2)大阪地裁平成20 年9 月18 日判決55
第一審において主な争点となったのは、①本件イコール社施設から排出されるVOC 等によって、原告らに受忍限度を超える健康被害が発生したか、②本件四市組合施設から排出されるVOC 等によって、原告らに受忍限度を超える健康被害が発生したか、発生する蓋然性があるか、③本件イコール社施設、本件四市組合施設、第二京阪道路等の施設から排出されるVOC 等の複合汚染によって、原告らに受忍限度を超える健康被害が発生したか、発生する蓋然性があるか、である。
判決はまず差止請求の判断基準について、「身体に対する侵害については、人格権侵害として、物権的請求権に準じて妨害予防請求権及び妨害排除請求権が認められると解することができるが、差止請求の場合においては、相手方の社会経済活動を直接規制するものであって、その影響するところが大きいものであるから、排出物による侵害行為がすべて当然に違法性を有するというべきではなく、社会の一員として社会生活を送る上で受忍するのが相当といえる限度を超えているということによって初めて違法性を有するというべきである」とし、「受忍限度の判断としては、侵害行為の態様とその程度、被侵害利益の性質とその内容、侵害行為のもつ公共性、発生源対策等の事情を総合的に考慮して判断する必要がある」として、従来通りの考慮要素を用いて受忍限度を判断基準にすることを明確にしたうえで、それぞれの争点について以下のように判断した。
①については、(ア)有害化学物質の発生、(イ)有害化学物質の原告らへの到達・暴露、(ウ)原告らの健康被害の発生(因果関係を含む。)に分割し、そのそれぞれにつき、原告・被告双方が提出した調査結果等の証拠としての信用性、信頼性を検討しつつ判断するとして、以下のように判断した。
まず(ア)有害物質の発生については、被告の測定調査は通常の操業状況を反映したものではないことを認めながらも、調査項目・測定地点の選定には合理性があり、その調査結果によれば「施設の操業により何らかの化学物質が発生していることは窺えるものの、それ以上に、本件イコール社施設から人の健康に影響を及ぼす程度の有害化学物質が発生しているとまで認めることはでき」ないとした。
さらに(イ)到達・暴露については、他に化学物質の発生源となり得る施設が全く存在しない訳ではないこと、被告の調査結果によれば本件施設から排出される化学物質は原告らに到達するまでには十分なほどに希釈されると推認することができること、府市合同調査の結果によれば調査した項目についてはいずれも環境基準値を大幅に下回る濃度数値であったこと、などから、「本件イコール社施設からの人の健康に影響を及ぼす程度の有害化学物質が排出されていることを認めるに足りる的確な証拠はなく、また、原告らが有害化学物質に曝露(原文ママ。以下引用箇所につき同じ。)していることを認めるに足りる的確な証拠が存在せず、むしろシミュレーションモデルにおいては、拡散希釈によって、原告らへの到達量はその排出量に比べて著しく減少していると考えられ、さらには、実際にも、原告らへの到達を認めることが困難であるとする調査結果が存在するのであるから、到達・曝露に関する原告らの主張も採用することができない」とした。
原告らは本件地域では接地逆転層が形成される可能性があり、その場合一般的な拡散モデルで予測評価することは困難であると主張したが、それを認めるに足りる的確な証拠は存在しないとして採用されなかった。
そして(ウ)健康被害の発生については、原告側から提出された津田疫学調査は本件イコール社施設を中心として同心円上に存在する地域の集団を調査・解析の対象としていないこと、同施設の従業員において健康被害が発生していないという事実に説明が加えられていないこと、津田疫学調査が基礎としたアンケート調査は恣意的な選択と疑われかねない方法で行われており信用性に疑問が生じること、などを理由に信頼性がないとした。
そして原告らの主張する健康被害は各人の愁訴のみであり、いずれの者についても客観的検査等が行われた形跡が存しないこと、加齢や心因性の症状である可能性も否定できないこと、などを理由に、原告らの症状を「本件イコール社施設由来の化学物質により生じた健康被害であると認めることは困難である」としてこれを否定した。
そして、侵害の程度は証拠上小さいものといわざるを得ない一方で、マテリアルリサイクルは見直しの機運はあったものの現状においても優先性は維持されており公共性を有するものであること、本件イコール社施設の建設について行政上の諸手続に違法性は認められないこと等を総合考慮すれば、受忍限度をこえる侵害があった、又は、その蓋然性があるとまでは認められないとした。
そして、②及び③についても①と同様に、健康に影響を及ぼす程度の有害化学物質が排出されているとはいえず、原告らに有害化学物質が到達・暴露していると認めることもできないのであるから、原告らの主張は採用できないとして請求を棄却した。