6.トルエン長期曝露による視床下部-下垂体-副腎軸の変化 これまでに、低濃度ホルムアルデヒドの長期曝露およびアレルギー反応はともにストレッ サーとして視床下部-下垂体-副腎軸に影響を及ぼすことを明らかにした。
このような影響 がホルムアルデヒド特異的に誘導されるのか否かを検討するために、MCS 発症に関与すると 考えられている低濃度トルエンの長期曝露が視床下部室旁核の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)神経細胞と下垂体の副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)細胞にどのような影響を与え るかを免疫組織化学法、計量計測法と RT-PCR 法により解析した。
マウスは、非アレルギー (NAG)群と卵白アルブミン感作したアレルギーモデル(AG)群からなる。それぞれの群は、 3 ヶ月間 0ppm(清浄空気)の対照群と 50ppm のトルエン曝露群に分かれる。
室旁核の CRH免疫陽性(-ir)神経細胞数は、非アレルギー群の比較では対照群に比べトルエン曝露群で増加 していた。非アレルギーの対照群に比べアレルギーモデルのトルエン曝露群でも増加してい た。
下垂体前葉の ACTH-ir 細胞数は、非アレルギー群では対照群に比べトルエン曝露群で増 加していた。
また、非アレルギーの対照群に比べアレルギーモデルのトルエン曝露群でも増 加していた。
下垂体前葉のACTH-mRNA発現量は、非アレルギー群では対照群に比べトル エン曝露群で増加がみられた。
アレルギー群でも対照群に比べトルエン曝露群で増加してい た。
このように、低濃度のトルエンとアレルギー感作は、共にストレッサーとして視床下部― 下垂体―副腎軸に影響を与えると考えられるが、低濃度のホルムアルデヒド曝露でみられた アレルゲン感作との相乗的な作用はみられなかった。
7.低濃度長期ホルムアルデヒド及びトルエン曝露の免疫系及び記憶機構への 免疫-神経軸を介した影響についての検討 MCSとアレルギー反応との関連について明らかにするために、これまで低濃度長期ホルム アルデヒド曝露によりみられるマウス免疫系での反応と卵白アルブミン抗原の感作によりマ ウスで誘導されるアレルギー反応との差異について検討した。
昨年度、抗原を吸入感作した マウスの脳において、炎症性のサイトカインレベルでは顕著な差はみられなかったが、神経 成長因子であるNGFにおいては低濃度ホルムアルデヒド曝露による顕著な増加を認めた。
ホ ルムアルデヒド曝露と抗原感作との相加・相乗的な反応と考えられた。
今年度は、低濃度ト ルエン曝露を行いこれまでのホルムアルデヒド曝露の結果と比較し、免疫関連の指標につい て化学物質の特異性の有無を検討した。
抗原の吸入感作によるアレルギー性炎症モデルを作 成して低濃度トルエン曝露した結果、肺における炎症性細胞数に増加はみられたが、NGF産 生に関連する変動は見られなかった。
次ぎに、学習・記憶に関与する海馬機能についてホル ムアルデヒドとトルエン曝露による神経伝達物質受容体の遺伝子発現量を比較検討した。
そ の結果、低濃度ホルムアルデヒド曝露により海馬の神経伝達物質受容体mRNAの発現が大き く変動することが確認された。
トルエン曝露の影響とOVA刺激による変動について調べた結 果、トルエン曝露により誘導されたドーパミンD1受容体mRNAの発現量はホルムアルデヒド 曝露よりも大きな変化が見られたが、他のD2受容体、NMDA型グルタミン酸受容体ε1及びε2 サブユニットの発現量ではトルエン曝露の影響がみられなかった。 これらの結果から、ホルムアルデヒドとトルエン曝露により記憶形成機構に変化が生じた ことを示しており、その異なる作用の可能性が示唆された。
以上、平成 15 年度のまとめとして、低濃度ホルムアルデヒド曝露による脳神経-免疫軸へ の作用は、病理学的変化のみられない濃度のトルエンを曝露したときにみられる作用とは異なる可能性が示唆された。
また、アレルギーモデルにおける嗅覚、大脳辺縁系の変動はわず かではあるが、低濃度化学物質曝露とアレルギー状態の共存とにより、より脳神経―免疫軸 への作用を増強させることも示された。
今後は、アレルギー状態の併用効果に見られる機構 の解明、化学物質特異性に係わる遺伝的な素因の検討、低濃度複合化学物質曝露による影響 解明により低濃度化学物質による真の過敏状態誘導の有無を明らかにすることが可能と考え る。