・第Ⅳ部 シックビルディング症候群・
シックハウス症候群の予防
第 7 章 用途・構造種別に応じた課題
第 7 章 ?途・構造種別に応じた課題
7.1. 職域・オフィスビル、公共ビルの課題
7.1.1. 建築室内環境に起因する健康影響とその要因
日本や欧米の先進諸国では、経済や産業の発達とともに、人口の都市部への集中が起こり、建築技術の進歩も相まって、都市部を中心に大規模な建築物が多数建設されました。
建築物は、風雨や寒暑などの好ましくない外部環境から居住者を守り、外敵の侵入を防ぐシェルターであるとともに、そこで過ごす居住者の生活や活動を支える重要な生活基盤です。
従って、安全性のみならず、健康で衛生的な環境が保持されていなければなりません。
しかし、このような建築物において、建築物の室内環境に起因すると思われる居住者の健康影響が報告され、これらの先進諸国を中心に、その実態調査や対策が進められてきました。
いわゆるシックビルディング症候群と呼ばれています。
シックビルディング症候群の症状は、眼・鼻・喉の刺激、粘膜や皮膚の乾燥感、皮膚の紅斑、倦怠感、頭痛、気道感染や咳の頻発、声のかすれ、喘鳴、かゆみ、非特異的な過敏症状、吐き気、めまいなどの特徴があり、ある集団でこれらの症状の発生頻度が高く、それぞれの発症事例において、室内環境との関係を特定するのは困難です。
また、シックビルディング症候群は、建築物の新築や改築直後に発生する一時的なものと、およそ年単位で持続的に発生するものがあり、前者の症状は、建築物の新築や改築直後に建築材料や塗料などから放散される揮発性有機化合物によるもので、症状は時間の経過とともに改善し、およそ半年後には大半の症状が消失します。
しかし後者の症状の多くは、室内空気や換気設備などの調査を行っても明白な原因がみあたりません。シックビルディング症候群の症状は、特定の建築物や居室内で就業中に増悪し、これらの場所から離れると改善または消失するのが特徴とされています。
シックビルディング症候群に関する疫学研究は、主に欧米で 1980 年代以降に報告されています。
1980 年代初めに英国の 9 つのオフィスビルに従事する 1,385 名の事務員を調査したところ、頭痛、倦
怠感、粘膜刺激の症状を呈する従業員が多く、その有症率は自然換気方式の建物よりも空調設備が設置された建物で有意に高かったと報告されています。
続いて 42 のオフィスビルに従事する 4,373 名の事務員を調査したところ、約50%の従業員で倦怠感、鼻づまり、喉の渇き、頭痛などの症状を呈していました。胸部圧迫感、呼吸困難などの下気道症状を呈する従業員は 9%でした。
そして、空調設備が設置された建物での有症率は、自然換気方式の建物の 2 倍以上であった報告されています。
デンマークで14 のオフィスビルに従事する 4,369 名の事務員を調査したところ、目や鼻や喉などの粘膜刺激症状が 20~30%、頭痛や倦怠感や不快感などの症状が 26~41%であり、男性よりも女性で有意に有症率が高かったと報告されています。
また、これらの症状は、床のダストや敷物、換気方式などの建築室内環境、ノーカーボン紙や複写機や VDT(ビデオ表示端末装置)を用いる作業、職場のストレスや仕事の質に関連していたと報告されています。
これらの研究以降、欧米を中心に大規模な疫学研究が実施され、シックビルディング症候群の要因などが研究されてきました。
特に米国環境保護庁は、BASE(Building Assessment Survey andEvaluation Study)と名付けた大規模な疫学研究を 1994 年から 1998 年の間に25 州 37 都市から無作為抽出された100 の大規模オフィスビルに対して実施しました。
これらの欧米における研究などから、
シックビルディング症候群に関連する要因を表 7.1.1.にまとめました。
日本では、2012 年の冬期に 315 のオフィスビルと 3,335 名の従業員、夏期に 307 のオフィスビルと3,024 名の従業員に対してシックビルディング症候群に関連する症状とそのリスク要因に関する調査が実施されました。
その結果、職場環境に強い疑いのあるシックビルディング症候群に関連する主症状の有症率は、冬期で非特異症状 14.4%、目の刺激 12.1%、上気道症状(のどの渇きや痛み、鼻水・鼻づまり、せき、くしゃみ 8.9%、下気道症状(呼吸時にヒューヒュー・ゼーゼーする、胸部の圧迫感)0.8%皮膚症状 4.5%でした。
夏期ではそれぞれ 18.3%、14.1%、6.7%、0.9%、2.2%でした。
1990 年代に実施された米国の BASE 研究よりも低い有症率ではありますが、シックビルディング症候群の問題が少なからず残っていることがわかりました。
これらの症状の関連するリスク要因については、冬期・夏期ともに、温湿度環境、薬品・不快臭、ほこりや汚れ、騒音などの環境要因とシックビルディング症候群に関連する症状との関係が示唆されまし
た。
さらに夏期では、カーペットの使用や 3 ヶ月以内の壁の塗装との関連性が示唆されました。
建築物の維持管理項目では、冬期の湿度基準の不適合と目の症状や上気道症状や皮膚症状、冷却加熱装置の汚れと上気道症状との関連性が示唆されました。
また、夏期の二酸化炭素基準の不適合と非特異症状との関連性が示唆されました。
ここでいう維持管理項目の基準とは、後述する建築物衛生法の管理基準であり、不適合とは、管理基準に適合していないことを示しています。
労働安全衛生総合研究所の調査結果でも、冬期に湿度の管理基準値 40%を下回ると鼻症状、息切れ、めまい等のシックビルディング症状のリスクが上昇することから、現行基準の妥当性を示唆しました。