国立病院機構高知病院で2005年からMCSの診察を続ける小倉英郎医師(現在は非常勤)はこう話す。
「統計はとっていないが、MCSを発症する子どもたちが増えている印象がある。保育園や学校に通うようになり、香りつきの合成洗剤や柔軟剤を使う家庭の子どもたちと接触したことがきっかけになる場合が多い。高知県には(南国市の岡豊小学校など)MCS児童のための特別支援学級を設けたところもあるが、全国ではまだ、不十分な対応しかしていない学校が多いと聞いている」
休学状態が続く高校生
制汗スプレーで発症
中学、高校と学年が進むと、消臭除菌スプレーや制汗スプレーを使う生徒が増える。
札幌市の高校2年マリさん(仮名、女性、17歳)は、その被害者の一人だ。
マリさんは中学入学のころから、香水・洗剤・タバコ・排ガスなどが苦手になった。
なんとか通学して卒業。私立高に進み、周囲で使用される制汗スプレーにさらされてから、頭痛・吐き気におそわれるようになった。
次第に全身倦怠感・めまい・発熱・関節痛・食欲不振が加わり、通学が困難になった。
事情を説明すると、自分のクラスでは協力が得られたが、他のクラスでは協力してもらえなかった。
体育会系の部活動が盛んで、汗臭さを消すために制汗スプレーを使う生徒が多いのだ。防塵マスクを着けて通学していたが、症状はさらに悪化し、いまはほぼ休学の状態だ。
大学進学をめざし環境のよいところを探しているが、見つかるだろうか、と不安がよぎる。
教師も“被害者”に
生徒に近づけず、退職
埼玉県の市に住む臨時教員ヒカルさん(仮名、40歳代の女性)は、3年前、あるマンションへの引っ越ししたのが原因で、SHSと思われる体調不良になった。
転居するとややおさまったので、勤めを続けてきたが、一昨年6月に勤務し始めた都立の特別支援学校で、強い柔軟剤臭のする生徒たちに接すると、症状が出て指導するのが難しくなった。
1クラス5~6人しかいないが、生徒の着替えやトイレ介助などで体を密着することが多い。校外歩行で一斉に虫よけスプレーをかけられるのが、耐えられない。勤務1ヵ月で、右股関節が激痛で2日間歩けなくなるようなことも起きた。
MCSになったようだと管理職に訴え、生徒たちと接触しない仕事に変えてもらったが、間もなく同僚の教員の柔軟剤や整髪剤にも反応するようになり、更衣室にも職員室にもいられなくなった。
昨年2月に東京の専門クリニックでMCSの診断を受けたころには、食べたり歩いたりする力さえなくなり、任期を2週間残して退職した。
いまは回復に努める日々。
小中高校と特別支援学校の教員免許を持っているので、臨時教員を務めてほしいとの申し出は絶えない。
しかし、「香害」のある職場では働けないと断り続けている。
校内は香りつき製品を禁止に
受動喫煙防止と同じ対策必要
マリさんを診察した札幌市の開業医・渡辺一彦医師(渡辺一彦小児科医院院長)は、学校が香害対策に消極的な背景をこう説明する。
―文部科学省の「学校環境衛生基準」が、ホルムアルデヒドなど6種類の揮発性有機化合物(VOC)を基準値以下にするよう定めているため、教育現場では、6種類のVOCが基準値以下なら、SHSは発生しないという誤解がいまだにまかり通っている(注2)。
この結果、近年、急増している柔軟剤・化粧品や消臭・制汗スプレーなど、「香害」による健康被害が軽視される。
しかも、香り商品を使うかどうかは個人の好みの問題で、口出しできないという考えだから、MCSなどになった児童・生徒に対し十分な配慮ができないー。
渡辺医師は「学校の香害はもう放置できない段階だ」とし、厳しい対策が必要だと訴える。
香害はタバコでいえば「受動喫煙」に当たるが、受動喫煙防止対策として厚生労働省は「学校は原則、敷地内禁煙」にする方針だ。
同様の対策を香り製品についても取るべきではないか。
(注2)学校が原因のSHSは「シックスクール症候群」と呼ばれることもある。