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神奈川労災職業病センター
2010年5月15日
化学物質過敏症の労災の救済を阻む「個別症例検討会」
内田正子(東京労働安全衛生センター事務局)
今年二月半ば、新聞各紙で化学物質過敏症の後遺障害を認定(障害一一級)した(神奈川・厚木労働基準監督署)事例が報じられ、注目を集めています。
一方、〇七年、厚生労働省が「化学物質に関する個別症例検討会」を設置して以来、化学物質過敏症での労災申請が相次いで不支給とされ続けています。
実際の事例を見ながら、その問題点を考えていきます。
【事例1】事業所の塗装工事による異臭で複数の労働者が発症
大手自然食の宅配会社のAさんとBさんは、〇三年六月、本社からC事業所への異動を命じられました。
C事業所は、他社の物流倉庫として使用されていた建物で、一部社員の異動に伴い改修工事が行われていました。
八月完成予定で工事途中でしたが、会社は、C事業所へ社員の入居を敢行。
AさんやBさんが勤務するフロアはまだ一部工事中で、接着剤やシンナーのような臭いが漂い、塗装工事も行われていましたが、社員には事前に周知されていませんでした。
そんな中、シンナーのような異臭がフロア内に流れ込む騒ぎが起き、二〇名ほどの労働者が具合が悪いと訴えました。AさんとBさんも立ち眩みや倦怠感、咽頭痛などに襲われました。
慌てた会社は、社員を本社へ緊急避難させましたが、工事完了後、再び社員をC事業所に戻しました。
その後間もなく、Aさんは仕事中にめまいに襲われ、救急搬送されました。
Bさんも倦怠感、鼻血、のどが詰まるような感覚に苦しむようになりました。
その後、二人は専門医療機関で「化学物質過敏症」と診断され、長い休業を余儀なくされたのです。
〇五年、東京労働安全衛生センターは、池袋労働基準監督署に労災請求した二人から相談を受け、サポートに入りました。
〇三年の異臭騒ぎで、同じ事業所で多数の労働者が同種の症状を訴えていた事実から、二人が何らかの化学物質にばく露したのは明らかでした。
後日、池袋労基署が依頼した東京労働局の労災協力医も、「同時期に同じ職場環境下の複数の社員が体調不良を訴え、医療機関を受診していることや、職場において症状の再発や増悪を繰り返したことは、職場環境と諸症状の因果関係を強く関連付けるものであると考える」との意見を述べています。
〇六年一一月、二つの事案は池袋労基署の手を離れ、厚生労働省へ委ねられました。
「化学物質過敏症」を正式な疾病とは認めない厚生労働省は、両事案を「新たな業務上疾病の認定事案」であるとして、本省協議事案として同省の職業病認定対策室へと回し、〇七年六月から開催された「化学物質に関する個別症例検討会」にかけました。
この個別症例検討会は、非公開で隔月開催というスローペース。
結局、両事案が検討されたのは同年一二月。
池袋労基署が全調査を終了してから一年余が経過していました。
〇八年四月、池袋労基署から結論が出ました。
二人が〇三年に発症した傷病は、同一事業所の複数の労働者の自覚症状を呈したことから、ばく露直後二ヶ月足らずの急性期は業務上としながらも、「その後、症状が遷延化していることについては未だ医学的知見が得られていない」とする個別症例検討会の意見書をそのまま引用し、二人がその後も長年にわたり苦しんでいる症状については不支給としたのです。
Bさんは、この事故による疾病で休職中に「契約期間満了」で解雇されそうになりました。
公共の相談機関等を利用して雇用は確保しましたが、会社は、「責任は労災の結果で判断する」の一点張り。
そんな折、この不支給処分を知った会社は、一切交渉を受け入れなくなり、雇用をつなぐことが難しい状況に陥ってしまいました。
現在、Bさんは個人加入の労働組合で再び雇用を確保して交渉を重ね、将来、職場復帰して生活の糧を得ることを目標にリハビリを行っています。
しかし、事故を基点に続く症状を、事故とは無関係とされた場合、職場復帰はあきらめざるを得ないのではという不安が常にあるそうです。
「労災保険がその制度上、一生を補償するものではないこと、症状固定という判断があることも十分わかっています。しかし、労働災害にあった者が会社と交渉し職場復帰して自立して生活できる環境を整えるといった意味でも、業務中に起きた事故を起因とし、その後も続く症状についてもきちんと労災で認めて欲しい」と、Bさんは訴えています。