しかし、専門業者が最新の知見・技術に関する情報に接することが容易であることなどからすれば、より高度の注意義務を負うべきであるとも考えられる。
結果回避義務についても、予見義務を介した予見可能性が認められたときの加害者側の行為義務としては様々なものが観念できることが主張されている34。
すなわち、情報収集・調査義務のほか、人体への健康被害が疑われる段階で被害者を危険から遠ざけるための各種の行為義務、被害者の健康被害状況を確認し被害の拡大を防止するための情報収集・分析義務、被害者に検査・診療その他の医療措置を受ける機会を提供する義務、被害者の健康状態を追跡する義務、専門的機関と連携して被害の発生・拡大防止措置を講じる義務などが考えられるとされている。
このような学説の状況を受けてか、近年では業者に高度の注意義務を課す判決も出てきている。
東京地裁平成21年10月1日判決35 は被告マンション開発業者の注意義務について、「本件マンションの建築時点においては、(中略)建設に関与する専門業者であれば、ホルムアルデヒドを放散する建材を使用することに基づく被害の発生を予見し、その放散量が最も少ないF1 等級の建材を選択することは当時においても十分可能であったということができる。
したがって、特段の事情がない限り、建物の建築に当たっては、ホルムアルデヒドの放散が最小限になるようにF1 等級の建材を用いるべきであり、やむを得ずF2 等級などホルムアルデヒドを多量に放散することが危惧される建材を用いるのであれば、少なくともそのような建材を用いていることを開示し、建物を購入する者の責任において購入の是非を選択すべき機会を付与するか、引渡前にホルムアルデヒド室内濃度を測定してその結果に応じて適切な対処をすべき法律上の注意義務を負う」とした。
さらに、買主には十分な情報が与えられていないこと、開発業者には建材を選択する意思決定の自由があることなどから、「建材の選択によって発生した結果のリスクを被告に負わせることが、衡平の見地からみて相当である」とした。
そして被告の過失について、「本件マンションが完成した平成12 年3 月31 日の時点においては、建物内におけるホルムアルデヒド室内濃度に関する法規制はなかったとしても、ホルムアルデヒドはかねてから人体への影響が研究されていたのであり、ホルムアルデヒド室内濃度について厚生省指針値が設けられていたこと、ホルムアルデヒドの有害性、建材の選択とホルムアルデヒド放散量との関係は、いずれもマンションの開発業者であれば容易に知りうるものであることからすれば、等級の低い建材を使用した場合、高濃度のホルムアルデヒドが放散され、その結果ホルムアルデヒド室内濃度が看過できないほど上昇するという結果が発生し、その結果健康被害が生じることの予見可能性があったというべきである。
また、前記のとおり、F1 等級の建材のホルムアルデヒド放散量はF2 等級の10 分の1 であって、仮にF2 等級の建材を用いずにF1 等級の建材を用いていれば、相当な蓋然性をもって結果の回避が可能であったということができる。
したがって、被告には、本件マンションの開発にあたり、設計業者や施工業者に対し、設計業者や施工業者に対し、厚生省指針値に適合するようF1 等級の建材を使用させなかったこと、若しくは原告に対し本件マンションがF2 等級の建材を使用していること及びそのリスクを説明しなかったこと、また、完成後にホルムアルデヒド室内濃度を測定して適切な措置をとらなかったことについて過失があるというべきである」とした36。
本判決はシックハウスによる健康被害に対して初めて不法行為責任を認めたものとして耳目を集めた。
まず被告の注意義務について、専門業者としての知見・代替物の利用可能性を根拠に、より安全な建材を使う義務及びそれができない場合には情報提供義務を認めている点が注目される。代替物の利用可能性(物理的可能性及び経済的期待可能性)が代替義務を導くという考え方は、近時欧州で化学物質管理の原則の一つと考えられる「代替原則」の発想と軌を一にしており興味深い37。
また過失の判断について、使用している建材や被害発生の可能性についての説明義務違反をもって、売主の過失を認定している点が示唆的と評価されている38。