはり音沙汰がないままである。徐々に妻の声が大きくなり、その声にトゲやら爆撃弾が込められるのをキッチンで珈琲を飲みながらボーっと聞いているのも何なので、捜索隊を編成して様子を見に行くことにした。やはり妻の怒り狂う姿は見るに忍びないのである。わずか2秒ほどで目標地点に到着すると、まもなく4歳になる娘は、彼女が愛用している踏み台の上に横向きに顔を載せ、テツガクシャのようなムズカシイ顔をして何やら思索をしている様子なのである。安否を気遣う隊長が「何してんの?どっか痛いん?」と声をかけると、「今ちょっと考え事、してんねん。パパはあっち行っといてよ」とつれない。「でも、もうすぐ幼稚園のバスが行ってしまうで」と言うと「でも、今ちょっと考え事してるんねん。」というので、「でも、それって顔じゃなくて、足を乗せる奴やで」と言うと、「そんなん分かってるやん」と突き放す幼児。「じゃあ、何考えてるの?」というと「何でもないやん。もう、あっちいっといてよ」と冷たい。強引に抱き上げて連れて行っても、ふにゃふにゃと再び洗面所に戻り、愛用の踏み台の上に顔を載せて難しい顔をしている。そうしている間もママの「早くしなさーい」という怒声は迫力を増していくが、さすがは歴戦のツワモノ。パパならとっくに音を上げ、その迫力に慄いているレベルでも、奴は平然と聞き流し、踏み台の上に顔を横たえたままである。そのうち、その遊びにも飽きたらしい頃、徐に動き出してご機嫌で着替えを始めた。いつしか、一人で服を着られるまでに成長したなあ、と思っていると、突然、また倒れ、「一人じゃ、着れない。パパ、着せて」と甘えてくるのである。ここで、「しょうがないなあ」と甘やかしてしまうのは父親失格であるが、幸い私はおじいちゃん1号2号も兼務している立場にあり、即座に役割をチェンジして服を着せてあげることとした。「ほぉほぉ、しょうがない奴じゃのぉー」とタイツを履かせ、シャツを着替えさせたりしていると、「もう、ほんとに甘いんだから」と嫁の声が耳に響く。(おじいちゃんモードだから、普段の妻は、今は嫁である)ちょっと、ちびまるこちゃんの友蔵さんと繋がってみた。ただ、結局、なんで踏み台に顔を乗せていたのかが分からないのも4歳児の特徴である。なぞの解明はまた明日の朝に持ち越されたようであるが、ただ、いないときも多いパパに甘えてご機嫌になっている娘を見るのは、ここだけの話、とても嬉しい。
その原因はまもなく4歳になろうというのに、ちっとも落ち着きがない娘であることは言うまでもない。(一説によれば4歳になるから落ち着きがない、とも言うらしい)
今朝はその娘が朝食後に洗面所に歯磨き並びに顔を洗いに行ったっきり、全然音沙汰がなくなってしまった。
幸い我が家はリビングから洗面所までは2メートル弱しか離れておらず、遭難する心配もなければ、迷子になる危険性もない。毎朝の定例行事であるが、そんな娘に「何してんの?早くしなさい。もうすぐバス行っちゃうよ。ママとパパで乗ってっちゃうよ」と妻は遠隔攻撃を仕掛けるのであるが、やはり音沙汰がないままである。徐々に妻の声が大きくなり、その声にトゲやら爆撃弾が込められるのをキッチンで珈琲を飲みながらボーっと聞いているのも何なので、捜索隊を編成して様子を見に行くことにした。やはり妻の怒り狂う姿は見るに忍びないのである。わずか2秒ほどで目標地点に到着すると、まもなく4歳になる娘は、彼女が愛用している踏み台の上に横向きに顔を載せ、テツガクシャのようなムズカシイ顔をして何やら思索をしている様子なのである。安否を気遣う隊長が「何してんの?どっか痛いん?」と声をかけると、「今ちょっと考え事、してんねん。パパはあっち行っといてよ」とつれない。「でも、もうすぐ幼稚園のバスが行ってしまうで」と言うと「でも、今ちょっと考え事してるんねん。」というので、「でも、それって顔じゃなくて、足を乗せる奴やで」と言うと、「そんなん分かってるやん」と突き放す幼児。「じゃあ、何考えてるの?」というと「何でもないやん。もう、あっちいっといてよ」と冷たい。強引に抱き上げて連れて行っても、ふにゃふにゃと再び洗面所に戻り、愛用の踏み台の上に顔を載せて難しい顔をしている。そうしている間もママの「早くしなさーい」という怒声は迫力を増していくが、さすがは歴戦のツワモノ。パパならとっくに音を上げ、その迫力に慄いているレベルでも、奴は平然と聞き流し、踏み台の上に顔を横たえたままである。そのうち、その遊びにも飽きたらしい頃、徐に動き出してご機嫌で着替えを始めた。いつしか、一人で服を着られるまでに成長したなあ、と思っていると、突然、また倒れ、「一人じゃ、着れない。パパ、着せて」と甘えてくるのである。ここで、「しょうがないなあ」と甘やかしてしまうのは父親失格であるが、幸い私はおじいちゃん1号2号も兼務している立場にあり、即座に役割をチェンジして服を着せてあげることとした。「ほぉほぉ、しょうがない奴じゃのぉー」とタイツを履かせ、シャツを着替えさせたりしていると、「もう、ほんとに甘いんだから」と嫁の声が耳に響く。(おじいちゃんモードだから、普段の妻は、今は嫁である)ちょっと、ちびまるこちゃんの友蔵さんと繋がってみた。ただ、結局、なんで踏み台に顔を乗せていたのかが分からないのも4歳児の特徴である。なぞの解明はまた明日の朝に持ち越されたようであるが、ただ、いないときも多いパパに甘えてご機嫌になっている娘を見るのは、ここだけの話、とても嬉しい。
昔ながらの住宅街の一角に現れる、正真正銘の古民家カフェ。古“民家”と呼ぶにはどうか?というくらいの立派な建物で、築200年は経っているそうだ。
ここを潰すのがもったいないとカフェ&ギャラリーとしてリフォームしたオーナーのセンスは抜群だと思う。祖先は間違いなく地主もしくは豪農だったはずだ。
梁となっている木も、今では数十万~数百万もしそうな立派なもので、建物を見ているだけでも、すごく気持ちが良くなってしまう。そんな建物の中身はモダンな感じだけれども、でも、木の温かみもあり、歴史の重みもあり、気がつけば数時間は過ごせてしまいそうな落ち着きを感じさせてくれる。
窓からは庭も見渡せ、天井は高く、間接照明が心地よく、ふーっと息を付くには最適な場所に思えてくる。非常に分かりにくい場所なのに道理で、予約で席が大方埋まるはずである。そして、ランチはパスタを中心としたカフェご飯。この古民家に漂うガーリックの匂いが不思議なコントラストを描いてくれて、異次元の感覚を覚えさせてくれる。この感覚・・・どこかで・・・と思っていたら、妻が「ここ、まだま村みたいな感じがする」と。なるほど・・・。あちらは縄文、こちらは江戸と時代はだいぶ離れているけれど、醸し出している空気は何か共通するものがあるのかもしれない。食事を終え、丁寧に淹れられた珈琲を飲んでいると、このまま本を広げて読みふけってみたい気分に駆られてしまう。ちょっと遠いが、きっとまた訪れてしまうに違いない。1DAYワークショップはいつものワークショップよりも早く、朝10時にスタートします。
