3:早すぎた裁判:カビキラー事件 | 化学物質過敏症 runのブログ

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2  化学物質過敏症について

甲第五七号証の一、二及び当審証人宮田幹夫の証言によれば、化学物質過敏症とは、比較的大量又は繰り返して化学物質に暴露されると、その後暫くして再度その微量な化学物質に接触したときに、耐えられない症状を呈する状態をいい、一旦このような状態になると、他の化学物質にも過敏になってしまうことがあり、これを複合又は多重化学物質過敏症というところ、アメリカの医学界ではすでに一九四五年前後からこのような症状の現れることがあることを示唆する意見があり、その後次第に知られるようになって専門の学会も組織されて研究が進んでいること、そこで得られた最近の知見に基づけば、第一審原告の症状は、初期の段階では本件カビキラーの使用による化学物質過敏症と診断でき、現在の症状は完全に複合化学物質過敏症の段階にある、というのである(以下「宮田意見」という。)。

確かに、宮田意見は、第一審原告の前記症状の発現がその主張のとおりであったとすると、カビキラーの吸引との間の関連を合理的に説明するに当たって考えられる一つの見解であると評することができよう。

しかし、甲第五七号証の二(宮田幹夫の「化学物質過敏症」と題するニュージャージー州保健局への報告書)についての名古屋大学医療技術短期大学教授鳥居新平の「報告書に関する所感」と題する書面(乙第一六号証)、乙第一七号証に記載されている東京医科歯科大学医学部第二内科医局の医師市岡正彦の意見、及び森の里病院院長荒木五郎の意見書(乙第一八号証)によれば、化学物質過敏症は、一部の学者の研究上の仮説であり、未解明の分野であって、その診断基準も確立されておらず、宮田意見は問診だけに頼ったもので、医学的裏付けに乏しく、信頼性に疑問があるという意見もあることが認められる。

そして、化学物質過敏症の診断基準が確立されていないこと、及び宮田証人が第一審原告の症状を本件カビキラーの使用によると判断したのは主として問診の結果によるものであることは、右宮田証人も認めているところである(同証人の証言によると、血液検査の結果による客観的な診断方法はまだ確立されておらず、研究段階であるという。

そして、これまでに得られた研究結果に基づく限り、第一審原告の血液検査の結果は、必ずしも期待した結果を示さず、精神安定剤の使用を前提にしない限り、化学物質過敏症と診断するにはかえって矛盾する部分もあることも認めている。)。

しかるに、第一審原告が訴える症状の出現状況が必ずしもそのままには採用できないことは後に判示するところであり、これらの事情と、すでに判示したように、第一審原告の身体的状況を詳しく検査した東京医科歯科大学での診断が慢性気管支炎との診断には消極的であるとみられ、むしろ肥満及び更年期障害による症状を疑っているものとなっていることに照らすと、第一審原告の前記症状が本件カビキラーの使用による化学物質過敏症であるとする宮田証人の意見をそのまま採用して、第一審原告がカビキラーによる化学物質過敏症に罹患していたものと認めることは、困難といわざるを得ない。


3  カビキラーの使用と第一審原告のその他の健康被害の有無について

以上のとおり、第一審原告の前記症状は、これまでに明らかにされている医学的知識に基づく特定の病名で統一的に理解することはできないというほかないが、明確な病名で呼ばれる疾患とはいえなくても、第一審原告の前記症状のうちで健康被害といえる程度の症状が認められ、その症状とカビキラーの使用との間に因果関係が認められるなら、第一審原告の損害賠償請求の一部を認容する余地があるので、さらにこの観点から検討する。

カビキラーの成分及びその性質、毒性、カビキラーのミストを吸入したときの生体への影響、並びに第一審原告のカビキラーの使用状況等についての当裁判所の判断は、原判決書一八枚目表二行目から二三枚目表三行目まで、及び同二五枚目表七行目から二七枚目表一〇行目までに説示するとおりであるから、これを引用する。

右に認定した事実によれば、一定の濃度以上のカビキラーのミストを吸入すると、モルモットの実験では、目のまばたき、閉眼、呼吸促迫、腹臥状態、酩酊状態、体緊張度の低下といった一過性の症状が生ずることがあり、また、カビキラーを使用する際に、使用者が空気中に飛散、拡散したカビキラーの薬液を吸入すると、くしゃみ、咳き込み、気道粘膜の刺激感といった一過性の症状が生ずることのあることが認められ(カビキラーのような噴霧式のものではなくても、次亜塩素酸を使った漂白剤を使うときには、同じような症状を呈することがあることは、多くの人が経験することであろう。)、この事実とすでに認定した第一審原告のカビキラーの使用状況からみると、第一審原告のカビキラーの使用により、第一審原告に急性に健康被害が生じたことを疑うのにはもっともなところがある(慢性気管支炎等の慢性的症状が生じたとは認められないことはすでに判断したところである。)。

しかし、前記のとおり、カビキラーは次亜塩素酸ナトリウムを含んではいるが、カビキラーから塩素ガスが発生するのは酸性洗浄剤などとの併用により酸性が強くなった場合であり、第一審原告はカビキラーを酸性の洗浄剤と併用したことはないというのであるから、第一審原告のカビキラー使用中に塩素ガスが発生したとは考えにくいところであるし、第一審原告がカビキラーを使うたびに生じた症状が第一審原告がいうほどひどい症状であったかには、疑問がある。

第一審原告は、カビキラーを使う度に、喉がいらいらして咳が出るというだけでなく、喉に焼けるような痛みを覚え、息苦しくなって呼吸が困難な症状まであって、そのような症状が一日中続いたとも供述するのであるが、もしそのとおりであるとすると、いくら医学の知識がないにしても、カビキラーを使うこととの関連を当然気付きそうなものである。

ところが、第一審原告は、かびが原因であると思って、前にも増して頻繁にカビキラーを使ったという。

カビキラーを使う度に第一審原告に重い症状が生じたというのは、理解できない供述である。

第一審原告のいうように、咳がでたり、喉に焼けるような痛みを覚えたり、息苦しく、体を動かすと呼吸困難になるなどの症状があったというのはそのとおりなのであろうが、それがカビキラーを使う度に生じた症状であったとの第一審原告の供述は、そのままには採用することができない(前掲乙第三、四号証によれば、第一審原告が東京医科歯科大学で検査を受けている当時、医師に述べたところでは、昭和五八年一二月九日夜に呼吸困難になって救急車で寿康会病院に運ばれた際にも、カビキラーを使った直後に呼吸困難になったと訴えていたことが認められるが、前述のとおり、原審での供述では、当日は自分がカビキラーを使っていないという。)。

そうすると、第一審原告がカビキラーを使用したことによって生じた症状は、不快感を伴うようなものであるにせよ、こうした製剤を使う際にありがちな一過性の症状を出るものであったとまでは認めがたく、不法行為に基づく損害賠償請求の根拠とし得るほどの健康被害を受けたと認めることはできない。


三以上のとおりであるから、その余の点については判断するまでもなく、第一審原告の請求は理由がないものとして全部棄却を免れない。

したがって、第一審原告の請求を一部認容した部分については原判決は相当でないから、その部分の取消しを求める第一審被告の控訴は理由があるが、第一審原告の請求を棄却した部分については原判決は相当であり、第一審原告の控訴は理由がない。

よって、第一審被告の控訴に基づき原判決中第一審被告敗訴部分を取り消したうえ、この部分についての第一審原告の請求を棄却することとし、第一審原告の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上谷清 裁判官小川英明 裁判官曽我大三郎)

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