20:平成16年度本態性多種化学物質過敏状態の調査研究 | 化学物質過敏症 runのブログ

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2 脾臓細胞における Th2 タイプのサイトカインである IL-4,IL-5, IL-10 の産生では、ホル ムアルデヒド曝露群と対照群とで有意な差はみられなかった。

Th1 タイプのサイトカインで ある IFN-γ産生量の比較でもホルムアルデヒド曝露の影響はみられなかった。 
 
3 抗原特異的抗体価の変動について、血漿中での抗 OVA IgE 抗体価、抗 OVA IgG1 抗体価に ついては、両系統でまったく曝露の影響は認められていない。

抗 OVA IgG2a 抗体価において は、+/+ マウスでは曝露の影響は見られず、 W/Wv マウスにおいてはホルムアルデヒド曝露 群の方がやや増加傾向を示したが、有意差はみられなかった。 
 
4 血漿中でのサイトカインの変動では、好酸球の活性化因子であり、アレルギー反応の増 悪に関連する IL-5 については、+/+ マウスではホルムアルデヒド曝露による低下傾向がみら れ、 W/Wv マウスにおいては逆にホルムアルデヒド曝露群の方がやや増加傾向を示したが、 ともに有意な差はみられなかった。

KC ケモカインと単球、活性化した T 細胞、未熟樹状細胞 などのケモカインである Th2 タイプの反応に関連する MCP-1 を測定した結果、KC 産生では+/+ マウスでの変動はなく、W/Wv マウスではホルムアルデヒド曝露による増加傾向がみられた。

 MCP-1 産生では、ホルムアルデヒド曝露による有意な差はみられなかったが、W/Wv マウスで はホルムアルデヒド曝露による増加の傾向が認められた。 
 
(4)考察 アレルギー反応とは異なる過敏状態の誘導の有無について調べることを当初の目的に研究 を開始した。

本研究で用いた 80, 400, 2000ppb の低濃度のホルムアルデヒド曝露のみでは、 呼吸器、胸腺、脾臓、血液中の免疫指標に顕著な変化はみられなかった。

しかしながら、抗 原の吸入感作により免疫系を活性化した状態のアレルギー性炎症モデルマウスにホルムアル デヒドを曝露するといくつかの指標において変動が認められた。

2000ppb 曝露群で抗原の吸 入感作を行うことにより炎症性細胞の集積が肺胞洗浄液中でみられ、400ppb と 2000ppb 曝露 マウスの脾臓細胞からの MCP-1 産生の増加もみられた1)。

また、IL-1βの肺胞洗浄液中の低下 も認められた。

これらは、いずれも濃度―依存性を示した。

しかしながら、これまでに報告 されたホルムアルデヒド曝露による I 型アレルギー反応が亢進する作用2)については IgE 抗 体レベル、Th2 タイプのサイトカイン産生レベルでは認められなかった。

この理由として、 ホルムアルデヒドの曝露期間、曝露様式、抗原感作条件、系統差などの違いが関与している 可能性が考えられる。

今回われわれが用いた C3H マウスは、環境化学、免疫学、薬物学では 通常用いられ、IgE 産生系も応答性は低くない系統である。 

本研究で、OVA抗原感作したマウスに低濃度ホルムアルデヒドを曝露することで、脳内のNGF
産生が増強することを明らかにした。

また、OVA抗原単独あるいはホルムアルデヒド曝露単独 ではこのNGF増強は顕れないことから、免疫刺激とホルムアルデヒド曝露が複合的に作用する ことで、脳においてはじめて影響が顕れることが示唆された。

さらに詳細に解析するために、 NGF mRNAの発現を海馬で調べ、メッセージと蛋白レベルでの増強が確認できた3)。

このNGF増 強について免疫組織化学的手法を用いて再検証したところ、400ppb ホルムアルデヒド曝露と OVA刺激により、海馬においてNGF陽性反応の増強が確認できた。

化学物質曝露が及ぼす影響 を調べる際に、海馬のNGF発現は極めて鋭敏かつ信頼性の高い指標になる可能性が示唆された。
 NGF は、末梢の交感神経の発生や中枢神経系のコリン作動性ニューロンの発生と維持、中 枢神経組織の損傷修復、また、神経、免疫、内分泌間での相互作用の調節にも関与していると 考えられている。

ところが、BDNF においては NGF のような増強はみられなかったので、栄養 因子に共通した影響ではないと考えられる。

NGF については、最近、線維芽細胞やケラチノ サイトのみならず T 細胞や B 細胞などのリンパ球、マクロファージ、肥満細胞、好酸球なども 産生することが報告されている4)。