もちろん、10時ぴったりに始まることはなく、すでに来られた方が緊張した面持ちで着席されていたり、すでに常連と思しき面々が旧交を温めていたり、そんな様子を、ちょっとドキドキしながら眺めています。
そして、そろそろかな?と思ったとき、皆さんの前に出て行って、まずは、心をほぐすためのレクチャーを始めます。
その内容は、大方、その場で、決めることにしています。
皆さんの表情を見ながら、すごく怖れが強いな、不安がってるのかな?と感じたら、怖れに関するレクチャーを始めます。「大丈夫ですよ、そのままでいてくださいね。新しいものに飛び込むとき、しかも、それが何なのか分からないとき、私達はこの怖れを強く感じるんです。だから、怖れを感じている皆さんは新しいプロセスに足を踏み入れたって証なんです。そもそも、不安や怖れというのは私達にとってはとてもプリミティブ(原初的)な感情で、お母さんのお腹の中から生まれ出る時から感じ始めている感情と言われています。・・・」皆さんを見回したときに、きちんと知りたい、学びたい、という気持ちが強い方が多いかな?と感じたときはこんな風に切り出すでしょう。あるいは、そうではなく、心の痛みか何かから、とかく感情的な怖れが出ているな、と感じたら、「今、皆さん、すごく怖いでしょう?怖いときって、自分ひとりだけが・・・って感じやすいものなんです。今正直怖いなあ・・・って感じてる方、ちょっと手を上げてみてくれますか?で、そのまま左右を見回してみてください。ほら、みんな怖いんです。だからというわけではないんですが、そのまま、怖いままでいてみてください。怖いよう、怖いよう、とただ、そう思っていてください。それを何とかしようとしなくてもいいんです。感情ってそうして感じているだけでいいんです。でも、一つだけ明るいニュースがあるとすれば、少なくても怖いと感じてらっしゃる方は自分からは逃げてないんですよ。」なんて話をするでしょう。(もちろん、ここに書いたのは今の私の言葉です)そして、話をしているうちに、自己嫌悪が強いなあ、自分を責めてる方がいっぱいいるなあ、と感じたら、「何に対しても、風が吹いても、桶屋が喜んでも、自己嫌悪する人って『すいません。私が悪いんです』という生き方をしてしまうんです。でも、それはね、他人のことを考えてる、いい人だけ、優しい人だけが思うことなんです。あ、でも、今『私はそんなん違うもん』って思ったでしょう?そう、そう感じるものなんです。だって『私ってすごくいい人じゃん!』って言う人はちょっと嫌味でしょう?だから、なかなかそうは思えないんです。でも、そこまでは思えなくてもいいので、ちょっとだけでも『私ってそんなに悪いひとじゃないかもしれない』って思ってみてください。そうすると、少しだけ心が許されて、心が軽くなるかもしれません。でも、その3秒後にやっぱり『私が悪いんです』となりますけど(笑)自己嫌悪ってね、それは凄く辛いことなんだけど、悪いことではないんですよ。実はとても大切なものなんです。ただ、程度の問題で・・・」なんて風に話をするかもしれません。大抵、立ち上がりのレクチャーでは、数分に1度の割合でギャグを繰り出すのですが、今の時期の受験生には聞かせられないくらい見事に滑ることが多いです。まだまだ、この辺は修行中というか、似非関西人の悲しいところなのですが、そんな中でもくすっとか、にこっととか笑ってくれると凄く私としては救われるんです。それで、寒いギャグを飛ばしたり、熱いシモネタで皆さんを引かせたりしながら、徐々にその表情が温まっていくのを感じて、その日の流れを決めていくんです。時に受講生の皆さんに質問したりしつつ、また、色んな話をしながら当たり(反応)を見たりしながら、ああ、今日は大体こんな感じのテーマなんだな、というのが決まっていくんですね。例えば、レクチャーをしていると、同じ自己嫌悪でも、無価値感系にはあまり反応がないのに、罪悪感系の話をすると、皆さんがうんうんと頷いてくださったりするんですね。そしたら、罪悪感にも色々あるので、自分が何かしちゃったな、という感覚や、逆にすべきことをしなかった、という感覚についての話をしていくんです。もちろん、みんなが頷くわけではなく、無価値感の話でも多少反応があれば、罪悪感のレクチャーをしつつも、時折無価値感の話を織り交ぜます。そうして、ああ、今日はなんだか『何もできない自分を許し、ベストを尽くして誰かを愛する日』にすると、すごく効果があるんじゃないかな?と考えていくんです。ちょっと種明かしを進めると、罪悪感というのは与えたい人が感じるネガティブな感情です。だから、本来与えられるのに、それができなかった・・・と責めてるのが、ここでの罪悪感なんです。だから、本来自分が与えたいように、与えられる範囲で、相手にために与えてみよう・・・という風に目標を定めることができるんです。それをきれいに言い換えると、「ベストを尽くして誰かを愛しましょう」となるんですね。で、そう言う風に話を進めていくと、皆さんの食いつきというか、反応がとても良くなっていくんです。そうして「ああ、このテーマでいいんだな」と思えば、その後の実習のテーマにそれを据えていくんです。で、グループワークとしては「愛してる人にきちんと愛情を伝えよう」というセッションを考えたりするんですね。ここまでの流れがきちんとしていればいるほど、このグループワークは心にヒットし、深い癒しを作るきっかけを与えてくれます。自然と心が開き、愛が溢れ、そして、感謝の気持ちも湧き上がってくるかもしれません。もちろん、こんなきれいに進むわけではありませんが、常にトレーナーとしては「どうなん?どうなん?」と冷や汗をかきながら、でも、その状況を楽しみながら、この次に進む道を見極めていくんですね。こんな風にグループセラピー『1DAYワークショップ』は作られていくんです。だから、毎回テーマが変われば、アプローチする角度も変わっていくわけです。通常の心理学ワークショップと違ってテーマを定めないのは、こうして集まった皆さんによって内容を変え、参加してくださった一人ひとりの皆さんにフィットしたセラピーを作っていくためなのです。そして、1DAYワークショップでは、「個人セッション」といって、希望して手を挙げてくださった方の個人的な問題を扱う時間を作ります。それは普通のカウンセリングのように進んでいくのですが、ここで「私には関係のない他人事の話だわ」なんて思っていると要注意。