※共同研究グループ
理化学研究所 計算科学研究機構 複合系気候科学研究チーム
客員研究員 佐藤 陽祐 (さとう ようすけ)(名古屋大学大学院工学研究科 助教)
チームリーダー 富田 浩文 (とみた ひろふみ)
東京大学 大気海洋研究所 気候変動現象研究部門 気候変動研究分野
准教授 鈴木 健太郎(すずき けんたろう)
九州大学 応用力学研究所 大気海洋環境研究センター 気候変動科学分野
教授 竹村 俊彦 (たけむら としひこ)
日本学術振興会特別研究員
道端 拓朗 (みちばた たくろう)
国立環境研究所 地域環境研究センター 大気環境モデリング研究室
主任研究員 五藤 大輔 (ごとう だいすけ)
宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門地球観測研究センター
センター長 中島 映至 (なかじま てるゆき)
1. 背景
大気中の粒子状浮遊物質であるエアロゾルは、雲の核となって雲を形成します。
雲粒は雲の寿命や太陽光の反射・吸収といった特性を変化させるため、気候変動に大きな影響を及ぼします。
このようなエアロゾルが雲に与える影響を「エアロゾル・雲相互作用」と呼びます。
これまでの気候予測において、このエアロゾル・雲相互作用の大きさの見積もりは非常に難しく、大きな不確実性がありました。
天気予報をはじめとする気象・気候の数値シミュレーションは地球全体を格子に切り分け、各格子における風速・風向・気温・気圧・湿度などの大気の状態を計算することで、さまざまな現象を表現しています。
エアロゾル・雲相互作用を正確に表現するためには、大気の状態に加えて、エアロゾルと雲それぞれについて、発生・移流・拡散・化学反応・除去・降水といった両者の輸送に関わる過程を計算する必要があります。
しかし、このようなエアロゾル・雲相互作用に関わる部分は大きな計算コストがかるため、従来の全球気候シミュレーションでは簡略化して表現していました。
一方、近年の衛星を用いた観測によって、これまでの気候予測に用いられる全球気候シミュレーションはエアロゾル・雲相互作用を過大に評価している可能性が指摘されています。
しかし、エアロゾル・雲相互作用を簡略化しているため、その原因を明らかにすることができませんでした。
大型計算機の発展により現在では、エアロゾル・雲相互作用を簡略化せず、詳細に表現できるほどの空間解像度での計算が可能になりましたが注1)、計算期間は数週間と短く、気候影響を評価できるほどの長期間の計算はできませんでした。そのため、エアロゾル・雲相互作用を詳細に再現できる空間解像度での長期間のシミュレーションが待ち望まれていました。
注1) 2016年5月25日プレスリリース 「北極域への「すす」の輸送メカニズムを解明」
2. 研究手法と成果
本研究では、全球雲解像モデルNICAM[5]にエアロゾル輸送過程の計算を担うSPRINTARS[6]モデルを結合し、全球でのエアロゾル輸送シミュレーションを行いました。
スーパーコンピュータ「京」を用いることで、14キロメートルの水平格子間隔という高い空間解像度を維持しつつ、従来よりも長期間である通年のシミュレーションを実現しました。これによって、エアロゾルの増減に伴い雲がどのように変化するかを計算し、従来の気候シミュレーションや実際の観測結果と比較しました。
従来の気候シミュレーションでは、エアロゾルが増加したときに全球のほとんどの場所で雲が増加しているのに対し(図1右)、観測では一部の領域を除いてエアロゾルの増加に伴って雲は減少しています(図1左)。
これは従来の気候シミュレーションは低解像度であるため、エアロゾルが雲に与える影響を過大に評価したことで、エアロゾルが増加するとほとんどの場所で雲が増加するという、観測とかけ離れた結果を示すことを意味しています。
一方、本研究で行った高解像度のシミュレーションでは、地球上の大半の場所で、エアロゾルが増加するのに伴い雲が減少しており(図1中)、観測で得られた分布を非常によく再現しています。
エアロゾル・雲相互作用の物理過程を詳細に計算した数値モデルによって初めて、この空間分布の再現に成功しました。
図1 エアロゾル・雲相互作用の指標の大きさの分布
衛星観測、本研究の高解像度シミュレーション、従来の低解像度シミュレーションによって計算されたエアロゾル濃度の変化に伴う雲の量の変化。
赤色(正の値)はエアロゾルの増加に伴って雲が増加する領域を示し、青色(負の値)はエアロゾルが増加すると雲が減少する領域を示す。
観測は全球的に負を示しており、エアロゾルが増えたときに雲が減る領域が多いが、従来の低解像度シミュレーションでは、ほとんどの領域で正を示しており、エアロゾルが増えると雲が増えていることを示している。
一方、今回の高解像度シミュレーションでは、観測と同様に全球的に負を示しており、エアロゾルが増えたときに雲が減る領域が多いことが分かる。
本研究では、エアゾロル・雲相互作用を詳細に表現することで、従来から指摘されていた"エアロゾルの増加によって雲の蒸発が促進され、その結果、雲が減少する場合がある"という現象を原理計算に基づいて明らかにしました。
また、この蒸発の効果を適切にモデルに取り入れることで、衛星観測で見られるようなエアロゾルの増加に伴って雲が減少する領域の再現が可能であることも分かりました。
さらに、従来の低解像度でのシミュレーションでは、この蒸発の効果が十分に再現されておらず、エアロゾルが増加した際に雲は全球で増加してしまうことも明らかにしました。