4.4 ペルチェ素子による温度制御機構の性能評価
ペルチェ素子による温度制御機構の性能評価を行うために、培地の高さ6mm(半径31mmの円形型ペルチェ素子)において、水冷によるペルチェ冷却方式での培地底面(細胞位置)での冷却効果を測定した。
測定条件は培地底面の平均SARが100W/kg、50W/kg、10W/kgの3条件で行った。
4.4.1 SAR100 W/kgにおける培地底面の温度測定
培地底面の空間平均SARが100 W/kgの条件によるばく露では、シミュレーションでは中心付近で9℃程度の温度上昇があり、細胞が死んでしまうためにばく露後の細胞を正常に観察することはできない。
図4.22 SAR100W/kg時の培地底面の温度の時間変化
図4.22は100W/kg入射時における培地底面の温度の時間変化を蛍光ファイバー温度計で計測したものである。
プローブ1は培養容器底面中心、プローブ2は中心からの距離が20mmの底面、プローブ3は中心からの距離が30mmの底面の温度を示している。
ペルチェ素子の制御温度は33℃、インキュベータの設定温度は通常の培養環境時と同じく37℃、水冷循環水の温度も同様に37℃としている。
この結果からSAR100W/kgのばく露においても、通常培養時の温度環境とほぼ同一の条件でばく露が可能になり、高周波ばく露における非熱作用の有無の判断が可能になると思われる。
4.4.2 SAR50W/kgにおける培地底面の温度測定
図4.23 SAR50 W/kg時の培地底面の温度の時間変化
図4.23は培地底面の空間平均SAR50W/kg入射時の培地底面温度の時間変化を測定したものである。
ペルチェ素子の制御温度は4000秒付近までが34℃、8000秒付近までが35℃、12000秒付近までが36℃とした。またインキュベータの温度は37℃、水冷循環水の温度は37℃である。
ペルチェ素子による温度制御で、培地底面の温度が反応よく追随していることが確認できる。
これから、SAR50W/kg時のばく露においては、ペルチェ素子の制御温度は36℃が適切であると考えられる。
4.4.3 SAR10W/kgにおける培地底面の温度測定
図4.24 SAR10W/kg時の培地底面の温度の時間変化
図4.24は培地底面の空間平均SARが10W/kg時の培地底面温度の時間変化である。
ペルチェ素子の制御温度は4000秒付近までが36℃、7000秒付近までが37℃なっている。
またインキュベータならびにペルチェ冷却水の温度はともに37℃としている。この実験から、SAR10W/kg入射時におけるペルチェ素子の制御温度は36.5℃が適切であるといえる。
以上の実験から、それぞれのばく露条件で最適なペルチェ素子の制御温度の推定を行った。
ペルチェ素子による温度制御により、通常の培養環境温度以下に制御し、ばく露実験を行うことで、非熱的な影響の有無を確認することができると考えられる。
5.結論と今後の課題
本研究では、高周波電磁界が生体へ及ぼす非熱的な影響について検討するため、熱ショックタンパクの一種であるHsp70の遺伝子発現への影響に注目し、細胞を用いた電磁界ばく露実験を行った。
熱ショックタンパクhsp70の発現が、高周波電磁界によってやや増加する可能性が示唆されたが、SARおよび温度分布の測定精度の制約があり、結論を導くことはできなかった。
非熱的な影響の可能性ついて、より詳細に実験をおこなうため、ペルチェ素子による高精度温度制御機構を付加した新型ばく露装置の開発を行った。
まず、ペルチェ素子による温度制御によって培地底面温度が一様になる条件を数値計算により検討した。
その結果、培地の高さ7mmの条件では。
ペルチェ素子の径が25-45mmのドーナツ型、また、培地の高さ6mmの条件では、半径31mmの円形ペルチェ素子による制御が最も適していることが明らかとなった。
ペルチェ素子を実装した新型ばく露装置は、細胞の出し入れがしやすいようにスライド式として新たに改良を加えた。
様々なばく露条件の選定により、培地の高さ6mmの条件において、培地底面の空間平均SARが100W/kgではペルチェ素子の制御温度が33℃、SAR50W/kgではペルチェ素子の制御温度が36℃、そして、SAR10W/kgではペルチェ素子の制御温度が36.5℃が最適であることが確認できた。
このことから、高周波電磁界ばく露時による温度上昇を抑制し、細胞位置での温度環境を通常培養環境温度もしくはそれ以下にすることが可能となった。
以上の検討により、高周波電磁界のばく露による非熱作用の有無を確認できる環境が整えられたといえる。
ペルチェ素子の制御に関する数値解析による考察はまだ十分に検証がされていない。
これについては今後さらに検討を行う必要がある。
文 献
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[2] 徳永 類,岡崎 洋一,鈴木 敬久,多氣 昌生,和氣 加奈子 “スリット方形導波管ばく露装置についての温度場解析”, 電子情報通信学会 信学技報
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[3] 多氣昌生,他:平成14年度受託研究報告書「高周波ばく露の細胞生物学的影響評価
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[4] T. Sonoda, R. Tokunaga, K. Seto, Y. Suzuki, K. Wake, S. Watanabe and M. Taki:Electromagnetic and Thermal Dosimetry of a Cylindrical Waveguide-Type invitro Exposure Apparatus, IEICE TRANS. COMMUN., Vol.E88-B, No.8,
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[5] 多氣昌生,他:平成15年度受託研究報告書「高周波ばく露の細胞生物学的影響評価と機構解析」,テレコム先端技術研究支援センター,2004
[6] 中島将光:「森北電気工学シリーズ3 マイクロ波工学 基礎と原理」,森北出版株式会社,pp.62-67,1975
[7] N. Kuster and F. Schonborn, “Recommended minimal requirements and
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