男性の受講生が話をしてくれてるのを何気なく聞いていたら、それがそのまま「あ、うちの彼氏と同じようなこと言ってる」って思えたり、あるいは「この人は男性だけど、何かあたしと凄く気持ちが近いところがある」って気付けたり、油断がなりません。自分はそこに座って、その人がカウンセリングやセラピーで癒されていく場面を見ているだけなのに、なぜか、共鳴し、共感し、胸に熱いものがこみ上げることも少なくないはず。実は、これがグループワークの最大の特徴で、自分自身が頑張らなくても、他の人の意見や話を聞いていたり、その人の心が癒されている現場に立ち会うことで、まるで、映画や舞台を見たときのような、あるいは、それ以上の臨場感で自分の心も癒されていくのです。だから、ずっと一日座って話を聞いていただけで、グループワーク以外は特に何かしたわけではないんだけど、不思議と心がすっきりして、癒された・・・と言う声をよくお聞きするのです。もちろん、積極的に参加される方は個人セッションも受けられるし、みんなのサポートを直接受けられるし、それ相応のギフトを受け取っていらっしゃいます。そんな個人セッションはまったく同じ人生を歩んでいる人がいないように、毎回違ったプロセスになりますから、これもまた以前とまったく同じということはないんです。1DAYワークショップの中で、特に最後の方に、私はよく、こんな話をさせて頂くんです。「今回、ここに集まってくれた、このメンバーでセミナーをするのはおそらく一生で一度のことです。同じような顔ぶれのときはあったとしても、まったく同じということはきっとあり得ないでしょう。だから、ここで繰り広げられる一つ一つの実習、一つ一つのセッション、プロセスもまた二度とないものであり、だから、ここで作られる雰囲気は、皆さんだけが知っている今回限りの空気なのです。それゆえに、とても大切なものなんだと感じ、すごく感謝の気持ちが沸いてきて、今を大切にしようと、また思いなおすことができるのです。」こんな風に、こんな思いでセミナーを作らせて頂いています。・・・けっこうマジメに書いてきましたが、意外なほどに笑いもあります。(今更書いても説得力ないか(笑))そんな1DAYワークショップにいらっしゃいませんか?私は3月に名古屋、東京で開催させて頂きます。【名古屋1DAYワークショップ】日時:3/8(土)10:00-20:00場所:金山・名古屋都市センター料金:\21,000-ゲスト:池尾昌紀、木村祥典お申込はこちらのフォームから。【東京1DAYワークショップ】日時:3/16(日)10:00-20:00場所:五反田・ゆうぽうと料金:\21,000-ゲスト:赤松わこ,阿部純也,近藤あきとし,斉藤亜紀,田島隆男,土肥幸司,渡辺晴美お申込はこちらのフォームから。なお、大阪では3/9(日)に原裕輝が江坂にて1DAYワークショップを開催します。
もちろん、10時ぴったりに始まることはなく、すでに来られた方が緊張した面持ちで着席されていたり、すでに常連と思しき面々が旧交を温めていたり、そんな様子を、ちょっとドキドキしながら眺めています。
そして、そろそろかな?と思ったとき、皆さんの前に出て行って、まずは、心をほぐすためのレクチャーを始めます。
その内容は、大方、その場で、決めることにしています。
皆さんの表情を見ながら、すごく怖れが強いな、不安がってるのかな?と感じたら、怖れに関するレクチャーを始めます。「大丈夫ですよ、そのままでいてくださいね。新しいものに飛び込むとき、しかも、それが何なのか分からないとき、私達はこの怖れを強く感じるんです。だから、怖れを感じている皆さんは新しいプロセスに足を踏み入れたって証なんです。そもそも、不安や怖れというのは私達にとってはとてもプリミティブ(原初的)な感情で、お母さんのお腹の中から生まれ出る時から感じ始めている感情と言われています。・・・」皆さんを見回したときに、きちんと知りたい、学びたい、という気持ちが強い方が多いかな?と感じたときはこんな風に切り出すでしょう。あるいは、そうではなく、心の痛みか何かから、とかく感情的な怖れが出ているな、と感じたら、「今、皆さん、すごく怖いでしょう?怖いときって、自分ひとりだけが・・・って感じやすいものなんです。今正直怖いなあ・・・って感じてる方、ちょっと手を上げてみてくれますか?で、そのまま左右を見回してみてください。ほら、みんな怖いんです。だからというわけではないんですが、そのまま、怖いままでいてみてください。怖いよう、怖いよう、とただ、そう思っていてください。それを何とかしようとしなくてもいいんです。感情ってそうして感じているだけでいいんです。でも、一つだけ明るいニュースがあるとすれば、少なくても怖いと感じてらっしゃる方は自分からは逃げてないんですよ。」なんて話をするでしょう。(もちろん、ここに書いたのは今の私の言葉です)そして、話をしているうちに、自己嫌悪が強いなあ、自分を責めてる方がいっぱいいるなあ、と感じたら、「何に対しても、風が吹いても、桶屋が喜んでも、自己嫌悪する人って『すいません。私が悪いんです』という生き方をしてしまうんです。でも、それはね、他人のことを考えてる、いい人だけ、優しい人だけが思うことなんです。あ、でも、今『私はそんなん違うもん』って思ったでしょう?そう、そう感じるものなんです。だって『私ってすごくいい人じゃん!』って言う人はちょっと嫌味でしょう?だから、なかなかそうは思えないんです。でも、そこまでは思えなくてもいいので、ちょっとだけでも『私ってそんなに悪いひとじゃないかもしれない』って思ってみてください。そうすると、少しだけ心が許されて、心が軽くなるかもしれません。でも、その3秒後にやっぱり『私が悪いんです』となりますけど(笑)自己嫌悪ってね、それは凄く辛いことなんだけど、悪いことではないんですよ。実はとても大切なものなんです。ただ、程度の問題で・・・」なんて風に話をするかもしれません。大抵、立ち上がりのレクチャーでは、数分に1度の割合でギャグを繰り出すのですが、今の時期の受験生には聞かせられないくらい見事に滑ることが多いです。まだまだ、この辺は修行中というか、似非関西人の悲しいところなのですが、そんな中でもくすっとか、にこっととか笑ってくれると凄く私としては救われるんです。それで、寒いギャグを飛ばしたり、熱いシモネタで皆さんを引かせたりしながら、徐々にその表情が温まっていくのを感じて、その日の流れを決めていくんです。時に受講生の皆さんに質問したりしつつ、また、色んな話をしながら当たり(反応)を見たりしながら、ああ、今日は大体こんな感じのテーマなんだな、というのが決まっていくんですね。例えば、レクチャーをしていると、同じ自己嫌悪でも、無価値感系にはあまり反応がないのに、罪悪感系の話をすると、皆さんがうんうんと頷いてくださったりするんですね。