1990 年代以降,室内空気質が社会的な問題となって以来,シックハウス症候群の定義は,「建物内の健康障害」という極めて広範囲であった。
そこで,2007 年,相澤らは厚生労働省の研究班のなかで,狭義のシックハウス症候群を以下のように定義している (9)。
すなわち,「建物内環境における,化学物質の関与が想定される皮膚・粘膜症状や頭痛・倦怠感等の多彩な非特異的症状群で,明らかな中毒,アレルギーなど,病因や病態が医学的に解明されているものを除く」である。
筆者は,日本においては,化学物質過敏症をこのシックハウス症候群の狭義の定義に近いが,さらに「建物内環境における」を除いた,「化学物質の関与が想定される皮膚・粘膜症状や頭痛・倦怠感等の多彩な非特異的症状群で,明らかな中毒,アレルギーなど,病因や病態が医学的に解明されているものを除く」と定義することが妥当だと考えている。
すなわち,「建物内環境という場だけに限定せず,様々環境から曝露された化学物質による健康障害であるが,中毒,免疫系,心因性の要因を除外してもなお説明ができない健康障害」という定義である。
現状では,患者の複雑な病像を説明できる機序や診断できる客観的な指標はない。
しかし,筆者は,化学物質過敏症の存在を否定せず,新しい科学的機序を仮定し,その病態を解明することこそが医学研究者の使命だと考えている。
我が国における行政の対応としては,1997 年 8 月,厚生省長期慢性疾患総合研究事業アレルギー研究班によって「化学物質過敏症パンフレット」が作成された。
そして 12 月,環境庁(旧環境省)の委託に基づき,財団法人公衆衛生協会に“本態性多種化学物質過敏状態に関する研究班”が設置された。
すなわち,厚生労働省では「化学物質過敏症」,環境省の研究委員会では医学的に疾病として確立されていないという理由から「本態性多種化学物質過敏状態」という名称を用いている。
診療においては,2009 年 10 月 1 日から化学物質過敏症は保険診療の病名リストに登録され,治療に健康保険が適用されるようになっている。
表 4 化学物質過敏症の診断基準(石川 哲)(1999 年)
まず他の疾患を除外し,症状と検査所見を合わせて判定する
A 主症状: 1 持続あるいは反復する頭痛 3 持続する倦怠感,疲労感
2 筋肉痛あるいは筋肉の不快感 4 関節痛
B 副症状: 1 咽頭痛 2 微熱 3 下痢・腹痛・便秘 4 羞明・一過性暗点
5 興奮・精神不安定・不眠 6 皮膚のかゆみ,感覚異常 7 月経過多など
C 検査所見: 1 副交感神経刺激型の瞳孔異常 4 SPECT による大脳皮質の明らかな機能低下
2 視空間周波数特性の明らかな閾値低下 5 誘発試験の陽性反応
3 眼球運動の典型的な異常
診断 主症状 2 項目+副症状 4 項目,または主症状 1 項目+副症状 6 項目+検査所見 2 項目