6、生化学的個別性
MCS患者はそれぞ れが、体や脳を攻撃する慢性的炎症につながるような引き金となる事象、引き金、媒介因子を経験した生化学的な個体である。
いったん活性化され ると、慢性的炎症が(血液脳関門;BBBと言われる)脳内のグリア細胞の免疫活性につながる。
グリア細胞は胃腸の免疫細胞と連携しているので、慢性的消化 不良が、気分や行動障害、てんかん発作、偏頭痛、多動症、鬱といった形で脳内においても生じていると考えられる。
胃腸と消化システム における炎症の原因は薬、化学物質、溶剤、重金属、感染症、それに隠れた食物アレルギーが考えられる。
最近の動物実験で は、過敏性腸症候群ンの患者から採取された組織にあるマスト細胞から放出された媒介因子はラットの内臓痛覚ニューロン(痛みを引き起こすニューロン)の炎 症を助長させるということがわかった。
つまり、炎症性の媒介因子は神経システムに影響を及ぼすということである。
また、視床下部下垂体中枢(HPA)と胃 腸免疫システムには関連性がある。副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)と糖質コルチコイドの量が慢性的に高いレベルにある慢性的ストレスは、炎症促進作用の あるサイトカインの一種、インターロイキン6(IL6)とインターロイキン8(IL8)を放出させる原因となる。
化学物質は体と脳双 方における炎症過程を上方制御する作用があるため、MCS患者に対しては炎症元となる体と脳双方を分析する必要がある。
こうした知見にもと づき、MCS患者診断においては、患者の体で慢性的炎症過程―毒物や生物学的引き金や媒介因子によってもたらされる持続的炎症―にまで移行しているかを診 断調査しなければならない。
7、MCS患者用に 推奨される診断プログラム
7.1 代謝と栄養 状態(有機酸分析データ)、毒物など
生化学研究において 過去数年で最も盛んな分野は、生化学的疾病の媒介因子の特定と個別化である。
毒物学テストを含む一般的な医療分析に加えて、新たな尿テスト―有機酸分析 (オルガニクス分析データ)- がMCS患者にとっての引き金や媒介因子を突き止めるのに役立つ。
独自に編み出した包 括的オルガニクステスト(特許出願中)は体の細胞代謝の過程と代謝機能の効率性に焦点をあてる。
栄養学的治療が可能な解毒の際の代謝障害や問題、腸内毒素 症、酸化ストレスを特定することで、患者個人に合わせた介入治療が可能となる。
焦点を絞った治療に よって、患者の反応を最大限に高めることで、より効果的な結果が得られるようになる。
MCS患者は、エネ ルギー生産欠乏(ATP;アデノシン三リン酸)をもたらすミトコンドリア障害の兆候を示すことが多い。
体は解毒のためにエネルギーの8割を必要とするた め、ミトコンドリア障害は解毒機能の低下と直接的に結び付くことになる。
グルタチオンやアルファリポ酸、コエンザイムQ10(ユビキノン)といった物質 は、ミトコンドリアの働きを助けることで、エネルギーレベルを上げて解毒能力を高める。
7.2 重金属毒 性
元素には細胞に蓄積 し毒性効果をもたらすものもある。重金属毒性は環境が健康に及ぼす深刻な懸念である。
鉛やカドミウム、水銀、ヒ素などの毒性負荷は、とりわけ子供の脳や神 経システムに深刻なダメージを与える可能性がある。
毒性成分は様々なメカニズムによって多くの悪影響をもたらす。
そのメカニズムの一 つ、不可逆的酵素阻害は貧血症状として現れるが、これは鉛がヘモグロビン合成過程の酵素と結びつくことで生じる。
水銀は酵素中毒症を発症させる。鉛や水銀 はグルタチオンを減少させ、ビタミンB12(メチルB12)欠乏症を起こす。
ヒ素の発がん作用は DNA修復阻害の結果と考えられる。
染色体が損傷する変異原性は、カドミウムや鉛、ニッケルの活性酸素発生作用に関連している。
栄養成分や毒物成分 は血液や尿、毛髪から測定することが可能である。
毛髪は血液と比べて 数百倍も重金属を蓄積するため、人間や動物の慢性的重金属曝露を検査する際の有効性について定評がある。
なんらかの重金属が毛髪に蓄積されている場合に は、曝露原因の調査が妥当である。
毛髪の重金属レベルが高濃度であることは、他の兆候や症状が出る以前に慢性的な曝露状態にあったことを示していると推測 できる。
もう一つ別の診断方 法としてポルフィリン分析がある。
(訳注;ポルフィリンとは、有機化合物の一つで生命の色素ともよばれ、酸素運搬や光合成など生体内の様々な機能にかかわ る。)
ポルフィリン分析結果は患者の重金属中毒や有機化学物質の曝露の度合いを特定するのに役立つ。
化学物質曝露や重金属負荷は身体に影響を及ぼし、代謝 や細胞機能の悪化を招く。
尿中のポルフィリン測定はまたMCS患者の治療経過観察にも役立つ。