そしたら、罪悪感にも色々あるので、自分が何かしちゃったな、という感覚や、逆にすべきことをしなかった、という感覚についての話をしていくんです。もちろん、みんなが頷くわけではなく、無価値感の話でも多少反応があれば、罪悪感のレクチャーをしつつも、時折無価値感の話を織り交ぜます。そうして、ああ、今日はなんだか『何もできない自分を許し、ベストを尽くして誰かを愛する日』にすると、すごく効果があるんじゃないかな?と考えていくんです。ちょっと種明かしを進めると、罪悪感というのは与えたい人が感じるネガティブな感情です。だから、本来与えられるのに、それができなかった・・・と責めてるのが、ここでの罪悪感なんです。だから、本来自分が与えたいように、与えられる範囲で、相手にために与えてみよう・・・という風に目標を定めることができるんです。それをきれいに言い換えると、「ベストを尽くして誰かを愛しましょう」となるんですね。で、そう言う風に話を進めていくと、皆さんの食いつきというか、反応がとても良くなっていくんです。そうして「ああ、このテーマでいいんだな」と思えば、その後の実習のテーマにそれを据えていくんです。で、グループワークとしては「愛してる人にきちんと愛情を伝えよう」というセッションを考えたりするんですね。ここまでの流れがきちんとしていればいるほど、このグループワークは心にヒットし、深い癒しを作るきっかけを与えてくれます。自然と心が開き、愛が溢れ、そして、感謝の気持ちも湧き上がってくるかもしれません。もちろん、こんなきれいに進むわけではありませんが、常にトレーナーとしては「どうなん?どうなん?」と冷や汗をかきながら、でも、その状況を楽しみながら、この次に進む道を見極めていくんですね。こんな風にグループセラピー『1DAYワークショップ』は作られていくんです。だから、毎回テーマが変われば、アプローチする角度も変わっていくわけです。通常の心理学ワークショップと違ってテーマを定めないのは、こうして集まった皆さんによって内容を変え、参加してくださった一人ひとりの皆さんにフィットしたセラピーを作っていくためなのです。そして、1DAYワークショップでは、「個人セッション」といって、希望して手を挙げてくださった方の個人的な問題を扱う時間を作ります。それは普通のカウンセリングのように進んでいくのですが、ここで「私には関係のない他人事の話だわ」なんて思っていると要注意。男性の受講生が話をしてくれてるのを何気なく聞いていたら、それがそのまま「あ、うちの彼氏と同じようなこと言ってる」って思えたり、あるいは「この人は男性だけど、何かあたしと凄く気持ちが近いところがある」って気付けたり、油断がなりません。自分はそこに座って、その人がカウンセリングやセラピーで癒されていく場面を見ているだけなのに、なぜか、共鳴し、共感し、胸に熱いものがこみ上げることも少なくないはず。実は、これがグループワークの最大の特徴で、自分自身が頑張らなくても、他の人の意見や話を聞いていたり、その人の心が癒されている現場に立ち会うことで、まるで、映画や舞台を見たときのような、あるいは、それ以上の臨場感で自分の心も癒されていくのです。だから、ずっと一日座って話を聞いていただけで、グループワーク以外は特に何かしたわけではないんだけど、不思議と心がすっきりして、癒された・・・と言う声をよくお聞きするのです。もちろん、積極的に参加される方は個人セッションも受けられるし、みんなのサポートを直接受けられるし、それ相応のギフトを受け取っていらっしゃいます。そんな個人セッションはまったく同じ人生を歩んでいる人がいないように、毎回違ったプロセスになりますから、これもまた以前とまったく同じということはないんです。1DAYワークショップの中で、特に最後の方に、私はよく、こんな話をさせて頂くんです。「今回、ここに集まってくれた、このメンバーでセミナーをするのはおそらく一生で一度のことです。同じような顔ぶれのときはあったとしても、まったく同じということはきっとあり得ないでしょう。だから、ここで繰り広げられる一つ一つの実習、一つ一つのセッション、プロセスもまた二度とないものであり、だから、ここで作られる雰囲気は、皆さんだけが知っている今回限りの空気なのです。それゆえに、とても大切なものなんだと感じ、すごく感謝の気持ちが沸いてきて、今を大切にしようと、また思いなおすことができるのです。」こんな風に、こんな思いでセミナーを作らせて頂いています。・・・けっこうマジメに書いてきましたが、意外なほどに笑いもあります。(今更書いても説得力ないか(笑))そんな1DAYワークショップにいらっしゃいませんか?私は3月に名古屋、東京で開催させて頂きます。【名古屋1DAYワークショップ】日時:3/8(土)10:00-20:00場所:金山・名古屋都市センター料金:\21,000-ゲスト:池尾昌紀、木村祥典お申込はこちらのフォームから。【東京1DAYワークショップ】日時:3/16(日)10:00-20:00場所:五反田・ゆうぽうと料金:\21,000-ゲスト:赤松わこ,阿部純也,近藤あきとし,斉藤亜紀,田島隆男,土肥幸司,渡辺晴美お申込はこちらのフォームから。なお、大阪では3/9(日)に原裕輝が江坂にて1DAYワークショップを開催します。
1DAYワークってどんなことするの?実際はどんな様子なの?
そんな皆様の不安に答えるべく、実際に参加された方のご意見を紹介させて頂きます。
そのほかの関連記事とあわせまして、こんな雰囲気・・・こんなことやるんだ・・・という実感を掴み取ってください!
・参加した理由、目的
・参加してみた感想
・根本へのメッセージ
など、頂いた文章を、原則そのままで掲載させて頂いております。(一部、個人名やプライバシーに関わる部分のみ編集させていただいています)
1DAYってこんな雰囲気、こんな感じ、というのを掴んで頂ければ幸いです。
※そのほかの関連記事※
1DAYワークショップに来てみませんか?(1)~1DAYワークって何するの?~
1DAYワークショップに来てみませんか?(2)~安心して参加いただくために~
1DAYワークショップに来てみませんか?(3)~ワークショップは楽しくて、面白くて、ためになる?~
1DAYワークショップに来てみませんか?(4)~自分自身をバージョンアップさせませんか?~
1DAYワークショップに来てみませんか?~参加された皆様からのメッセージ集~
そんな皆様の不安に答えるべく、実際に参加された方のご意見を紹介させて頂きます。
そのほかの関連記事とあわせまして、こんな雰囲気・・・こんなことやるんだ・・・という実感を掴み取ってください!
