Ⅳ 試験結果
1. 血管運動
脳軟膜細動脈の血管運動において電磁波ばく露に伴う変化は認められなかった(図4)。
また、4週齢および8週齢のいずれのラットにおいても同様の結果が得られた。
血管運動の指標には、振幅変動を繰り返す血管径の3分間の平均値を用い、電磁波ばく露前の平均値を100%としてばく露中およびばく露後の値を比較検討した。
8週齢のラットにおいて、ばく露中およびばく露後の平均値がばく露前に比べ有意に変化することはなかった。
さらに、平均値の経時変化についてもばく露群および偽ばく露群で有意差は認められなかった。
4週齢のラットにおいても8週齢と同様の結果が得られ、電磁波による影響は認められなかった。
2. 白血球挙動
4週齢および8週齢のいずれのラットにおいても脳軟膜細静脈内に存在する白血球挙動において電磁波ばく露に伴う変化は認められなかった(図5、6)。白血球挙動は、細静脈内の回転白血球数および粘着白血球数を指標に、電磁波ばく露中の変化を観察した。
8週齢のラットにおいて、回転白血球数および粘着白血球数ともに、その数がばく露後にわずかに減少した。
しかし、同様の減少は偽ばく露群でもみられ、ばく露群との間に有意差が認められなかった。
4週齢のラットにおいても白血球粘着性はわずかに低下したが、その経時変化についてばく露群と偽ばく露群との間に有意差は認められなかった。
Ⅴ 考察
脳微小循環動態指標のうち白血球挙動および細動脈血管運動を評価対象として、電磁波ばく露中にのみ惹起される可能性のある一過性反応について検討した。
その結果、いずれの指標においても電磁波ばく露中の一過性反応は認められなかった。
また、成熟ラットだけでなく幼若ラットにおいても同様の結果が得られた。
電磁波が脳血流に影響を及ぼすことが報告されている。
Huberらは、ヒトボランティアの頭部に電磁波をばく露すると、ばく露後の脳血流量がばく露前に比べ増加していることを2002年および2005年に示した[2,3]。
脳内では血流量が局所的に増減することが知られており、この調節には脳内の動脈系血管である細動脈の血管運動が深く関与している。細動脈は収縮または弛緩をすることで、それより末梢の血管内の血流を制御する。
したがって、もし電磁波により脳血流量が変化するのであれば、細動脈における血管運動に変化が生じる可能性がある。
そこで本実験では、ラット脳軟膜に存在する細静脈の血管運動を電磁波ばく露中にリアルタイムで観察した。
その結果、まず、成熟した8週齢のラットにおいて電磁波ばく露による血管運動の変化は認められなかった。
さらに幼若期にある4週齢のラットでも同様の結果が得られた。
以上の結果より、防護指針値レベルの電磁波ばく露が脳内細動脈における血行動態に影響を及ぼす可能性は低いことが示唆される。
既に我々は、電磁波ばく露中のラット脳軟膜細静脈における血流速度がばく露による影響を受けないことを明らかにしている。
静脈系の血流変化は受動的であり、動脈系の血流変化が反映される。
したがって、この結果は、電磁波ばく露が細静脈より上流側に位置する細動脈の血行動態に影響を及ぼしていないことを支持するものである。
電磁波ばく露中の脳内白血球挙動については明らかにされていない。
脳微小循環に存在する白血球は脳内免疫に関与しており、脳内環境の変化に伴いその挙動が著しく変化する。例えば、脳内で炎症性反応が生じた場合、白血球は活性化されその粘着性が亢進する。
一方、感染症などで脳内のBBB透過性が破綻した際には、同時に白血球粘着性亢進を伴うことも知られている[5]。
複数の研究グループが、電磁波ばく露によりBBB透過性が破綻することを示していることから[1,6,7]、白血球の粘着性が電磁波ばく露中に変化している可能性も示唆される。
そこで本実験では、ラット脳軟膜細静脈内の白血球挙動を電磁波ばく露中にリアルタイム観察した。
その結果、まず、成熟した8週齢のラットにおいて電磁波ばく露による白血球の粘着性の変化は認められなかった。
さらに、幼若期にある4週齢のラットでも同様の結果が得られた。
既に我々は、電磁波ばく露後においても、脳軟膜細静脈内の白血球粘着性がばく露群と偽ばく露群の間で有意差がないことを示している。
また、前年度までの報告のなかで電磁波ばく露中においてBBB透過性変化が生じないことも示している。
したがって、以上の結果より防護指針値レベルの電磁波ばく露が白血球挙動に影響を及ぼす可能性は低いと考えられる。
Ⅵ 結論
本研究では、従来の研究手法では検出できなかった可能性のある電磁波ばく露中にのみ惹起される一過性反応に着目し、ラット脳軟膜微小循環動態を対象に微小循環動態指標の中から白血球挙動および血管運動について検討した。
さらに、電磁波の及ぼす生体影響が未成熟の脳ではより強く生じることが懸念されているため、成熟ラットだけでなく幼若ラットについても検討した。
その結果、成熟ラットだけでなく幼若ラットにおいても、白血球挙動および血管運動が電磁波ばく露中に一過性反応を示すことはなかった。
文献
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2. Huber R, Treyer V, Borbely AA, Schuderer J, Gottselig JM, Landolt HP, WerthE, Berthold T, Kuster N, Buck A, Achermann P. Electromagnetic fields, such asthose from mobile phones, alter regional cerebral blood flow and sleep andwaking EEG. J Sleep Res. 2002 Dec;11(4):289-95.
3. Huber R, Treyer V, Schuderer J, Berthold T, Buck A, Kuster N, Landolt HP,Achermann P. Exposure to pulse-modulated radio frequency electromagneticfields affects regional cerebral blood flow. Eur J Neurosci. 2005
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4. WHO EMF project. WHO Research Agenda for Radio Frequency Fields.
http://www.who.int/peh-emf/research/rf_research_agenda_final_Jan2006.pdf
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7. Oztas B, Kalkan T, Tuncel H. Influence of 50 Hz frequency sinusoidal magnetic
field on the blood-brain barrier permeability of diabetic rats.
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8. Fritze K, Sommer C, Schmitz B, Mies G, Hossmann KA, Kiessling M, WiessnerC. Effect of global system for mobile communication (GSM) microwave exposureon blood-brain barrier permeability in rat.