3. ヒト眼球運動への影響評価試験
Ⅰ 要旨
これまでの研究で、携帯電話の30分間通話により発生する電磁波が、ヒトの運動野・感覚野・聴覚野の基本的機能に影響を与えないこと、また運動野・視覚野・感覚野などを統合して行うvisuo-motor taskに、影響を与えないことを示した。
今年度は同じ電磁波が、最も基本的な眼球運動課題である視覚誘導性サッカード(visually guidedsaccade)課題に与える影響を検討した。
携帯電話から発生する電磁波が、何かに注意を向ける事に影響を与えるとする報告がある(Lee et al, 2001, 2003[10,11]; Preece etal, 1999[14]) 。
注意集中する事は眼球運動と非常に密接な関係があり、関わる皮質領域も共通していることから、電磁波は眼球運動にも影響を与える可能性がある。そこで本研究では電磁波により眼球運動のパラメータが変化するかどうかを検討した。
正常被験者に対してドームに埋め込まれたLEDが点灯するのを順に注視してもらうような眼球運動課題を実施した。このような眼球運動課題の遂行には、視覚野・頭頂連合野・前頭眼野などが関与している事が既に証明されている(図1)。
そこで電磁波ばく露前後での眼球運動の潜時、振幅、速度を比較した。電話の電磁波およびシャムばく露前後で、潜時、振幅、速度などすべての眼球運動のパラメータに関して、有意な差を認めなかった。
以上より、30分間の携帯電話からの電磁波ばく露は、視覚野・頭頂連合野・前頭眼野等の皮質領域が関与し、注意とも密接な関係のある眼球運動課題に影響しないと結論した。
Ⅱ 研究目的
携帯電話は近年急速に社会に普及浸透しているが、それに伴い携帯電話から出る高周波電磁波の生体への影響を検討することは社会的急務となっている。
脳は携帯電話からの距離が近いため、特にこのような電磁波によって影響を受ける可能性が大きいと考えられ、電磁波の脳への影響を調べることは極めて重要である。
電磁波のヒトの脳への影響は、脳波計測などの他に、反応時間課題などを用いて行動に及ぼす影響を調べることにより明らかにすることができるが、そのような課題の中でも神経の機能と構造の関連が確立されている方法で検討されることが望ましい。
電磁波が脳機能に与える影響に関する研究は広範な分野に及ぶ(Reiser et al.,1995[15]; Freude et al., 1998[5]; Eulitz et al., 1998[4]; Preece et al.,1999[14];
Borbely et al., 1999[2]; Koivisto et al., 2000[8]; Huber et al., 2000[7]; Krause et al.,2000[9]; Sandstrom et al., 2001[16]; Lee et al., 2001[10]; Croft et al., 2002[3]; Arai etal., 2003[1]; Hamblin et al., 2004[6]; Yuasa et al., 2006[21])。
その中で我々が今回注目したのは、電磁波の注意に対する影響である。脳が情報を外界から取り入れ、記憶・推理などを行いつつ、それに対して決定、反応などの行動を起こすのに必要な情報処理システムであると考えるならば、注意はその過程において適切な情報を選択するための重要な役割を果たしている。
例えば、ある情報に注意が向けられれば、その情報の処理スピードや、それに対する行動を決定するまでの時間が速まる。
その意味で、注意は脳の情報処理の効率に影響を与える要因の一つである。
電磁波の注意への影響に関する最近の研究にはPreece et al., 1999[14], Koivisto et al., 2000[8], Lee et al., 2001[10],
Sienkiewicz et al., 2005[18]などの報告があるが、電磁波は注意に影響を与えないとする報告がある一方で、注意を高めるとする報告もあり、結果の一致をみていない。
もし電磁波により注意が変化すれば、これは電磁波が脳の情報処理の効率に影響を与えるということを意味する。
従って、たとえ注意が高まるというような促進的な影響があるとしても、一概に歓迎できない可能性もある。
その意味で電磁波の注意への影響を調べる意義は極めて大きい。
これまでの検討で、結果が一定しなかった理由はいくつかあると思われるが、原因の一つは注意そのものを視覚化して直接的に見ることができない点があげられる。
