3-2 脾臓でのリンパ球亜集団の変動と Th1/Th2 サイトカイン産生の解析、及び血漿中の伝 達因子の解析 リンパ性器官である脾臓と血中におけるリンパ球亜集団のホルムアルデヒド曝露による変 動をフローサイトメトリー分析した。
その結果、今回用いた曝露濃度では CD4 陽性 T 細胞、 CD8 陽性 T 細胞と CD19 陽性 B 細胞の割合において、曝露群とコントロール群との差はみられ なかった。
Th1/Th2 サイトカイン・ケモカインの産生への影響を脾臓細胞を48時間培養して その上清中で調べたが、IL-4、IL-5 及び IFN-γ産生においては、ホルムアルデヒド曝露によ る有意な変化はみられなかった。
次にマクロファージ、樹状細胞、抗原提示細胞から主に分泌されるケモカインのうち、Th1 タイプの誘導にかかわるケモカインである MIP-1αと Th2 タイプの誘導にかかわる MCP-1 につ いて24時間培養後の培養上清で調べた。
MIP-1αでは抗原刺激による差はみられなかったが、 Th2 タイプの誘導にかかわる MCP-1 の産生では、濃度依存的に上昇し 400ppb と 2000ppb 曝露 群で有意な増加が認められた。
なお、ホルムアルデヒド曝露のみでは、血漿中の MCP-1 産生に低下が見られ、2000ppb で は有意であった。
しかしながら、アレルギーモデルマウスでは、低下傾向がみられたのみで あった。好中球の走化性にかかわる KC ケモカインの産生を調べると、免疫していないマウス で、ホルムアルデヒド濃度依存的な増加(2000 ppb では有意)がみられた。
末梢神経の終末 より分泌され NGF により増加し炎症の誘導に関与する Substance P について血漿中で検討した。
免疫していないマウスの血漿中では、ホルムアルデヒドの濃度依存的に Substance P の 増加が認められた。
しかしながら、免疫したマウスへのホルムアルデヒド曝露では、曝露に よる低下傾向が認められた。
トルエン曝露による脾臓でのサイトカイン mRNA の発現について、リアルタイム PCR で検討 した。
その結果、抗原感作なし群では対照群とトルエン曝露とで変化は認めなかったが、抗 原感作したアレルギーモデルマウスでは IL-12mRNA の顕著な低下がみられ、IL-4 も低下傾向 を示した。
3-3 血中抗体価の変動解析 全身の免疫系への影響指標としての血漿中の抗原特異的抗体価と総抗体価を ELISA 法によ って測定した結果では、総 IgE 抗体価においてホルムアルデヒド曝露のみの群では増加傾向 がみられたが、抗原感作群へのホルムアルデヒド曝露では有意な差はみられなかった。抗原 特異的 IgE 抗体価、IgG1 抗体価、IgG2a 抗体価においては再現性のある有意な差は認めなかった。
トルエン曝露したマウス血漿中の OVA 特異的な抗体価を測定すると、抗 OVA IgG2a で有意 な増加がみられたが、IgE,IgG1 レベルでは差はみられなかった。
血漿中の総抗体価において は、トルエン曝露による IgE 抗体価で有意な増加がみられた。
3-4 脳内サイトカインと神経栄養因子の変動 脳における炎症性サイトカイン等の産生への影響を調べるために、ホルモン分泌の調節機 能をもつ下垂体、記憶にかかわる海馬、情報の受け取りに重要な線条体を取り出しそれぞれの 領域における産生量を測定した。
ホルムアルデヒドのみの曝露、あるいは抗原感作とホルム アルデヒド曝露によるそれぞれの領域での産生において、IL-6、TNFα、IL-1β,IL-12p40, TGFβ のいずれにおいても曝露群と対照群との間に有意な差はみられなかった。
脳における神経栄養因子産生への影響を調べるために下垂体、海馬、 線条体の組織での NGF 産生についてホルムアルデヒドのみの曝露、あるいはアレルギーモデルにホルムアルデ ヒド曝露したマウスで検討した。
その結果、抗原吸入感作しホルムアルデヒド曝露したマウスの海馬において 400ppb で有意な増加を認めた。
下垂体と線条体では海馬と比べると低い産 生量を示し曝露群とコントロール群との間に変化はみられなかった。
ホルムアルデヒド曝露 のみのマウスでは、下垂体や線条体と同様海馬においても差はみられなかった。
NGF と同様 な働きをもつ BDNF の産生量についても下垂体、海馬、線条体で検討した。
BDNF 産生量はホル ムアルデヒドのみを曝露したマウス、あるいは抗原感作とホルムアルデヒド曝露したマウスでも下垂体と線条体での産生量は非常に低く、また海馬においても曝露群と対照群とで差は みられなかった。
そこで、低濃度ホルムアルデヒド曝露と抗原感作による海馬での NGFmRNA について検討し た。
蛋白レベルの結果と同様に、対照群と比べて、80 と 400 ppb 曝露群での顕著な発現増強 が見られた。
2000 ppb では対照群と同程度の発現であった。
海馬を含む前額断切片について NGF の免疫組織化学的検討を行った。
対照群の海馬では CA1 領域から CA3 領域にかけて、また歯状回の細胞において NGF 陽性反応が認められた。
この発 現パターンは、神経細胞を特異的に染色するニッスル染色の発現パターンと酷似しているこ とから、NGF の発現は神経細胞に特に強く見られることが確認された。
一方 400 ppb 曝露 -OVA(+)群では、対照群と比較して明らかな NGF 発現増強が認められた。
3-5 神経―免疫軸での神経伝達物質受容体解析 RT-PCR による半定量では、海馬と扁桃体で比較した。
ドーパミン受容体 D1 受容体 mRNA は、トルエン曝露により有意な上昇がみられた。
D2 受容体 mRNA は、ホルムアルデヒド曝 露により対照群と比較して有意な上昇が認められた。
NMDA 型グルタミン酸受容体サブユニ ットε1mRNA は、OVA 刺激による有意な上昇がみられ、ホルムアルデヒド曝露により発現が上 昇し、すなわち OVA 刺激とホルムアルデヒド曝露の相加効果が見られた。
ε2mRNA は、ホル ムアルデヒド曝露では有意な低下がみられたのに対し、アレルギーモデルでは顕著に上昇した。
扁桃体では、アレルギーモデルマウスへのホルムアルデヒド曝露でε1、ε2 の増加、D1 の増加が認められた。D2 にはの変化は認められなかった。
C3H マウスの海馬を含む前額断切片について NMDAR2A の免疫組織化学的検討を行った。 400 ppb ホルムアルデヒド曝露したアレルギーモデルマウス海馬の NMDAR2A は、対照群に比 べて強く発現する傾向が認められた。
3-6 肥満細胞欠損マウスを用いた研究結果 1 肺胞洗浄液中での炎症性細胞の変動については、+/+マウス(肥満細胞が正常に存在して いる)では対照群と比べホルムアルデヒド曝露群で肺胞マクロファージの数に顕著な増加が みられた。W/Wv マウス(肥満細胞が欠損している)では、肺胞マクロファージの数には影響 がみられないものの、好酸球とリンパ球においてホルムアルデヒド曝露による有意な増加が 認められた。