・参加した理由、目的
・参加してみた感想
・根本へのメッセージ
など、頂いた文章を、原則そのままで掲載させて頂いております。(一部、個人名やプライバシーに関わる部分のみ編集させていただいています)
1DAYってこんな雰囲気、こんな感じ、というのを掴んで頂ければ幸いです。
※そのほかの関連記事※
1DAYワークショップに来てみませんか?(1)~1DAYワークって何するの?~
1DAYワークショップに来てみませんか?(2)~安心して参加いただくために~
1DAYワークショップに来てみませんか?(3)~ワークショップは楽しくて、面白くて、ためになる?~
1DAYワークショップに来てみませんか?(4)~自分自身をバージョンアップさせませんか?~
1DAYワークショップに来てみませんか?~参加された皆様からのメッセージ集~
それと、実はここからが今日メールをお送りした目的なのですが、先日の1DAYワークショップについて、当日に感じたことのみでその後しばらくの変化についてはお話できなかったので、一応お伝えしておきます。まぁ、既に根本さんはお見通しだろうと思いますが(笑)○翌日~一週間後まで1DAYの翌日、会社に出勤して真っ先に感じたことは、人と自分の間にある壁が薄くなった、ということでした。同時に、私自身の感情を以前よりはっきり感じるようになりました。特に「痛み」や「怒り」が噴き出してくることが多かったです。人の言動から自分の「痛み」が噴き出て涙が出たり、相手の「痛み」を垣間見た途端に嫌悪感や攻撃性が出たり、非常に不安定な状態になりました。(ある程度覚悟していましたが、勤務中にごまかすのが大変でした。)○その後~年末にカウンセリングを受けるまで涙線の緩みは落ち着いたものの、ピリピリしている状態は続き、両親や上司と何度もぶつかりそうになりました(というか、何度かぶつかりました)。後輩に対してはあまり感じないのですが、自分より上位の人に対しては抵抗感が非常に強いです(甘えもあると思います)。・・・という状態で、やはり1DAY以降大きく変化していることを実感しています。しばらく様子を見て、行き詰ったらまたご相談させていただこうと思います。とにかくまずは、この前いただいた宿題(ハグするような気持で相手に接しましょう、という宿題)に集中しておきますね。意識的にやろうとすると難しくて四苦八苦してます(笑)(2007年12月 大阪 Oさん(女性))
高校・大学の頃から周囲との違和感があり、大学の時は、対人恐怖・社会に対しての恐怖(電話ができない)があり、自信が無い中で、就職活動(氷河期でとてもつらかったです)。人間不信・男性恐怖などいろんな不安をずっと引きずって今まで来ました。それを平気、平気でいるべきだと思う気持に助けられて、なんとか社会生活を続けてきました。(現実逃避できる趣味と大切な友人達がいたおかげです) 現在、やっと出来た恋愛でも、関係がこじれてしまって、別れても続けても後悔しそうな、180度違う考えが自分の中にあって苦しくてたまらなくて。でもそれは自分の中にも問題がある気がして他のカウンセリングも受けたし、心理学の本もいろいろ読んでみました。その中で過去に買っていた根本先生の本を読んで、いくつかの回答を得られたこともあり、HPから11月のセミナー(自信を育てる そして 自分らしくいる心理学~オープンさと自己愛と自己嫌悪の心理学~)に参加しました。そこでまた一つ、新たな視点を得られたため、今回のワークショップにも参加しようと思いました。自分の事を言うと長くなるので、発言をしませんでしたが、名乗り出られた方々の悩みは私の一部であり、苦しみは味わったことがあるものでした。個別のカウンセリングと違い、皆おなじなんだと思うことが、私の違和感をすこし薄めてくれたような気がします。 部屋が少し寒かったのと、長時間座っていてちょっと疲れてしまいましたが、参加してよかったと思います。 ワークショップでは、また新しい視点を得られて、少し解決した気がします。また参加できたらいいなと思います。(2007年12月 大阪 Nさん(女性))
思い切って行ったワークのおかげで、「怒る人への恐怖」・「早く仕事を進めないといけない」プレッシャーは、少し和らいだように感じます。例えるなら、肩が凝りすぎて首も回らないというガチガチの状態から多少やわらいで、首が回って周りが観られるようになったような…感じでしょうか。ありがとうございました。(2007年9月 名古屋・Iさん(女性))
根本先生、こんにちは(^^)昨日は、1day に、参加させていただき、ありがとうございました。セッションや、前回のワークショップでも経験した、浮遊感、例外なく、今回も出てきました。昨日は、午前中のグループワークで、幾分か壊れてしまい(笑)午後は、「これ以上泣けないだろうな」と思っていたのですが、大間違い(^^;)ああいった場では、緊張して動けないと思っていたのですが、気がついたら前に出て、できる限り与えたいと思う気持ちに素直になれました。私は、ずっと妊娠を希望しているのですが、今もそれには至っていません。そのおかげで昨日、参加できたのですが・・。でも、同じグループに安定期に入っている方がいて、「体調さえ安定していれば出れるんだ」と、まず、安心したことと、その方をはじめみんなに、「赤ちゃんはきっとできる」と、言ってもらえたことが、とても励みになりました。不妊のこと、最初はさらけ出すのに抵抗があったんです。「妊婦の方に気を遣わせてしまう」という、よけいな心配も出てきましたし。でも、言ってよかったです。また、一度言ってしまったら、次々と言葉が出てきましたし。午後の個人の問題を扱った場面では、同グループでもあった方の話が、私の状況に見事にあてはまっていて、途中から、「彼女は私だ」という気持ちで、セッションを見つめていました。一日のうちで、あんなにいろんな人と話せたのも、今回が初めてでした。実は、最近、とっくに克服したと思っていた対人恐怖が、出てきてもいたのですが、昨日、「人間も捨てたものではないな」と、思いなおすきっかけにもなりました。自分が、子供を欲しいと思う気持ちの原点も、「何かをして、自信を持ちたい」という、焦りでそうなってしまうのかもとも、思います。心から、必要である、愛したいと思えたときに、その時期は来るのかも知れないですよね。長いメール、読んでくださってありがとうございました。昨日、帰る時、ろくに挨拶ができなかったのもあり、メールさせていただきました。また、セッションかワークショップの予約をさせていただきたいと思いますので、その時はよろしくお願いします(^^)(2007年9月 名古屋・Sさん(女性))