NGF は、IL-6 産生を亢進し、TNFα産生は抑制するとの報 告もみられ、サイトカインの制御機構にも関与していることが示された。

OVA を抗原として 使用したアレルギー性喘息モデルマウスにおいて IL-4 や IL-5 産生の増加や IgE 産生の亢進 と共に血清中、肺胞洗浄液中の NGF の増加が報告されている5)6)。

また、NGF はサブスタン ス P の産生を増強し、肥満細胞を活性化することにより炎症に関与し、さらに痛覚過敏や喘 息にかかわる気道平滑筋の過敏反応にも関連があるという。 

これまでの低濃度ホルムアルデヒドを曝露することでみられた免疫系、あるいは脳神経系 の変化が化学物質特異的か否かを検討するために、低濃度トルエン曝露をおこない比較検討 した。トルエンの12週間曝露は肺における炎症性細胞、中でもマクロファージ数の増加に おいては有意な差がみられ、サイトカインとしての IFN-γにおける変動が観察された。

しかし ながら、アレルギーモデルマウスへのトルエン曝露においては、アレルギー反応にかかわる 抗原特異的IgE抗体やIL-4サイトカインでの増加はみられずアレルギー反応の増強効果はみ られなかった。

また、脳内海馬での NGF 産生においてもホルムアルデヒド曝露で観察された ような増加は認められなかった。

今回の濃度のトルエン曝露では、ホルムアルデヒド曝露と 同様な過敏状態は認められない。 NGF の発現増強は、脳が慢性的あるいは亜慢性的に変化している可能性を示している。

ま た、NGF の発現は、cfos の発現により調節を受けており、cfos の発現は NMDA やド―パミ ン受容体の働きにより誘導されることが報告されている7,8)。

そこで次に、神経伝達物質(グ ルタミン酸およびドーパミン)受容体 mRNA の発現量を調べたところ、400ppb ホルムアルデ ヒド曝露及び抗原感作により、海馬において NMDA 型グルタミン酸受容体のサブユニットやド ーパミン D1 受容体 mRNA の増加が認められた。

また、扁桃体ではε1 mRNA、ε2 mRNA、D1 受容体 mRNA の増加が認められた。 

海馬は記憶形成の部位であり、また NMDA 型受容体は記憶形成・保持に重要な働きをもつこ とが示唆されており、このサブユニット構成が海馬において変化したことは、脳の記憶形成 機構に変化が生じた可能性を示唆している。また扁桃体は情動の中心的な部位であり、ε1、 ε2、D1 の増加は、情動機能の変化の可能性を示唆すると考えられる。 
今回の研究で、低濃度ホルムアルデヒド曝露により海馬の神経伝達物質受容体 mRNA の発 現が大きく変動することが確認された。

また、トルエン曝露の影響と OVA 刺激による変動に ついて調べたところ、興味深い結果が得られた。トルエン曝露により D1 受容体 mRNA の発 現量はホルムアルデヒド曝露よりも大きな変化が見られたが、他の D2 受容体、ε1 及びε2 サブユニットの発現量はトルエン曝露の影響がみられなかった。

以上のことから、ホルムア ルデヒド曝露による D2、ε1 及びε2 の変化はホルムアルデヒド曝露特異的である可能性が 考えられる。

神経伝達物質 mRNA の発現変動は、その細胞が蛋白質発現量を変化させようとし た能動的な変化を反映していると考えられる。

NMDA 受容体は神経系における記憶形成に主要 な役割をもつと考えられており、Pall (2002)9は、MCS における化学物質に対する感受性亢進 に NMDA 受容体が関与するのではいかという仮説を提唱している。

今回得られた、免疫系刺激 と低濃度ホルムアルデヒド曝露による海馬 NMDA 受容体サブユニット mRNA 量の変化はこの仮 説を強く支持するものと考えられる。 

これまでの神経伝達物質の研究から、トルエン曝露はホルムアルデヒド曝露とは異なる過 敏な状態に関与する可能性が考えられるが、どちらの曝露の場合も抗原 OVA 刺激が加わるこ とがより過敏な状態を誘導しやすいことを示唆している。 

NGF はサブスタンス P の産生を増強し、肥満細胞を活性化することにより炎症に関与し、 さらに痛覚過敏や喘息にかかわる気道平滑筋の過敏反応にも関連があるという報告もみられ る 10)。

しかしながら、アレルギー反応の発症に重要な肥満細胞への影響に関して、鼻粘膜や 肺における肥満細胞の数に変化がみられなかったこと、肥満細胞欠損マウスと正常対照マウ スとで曝露による差がみられなかったことから、肥満細胞への影響はあまりみられないと思 われる。

また、抗原刺激とホルムアルデヒド 2000ppb 曝露による肥満細胞欠損マウスへの影 響についての解析でくしゃみ様症状に増加がみられなかったことから、C3H マウスの行動変 化としてみられたくしゃみ様症状の増加に肥満細胞はあまり積極的には関与していないこと が示唆された。