そこで本研究は、衝動性眼球運動(サッカード)課題を用いることにより、電磁波の影響を別の角度から検討することとした。
サッカードは、注意と密接な関係があることが知られている(Liversedge & Findlay, 2000[12])。
例えば、我々は注意を向けている対象には、眼球運動を行って自然に視線を向けることが多いことからも、注意と眼球運動の関連は明らかである。また、眼球運動を司る皮質領域は、注意を司る大脳皮質領域と相当程度重複していることが知られている(Nobre et al., 2000[13])。
そこで電磁波の眼球運動への影響を調べることは、注意への影響を調べることにもつながり、非常に重要な知見をもたらすと考えられる。
昨年度、課題を遂行する際に視覚野・感覚連合野・運動野・運動前野の相互を関連させながら行っていることが証明されている選択反応時間の課題を用いて携帯電話の影響を評価した(Terao et al., 2005[19])。
その結果、携帯電話から発生する電磁波はこの課題の遂行に影響を与えないことが明らかとなった。
しかし、手指の反応時間は施行毎にばらつくため、電磁波への影響を検出するための十分な感度を有していなかった可能性がある。
それに対して眼球運動は随意運動の中でも安定しており、手指を用いた反応時間課題などに比較してもパフォーマンスのばらつきが非常に少ないため、定量的な解析に適している。
その中でも視覚誘導性サッカード(visually guided saccade、以下「VGS」)課題は、最も基本的な眼球運動課題であると同時に、眼球遂行能力も極めて安定していることから、わずかな変化も捉えやすいという特徴がある。
それに加えて頭頂連合野・前頭眼野など、この眼球運動に関与する神経機構についても多くの知見がある(図1; Schall & Thomposon, 1999[17])。
そこで、本研究では携帯電話のVGS課題の遂行能力への影響を調べた。
Ⅲ 試験方法
1. 対象
正常ボランティア10名(男性2名、女性8名、26-54歳、平均±標準偏差33.1±8.6歳)を対象にして、以下の眼球運動課題の実験を行った。
2. 電磁波のばく露とシャムばく露
電磁波はセルラーホンシミュレータ(Digital cellular phone communication tester,NJR-920)に接続した携帯電話(Matsushita communication P97-7051-0)によって与えた。
この携帯電話は、日本での携帯電話の最大出力(800 MHz EMF at 0.8 W netforward power)を持続的に出力できるようにセットしてある。
携帯電話を通常通話する時の位置で耳に押しつけ、口の部分にマイクを当てた。
この状態で30分間維持した。
この位置では、アンテナは約4センチメートル程度頭部から離れていた。
この電磁波ばく露の前後で以下の眼球運動課題を行った。
シャムばく露では、全く同じ携帯電話を耳にあて、30分間実ばく露の時と同じように維持した。
ただし、電磁波を発生しないようにした。シャムばく露の前後でも眼球運動課題を行い、両者での差異を比較した。
また10名のうち2名の被験者(男性1名、女性1名)では、電磁波ばく露1時間後および2時間後の眼球運動の遂行能力も検討した。
3. Visually guided saccade task
眼球運動課題としては、視覚誘導性サッカード課題(visually guided saccade task)を用いた。
図2に示すように、被検者に径90cmで、多数のLED(light emitting diode)が埋め込まれた黒いドームの前に座ってもらう。
被験者がボタンを押すと、課題が始まる。
ドーム中央のLEDが点灯するので、被験者にはそこを注視してもらう。
その後2-3秒後のランダムな時間の後に、この注視点が消えると同時に、その左右5度、10度、20度、30度いずれかの位置にターゲットが点灯するので、被験者にここを注視してもらう。
ターゲットは、点灯してから2秒から3秒のランダムな時間の後に、明るさがわずかに減少するので、これに気がついたら被験者にボタンから手を離してもらう。
この間、眼球運動を左右両眼角に貼った電極より眼電図として記録した。記録した眼電図のトレースより、眼球運動の潜時、振幅、速度を計測した。
電磁波ばく露の前後で、これらの眼球運動のパラメータに変化が見られるかどうかを検討した。
runより:今日はここまでです、最近一度体調を崩したらステロイド使うまで復帰にしくくなっているのですが糖尿病が悪化する時期なのでステロイドをギリギリまで我慢してるのが遅れる理由です(´_`。)