2 争点1(原告の症状と業務との間の因果関係の有無)について
(1)前提事実(3),認定事実(4)ア及びイのとおり,原告は,・平成5年9月から平成13年6月まで,ガスクロ検査業務を1日に十数回から数十回行い,アニオン界面活性剤含量測定業務を定期測定として週1,2回行い,併せて,臨時測定として一日にIO個以上測定したり,毎日数個の検体を数週間から2か月程測定したりするなど,本件検査分析業務として多数回の検査を行っており,本件検査分析業務においては,クロロホルムやノルマルヘキサン等の有機溶剤を大量に使用していたと認められる。
そして,認定事実(4)ウのとおり,本件再現実験の結果(甲40)から,メチルエステル化作業中のノルマルヘキサシの管理濃度は,総合評価で第3管理区分(作業者の健康に障害を起こすようなおそれがあり,保護具の着用や有害物質を吸引しないような局所排気装置の設置などを検討し,作業場内が第1管理区分になるよう対策が必要とされる。)に該当するものであったこと,アニオン界面活性剤含量測定業務の作業中のクロロホルムの・管理濃度はA測定B測定いずれにおいても日本産業衛生学会が定めた許容濃度(3ppm。平成21年7月1日以降,従来の1 0 p pmから引き下げられた。)を10倍以上上回り,総合評価で第3管理区分に該当しており,個人曝露濃度も許容濃度を超える5 4.4ppmであったことが認められる。
これらの事実によれば,原告は,本件検査分析業務に従事する過程で,長期間にわたって,相当多量のクロロホルムやノルマルヘキサン等の有機溶剤に曝露されていたことが認められる。
また,認定事実(5)及び(6)のとおり,原告は本件検査分析業務を行っていた平成5年9月から平成13年6月の間,頭痛,微熱,嘔吐,咳などの症状があったこと,同月15日には被告の産業医に体調不良を申し出て,職場の異動を希望していること,その後も体調不良を訴えて就労場所が複数回変更されたことが認められるところ,前記原告の症状のうち本件検査分析業務を行っていた際の症状は,認定事実(2)記載の有機溶剤中毒の症状に合致し,本件検査分析業務を外れた後については,認定事実(1)ウ及びオ(イ)記載の化学物質過敏症の症状に合致している。
さらに,前提事実(6)のとおり,原告は,複数の医師から,有機溶剤中毒及ぴ化学物質過敏症に罹患したと診断されているところ,これらの診断は,赤外線瞳孔検査機による自律神経機能検査,眼球追従運動検査(宮田幹夫医師による診断。甲46),
眼球電位図による眼球運動評価,電子瞳孔計による瞳孔対光反応評価(坂部貢医師による診断。甲52)等,厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギ一研究班が提示した診断基準(認定事実(1)オ(イ))の検査所見に対応する検査方法を用いていることから,化学物質過敏症の病態等がいまだ完全に解明されていないことを考慮しても,信頼するに足りるものである。
これらの本件検査分析業務の内容,原告の症状発症の経過,医師による診断内容を総合すると,原告は,本件工場内の研究本棟において,本件検査分析業務に従事する過程で,大量の化学物質の曝露を受けたことにより,有機溶剤中毒に罹患し,その後,化学物質過敏症を発症したと認めるのが相当である。
(2)被告は,原告の行っていた本件検査分析業務は,簡単な一連のルールを遵守していれば,有害化学物質の吸入や皮膚への付着のおそれが商いものではなぐ,本件再現実験報告書(甲40)については,実際の原告の作業環境に問題はなかったにもかかわらず,原告の主張する問題のある作業環境を前提としており,信用性がないと主張する。
そこで,検討すると,確かに,本件再現実験は,実験室の窓及びドアを閉め,全体換気装置やドラフトなどを動かさない状態で行われている(甲40)。
しかし,認定事実(4)ア及びイのとおり,原告は,メチルエステル化作業及びアニオン界面活性剤音量測定業務の際に,ドラフトを使用していないと認められ,また,1 0 7号室及び110号室の屋外に通じる窓は基本的に開けられていなかったことが認められる(証人㎜)ことからすれば,これらの点については,原告の実際の作業環境と,再現実験の環境は異ならない。
また,換気扇については,仮に1 0 7号室及び110号室の換気扇が作動していたとしても,それら換気扇の能力が商いものではないこと(甲5の3,7の5,証人㎜,弁論の全趣旨)からすれば,本件再現実験報告書の結論を左右するものではないというべきである(なお,被告は,これら換気扇の換気能力が一時間当たり1260・であったと主張し,これに沿う㎜の供述を提出干るがに85),客観証拠がないことに照らして,上記㎜の供述は採用できない。)。
そうすると,本件再現実験の際の作業状況と,原告が実際に行っていた作業環境は,おおむね同じであったといえるから,本件再実験報告書の報告結果は信頼することができ,この点に関する被告の主張は採用できない。
(3)また,被告は,原告が平成6年から平成12年の定期健康診断の際に被告の産業医に対して有機溶剤中毒や化学物質過敏症であると申告したことはなかったことや,原告が本件検査分析業務から外れて5年以上が経過した平成18年5月26日付けの診断書において,化学物質過敏症との確定的な診断結果がないこと,平成22年7月22日付けの診断書においても,化学物質曝露は避けるべきとの意見がないこと,その他原告の言動に不自然な点が多々あったことを理由に,そもそも原告は化学物質過敏症に罹患していないと主張する。
しかしながら,証拠(乙60)によれば,原告が本件検査分析業務に従事していた際に,頻繁に頭痛,微熱,咳,嘔吐等の症状を理由に診療所を受診していたごとが認められるから,定期健康診断の際に申告していないことをもって,本件検査分析業務に従事していた際に原告が体調不良でなかったと認めることはできない。
また,診断書の記載については,上記平成18年5月2 6 日付けの診断書においても化学物質過敏症の疑いが強い旨の診断が,されていることに加え,認定事実(1)のとおり,化学物質過敏症は,いまだ原因,病態,治療法等が完全に解明されておらず,不明な部分が多いのであるから,同診断を行った㎜医師が,確定的に化学物質過敏症との診断を下さなかったことをもって,原告が化学物質過敏症を発症していないと認めることはできない。
上記平成22年7月22日付けの診断書については,化学物質過敏症との確定的な診断をしているのであるから,偶々化学物質の曝露は避けるべきとの記載がされていないことをもって,化学物質過敏症に罹患していないと認めることはできない。
なお,被告は,原告が本件検査分析業務に従事していたのは平成12年までであり,同年から事務棟での勤務を開始したと主張し,㎜課長もこれに沿う供述をしている(乙83)。
しかしながら,原告の平成12年度下期(10月~3月)の実績評価シートには本件検査分析業務に関する記載が多数ある一方で,事務棟における作業に関する記載はないこと(甲28の1),平成13年度上期(4月~9月)の実績評価シートには,4月から6月については液クロ検査や排水検査等の検査分析業務を行っていた旨,その後体調不良のために同年7月から家庭品グループに異動した旨の記載があること(甲28の2)及び認定事実(6)のとおり原告は平成13年6月15日に被告の診療所を受診して症状や職場変更の希望を述べていることに照らせば,前記I課長の供述は採用できず,原告は,平成13年6月まで本件検査分析業務に従事していたと認められる。
(4)以上のとおりであるから,被告の主張を検討してみても,前記認定を左右するに足りないから,上記のとおり,原告の症状と業務との間の因果関係が認められる。