<キッカケ>人間関係に悩み、私の最も弱いポイントをド突かれてしまい、真剣に悶々とした生活を送っていました。人を頼ることができなかったり、人の助けを求めれなかったり、人を信用・信頼できなかったり。さらには人の助けの手を払いのけたり。(失礼にあたるとよく言われていて…)あとは価値観を押し付けられ、相手の価値観を強制し、そのとおりに行動するように、まるで「コントロール」されているのが嫌でした。罪悪感や無価値観、自己嫌悪…こんな感じです。でも…一人でもいいからつながりたいと思い、参加しました。<感想>すごくすごくよかったです。前から友達に散々おどされていて(1DAYは怖いと。)、どんだけ怖いんだよ!!と前日くらいまで散々不安や恐怖と戦っていました。でも、ありのままでいいっていうことが分かりました。途中すごく苦痛になってしまって逃げたくなったりしましたが、逃げなくてよかったって思っています。(時々放棄していましたが…。)初めて泣き喚いてみたりして…。さらには椅子に座っていられないというものまで経験できたし…。人って温かいんだ、つながりってすごいね、ということが分かりました。今まで人の愛情とか受け取ることも、自分に対する許可もまったくできていなくて、それができたときがすごくよかったです。来てよかった!って心から思います。つながりってすごい!!って本当に思います。このすごさ、体験していない人にぜひ伝えたいです(笑)また参加したいですね。なんかはまっちゃいそうです。素敵な講座をありがとうございました!(2007年9月 名古屋・Nさん(女性))
参加を決めたきっかけ一人行動しがちなタチでもあり、孤独感があっても人と親しくなるのが面倒な傾向があるので、(強制)グループワークになれば何か気付きがあるかな?と思いました。参加した感想お願いの「100%参加」したとは思いますが、終始覚めた目で場を見ている自分もいました。他の参加者/アシスタントさん達のナチュラルハイな盛り上がりぶりに、冷静になってしまったのかな。でも盛り上がっている方達がいるのは「感情を開放できる安全な場」になっている証拠ですね。個人的には、疎外感ぽいものはあるけど、仲間になりたいとも思えないという普段あるパターンがそのまま出たのかもしれません。このタイプが続けて参加するのは、もっと誰かと繋がりたい欲が限界に達さないと難しいのかも?でも助けが欲しい人達をしっかり助けているので今のスタイルは良いかと思います。同じグループの人を見るセッションでは、普段はじっと見ることないタイプの方も見つめる時間が、こまごました気づきのきっかけになりました。個人カウンセリングシェアで挙手されたお二人の勇気には感服です。一人目の方の第一目的地でのハグにたくさん愛情を感じました。いずれの方のケースも、普段似た話を聞くよりずっと共感できたのは場の力だなと思います。根本さんのカウンセリングも短時間ながらさすが!でした。眠気を誘うお声もいい感じです。(2007年9月 名古屋・Sさん(女性))
根本さん先日はお疲れさまでした。私が1DAYワークショップを受けようと思ったのは、自分自身を深く見つめて自分の問題を解決したいと思ったからです。ワークショップ自体は2回目でしたが、初めての1DAYということでとても緊張してました。何するんだろう?どうなるんだろう?とか、一人で申し込んだのだけれど大丈夫だろうか?などの不安がありました。しかし実際に受けてみると、ワークショップの雰囲気は温かくて皆優しくて安心しました。ワークショップの内容は、自分の心のなかを見つめて自分でも気付かなかった感情に気付けてよかったです。打ち上げにも参加して、皆さん気さくに話してくれたので初めてでしたが楽しめました。また参加して、もっと自分の心を見つめて癒したいです。そして今度はもっと自分から積極的に質問などしたいと思います。(2007年9月 名古屋・Hさん(女性))
根本さん、こんばんは。今回の1DAYは、特に”これや!”と解決したい問題があったわけではなく、”行ったら、なんかあるかなー”っと思ったのがメインです。ただ、”どうしようかなー”と考えてた時、4月の1DAYのフォーカスで、元パートナー役をお願いしたYさんから”私は参加するけど、桜本さんはどうするー?”って連絡があったことに後押しされたのもあります。その時、”あー、これは、なんか起きる!”って、思ったんですよね。話が前後しますが、4月の1DAYの後、Yさんとは、何度かワークショップで一緒になって、その後の状況を聞いていたんです。それを踏まえて、Yさんの参加を聞いた時に思ったことは、4月の1DAYで、自分がきっかけでYさんに、その後起きたことの最後(ハッピーエンド)を見届けたい、と言うよりも”見届けなきゃ”って思ったんです。何となく、それを見れそうな気がして、それを見届けられたら自分にも何かが起きそうな気がしたので。今回の1DAYの正直な感想は、前回よりもおとなしくしてたのに、前回よりも”疲れたー”というところです。次の日は、体力、気力もヘロヘロでしたから...でもこれは、プラス方向の疲れだと確信してます。人の幸せな笑顔を見て”よかったねー”と感じて、言葉にできたんですから。これは、4月時点のの自分自身には想像もできなかったことです。それと、自分に与えられた役割(天命と言うものですかね)がこういうことなんだと具体的に実感できました。今回の私の感想は、1DAYに参加したことのない人たちには向かない内容だと思いますが、使える部分があったら、使っていただいて問題ありません。では、感謝祭or11月のワークショップでお会いできますように!!(2007年9月 東京・Yさん(男性))
ホームページで根本さんのコラムや心理学講座を見てすごく共感できたのと8月のワークショップ「幸せな結婚を手にいれるレッスン」が非常によかったのでパートナーシップの課題を乗り越えようと思い参加しました。ヒーリングワーク(※カウンセリングサービスの母体・神戸メンタルサービスの2日間以上の癒しのセミナー)は何度か受けたことありましたが1DAYワークは初めてで、1日でもこんなにたくさんの気付きや癒しがあるのかというほど充実した内容でした。終わってから一週間ほどは疲れがドッと出てきてそれだけ心の奥にしまいこんでいた感情が出てきて癒されたということなのかな?!と思っています。1DAYワークに行くまでは、浮いたり沈んだり感情の起伏が激しかったのですがグループワークで行ったセッションがすごく良くて、自分に自信がついてよい方向に落ち着いて、流れに乗れたような気がします。そんな自分にとってプラスがたくさんあるワークショップでしたがあらかじめ持って行った課題はまだ解決されていない気がして、、時間の関係上難しいのは十分承知ですが、フォーカスパーソンにあたらなかった人にも一言二言メッセージやアドバイスがもらえるとうれしいな、と思いました。あと、連絡先とか載せる参加者名簿も、希望者だけでもいいのであった方がいいなと思いました。(2007年9月 東京・Yさん(男性))
