(5)まとめ 低濃度ホルムアルデヒド曝露により、アレルギー反応の誘導にかかわる炎症性反応の指標 の増強は認められなかった。
ただし、海馬内における一部の神経伝達物質の mRNA レベルでは 動きがみられた。アレルギーモデルに低濃度ホルムアルデヒド曝露を併用すると、2000 ppb レベルでは炎症性の反応指標の動きに有意な変化がみられた。
しかしながら、これらの変化 はアレルギー反応の増悪作用とは異なっていた。
特に、これまで明らかになっていなかった 神経栄養因子や神経伝達物質において非常に低い曝露濃度に依存しない動きが見られたこと は、脳内の他の領域でみられている反応の異常と関連して過敏な状態の誘導に関わっている 可能性を示唆していると考えられる。
5.ホルムアルデヒド曝露後の自発運動量の観察、およびホルムアルデヒドあるいはトルエ ン吸入曝露によるマウスのくしゃみ様症状の定量
研究協力者 欅田尚樹、笛田由紀子、嵐谷奎一(産業医科大学産業保健学部)
(1)研究目的 MCSの動物モデルとして行動毒性モデルが検索手段のひとつとして検討されている。
ここ では、アンビュロメーターを用いて、曝露期間内での自発運動活性の一種である移所運動活 性の変化と 3 ヶ月曝露終了時の中枢刺激薬による感受性亢進の有無について検討した。
また、ホルムアルデヒド曝露により、濃度依存的にくしゃみ様症状の増加が観察されたの で、この症状がホルムアルデヒド特異的な現象なのかトルエン曝露群との比較から検討した。
くしゃみの機序の解明を目指してホルムアルデヒド曝露終了後にカプサイシンを点鼻してく しゃみの誘導の差異を比較した。
(2)研究方法 1.移所運動活性の測定: 曝露開始 1 ヶ月、2 ヶ月の時点で無刺激の自発運動活性を、3 ヶ月終了時点において中枢刺激薬としてantidepressantのbupropion hydrochloride (10mg/kg) の 皮下投与を行い移所運動活性を、それぞれ群大式アンビュロメーターを用いて測定した。
な お、測定は明期の午前 10 時頃から午後 4 時頃までの時間に行った。
アンビュロメーターはマ ウスを入れるバケツ型の容器の底の中心に釘を立て、中のマウスが移動することでバケツが 傾くのをマイクロスイッチで検知して数値化する簡単な構造で、動物の自発運動活性のうち 移所運動活性を評価する機器である。
2.くしゃみの定量法:2 ヶ月、および 3 ヶ月曝露終了時点において、各マウスを一匹用 個別ケージに入れ、15 分間目視にてくしゃみをカウントした。
さらに 3 ヶ月曝露終了時点の観察においては、無髄神経線維である C 線維よりサブスタンス P やタキキニンなどの神経ペプチドを放出し咳嗽刺激を引き起こすことが知られておりカプ サイシンを 10mM, 10μl を点鼻し、点鼻 10 分後から 15 分間のくしゃみの誘導の差異を観察し た。
(3)研究結果 1.移所運動活性:図1に曝露1ヶ月時点における、測定器にセットされた時点から最初 の 1 時間の移所運動活性を示す。各群間に相違は認めなかった。
同様に図2には曝露2ヶ月時点での移所運動活性を示す。最初の1時間の合計カウントは、 分散分析の結果、群間において差違を認め、2000ppb だけがコントロール群より有意に高い カウント数を示した。図3に 3 ヶ月曝露終了時点での移所運動活性の変化を示す。
今回はマ ウスを測定機器に入れて最初の 30 分間の順応時間をおいた後に、bupropion (10mg/kg) を皮下 投与し引き続き1時間の行動量の変化を観察した。その結果、最初の 30 分間の順応期間中の自発運動活性は先の 2 ヶ月時点と同様に 2000ppb 群において高い値を示した。bupropion 刺激 後はいずれの群も運動量の増加を認めたが、その経時変化はいずれの群でも同様であった。
図4に bupropion 刺激後1時間のカウント合計を示しているが、多重比較検定の結果、2000ppb 群のみが 0ppb コントロール群より高値を示した。またルームコントロールにおいたマウスは 0ppb コントロール群とほぼ同様の反応を示しとくに相違を認めなかった。
2.くしゃみの変化: 1)ホルムアルデヒド曝露:曝露2ヶ月時での C3H/HeN マウスのくしゃみの回数を図5に 示す。
この時点ですでに、曝露濃度依存的なくしゃみの増加が観察された。
曝露終了時点で のくしゃみの回数は図6に示すように、回数はさらに増加し濃度依存性をきれいに認めた。
加えて OVA の感作により、非感作群に比べ有意な増加を認めた(平成 13 年度)。
これらの結 果は、平成 14 年度においても図 7 に示すように繰り返し同様に観察された。
一方、淡白抗原 である OVA で免疫した群と異なり、ホルムアルデヒド曝露開始の前にトルエンの前曝露を 500ppm,昼間に 6 時間,連続 3 日間吸入曝露で実施した群においては、ホルムアルデヒド曝 露単独群と相違を認めなかった(図 8:平成 14 年度)。
2)トルエン曝露:トルエン単独 50ppm12 週間曝露時のくしゃみの回数を図9にホルムア ルデヒド 2000ppb 群を一緒にして示す。
2000ppb ホルムアルデヒド曝露群は他の 4 群いずれ に対しても有意にくしゃみの増加を認めた。
しかし、ホルムアルデヒド曝露群をのぞいた 4 群間に関しては、群間に差を認めなかった。
すなわちトルエン曝露はマウスにくしゃみを誘 発することはなかった。
3)カプサイシン点鼻の影響:OVA で免疫感作した群においては、これまでの観察同様に ホルムアルデヒド曝露によるくしゃみの誘発が増幅されている傾向が示された。
これらマウ スに、ごく微量のカプサイシンを点鼻したところ、無処置コントロールマウスでは有意なく しゃみの誘発が引き起こされたが、ホルムアルデヒド曝露群、および OVA 感作群ではくしゃ みの有意な増加は認めなかった(図10)。
(4)考察 昨年度までの観察で、ホルムアルデヒド曝露により比較的鋭敏に観察される指標としてく しゃみが見出されたが、今年の観察でも再現性よく観察された。
一方、12週間曝露実験を行 ったトルエンによっては 50ppm とホルムアルデヒドに比較しては高い濃度においてもくし ゃみの誘発は観察されず、化学物質による特異性が見出された。
ホルムアルデヒドにより誘発されるくしゃみは、その後のカプサイシン刺激では増幅されなかっ た。このことは、2000ppb という比較的低濃度のホルムアルデヒドの長期的な曝露が、C 線維に 対する刺激として働き、その結果サブスタンス Pなどの分泌が促されくしゃみを誘発しているが、 さらにカプサイシン刺激を加えてもコントロール状態と異なりC繊維よりのさらなる神経ペプチ ドの分泌を促すことがなかったものと考えられる。