5. 症例
短期暴露での症例は原因が把握しやすい。
内藤裕氏の中毒百科のイソシアネートの項には、日本における急性暴露の少なからぬ症例が掲載されている。
工事現場のものが多い。
密閉された地下室の断熱のための発泡ウレタン吹付工事で死亡した例につき「普通なら酸欠で処理されるところを、血液の分析で原因がイソシアネートであることを明らかにした貴重な例である」という趣旨の言葉が添えられていた。
もう一つの例はアスファルト道路の修理で工事材料からのイソシアネートで中毒したものである。
近年の海外の症例としては、ポリウレタン塗料を初めて使って車の塗装をして、その後まもなく急死した例が文献になっている。
近年の日本では、マンションの床コーティング剤・フロアマニュキュアナノに絡んで、施工数日後に入室して激しい喘息を発症した例がある。
化学物質過敏症専門医の宮田幹夫医師から患者を紹介された(NPO・VOC研の)ユビキタスクリニック龍ヶ崎の内田義之医師が治療にあたった。
この患者はその前に、同じくフロアマニュキュアナノで床をコーティングした住居に2年間住んでおり、床表面が劣化したのでその修理を依頼し、剥離剤をつけてこすりながら剥離の工事に立ち会っているうちに体調不良になったため、住み替えたが、今度は新しいコーティングの影響で激しく発症した。
咳が激しくろっ骨が折れ、神経眼科的検査や平衡感覚試験などで、中枢神経障害や卵巣ホルモンの急激な低下も伴っていた。
その後、遊具に錆止め剤を塗装中の公園に近づき、そこでも激しい喘息を再発している。
症状が典型的なイソシアネート障害であるとともに、空気の分析でイソシアネートを検出した。
施工直後の室内空気および、コーティング完成した試験資料を95℃に加熱してから密閉容器中で空気を測定したものである。
もう一つの例は、アパートのベランダの防水工事でポリウレタンのシーランで施工中に体調が悪くなり、長期間回復しなかった例である。
この時は分析方法が不適切でイソシアネートを検出しなかった。
イソシアネートは現在の接着剤の主剤であるが、パーチクルボードという木片を接着剤で固めた板と、接着剤で束ねたガラスウールで構成した防音室の設置後に体調を崩した人がいる。
この時も分析方法が適切でないのでイソシアネートを検出していないが、構成材料から見てイソシアネートが発症原因であると推定される。
症状は呼吸器症状と、多くの環境物質に対する過敏症である。
隣家で蓄えていたイソシアネートを含む建築材料(防水塗料・シーラント)からの揮発物質が邸内に流入して体調を崩した例もある。
上記のシックハウスの例ではいずれの方も空気汚染に耐えられずに自宅を離れて仮住まいしている。
過敏になっているので長期間自宅に帰れず、放浪しているので、経済的にも、生活の質的にも大きな犠牲を払っている。
激しい喘息を発症し、入院と転居を繰り返していたが、入院するとたちまち回復し、退院すると喘息になる患者がいる。
国立東京病院に入院して回復し、今度発症したら命がないと言われて退院したが、帰宅してたちまち再発した患者もいる。
発症すると呼吸不全で血中酸素濃度も 70%を切る。
転々としている生活歴を聞いてみると、特殊な発泡ウレタンマットレスで休むと発症するので、木綿の布団に変えるように指導したらかなり回復した。
自宅付近で建築や道路工事があると生命に危険な程度の激しい喘息や乾性咳嗽、種々の神経症状(朦朧感、瞬間的健忘、言葉が出ない、抑制不能)、血管症状などを引き起こし、転居先でも汚染に遭遇するので々としている患者がいる。
最近入手したイソシアネート簡易分析モニター(ケムキー)をおいたところ、約40m離れた建築現場の工程によって、イソシアネートの2ppb以下の存在が記録されていて、その時間と一致して声枯れおよび神経症状があった。
この患者は東京杉並区のプラスチック主体ごみ中間処理施設操業開始(現在は操業停止)とともに激しい咳と神経症状で自宅を放棄した前歴があるが、その時の空気からはトルエンジイソシアネートとその他のイソシアネートが検出されていた。
現在は公害直後よりは回復したのであるが、自己免疫の症状があらわれてプレドニン5mgを使用すると血管の痛みなどの症状が軽快している。
この患者(実は筆者;津谷)と一緒に発症して転居した多くの被害者は、ポリウレタン繊維の衣類などを身に着けると皮膚症状や息苦しさ、脱力などが再発していた。
これらの症例は後を絶たず、救援を求めている。
適切な医療を受けられた上述の患者は幸せな方であって、適切な診断も治療も受けられない患者が多いように思われる。