器官毒性
● トリクロルフォンは、コリンエステラーゼ及び適切な神経機能を果たすために必要な酵素を阻害することによって、主に神経系に影響する。
それ以外の標的器官に、肝臓や肺・骨髄(造血器)がある。
● 有機燐剤トリクロルホンやジクロルボス・ジメトエート・ソマン・トリオーソクレシルホスフェートなどをテンジクネズミの妊娠42-46日にに投与し、子供が産まれたときに脳重量を調べた。
脳重量が大きく減少したのはトリクロルフォンとジクロルボスであり、他の投与では起こらなかった。
重量の減少は脳の部位である小脳・延髄・視床と視床下部・四丘体で起こった。
大脳皮質と海馬では影響は少なかった。
強力な抗コリンエステラーゼ剤であるソマン(毒ガス)やニューロパチー標的エステラーゼneuropathy target esteraseの強力な阻害剤であるTOCPでは何らの影響も生じないことから、これらの機構とは関連がない。
障害発生にDNAのアルキル化が関連していることが示される[8]
● トリクロルホンは神経線維の発達を阻害すると思われる。
培養液から血清をなくすと分化が誘導される培養した神経芽細胞を用いて、軸索(神経細胞の突起)の成長に対するトリクロルホンの影響を調べた。
トリクロルホンは1および2μg/mlの濃度で軸索様突起の成長を抑制することが発見された。
このことはニューロフィラメントの高分子量蛋白サブユニットの減少と関連していた[4]。
人間と動物での運命
● トリクロルフォンの吸収と分布・排泄は急速である。
マウスに経口投与された量の約70-80%は、投与後最初の12時間に排泄される[1]。
同じように急速な除去は腹腔注射後、ブタで見られている[1]。
● 想定されるトリクロルフォンの代謝物(DDVP)は、被ばくしたウシの体組織で認められている。この殺虫剤を[ウシに]「注いで」使用した後に、トリクロルフォンが牛乳から検出された[1]。
生態影響
鳥類に対する影響
● トリクロルフォンは鳥類に対して、中~高度の毒性がある。
鳥類の中毒兆候には次のものがある。
おう吐・アンバランス・ふるえ・緩慢・動きの低下・羽をふるわす痙攣(けいれん)。
中毒の兆候は被曝後10分という早さで現れ、通常、投与後30分~3時間内に死亡する[1]。
処理した餌を5日間与え、次いで未処理の餌を3日間与えた、生後2週間のウズラで、餌中トリクロルフォンの推定LC50[動物の半分が死ぬ濃度]は、約1800 ppmであった[1]。
卵に100 ppmのトリクロルフォン(アセトンに溶かして)を注射したとき、約77%のニワトリの胚(はい)が死んだ[1]。
● トリクロルフォンの急性経口LD50は、マガモで36.8 mg/kg、コリンウズラで22.4 mg/kg、カリフォルニアウズラで59.3 mg/kg、雄のキジで95.9 mg/kg、カワラバトで23 mg/kgであった[1]。
水生生物に対する影響
● 工業的な形や製剤の両方で、トリクロルホンは、ミジンコやカワゲラ・カニ・数種類の淡水魚種に非常に有毒である[1]。
● LC50は、ミジンコで0.18 mg/L (48時間)、カワゲラで0.01 mg/L、ニジマスで1.4 mg/L、カワマスで2.5 mg/L、ナマズの一種で0.88 mg/L、ブルーギルで0.26 mg/Lである[1]。
● 野外での毒性は、温度やpH、水の硬度など多くの要因に影響され、それは種によって異なる影響がある[1]。
一部の種で、10℃の温度差は、96時間LC50値で7-60倍の差を生じる。
pH6.5からpH 8.5への変化の影響は、いくつかの種類で13-20倍の変化を生じた[1]。
一般に、温度が高く、pHが高いと、毒性は増加する(即ち、観察されるLC50は低下する)。
●トリクロルホンが魚に濃縮する可能性はない[1]。
ほかの生物への影響
● トリクロルフォンはある種の益虫や非標的昆虫に中から強い急性毒性を持つ。
この農薬はそのほかの野生動物にも有毒であろう[1]。
● ハチに対してトリクロルフォンは毒性が低く、最小限の害でミツバチの周囲で使うことができる[1]。
環境中での運命
土と地下水中での分解
● トリクロルフォンは、好気的土壌中で急速に分解あるいは劣化し、半減期は3-27日である。平均10日の半減期が報告されている[1]。
● 主な分解産物はジクロルボス(DDVP)である[1]。
● 様々な構成及び有機物含量の土壌中で、トリクロルフォンは土壌環境中で残留性が低い。
トリクロルフォンは土壌粒子に強く吸着されず、水に容易に溶け、非常に移動する。
土壌の有機物含量は、土壌中のトリクロルフォン移動に影響するようには見えない[1]。
水中での分解
● トリクロルフォンはアルカリ性(pH 8.5)の池の水中で急速に分解する。
散布したトリクロルフォンの約99%が2時間以内に分解した。酸性(pH 5.0)条件に保った、同じ池の水中で、2時間安定であった。
水中のトリクロルフォンの主要分解産物はジクロルボス(DDVP)である。この殺虫剤は20℃の水中で、526日に渡って検出できる濃度で残っていた[1]。
植物中での分解
● 森林環境中のトリクロルフォン消失に関する研究は、葉や落葉中に残留しないことを示している。
おおよその残留期間は、植物で7-10日である。
リンゴの葉やカーネーション・ヒャクニチソウで薬害が報告されている[1]。