・11.2. 「化学物質への過敏な反応」を訴える有症者の割合
「化学物質への過敏な反応」を訴える人たちや、MCS の有症者はどの程度の割合で存在するのでしょう。
これに関する調査や諸外国間の比較は容易ではありません。
「化学物質への過敏な反応」への訴えを調査するための自記式質問票は複数存在します。
「化学物質の臭いで健康を害しますか?」といった軽度な質問では、米国、オーストラリア及び北欧諸国で 25~33%の有訴率でした。
「化学物質の臭いに耐えられない、あるいは、すぐに身体が反応する」といった生活の質に影響するような質問では、米国、ドイツ及びスウェーデンで 9~16%の有訴率に低下しました。
信頼性や妥当性があるとされており、カットオフ値が決定されている自記式質問票としては、化学臭不耐指標(Chemical OdorIntolerance Index)、化学物質過敏性スケール(Chemical Sensitivity Scale)、化学臭過敏性スケール(Chemical Odor Sensitivity Scale)、化学物質以外の環境要因も考慮した環境過敏症状インベントリー(Environmental Hypersensitivity Symptom Inventory)や環境関連症状属性スケール(Environmental Symptom-Attribution Scale)が開発されています。
これらのどの質問票を使うかによって、調査結果が異なることに留意しなければなりません。
日本では、米国で開発されたクィック環境ばく露過敏性インベントリー(Quick EnvironmentalExposure and Sensitivity Inventory: QEESI)がよく使用されてきました。この自記式質問票は、もともと MCS の診断を補助するために開発されたものです。
「症状の重篤さ」、「化学物質による反応」、「他の物質による反応」、「マスキング」、「日常生活の障害の程度」の 5 項目を評価します。
これらの項目に対しては、いくつかの研究でカットオフ値が提案されています。
従って、どの項目に対して、どのカットオフ値を使うかによって、調査結果が異なることに留意しなければなりません。
そのうち最も検査スクリーニングの感度と特異度が高かったデンマークの Skovbjerg らのカットオフ値(「化学物質による反応」35 以上および「日常生活の障害の程度」14 以上の 2 項目)を使用した全国規模の調査では、18 歳以上の 2,000 名に対して実施したデンマークでは 8.2%、7245 名の成人に対して実施した日本では 7.5%の有訴率でした。
若干日本の有訴率が低いようですが、ほぼ同程度とみて良いでしょう。
MCS や IEI に関する有症率については、いくつかの研究報告があります。
スウェーデンでは IEI の基準を満たす成人が 6.7%でした。
IEI には化学物質だけでなく、他の要因も加わります。
医師によるMCSの診断経験を有する人たちがドイツで0.5%、日本で1.0%、2つのオーストラリア地域で0.9~2.9%、カナダで 2.4%、スウェーデンで 3.3%、2 つのアメリカの地域で2.5~3.9%でした。
スウェーデンでMCS の基準を満たす人たちは、3.6%という報告もあります。
MCS の診断については、診断基準が確立されていないことや、診断を行っている医療機関数の状況が各国で異なりますので、各研究間の値を単純には比較できません。
そのような状況であったとしても、先進国で数%程度は MCS の診断経験を有する人たちが存在する状況にあるのかもしれません。
但し、これまで提唱されてきた MCS の疾患概念や診断基準には、既存の疾病概念で把握可能な疾患や、MCS と臨床徴候が類似し鑑別が必要な疾患が少なからず含まれているとの指摘があります。
従って、より慎重にこれらの数値をみていく必要があります。