「本態性環境非寛容症(化学物質過敏症)」有訴者の基本的特徴 及び発症原因 | 化学物質過敏症 runのブログ

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・化学生物総合管理 第 2 巻第 2 号 (2006.12)  178-191 頁 連絡先:〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台 79-7  E-mail: d04ta002@ynu.ac.jp 受付日:2006 年 9 月 25 日  受理日:2006 年 11 月 30 日

【報文】
「本態性環境非寛容症(化学物質過敏症)」有訴者の 基本的特徴及び発症原因 Characteristics and causes of self-reported idiopathic environmental intolerances (multiple chemical sensitivity)
 
糸山景子、亀屋隆志、浦野紘平 横浜国立大学大学院環境情報学府/研究院環境安全管理学研究室 Keiko Itoyama, Takashi Kameya and Kohei Urano Graduate School of Environment and Information Sciences,  Yokohama National University
 
要旨 : 近年、環境中に存在する微量な化学物質の暴露により、神経系や免疫系の異常をはじめと する様々な健康影響がもたらされる可能性が指摘されており、これらは従来「化学物質過敏症」 等と呼ばれ、現在は本態性環境非寛容症 (IEI)(以下、本症)という呼称が提唱されている。本症を 訴えている人(以下、有訴者)の基本的特徴および発症原因の情報を整理することを目的に、国内 の有訴者 488 人を対象に郵送調査を行い、278 名(57.0%)から回答を得た。 

有訴者は中高年の 女性が多かった。

発症(有訴者が本症の始まりと考えた状態)前には、過半数の有訴者は本症をよ く知らなかったことから、本症に関する知識と発症とは関係がないと考えられた。

また、約半数 の有訴者が医師の診断を受け、本症と判断していた。

有訴者はアレルギー症状がある人が明らか に多かった。

発症原因には、建物の新築・改築等の他にも家庭用殺虫剤、職業暴露、大気汚染等、 多種多様な原因が回答されていた。本症に対応するとして知られる病院・診療所がない地域に住 む有訴者は診断を受けていない人が多く、適切な診断と早期の治療のために本症に対応する病 院・診療所の全国への拡充が求められていた。

 キーワード : 本態性環境非寛容症、化学物質過敏症、アンケート調査、アレルギー、発症原因 Abstract : Idiopathic environmental intolerances (IEI) (formerly multiple chemical sensitivity) is a syndrome in which individuals report illness from exposure to low levels of multiple of chemicals. The purpose of this study is to provide information on the characteristics of self-reported IEI (sr-IEI) and the onset causes of IEI. We sent a questionnaire to 488 sr-IEI subjects and received responses from 278 of them.  The survey results reveal that middle-aged women are the population mainly affected by IEI. It was found that most of the sr-IEI subjects have allergic symptoms; allergic symptoms were observed in 75.2% of the sr-IEI subjects and 38.8% of the non-IEI subjects. Most of the sr-IEI subjects were “unaware” or “hardly aware” of IEI before the onset of this syndrome, suggesting that it was unlikely that the syndrome was self-inflicted. A majority (52.9%) of the sr-IEI subjects had been diagnosed by a physician. New constructions and remodeling of homes and buildings were the common onset causes of IEI (41.7%). However, the syndrome was also caused by other factors such as indoor use of pesticides, fungicides, and termite treatments (16.2%); the use of chemicals at workplaces (9.0%); and outdoor air pollution and exhaust gas (5.4%). Keywords : Idiopathic environemental intolerances, multiple chemical sensitivity, questionnaire, allergy, causes of IEI
1. 緒言
 近年、環境中に存在する微量な化学物質の暴露により、神経系や免疫系の異常をはじめとす る様々な健康影響がもたらされる可能性が指摘されており、このような健康影響は欧米におい て Multiple Chemical Sensitivity (MCS)として、わが国では「化学物質過敏症」として呼称、 議論されている(環境省, 1998)。