以前から面談カウンセリングを受け、2時間・4時間のワークショップにも参加していましたが、自分ともっと深く向き合い成長することが出来たらと思い参加しました。 会場に着くまでは不安と期待とで一杯でしたが、会場に着き、根本さんやアシスタントのカウンセラーの皆さんの作り出す雰囲気を感じた瞬間に「今日はチャレンジしよう」と決意してワークショップに臨みました。 私のバディになった人について取り上げセッションをしていた時、自分が中学生の頃の状況に似ていることに気づき、その瞬間、思いもしていなかったところから自分の抑えていた感情を突かれ、涙が止まらなくなり、そのセッションが終わってもしばらく立ち上がることが出来ませんでした。 「バディ」とはこういう意味があるのかと実感しました。 一旦心が開いてしまうと、他の皆さんの心の動きに敏感になりはじめ、自分の心が動くたびに涙が流れました。今、そのときの状況を思い出すだけで涙腺が緩んでしまいます。 打ち上げでは、一転して笑顔や笑い声が一杯で、今日初めて参加した人が半分近くいたはずなのに(僕もそのひとりですが)、不思議と仲良くなっていて、とても楽しい時間が過ごせました。 根本さんの導きと、アシスタントの皆さんの支えがあったおかけで、とても充実した1日になりました。心から感謝しています。今度はまたグループセラピーに参加してみようと思います。そのとき自分がどう成長できるか楽しみです。ありがとうございました。(2007/9 東京 Tさん(男性))
根本さんこんばんわ。 土曜日は ありがとうございました。初めての1DAYでしたが 皆さんがよく言われている「安全な場所」の意味が理解できた気がします。ひとつ 印象的だったことを感想として書きます。私は今 少々心が疲れてて、恋って 別にいいもんじゃないじゃん。という気持ちでした。好きだといいながら逃げる相手の気持ちが分からないし、周りに「もてるでしょ」とか言われても現実はちがうから褒められるほど空 しいし、そういう良い話何もないし、腐り気味でした。なので フォーカスの方が泣いてるのを見てても心が固まってて ?? という感じでした。正直、分からなかった。いいなあ失恋で泣けて。などと思った。でも 彼女の肩に手を置いたたとき 彼女の気持ちが一瞬でこっちに流れてきました。こんなに悲しいんだ とダイレクトに分かりました。驚いた。人の悲しみを本当に理解するということ、また、自分が普段さわるくらい近い人の感情って、その通りの意味で全く「他人事じゃない」んだ、と思いました。私はこの経験はたぶん、忘れないと思います。そんなこんなの翌日、ふたりの男の人からお誘いのメールが来ました。先日初めて会ったご新規くんと、元彼のようだった人。この流れは一体なにかしら。癒されて、手放しちゃったものがあったんですかねえ?あと 仕事って いかに楽しむかを学ぶためのもの とおっしゃっていて、それが聞けてよかった、と思う言葉です。メモりました。(2007/9 東京 Sさん(女性))
根本さん、昨日は、ありがとうございました&お疲れ様でした。私は、一年近く(と言っても、回数は多くないですが)面談カウンセリングを受けていて、離婚→恋愛→パートナーシップの悩み→カウンセリング→頑張った!→けど振られてしまった…ような振り返したような…→恋愛と失恋を通して、自分自身にある問題に気付いた→復縁も視野に入れつつカウンセリングを受け続けている。というような過程で、この世界に興味を持って、ワークショップを受けてみようかな、と思い立ったのでした。初めてワークショップに参加した感想は、とにかく、「いきなりパーソナルスペースのコアにズバンと入っちゃって、いいの!?」という、驚きと動揺でした。自分自身の直面している内容にはあまり触れなかったものの、その内側に潜んでいる感情を和らげてあげることは出来ましたし、何より初対面の方々と温かく繋がれたことに、新鮮な驚きでした!また、あの温かさに触れたくなったら、ぜひ参加したいと思います。ありがとうございました。以上(2007/9 東京 Kさん(女性))
*「こんなとき、どうしたらいいの?」にお答えする心の処方箋シリーズ*
とはいえ、虫唾が走るような苦手な人、生理的嫌悪感を感じる人、明らかに自分を敵視するなどして嫌な態度を取る人など、「なぜ?」ということすら考えたくない相手もいるでしょう。
そういう時は、その人と心の中で大喧嘩していることに気付く必要があります。
相手を心の中でボコボコになっているのか、あるいは逃げ惑っているのか、逆にやり込められているのかは別として、まさに今、ケンカ状態なんですね。例えば、「うわ、ほんまにこの部長、嫌な奴やな」と“否定的に”相手を見ているとき、それはあなたが部長さんと心の中でケンカを吹っかけているのです。「何かキモいよね」と感じるときもまた、「キモいからどっか行ってよ」的に相手にケンカを売ってるわけです。それがどんな理由、事情があろうとも、まずは、この点に気付く必要があります。ケンカしてる相手ですから、近付きたいわけはありませんし、理解だってしたくありません。(だって怒ってるんですから!)だから、うん、今は無理、ケンカ状態では理解も許しも無理、と思っていてください。とはいえ、徹底抗戦の構えでケンカし続けるわけではありません。もし、あなたが現実的に誰かとケンカしているときはどうするでしょう?近付かなくてもいい相手ならば、縁を切ってしまうかもしれません。それも一つの方法でしょう。でも、仕事やプライベートで接するとすれば、無闇に切るのも難しいですよね。多くの場合、当事者同士で解決できないケンカは誰かに仲裁を依頼するものです。すなわち、苦手な人となかなか一人では解決できない(理解できない)場合には、誰かに相談して、対応を考えるのが望ましいのです。誰かの知恵を生かすんです。自分の中に有効な答えがないんですからね。そこで謙虚になって、勇気を持って相談してみてください。意外に心が軽くなり、希望が持てることも少なからず出てくるはずです。そして、ケンカを仲裁してもらうつもりで向き合っていくと、意外に早く解決できたりするのです。もちろん、これはエネルギーを費やす問題ですから、あまり頑張りすぎずにじっくり向き合っていく事を忘れずに。
とはいえ、虫唾が走るような苦手な人、生理的嫌悪感を感じる人、明らかに自分を敵視するなどして嫌な態度を取る人など、「なぜ?」ということすら考えたくない相手もいるでしょう。
