3)大阪高裁平成23 年1 月25 日判決56
一審原告らは判決を不服として控訴したが、大阪高裁も原告らの請求をいずれも棄却した。
控訴審判決は原審の判断をほとんど追認したものであるが、補足的判断として示された部分に注目すべき箇所がある。
原告・控訴人らは一審から、潜在的リスクがあるものの規制と対策が放置されている未知物質、調査・測定の対象とならなかった種類のVOC の存在を指摘し、それが健康被害の発生に結びついていると主張してきた。
この点につき大阪高裁は、「本件施設から排出されているVOC の中に、いまだ科学的に毒性が解明されていない未同定物質や非規制対象物質が多く含まれていることをもってただちに健康リスクに結びつけて立論することは、規制行政の取扱やVOC 排出業者の自主的管理の在り方としての議論としてはあり得ても、それをもって科学的根拠もなく事業活動の差止め請求の根拠にできないことはいうまでもない。たしかに、事業活動に伴い非意図的生成される化学物質による大気汚染問題も、わが国における現下の環境問題としてゆるがせにできないし、次々に新たな化学物質の危険性が顕在化してきた歴史や、その複雑・多様性にかんがみれば、そのような未同定物質等が毒性の検証を経ないまま大気中に放出されるということから抱かれる一般的危惧は避けられない」として、化学物質の規制にかかる問題点に理解をみせ、未同定物質や非規制対象物質を自主的管理の対象としていく議論の可能性を指摘した。
しかし、その一方で、環境基準は、「有害性の証明された物質に限定して、その利用や排出を規制する指標としての役割を果たしているというものの、膨大な数に上る化学物質全部について厳密なリスク分析に至っていない状況下、向後の科学的な調査研究の進展に即して、環境基準等の設定されていない非規制対象物質等についても、新たな規制対象とするなど不断の検討推進が必要であることを明示していて、今後も、動物実験等の生物学的検討、汚染度の異なる地域についての疫学的調査、経験的に証明されている物質の有害濃度、労働衛生上の許容度等を総合勘案して、確立した科学的知見の到達点を基礎として、危険性の有無、程度等を勘案して検討していくことが予定されているものである。
未同定物質はもとより、非規制対象物質の全部については、いまだこのような検討が加えられておらず、あるいは検討の対象とされていないのであり、したがって、VOC の排出がある限り、将来有毒性が顕在化したときは取り返しのつかない被害が発生するとの抽象的な危険論を根拠に、排出側で未同定物質や非規制対象物質の安全性を反証しない限り危険性が推認されるとの控訴人らの立論は採用できない」と結論づけた。そして控訴人らの提出した意見書が指摘してきた非規制対象物質は、現下の科学的知見に基づいても環境指針値、室内環境指針値のいずれも設定されておらず、危険性(健康リスク)評価の定まっていない物質といわざるを得ない、とした。