・出典:東京都健康安全研究センター
http://www.tokyo-eiken.go.jp/archive/issue/kenkyunenpo/nenpo64/
研究年報 第64号(2013)
・畜水産食品中の残留有機塩素系農薬
橋本 常生a
東京都では健康危害の防止を目的に食品中の残留農薬等の監視を実施している.本稿では畜水産食品を対象に残留
性の高い有機塩素系農薬の規制,分析法および残留実態について述べる.2000年から2004年に都内で入手した食肉,
鶏卵,牛乳及びサケ類を対象に有機塩素系農薬の残留濃度を調査した結果,主にDDTが高い頻度で検出され,低濃度
での残留が認められた.また,2006年のポジティブリスト制施行後,日常分析における有機塩素系農薬の残留では,
食肉(筋肉)で定量限界を超えての検出は認められなかったが,魚介類等でDDT等の検出事例があった.2011年には,
国内にて有機塩素系農薬に汚染された飼料を給与された牛の検体から基準を超えるBHCが検出された.このような基
準違反があることから,今後も畜水産食品中の残留農薬の継続的な監視が必要である.
はじめに
有機塩素系農薬,特にDDTは農業用害虫のみならず,衛生害虫の防除を用途に,日本においても1960年代をピークに広く使用されてきた.しかしこれらの有機塩素系農薬は化学的に非常に安定で,かつ脂溶性が高いため農作物への残留や環境汚染が問題となり,食物連鎖により魚類,鳥類さらには人体への汚染が判明した.その結果,先進国では1960年代後半より,有機塩素系農薬の使用を規制,禁止するに至った1).
日本での規制は農薬取締法で1968年にクロルデン,1971年にDDT,BHC,1975年にディルドリン,アルドリン,エンドリン,ヘプタクロルが失効した.これらの化合物が農薬以外の目的で製造・輸入・販売が規制される化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)の特定化学物質(現在の第一種特定化学物質)に指定されたのは1981年以降であり,その間シロアリ防除剤などとして使用され環境への汚染が問題となった1,2).
1987年,厚生省は米国からの情報により輸入時においてオーストラリア産牛肉の検査を実施し,FAO/WHOの最大残留基準値(0.2 ppm)を超えるディルドリンを検出(1.24 ppm)した.そのため暫定基準値を設定し,基準を超えた食肉の流通防止を強化した3).東京都においても都内を流通する輸入牛肉の緊急監視を実施した4).
1998年には環境庁の内分泌かく乱化学物質(EndocrineDisrupting Chemicals:EDCs)に対する「環境ホルモン戦略計画SPEED' 98」が策定され,有機塩素系農薬も優先的に調査研究を進めていく必要性の高い物質群にリストアップされた5,6).またこれらの有機塩素系農薬は2004年に5月に発効したストックホルム条約での難分解性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs)に挙げられ7,8),製造,使用の原則禁止または原則制限等の対策を講ずべき対象となっている.
2006年には,食品中に残留する農薬,飼料添加物及び動物用医薬品(農薬等)について,一定の量を超えて農薬等が残留する食品の販売等を原則禁止する制度(ポジティブリスト制度)が施行され,全ての食品に農薬等の一律基準を含む残留基準が設定され新たな規制が始まるなどの経緯があった.
本稿では,このような規制を背景として,2006年以前の残留濃度調査,2007年以降の日常分析と牛の違反事例に関して残留基準や分析手法,東京都で流通した畜水産食品中の有機塩素系農薬の残留実態を説明する.
1. 有機塩素系農薬1,9)有機塩素系農薬という場合,広義には,塩素を含むすべての有機化合物を意味するが,狭義では特に多用されたBHC,DDT,ドリン剤(アルドリン,エンドリン,ディルドリンなど)の殺虫剤を指す2).
本稿では狭義の有機塩素系農薬を対象とする.
DDTは環境や生体中で代謝されてDDE,DDDとなる.
現在の残留基準でDDTはp,p'-DDT,p,p'-DDE,p,p'-DDD及び o,p'-DDT の総和で設定されている.BHC(HCH:ヘキサクロロシクロヘキサン)は立体異性体のα-,β-,γ-,δ-BHCの総和を表し,γ-BHC(リンデン)は別途基準が設定されている.
アルドリンは環境や作物中で酸化されディルドリンとなる.またディルドリンも農薬として使用されていたため,アルドリン及びディルドリンの和が基準値として設定されている.
その他,ディルドリンの立体異性体であるエンドリンが農薬として使用された.ヘプタクロルは酸化によりヘプタクロルエポキシドを生じるためその総和で基準は設定されている.
クロルデンは数十種類からなる混合物で主な構成成分はtrans-クロルデン,cis-クロルデン,trans-ノナクロル,cis-ノナクロルやヘプタクロル等が知られている.
ポジティブリスト制では畜水産食品を対象としたクロルデンの基準はtrans-クロルデン,cis-クロルデン及びオキシクロルデンの総和で設定されている.
HCBは我が国では農薬登録されていないが,農薬(除草剤)等の原料など工業用に使用され,ゴミ焼却による非意図的な生成による環境汚染も問題となったことから,調査の対象とした.