1996 年には IPCS(国際化学物質安全性計画:UNEP、ILO、 WHOの合同機関)、ドイツ連邦厚生省等の主催でこの健康影響に関する国際ワークショップが 開かれ、「既存の疾病概念では説明不可能な環境不耐性の患者の存在が確認されるが、MCS と いう用語は因果関係の根拠なくして用いるべきでない」として、新たに IEI(Idiopathic Environmental Intolerances: 本態性環境非寛容症)という用語が提唱された。

 IEI は化学的要因だけではなく、電磁波などの物理的要因やカビなどの生物的要因による健 康影響も含むとされているが、本論文では従来「化学物質過敏症」として呼ばれていた影響を 訴える人を対象とする。

また、「化学物質過敏症」と診断された症例の中には、中毒やアレルギ ーといった既存の疾病概念で把握可能な患者が少なからず含まれており、MCS と化学物質過 敏症は異なる概念であると考えられるという指摘(厚生労働省 2004c)もあるが、本論文中では その区別が困難であること、また実際には同義語として使用されている場合が多いことから区 別をせず、以下「本症」と記す。

また、混同されがちな病気に「シックハウス症候群」がある が、「シックハウス症候群」は問題となる室内環境条件では大部分の人が症状がでるのに対して、 本症ではある特定の人しか症状が現れないという違いがある。

また、本症には、きっかけとな った化学物質ばかりでなく、次第に多種の化学物質に過敏になるという違いがある(鳥居, 2001)。
 2000 年に 2,851 人を対象にした調査(内山ら, 2005)では、本症の可能性が高いと言われる基 準を満たしていた国内の成人は0.7%と推計されている。

米国の1,582人への調査(Caress et al., 2003)では、一般的な化学物質への異常な敏感さを報告した人は 12.6%であり、実際にMCSま たはEnvironmental Illness (EI)と診断されたことがある者は3.1%であったと報告されている。
  本症の診断基準、他疾患との関連等の研究、調査は環境省(2005)、厚生労働省(2006)などに よっても続けられてきており、またその発症メカニズムの仮説は多数提示されている(William et al., 1992、Meggs et al., 1993、Ross, 1997、Leznoff,1997、Dalton et al., 1997、 Bell et al., 1992、Meggs, 1995、Simon, 1994、 Miller, 1992)が、未だに本症の定義、発症メカニズムに ついて統一された見解は示されていない。

「シックハウス症候群」は医療保険の診療報酬請求に おける傷病名として認められている(厚生労働省, 2004a)一方で、本症は医療従事者全体ではそ の概念が定まっていない(村山ら, 2001)ため、傷病名として日本では認められていない。

そのた め、本症の有訴者には医療保険が適用されず、診察費用を自己負担せざるを得ない。 

また、本症の有訴者の中には社会的、医療的な理解が得られず、失職、経済的困難、対人関 係における孤立、適切な治療の欠如などの苦痛を強いられている者もいる(Gibson et al., 1996、 井上, 2004)。

そのため被害の低減や治療体制の拡充を進めるためには医学的な調査研究に加え て、被害原因の明確化と有訴者の実態把握が必要である。

国内の有訴者の性・年齢、有訴者が 最初に何らかの健康上の異常あるいは症状を自覚するに至った (以下「発症」と記す)原因、発症 時から、何らかの化学物質に暴露したときに症状が誘発される状態が継続している期間(以下、 「被害年数」と記す)、医師の診断の有無などの有訴者の実態に関する報告例は少ない。  

そこで本研究では、国内の有訴者約 500 人にアンケート調査を行い、有訴者の特徴や発症原 因などの情報を整理することを目的とした。

なお、本論文では医師の診断を受けていない者も 含めるため患者ではなく、「有訴者」と記した。

この「有訴者」の中には従来の中毒やアレルギ ーなどの別の病態の患者が含まれている可能性もある。