そういう時は、その人と心の中で大喧嘩していることに気付く必要があります。
相手を心の中でボコボコになっているのか、あるいは逃げ惑っているのか、逆にやり込められているのかは別として、まさに今、ケンカ状態なんですね。例えば、「うわ、ほんまにこの部長、嫌な奴やな」と“否定的に”相手を見ているとき、それはあなたが部長さんと心の中でケンカを吹っかけているのです。「何かキモいよね」と感じるときもまた、「キモいからどっか行ってよ」的に相手にケンカを売ってるわけです。それがどんな理由、事情があろうとも、まずは、この点に気付く必要があります。ケンカしてる相手ですから、近付きたいわけはありませんし、理解だってしたくありません。(だって怒ってるんですから!)だから、うん、今は無理、ケンカ状態では理解も許しも無理、と思っていてください。とはいえ、徹底抗戦の構えでケンカし続けるわけではありません。もし、あなたが現実的に誰かとケンカしているときはどうするでしょう?近付かなくてもいい相手ならば、縁を切ってしまうかもしれません。それも一つの方法でしょう。でも、仕事やプライベートで接するとすれば、無闇に切るのも難しいですよね。多くの場合、当事者同士で解決できないケンカは誰かに仲裁を依頼するものです。すなわち、苦手な人となかなか一人では解決できない(理解できない)場合には、誰かに相談して、対応を考えるのが望ましいのです。誰かの知恵を生かすんです。自分の中に有効な答えがないんですからね。そこで謙虚になって、勇気を持って相談してみてください。意外に心が軽くなり、希望が持てることも少なからず出てくるはずです。そして、ケンカを仲裁してもらうつもりで向き合っていくと、意外に早く解決できたりするのです。もちろん、これはエネルギーを費やす問題ですから、あまり頑張りすぎずにじっくり向き合っていく事を忘れずに。
2/23は雪も舞う中、ちょっと酸素が薄くなるくらいの熱気を有難うございました。
アンケートも一通り拝見させていただきましたが、喜んでくださった方、楽しんでくださった方たくさんいらしてくださったようで、ホッとしています。
今回のテーマは私なりに大切にしていること、カウンセラーとしてのメインになるようなテーマでしたので、ついしゃべりすぎた???という不安がよぎりましたがいかがでしたでしょうか?
あと、最近何名かの方から
「もっと堅い方かと思っていました!」
という感想を頂くことが多いんです。
そんなにブログなどのイメージと現物は違います???
伝えたいこと、お聞きしたいこと、役に立つから試して欲しいことなどがたくさんたくさんあって、私もあれこれと苦慮しながらの4時間+2時間でした。あれも話したかった、これも話したかった、ああ、アレを割愛したのは良かったのか?などなど頭を過ぎります。今回は、昼の部と夜の部の間にゲストカウンセラーの大門に「ミニカウンセリング」なる企画を試してみました。また、私も「お茶会」として、1対1ではありませんが、皆さんとお話しする機会を持たせていただきました。ちょっと赤裸々過ぎましたかね?ほとんど私がしゃべり倒してましたが、少しでも身近に感じていただければ幸いです。講座(昼の部)+お茶会+講座(夜の部)+打ち上げと昼から夜までずーっと話をしてましたけれど、なんだかね、好きなんですね、こういう仕事。(仕事と書いて、そっか、仕事だったね、と気付くのもまた好きですね)体は疲れても、むしろ、いいストレス発散(?)になってね、凄く朝の目覚めが良かったのですよ。私が一番学び、癒されたのかもしれません・・・。打ち上げもたくさんの方に来ていただいた本当にありがたかったです。こちらもちょっと狭いくらいのスペースで、窮屈な思いをされた方もいらしたかと思いますが、お互い知り合う機会になれば幸いです。なかなか直接お話しする機会を作るのはむずかしいのですが、またの機会を是非楽しみにしてください。淀屋橋からの帰り、淀川を渡るころからだい吹雪いてきていて、家の近所は驚くほどに雪が積もっていました。駐車場に停めてある車が「え?」というくらい真っ白になってるのにはびっくりしましたね。皆様は無事に帰れたでしょうか?噂では地下鉄も環状線も終電に間に合わず、高いタクシー代を払われた方もいらしたとか・・・でも、ほんと、皆さんありがとうございました。またのご縁を楽しみにしています!
アンケートも一通り拝見させていただきましたが、喜んでくださった方、楽しんでくださった方たくさんいらしてくださったようで、ホッとしています。
今回のテーマは私なりに大切にしていること、カウンセラーとしてのメインになるようなテーマでしたので、ついしゃべりすぎた???という不安がよぎりましたがいかがでしたでしょうか?
あと、最近何名かの方から
「もっと堅い方かと思っていました!」
という感想を頂くことが多いんです。
そんなにブログなどのイメージと現物は違います???
伝えたいこと、お聞きしたいこと、役に立つから試して欲しいことなどがたくさんたくさんあって、私もあれこれと苦慮しながらの4時間+2時間でした。あれも話したかった、これも話したかった、ああ、アレを割愛したのは良かったのか?などなど頭を過ぎります。今回は、昼の部と夜の部の間にゲストカウンセラーの大門に「ミニカウンセリング」なる企画を試してみました。また、私も「お茶会」として、1対1ではありませんが、皆さんとお話しする機会を持たせていただきました。ちょっと赤裸々過ぎましたかね?ほとんど私がしゃべり倒してましたが、少しでも身近に感じていただければ幸いです。講座(昼の部)+お茶会+講座(夜の部)+打ち上げと昼から夜までずーっと話をしてましたけれど、なんだかね、好きなんですね、こういう仕事。(仕事と書いて、そっか、仕事だったね、と気付くのもまた好きですね)体は疲れても、むしろ、いいストレス発散(?)になってね、凄く朝の目覚めが良かったのですよ。私が一番学び、癒されたのかもしれません・・・。打ち上げもたくさんの方に来ていただいた本当にありがたかったです。こちらもちょっと狭いくらいのスペースで、窮屈な思いをされた方もいらしたかと思いますが、お互い知り合う機会になれば幸いです。なかなか直接お話しする機会を作るのはむずかしいのですが、またの機会を是非楽しみにしてください。淀屋橋からの帰り、淀川を渡るころからだい吹雪いてきていて、家の近所は驚くほどに雪が積もっていました。駐車場に停めてある車が「え?」というくらい真っ白になってるのにはびっくりしましたね。皆様は無事に帰れたでしょうか?噂では地下鉄も環状線も終電に間に合わず、高いタクシー代を払われた方もいらしたとか・・・でも、ほんと、皆さんありがとうございました。またのご縁を楽しみにしています!