d. SVOC のダスト中濃度と尿中代謝物濃度の相関
室内中の化学物質は、分子量や揮発性等、物質の性質によってガス状で気中に存在していた り、室内のダスト(ほこり)にも吸着した状態で存在したりしています。
私たちは一日の大半 を室内で過ごしているため、室内の化学物質濃度が高いと個人のばく露(体の中に取り込まれ ること)濃度も高い、という相関関係はありますが、室内の化学物質濃度がそのまま個人のば く露濃度になる(ダスト中化学物質濃度=個人ばく露濃度)わけではありません。従って、室 内中の空気やダスト中の化学物質から実際にはどのくらいの量(濃度)がばく露されているの かということについて考える必要があります。
1 つの方法として、空気やダスト中の化学物質 濃度から、個人の性別および年齢で異なる呼吸、接触率等の係数を用いて実際の体内への取り 込み量(ばく露量)を推定する方法が用いられています。
このような係数は、米国の環境保護 庁(United States Environmental Protection Agency: EPA)より出版されている『Child Specific Exposure Factors Handbook』に載っていますので参考にしてください。
実際に私たちは室内環境からの化学物質のばく露のみならず、食事や薬品、日用品等からも ばく露を受けています。
では実際にどのくらいの量のばく露を受けているのでしょう。
一般的 には、体内に取り込まれた化学物質は、加水分解や代謝を受けて尿中に排泄されます。また、 脂溶性の高い物質であれば、血液中や組織に蓄積します。
従って、個人の尿や血液中の化学物 質あるいは化学物質の代謝物の濃度を測定することで、個人の化学物質ばく露濃度を把握する ことができます。
また、尿中の化学物質濃度や室内の化学物質濃度を基に、分子量等の化学物 質の特性、個人の身長、体重、年齢、尿への排泄率もしくは呼吸率等の係数を用いて、化学物 質の 1 日摂取量を推定することもできます。
ここでは、平成 22 年度厚生労働省科学研究費補助金健康安全・危機管理対策総合研究事業および平成 23 年度環境省環境研究総合推進費で実施した室内環境からのフタル酸エステル類 のばく露に関する調査の結果を例にあげて、ダスト中濃度と尿中代謝物濃度の相関について述 べます。
フタル酸エステル類は、半揮発性有機化合物(5 章 1 節 1 項 d 参照)に分類され、建 材や日用品等、多くの製品に含まれています。
ばく露源としては食品からのばく露の寄与が最 も大きいといわれています。
食品パッケージに含まれるフタル酸エステルが食品に移行し、そ の食品を私たちが摂取することでばく露されていると考えられているからです。
しかし、フタ ル酸エステル類は、食事の他、玩具や容器などのプラスチック製品、化粧品、シャンプー、ボ ディローションなどのパーソナルケア製品、塗料、電気ケーブル、合成皮革などにも含まれて いるため、これらの製品を使用することによってもばく露します。
これらの製品から徐々に揮 発したフタル酸エステル類は、ダストや気中に存在しています。
室内のフタル酸エステル類がどのくらい体内に取り込まれているかということを調べるた めに、一般住宅の居間のダストとその住人の尿を採取し、ダストに含まれるフタル酸エステル 類の濃度とその尿中代謝物濃度の相関を見たところ、いくつかの化合物でダスト中濃度と住人 の尿中代謝物濃度との間に正の相関があることがわかりました。
さらにその相関は、棚などの 高い場所にあるダストよりも、床面などの低い場所にあるダストとの間で認められました。
こ こで、「正の相関」とは、ダスト中の濃度が高いと、尿中の濃度も高いということを示してい ます。
すなわち、室内のダスト中の濃度が高い住宅では、体内に取り込まれる量も多いという ことになります。
すなわち、食事を介したばく露に加え、床面など低い場所のダストが、重要 なばく露源となりうるということを示しています。
また、この「正の相関」は大人(両親)よ りも子ども(小学生)、さらに父親よりも母親で強く見られ、特に子どもで最も強い相関が認 められました。つまり、一般的に日中はほとんど家にいない父親より、比較的家にいる時間が 長い母親のほうが自宅の化学物質により多くばく露されていることを示しています。また、子 どもは大人よりさらに多くのばく露を受けているということを示しています。子どもは体重当 たりの吸気量は大人より多く、さらに乳幼児は、床を這う、手や物を口に入れるという行動等 により成人よりも多くの化学物質のばく露を受ける機会があり、また代謝機能も未熟です。そ のため、子どもは大人よりも環境中の化学物質に対して脆弱(もろくて弱いこと)であるとい われています。ダストに含まれるフタル酸エステル類は住宅の床材やプラスチック製の玩具に も含まれています。近年、日本や諸外国では、玩具や育児用品への一部のフタル酸エステル類 の使用は規制されるようになりました。しかし、住宅の建材や内装材に対する使用規制は未だ 行われていません。フタル酸エステル類のうち、最も使用されている DEHP のばく露源は食事 由来の他に、室内の PVC 製の建材や内装材由来であることが欧米や日本の研究により報告され ています。また、PVC 製の床材の他、複合(複層)フローリングの床材においてもダストに含 まれる DEHP の濃度が高いことが報告されています(図 5.1.2.)。したがって、室内環境中か らのフタル酸エステル類の取り込みを軽減する一つの方法としては、PVC 製や複合フローリン グの床材をできるだけ使用しないようにすることが効果的であると言えるでしょう。また、ハ ウスダストの取り込みを軽減するためには、11m2 あたり 20 秒くらいでゆっくり掃除機をか ける、2水拭きをして室内のダストを除去する、3手洗いで手に付着したダストを除去するこ とが効果的です。