・室内環境指標としての総揮発性有機化合物(TVOC)
堀雅宏
横浜国立大学教育人間科学部
〒240-8501横浜市保土ヶ谷区常盤台79-2
Totalvolatileorganiccompound(TVOC)asindicatorof
indoorairquality
MasahiroHORI
FacultyofEducationandHumansciences,YokohamaNationalUninersity
79-2Tokiwadai,Hodogaya-kuYokohama240-8501Japan
要旨
この総説ではTVOCの定義,測定法,生体影響と基準値,効用と限界などについてまとめるとともに,そ
の使い方あるいは使われ方,TVOCのおかれている状況やTVOCを巡る経緯や諸問題について述べた。
TVOCは室内空気中に多種類存在するVOCの総合的簡易表記法として,またその汚染影響の可能性を示すも
のとして提案され,多くの調査研究で用いられてきたが,TVOCは本質的に毒性学的な指標にはなりえず,
また,現行のVOC・TVOC測定法では見逃される微量刺激成分の存在により,汚染レベルを示す指標として
の欠陥が指摘されている。しかし,TVOCは基準値の設定されていない多くのVOCが共存する中で,発生源
や建材の評価や監視を通してまた,VOCリスクの低減をはかるための大まかな環境管理指標として意義が
ある。
1 はじめに
室内環境が問題になる中で注目されるようになって来た揮発性有機化合物(VolatileOrganicCompounds:VOC)の汚染指標として総揮発性有機化合物T(Total)VOCが用いられるようになってから久しい。
TVOCは数十種類以上が容易に検出されるVOCの総合的簡易表記法として提案されたが,シックハウスの症状との関係で批判も少なくなく,指針値(指標)そのものの妥当性も問われている。また,現場測定方法の実用性も問題である。
本総説ではTVOCの定義のほか,測定方法,影響と基準値,効用と限界などについて整理するとともに,その使い方あるいは使われ方に関わる事項,TVOCに関わる指針や規準,TVOC濃度レベルや特性,TVOCのおかれている状況やTVOCを巡る経緯やTVOCが現在も抱えている諸問題にも触れる。
なお,TVOCは光化学スモッグによる大気汚染の対策として排ガス規制にも用いられているが,その濃度レベルは室内環境に比して数桁も高い。
2 VOCとTVOCの定義
室内環境空気中に存在する可能性のある汚染物質は二酸化炭素,窒素酸化物,オゾンなどの無機ガス,浮遊微生物を含む粒子および有機ガスに分類されるが,有機ガスはさらにメタン,フロン,メルカプタン,アミン類などの室温では必ずガス状で存在する沸点の低い物質群と有機溶剤のような液体でも存在しうる物質群に分けられ,後者の気化したものを揮発性有機物(VOC)と呼んでいる。
VOCはしばしばVOCsと表現され,有機物であるゆえに無機ガスや粒子と比較にならないほど多種類の化合物が存在する。
このようなVOCの総量がTVOCである。わが国で検出されたVOCとしては表11,2,3)のような化合物が挙げられる。
WHO4)では有機汚染質を沸点で分類(表2)しているが,沸点の範囲は50~100℃から240~260℃(蒸気圧:10~10-2kP)と幅を持たせているのは厳密な区分に意味がなく,また便宜上のものであるためであろうが,あえてVOCとしたのは室内環境では沸点50℃以下のVOCは揮散性が大きいためであり,沸点が高く蒸気圧が極低いSVOC(10-2~10-8kP)は揮散性が低くTVOCに対する量的な寄与率が低いためと考えられる。2010年の日本建築学会の規準5)もこれに準じている。
個々のVOC濃度を知るために吸着捕集して,これをガスクロマトグラフで分析し,得られた結果(クロマトグラム)からVOCを定性,定量する6,7)が,250~900種類8,9)のVOCをすべて同定することは通常の測定では不可能で,例え可能であったとしても,全成分を表記することは煩雑に過ぎるので,VOCの総和を用いる簡易標記法として提案された10)。
また,これは一部の主要なVOCのみの表記では示せないVOCの全体像を示しているので,TVOCは総合表記法ともいえる。
TVOCの解釈が種々されるのは測定法ないしは定性定量時の解析方法に由来する。
これについてわが国で最初にまとめらたものは厚生労働省の「シックハウス問題検討会の報告」1)であるが,ここでは欧州委員会共同研究センターのTVOC決定手順の考え方11)を参考にしている。
その要旨はTVOCを構成する個別の化合物を定義し,VOC全体の濃度にできるだけ近いもので,空気質の評価に有益になる方法で構築されるべきだとし,具体的には,できる限り多くの化合物を同定し(少なくとも検出上位10物質)同定されないVOC全体をトルエン換算し,同定された物質の和と合計したものをTVOCとした。
同定されたものは全体の2/3以上(1mg/m3以下で1/2)あればよいとし,TVOC計算に含めるVOCリストと各化学分類を代表する化合物を明らかにすることも求めている。
なお,その後の経過をみると,この総説でも参照した調査研究ではこの水準以上の解析が行われたが,多くの現場では検討会で指針値の設定された6種のVOCのみで,TVOCの測定値は得られないか公表されて来なかった。
ISO16000-612)ではクロマトグラム上でn-ヘキサンからヘキサデカン(炭素数6~16)までのVOCの合計をTVOCとしている(ただし,この範囲外のVOCも無視できないものは考慮される)。
また,JISのチャンバー試験法13)でも同じ範囲のVOC全体をトルエン換算したものをTVOCとしている。
建築学会規準の定義はWHOに準じているが,運用はTVOCが毒性学的基準値でなく濃度管理目標であることに鑑み,精度より簡便性に重点を置いてトルエン換算を採用している5)。