5.許容曝露基準の設定
PM2.5による健康被害を予防するには,許容曝露基準を設け,地域の大気環境濃度をモニタリングしながら基準値を超えないような対策をとるのが一般的である59)。
許容曝露濃度の設定は,疫学研究に基づく定性的・定量的な評価を中心に,毒性学的知見を加味した科学的評価に基づいてなされる。
PM2.5の許容曝露基準については,現在,米国,WHO,EU,日本および中国では表4のように定められている。
以下,米国,WHOおよび日本における許容曝露濃度設定の経緯について要約する。
表4 各国のPM2.5に関する許容曝露基準
5.1 米国の大気質基準
米国では大気清浄法(CleanAirAct)に基づき,連邦政府が大気質基準(NationalAmbientAirQualityStandards)を設定し,全米一律に適用している。
この基準を超える場合には,排出物質を削減する努力が要求され,州や地方政府が大気汚染防止や発生源対策に責任を持つ。
米国の粒子状物質に係る大気質基準は1971年にTSP(TotalSuspendedParticles:浮遊ふんじん)を対象に24時間平均および年平均の基準値が設定された(表5)。
ヒト呼吸器系への影響を考慮して,1987年の第1次改定ではPM10を指標とした基準に変更され,さらにPM2.5に関する疫学研究が報告され,1997年の第2次改定で新たにPM2.5を指標とした基準が加わった。
その後,2006年にPM2.5の24時間平均基準値を35μg/m3に引き下げ,PM10の年平均基準を廃止する第3次改定がなされた。
PM2.5の24時間基準を選定するに当たり,U.S.EPAは短期曝露研究を重視し,24時間測定値の98パーセンタイル値と短期曝露影響の関連を定量的に検討した。
その結果,24時間平均PM2.5濃度の98パーセンタイル値が39μg/m3に至る地域では,死亡率,入院や呼吸器症状との間に有意な関連が見いだされ(例えば,米国6都市研究42),カナダ8都市研究60),カリフォルニア研究61),フィラデルフィア研究62)),これ以下の濃度の地域では関連が見いだされなかった63,64)。
そこでEPA長官は,24時間の一次基準を35μg/m3とし,PM2.5の短期曝露と因果的に関係していると考えられる心肺系が原因の早死や入院を含む重篤な健康影響から適切な幅を持って公衆を保護するであろうと判断した65)。
一方,年平均基準値はACS研究などを根拠に15μg/m3に据え置かれたが,これに対していくつかの団体から,リスクを受けやすい集団に対する保護が十分に説明されていないとして訴訟が起こり,裁判所はEPAに年平均基準値を差し戻した。
そこでEPAでは2007年から2011年にかけて最新の科学的知見を整理して定量的リスク・アセスメントを行い,PM2.5への曝露と健康影響に因果関係があるとする疫学研究の中で,長期間の平均濃度が提示された短期曝露研究および長期曝露研究に着目し,年平均基準値として12μg/m3を提案し,またリスクを受けやすい集団に対する疫学研究(低出生時体重,子宮内での胎児の成長制限,乳児死亡率などに関するもの)も考慮して,2012年に第4次改訂がなされた66)。
また年平均基準値を12μg/m3とすることにより,短期曝露影響も低減できると考え,24時間平均値は据え置かれた。
表5 米国における粒子状物質に関する大気質基準の設定経緯
5.2 WHOの大気質指針
世界保健機関WHOでは,途上国を含めた世界各国が様々な状況のもと,公衆衛生の保護に必要な大気質を確保することを支援するため,大気質指針(AirQualityGuidelines)を作成して情報提供している。
WHOが粒子状物質の長期間目標値を最初に発表したのは1972年であり,その後,疫学知見の蓄積に伴い,1979年,1987年,1999年,2000年および2006年に粒子状物質のガイドラインを公表してきた。
当初は,粒子状物質としてBritishSmoke,粒子状物質(TSP),吸入性粒子(ThoracicParticles,TP)を取り上げ,また二酸化硫黄との組み合わせでガイドラインが示されていたが,測定法の進歩に伴って粒径別の指標に変わり,2005年になって初めてPM10とPM2.5のガイドライン値が示され,2006年にWHO大気質指針グローバルアップデートとしてその要約が公表された58)。
PM2.5の年平均ガイドライン値は,長期曝露影響に関するACS研究を重視して決定され,PM2.5に反応して,総死亡率,心肺系および肺がん死亡率が95%信頼区間以上に増加することが示されている最低レベルとして10μg/m3とされた。
また24日間値と年平均値の関係から,24時間平均ガイドライン値は25μg/m3に設定された。
WHOでは,大気質指針に加えて暫定目標(interimtarget)が示した。
この暫定目標は,大気汚染の段階的な改善を促進することを目的として設定されたものである。
尚,WHOでは超微小粒子(UFPs)の数濃度についてもガイドラインの設定が必要との認識があり,曝露-反応関係に関する科学的知見の蓄積が待たれている